その後、ラグナ達は改めてギルドマネージャーとの協議、即ちミーティングに入った。
今回のクエストは非常に危険なモンスターの調査。従って、ギルドの調査員も少なからず同行するためである。ギルド側としても、この飛竜の詳細をこの機会に調査しておきたいのだ。
また、下手をすると飛竜が北上し、ポートヴァインの近辺までやってきかねない可能性を憂えば、ギルドとしても最大限の対策を講じておきたいのである。
「そもそも何故その飛竜はUNKNOWNと呼ばれているのでしょうか?」
ミーティングの最中、アジサイはギルドマネージャーに問うた。
他のモンスターならば名前、そして別名が付く。
だが、かの黒い飛竜はコードネームのように”UNKNOWN”と呼ばれているのだ。
ギルドマネージャーから帰ってきた返答はこの通りだった。
「メゼポルタ地方ではリオレイアに酷似した黒い飛竜が度々目撃されていました。しかし、目撃例が非常に少なかったこと、そして遭遇したと思しきパーティが全滅したこともあり、今まで幻の存在とされていたのです」
「遭遇したパーティが全滅!?」
「ラージャンと同じ理論だな。目撃者が全員死ねば、目撃情報は無くなる。尤も、それでも遭遇したという記録が残っているということは──今回と同じ、現場に痕跡が残っていた」
ギルドマネージャーは頷いた。
目撃者が全員死のうとも、痕跡は雄弁に語るのである。
モンスターが存在した証拠というものを。
しかしそれでも、「黒い飛竜」は長らく完全に謎の存在として扱われていたのである。
遭遇して生還した公的な記録者が居なければ、そのモンスターは新種として認められることはないのだ。
「この生体不明の飛竜に対し、メゼポルタ・ギルドは特例措置として情報を統制。他ハンターが容易に手を出せないようにしたと言います。それでも、現在に至るまでUNKNOWN──黒い飛竜が姿を現す事は無かった」
「……世界ってのは広いな。散々デマゴーグ呼ばわりされていた黒い飛竜も、メゼポルタの方じゃあ少なくとも”幻の存在”って言われるくらいには目撃例があったんだろ」
今まで追って来たものの正体が分かり、嬉しいような残念なような複雑な気持ちになるラグナ。その言葉にギルドマネージャーは驚いたように口を塞いだ。
「まさか! ハンター・ラグナ、貴方は黒い飛竜を見たことが……!?」
「親の仇だ。家族で乗ってた飛行船を落としたのは──見間違いじゃなけりゃ、黒い飛竜だった」
「……俺様もだニャ。故郷を、あの黒い飛竜に滅茶苦茶にされたのニャ!」
「……そう、だったのですね」
沈痛そうな面持ちでギルドマネージャーは頷いた。
「今回、黒い飛竜がメゼポルタ以外に現れるのは
ギルドマネージャーの懸念は正しいだろう、とラグナは考える。
防具を身に纏ったハンター4人を容赦なく焼き殺せる火力は尋常なものではない。
少なくとも古龍級生物に匹敵する力は持っているものと良い、と考える。
もしも本格的に暴れ出せば、周辺環境への影響は甚大なものとなる。
「とにかく、だ。奴の実在はこの眼で確かめてみねえことには始まらねえ。明日の朝と言わず、今からでも出発したいくらいだぜ」
「ラグナさん。一応、ヒマリにも一言伝えないといけないですから。留守はあの子に任せないといけないんですよ」
「危険な調査だニャー……流石にヒマリは置いていかないとマズいのニャー……」
そう言ったマタビは穏やかではなさそうだった。
彼女にとっては、故郷の仇である黒い飛竜。
そしてラグナにとっても、家族の仇だ。だからこそ──彼はもう一度、己の中のハンター像に問いかける。
(憎悪も怒りも無い。俺は……ハンターとして、やるべきことをやる)
それがたとえ、長年追い続けた黒い飛竜が相手だったとしても、だ。
※※※
「あたし。一緒に行く」
「え……」
荷物と仕事道具を動かす準備をしながら、ヒマリが言った。
彼女はとっくに泣き止んでおり、留守番を頼むつもりだったラグナは困惑した様子で続けた。
相手は危険すぎる。ベースキャンプにいたところで安全が保障されるモンスターではない。
ましてや彼女はハンターではない。着いていったところで、友人の仇を討てるわけではないのだ。
当然、真っ先にストップをかけたのはアジサイだった。
「いけません! 相手は──ハンターズギルドも認知していない未知の飛竜です!」
