それから丸一日経っただろうか。
しかしヒマリは自室の工房に引き籠ってしまい、そのまま出てくる気配が無い。
無理もないだろう、とラグナは腕を組みながら安楽椅子にもたれかかった。
既知の人間が、ましてや友人がモンスターに殺され、変わり果てた姿を目にすれば──大なり小なりショックを受けても仕方がない。
「俺はもう慣れちまったけど……普通はああもなるよな」
「……あの子が直接モンスターの害に触れるのは、それこそ5年ぶりでしょうから」
「ッ……どーするのニャ? これじゃあ、防具を作って貰うどころじゃねーのニャ……!」
「……こんな時に言う事じゃねえけどよ」
ラグナは腕を枕にしながら思い返す。
棺の中に入っていた死体は、いずれも防具まで灼熱の炎で溶かされていた。
──ただ一つを除いて。
「……やっぱアイツ、天才だよ。ハンターの死体の中で、
「ッ……それって」
「あいつの腕は確かだったってことだ。だから……自分の所為だって気に病まないでほしいんだけどな」
「……」
「どんなに武器や防具が優秀でも、ハンターが強くても、死ぬときは死ぬモンだ」
「ボク──様子を見てきます」
「ああ。行ってやれ」
アジサイは小走りで二階に上がる。
そして──扉をノックした。
鍵は掛かっていない。アジサイは遠慮がちに部屋の中へ押し入った。
ベッドの布団が盛り上がっている。そこにヒマリが居るであろうことは容易に察せた。
「……ヒマリ。大丈夫じゃないのは分かってますが……今、良いですか」
「……」
「ゴハン、ラグナさんが作ったんです。あの人、意外と料理が上手で──こんな時だからこそ食べなきゃ、生きていけませんよ」
「……あたし。そんな資格ない」
「どうして。どうしてそんな事を言うのですか、ヒマリ」
「そうやって優しくされる資格なんてないの……ッ」
嗚咽混じりの震え声が部屋に響いた。
「あたし、最低だ。卑怯で、臆病で──昔っから何にも変わってない……!!」
アジサイはベッドの傍に椅子を持ってきて座る。
ラグナと出会うまで、彼女はずっとソロで戦ってきた。
他のハンターの死体を目にすることはあっても、旅の中で知り合った人が死ぬことは経験してこなかった。
故に──ラグナが命の危機に瀕した時、本気で彼女は取り乱した。死なせたくない、と感じた。
バラージュでの狩猟で、もしもラグナが死んでいれば──自分はきっと二度と立ち直れなかっただろう、と考える。
「……あの子と喧嘩して、絶交して……一緒に作ったお守りを海に捨てて……モンスターに丸焼きにされちゃえば良いって思っちゃったの」
「ヒマリ……」
「ハンターは、あたしなんかよりよっぽど強いから、早々死ぬわけがないって思ってた。どうせまた何でもない顔で帰ってくるんだろうって思ってた。そんなはずないのに……にーにだって、必死に戦ってたのに……そこから目をそらしてた……!!」
アジサイはさっきのラグナの言葉を思い出す。
どんなに防具や武器が優秀であっても。どんなにハンターが強くとも。
死ぬときは──死ぬのだ。それはラグナもアジサイも例外ではない。
その時は突然やってきて、何もわからぬまま終わるのだ、と──
「……ヒマリ落ち着いてください。気持ちは分かりますが……貴女のご友人が死んだこととは関係が無いです」
「分かってるよ。分かってるけど……あの子が、あたしの作ったお守り持ってたから……ッ」
「ヒマリ。どんなに言葉を尽くしたところで、どんなに影で想っていたところで、相手に伝わらなければ意味がないんですよ」
──だからこそ、アジサイは敢えて突き放すように言ってのける。
「死者に言葉を届ける術はありません。そして貴女のご友人もまた──貴女をぞんざいに扱って怒らせた。幾らお守りを後生大事に持っていても、それでは友情の意味がないでしょう」
「ッ……そうかも、しれないけど……」
「
アジサイは──ラグナが変貌した時の事を思い出した。
そして、彼が戻ってきた時に決めたのだ。
悔いが無いように自分に出来る事をしよう、と。
彼にはありったけの好意を伝えた。絶対に死なせない、と約束した。
だが──ハンターに死は付き物だ。ラグナが生き残っても自分が死なない保証はどこにもない。
故にアジサイは──自分がもしも死んだ時の事をずっと考えていた。
(ボクは──バラージュでの戦い以来、自分がラグナさんに何ができるかを考え続けてきた)
自分にもしもの事があった時、ラグナに自分が何を残せるかを考え続けた。
だが結局──答えは出なかった。
(……危なっかしいんですよ、あの人。結局、船から落っこちるし……)
そして今、目の前には妹が居る。
まだ幼い彼女を残しては逝けないと思いつつも──現実はそうはいかないんだろうな、と例の焼死体を思い出しながら考える。
「ヒマリ。貴女が自分を最低だというならば、ボクも最低な女です。それでも──血の繋がった妹である貴女を……無条件に愛しています」
「ッ……ねーね……」
「貴女の友人の仇は──ボクが取ります。人の命を奪ったモンスターは、貴女を泣かせたモンスターは、その命で贖わせます」
それがオニガ島のハンターの在り方だ。
命のやり取りに私情を挟む人間は早死にする、とラグナは言った。