「ハンターのパーティに加工屋が同行するのは許可されているよね? あたしは、このパーティの加工屋でしょ。だから──務めを果たすよ。あたしに出来る事があるかもしれないでしょ。現場で武器が壊れたり防具を補修しかきゃいけないかもじゃん」
「……だとしても──」
「……見届けたいんだ。あの子を殺したモンスターと、皆が戦うのを」
アジサイは口を噤む。
「あたし、いっぱい考えた。いっぱい考えた。考えてるうちに──今のままのあたしがイヤだって気付いた」
ヒマリは拳を握り締める。
弱い自分が嫌いだった。逃げ出す臆病者な自分が嫌いだった。甘ったれの卑怯者の自分が嫌いだった。
だからこそ──変えられる場所から変えたいと思った。
「……ヒマリ、聞いてください。飲んだくれでロクでなしなボクですが……それでも数少ない出来ることが……貴女を守る事なんです。どうか、ボクの言う事を聞いてくれませんか」
「今のままじゃダメなんだ。ねーねやにーにに負んぶに抱っこのままじゃいけないんだ。だから──自分に出来る事をしたい。安全圏で守ってばっかりなのは……あたし、イヤだ!!」
「相手は飛竜だ。飛んできたヤツの攻撃に巻き込まれる可能性もある。そうなったら、オメーも一緒に死ぬぜ。俺達ゃオメーを御守り出来ねーんだぞ」
「……その時は、その時だよ。あたしだって命を張れる! 加工屋だからこそ出来る事だって、あるもん!」
彼女はラグナ相手でも臆さずに啖呵を切った。
「もし、これでにーにとねーねが……ネコちゃんが死んだら、あたし一生後悔する。だから……ついていかせてよ……ッ!! 置いていかないでよッ!!」
ラグナとアジサイが困ったように顔を見合わせる。
そんな彼らに──間からマタビが割って入った。
「ラグナ、アジサイ。俺様──同じ臆病者だから分かんのニャ。ヒマリは──きっと後悔したくねーのニャ」
「……マタビ」
「でも、ラグナは……そんな俺様の勇気を酌んでくれたのニャ」
「……わーったよ。此処でコイツを連れて行かねえのは筋が通らねえって言いたいんだろ」
「にーに!」
「ベースキャンプから一歩も出ない事」
観念したようにアジサイが言った。
「……それが、条件です」
「やった! ねーね大好きっ!」
「……本当に誰に似たんでしょうね、この無鉄砲っぷり」
「オメーだろ」
結局。渋々であるもののアジサイも承諾。
未知の飛竜の調査任務に同行することになったのである。
「とりあえず、火に強くなるお守りを作るね! 三人分っ! 絶対、帰ってきてもらうんだから!」
※※※
──そうして彼らは翌朝出発し、馬運車や船でポートヴァインから南下。
ギルドの調査員たちの同伴の元、清流の秘境へと向かう事になったのである。
そうして丸二日したところで──移動に疲れたラグナが死んだ目でアジサイに問うた。
馬運車は既に秘境の目前まで辿り着きつつあった。
「……清流の秘境ってどんな場所なんだ?」
「巨大な川に切り立った崖が特徴的な湿地帯です。高低差が激しく、移動は困難を極めます」
「ねえ……なんか煙みたいなの上がってない、あっち……?」
ヒマリが指差したのは──木々が生い茂り、岸壁に囲まれた穏やかな森丘。
しかし──何故か遠巻きから煙が上がっているように見える。
ラグナは双眼鏡で目的地の方角を拡大した。
そして冷や汗を垂らしながら呟く。
「……ウソだろ火事か!?」
馬運車はそこで足を止めた。
すぐさまギルドの調査員たちはそこにベースキャンプを構築。
森火事が起きている可能性があるとなれば、それ以上近付くのは却って危険になるからである。
しかし──ラグナは延焼の可能性は低いと考える。
都合の良い事に、辺りの木々も地面も濡れている。
理由は簡単で、此処に来るまでも馬運車は大雨に降られていた。
森火事は確かに起きたのだろうが、雨によって火が掻き消えたのだ。
「ヒマリ。良い子で待っててくださいね」
アジサイは念を押すようにヒマリに手の肩に手を置いた。
彼女は不安そうに頷く。
「う、うん……!」
「大丈夫だ。俺ァ飛竜落としのラグナ様だぞ。オメーのねーちゃんは絶対生きて連れて帰る」
「……ねーねも、にーにも、ネコちゃんも! ……絶対死んだらダメだからね」
「あたぼーだニャ! 万が一の時は俺様が尻を蹴ってでも撤退させる覚悟だニャ!」
「最初っから敗走の準備してんじゃねえ、調子の良いヤツ!」
ヒマリをベースキャンプに置き、ラグナ達は遂に調査に出る。
森を分け入って抜けた先に広がるのは──大きく切り立った崖、そして幾つにも別たれた巨大な河川。
そして──
「んだよ……これ……」
──木々が焼け落ち、真っ黒な炭と化した光景であった。
緑が豊かだった秘境は、たった数日のうちに焼野原と化してしまったのである。
焦土樹林は火山活動の影響で森が焼けた事は容易に察しがつく。
しかし──崖に囲まれた秘境一帯が焼け落ちてしまっている原因がラグナ達には一瞬分からなかった。
そして遅れて、あの黒い飛竜の仕業ではないか、と過ったのだった。
「何のために……? あまりにも無軌道で無差別な破壊だ、飛竜の生態的にも説明がつかない」
崖を恐る恐る降りるラグナ達。
そうして下に降りてみると、更に恐ろしい光景が広がっている。
川に打ち上げられ、黒い炭のようになったモンスターたち。
原型は殆ど留めておらず、何の種類なのかも判別がつかない。
更に川を上がっていくと──丸焦げになった巨大な塊が横たわっていた。
「……ロアルドロス……!!」
見上げる程に巨大な海竜が息絶えている様は凄絶でラグナは言葉を失う。
一方、アジサイは黒焦げになった飛竜のような生き物の死骸を調べていた。
「ラグナさん、こっち来てください! これ──ナルガクルガですよ!」
「……こっちにも居たぜ、こりゃあアンジャナフか……!!」
「お、おっかねえのニャ!! 何でこんなに大型モンスターの死体が……!?」
秘境を探せば探す程に、次々と大型モンスターの焼死体が表れてくる。
木々が悉く焼き尽くされてしまっているが為に、モンスターの死骸も次々に上がってくるのだ。
この異様な光景に、流石のラグナも言葉を失うのだった。
「湿地帯の植物は水分を多く含んでいるが故に燃えにくく、飛竜の炎程度なら弾いてしまう種類も珍しくはねぇ。だけど──だからこそ、この有様は異常だ」
「一体、どんな火力で焼いたのニャ……!? 想像もできねーのニャ……!!」
「まるで殺戮、そして蹂躙です……普通の生き物とか思えません。出くわしたモンスターを正面から次々に殺していったのでしょうか」
「いや、最早──全部まとめて焼き払ったんだろうな」
ラグナは淡々と現場を確認していく。
そしてふと──空が暗くなったことに気付いた。
「……うん? まさか──」
見上げるとそこには、羽根を大きく広げた飛竜の影。
それが、風を切りながらラグナ達目掛けて迫ってくる。
「ッ……散開しろッ!!」
「にゃあ!?」
「……ッ!!」
それは──羽ばたきながら、さも当然のように舞い降りる。
漂ってくる死の香り。
そして、口元から噴きあがる煙。
一瞬、赤く目が輝いたかと思えば、それは敵意を剥き出しにしてラグナ達を睨めた。
血の気が引くようだった。古龍を見た時も、造竜を見た時も、此処まで精神的に追い詰められるような感覚はしなかった。
ラグナは大剣を抜刀しようとして──上手く引き抜くことが出来なかった。
全身の細胞が、それが「危険」であると告げている。
【”UNKNOWN”】
「黒い、飛竜……!?」
被膜によって広げられた翼。
そして鱗に覆われた全身、地面に強く立つ二本の後ろ脚、そして大きな棘の生えた尾。
その全ての特徴が雌火竜リオレイアに酷似している。
だが──その纏う異様な空気。
そして異常に肥大化した翼爪、禍々しい黒い鱗。
目にしたもの全てが、目の前のモンスターを「リオレイアではない」と感じ取らせる。
「こ、こいつが……!? 俺様達の故郷を……!?」
マタビは恐怖のあまり、後ずさり──そして尻もちをついてしまった。
「……やっと会えたぜ。間違いねえ」
ラグナは大剣を握り締める。
そして──15年前の運命の日を思い返す。
あの時、飛行船に襲い掛かった飛竜と、今目の前にいるソレは──同一のモンスターである、と。
「──いよう、久しぶりだなッ!! 俺はテメェに会いたくて会いたくて仕方が無かったんだッ!!」
宿敵を前にして、改めて己を奮い立たせるラグナ。
臨戦態勢に入り、双焔を構えるアジサイ。
おっかなびっくりに銃剣を持ちあげるマタビ。
彼らを前に──黒い飛竜は羽ばたき、強烈な風を巻き起こした。
そして、空の上で──叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
「──ギィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
【飛竜種”???”UNKNOWN】