決してアジサイのスタンスを肯定することはないだろう、と彼女自身も分かっている。
だがそれでも──
「ボクは……ハンターで、貴女の”ねーね”ですから」
「……ねーね……ダメだよ。勝てっこないよ……ッ」
「やってみなければわかりませんよ。ヒマリ、留守を頼みます」
「ダメ……ダメだよ、ねーね……ッ」
「大丈夫。ボクは──地獄の鬼から嫌われているんです」
微笑むとアジサイは部屋を後にした。
下の方では──既にラグナが出発の準備を整えていた。
「……事が事だけに迅速な対応が必要だ。ギルドの決定を聞きに行くぞ」
「や、やり合いに行くのかニャ!?」
「願ったり叶ったりです」
その目に怒りを静かに燃やしながらアジサイは双焔を背負った。
何処か決意を滲ませたアジサイの口調に、ラグナも本気を感じ取ったらしく──頷く。
「アジサイ。あくまでも冷静に行くぞ。落ち着かねえと狩れるモンも狩れねえだろ」
「ええ。分かっていますよ」
※※※
「──清流の秘境で死亡した4人のハンター。現場には、この黒い鱗が落ちていました」
集会所に集まるハンターたちの前で高らかに説明するのは──老齢の竜人族の男性だった。
この男性はギルドマネージャー、いわばポートヴァインの集会所を取り仕切る責任者である。
ハンターが一斉に4人も焼き殺された今回の事件を、この地方のギルドは重く見ており──対応の為に今後の方針をハンターたちに報告することにしたのである。
ギルドマネージャーの手には黒い鱗が握られており、それを見たラグナ達は思わず声を上げそうになった。
マタビが持っていた黒い飛竜の鱗と全く同じだったためである。
「やっぱり……ッ」
宿敵の香りを感じ取り、ラグナは歯噛みする。
マタビに至っては、黒い飛竜に故郷を荒らされた記憶がよみがえったからから全身の毛を逆立てていた。
「あいつだニャ!! あいつの仕業だったのニャ!!」
(……意味の分からねえモンスターだ。捕食はしねえのに他の生き物は殺す。そして此処に至るまで一切ギルドの調査網に引っ掛からなかった。奴は何が目的だ?)
「清流の秘境は立ち入り禁止区域に指定。ギルドによる調査が終わるまで、此方で任命したハンター以外の人間は入れません」
「おいおいマジかよ!!」
「結局、その鱗のモンスターは何なんだ!?」
「見た所飛竜種に見えるが──」
「ええい、落ち着きなさい。学者に調べさせ、黒い鱗の持ち主については既に調べが付いています。これは火竜リオス種のものに非常に酷似していますが──細部が異なる」
火竜リオス──即ち、リオレイアとリオレウス、この世で最も繫栄した飛竜種のことである。
「しかし、当然ながらリオス種の火では人間の身体をあそこまで焼き切る事は出来ない。ハンターならば猶更です。現場にあった痕跡も、リオスのものとは似て非なる。これらの特徴は──メゼポルタ・ギルドの記録に残る、とあるモンスターと合致します」
ギルドマネージャーは眼鏡を押し上げ、その名を忌々しそうに呼んだ。
「リオレイアと似て非なる未知なる飛竜──”UNKNOWN”と」
それは、文字通り「未知」を意味する言葉。
生態も特徴も全く解明されていない事を示す。
「此度、ポートヴァイン・ギルドでは”UNKNOWN”の調査を行いたい。私達が指名するのは──”飛竜落とし”ラグナ、そして”鬼姫”アジサイ」
名を呼ばれたラグナとアジサイは堂々と人混みを突っ切り前に出る。
周囲の視線を集めるのも気にせず、ラグナは恭しくギルドマネージャーに礼をした。
「飛竜祭で華々しい活躍を上げた貴方達ならば、この調査を任せられます。命の保証はありませんがね」
「拝命しました、ギルドマネージャー殿。UNKNOWNの調査、確かに引き受けさせて頂きます」
「右に同じです」
ざわめくハンターたち。
”飛竜落とし”と”鬼姫”の異名は、このポートヴァインにも伝わる所だ。
先の飛竜祭で古龍級モンスターを討伐し、そしてラオシャンロンの討伐にも加わった彼らは、今や立派な「上澄み」として認識されている。
「”飛竜落とし”のラグナァ!? ラオシャンロンをソロで討伐したっていうあの!?」
(なんか盛られてんな)
「”鬼姫”っつったら、とある国に押し寄せたオロミドロの群れを一人で皆殺しにしたっていうぞ!!」
(オロミドロがそんなに湧くわけがないでしょう)
尚、話は歪曲して伝わっている模様。
「よろしよろし。では、善は急げ。出発は明日の朝です。クエスト帰りで申し訳ありませんが──ギルドは迅速な対応が必要と判断しました」
(清流の秘境、ね)
ラグナはその場所がポートヴァインから更に遥か南にある事を知っている。
黒い飛竜の行動範囲は想像以上に広い。特定の縄張りを持たず、そして気ままに破壊を振り撒いている。
人間に被害が出てしまった以上──最早道は一つしかない。
「……此処に来て、漸くヤツと会えるとはな」
ラグナは燃え盛る飛行船を幻視しながら呟いた。
【調査クエスト】
未知との遭遇
目的地:清流の秘境
依頼主:ポートヴァインのギルドマネージャー
現場に落ちていたのは黒い鱗。そしてリオレイアに酷似した痕跡。ハンターたちを葬り去った飛竜の生態を今こそ解き明かす時ですね。危険な調査になる事が予想されますが、貴方達ならば成し遂げてくれると信じていますよ。