ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第五十二話:割れたハート

 ──ベースキャンプに重い足取りで戻ってきたラグナを見つけたヒマリは、彼に走り寄る。

 そして気付いた。隣に居るはずの姉の姿が無い。

 彼の神妙な表情からも、狩猟が上手くいったようには見えなかった。

 

「──にーに!? どうしたの……!?」

「アジサイがやられた」

 

 顔を引きつらせ、ヒマリは足をふらつかせる。 

 そんな彼女の手を取り、ラグナは落ち着かせるように握った。

 

「……落ち着け。死んではいねえ。死んではいねえが……全身大火傷の重傷だ。今は現地のアイルー達に手当してもらってる」

「な、なんで、ねーねが……」

「……すまねぇ。俺の所為だ」

 

 ラグナは頭を下げる。

 

「俺が──弱かった。あいつは、俺を庇って……俺の、所為なんだ」

「やめてよ!!」

 

 甲高い声が──ベースキャンプに響き渡り、ギルド調査員たちが振り返る。

 その様をマタビは、樹の裏に隠れながら聞くことしかできなかった。

 

「やめてよ……ッ!! にーには、出来る事全部やったんでしょ……!? それに、ねーねは、ねーねは助かるんだよね……ッ!?」

「正直……かなり危ない状態だ」

 

 ラグナはギルドの調査員たちに目配せする。

 すぐに、医療班が出発の準備を始めた。

 現地のアイルーだけでなく、出来るだけの手を打つならば彼らの力も借りなければならない。

 

「少なくとも、しばらくは復帰できねえ。もう少しで死んでいたかもしれねえし……あの状態じゃ秘薬も使えねえ」

「ッ……にーには、どうするの」

「黒い飛竜を狩る」

「無茶だよッ!! ねーねと二人掛かりでも勝てなかった相手なんでしょ!? そんなのに挑んだら、今度こそ死んじゃうよ!!」

「死んじまうかもな」

 

 淡々と言い放ったラグナに、ヒマリは──信じられない、と言わんばかりに彼の脛を蹴る。

 だが──鎧に守られた脛は、彼女のつま先では全く響きはしない。

 

「……生きてただけ良いじゃん。儲けものだよ。もし、にーにが死んだら、ねーねは……ッ」

「……黒い飛竜を追うのは、俺達の夢だ」

 

 今思い返せば──とラグナはアジサイの言葉を一言一句再生していく。

 

 ──でも──信じる、信じないじゃなくて──それを追い求めるのがハンターじゃないですか。

 

 彼女の言葉にラグナは少なからず救われた。

 追い求めるのがハンターならば、自分は最後までその生き方を貫きたい。

 引き下がるのは安全だし、生き残るならば確実な手段だろう。正しいのはそっちだ、とラグナも分かっている。

 だが──本当にそれで良いのか、と疑問が残る。

 彼自身の生き方に、そして──自分の夢を拾い上げてくれたアジサイに、背を向けて逃げるようなことは出来なかった。

 

「夢が何だって言うの!? 夢の所為で死んだら何も残らないよ!! 意味ないじゃん!! にーにもねーねも大馬鹿野郎だよ!!」

 

 ヒステリックにヒマリが叫んだ。

 心配するのも、止めるのも当然だ──とラグナは受け止める。

 

「でもな、あいつは今此処で野放しには出来ない。ポートヴァインまで北上されたら、それまでにどれだけの被害を出すか分からない。アジサイがもしもそれを知ったら──きっと”自分の所為だ”って責める」

「ッ……そんな」

「その上で、あいつは自分を犠牲にしてでも俺に繋いだんだ。だったら、俺が──あいつから受け取ったバトンを捨てるわけにはいかねえだろ」

 

 もしも黒い飛竜を倒したら、アジサイは悔しがるだろう。

 だが、逃がした黒い飛竜が大きな被害を出せば──愕然とするはずだ。

 誰よりも自分の弱さを厭う彼女だからこそ、絶望してしまうはずだ。

 だから、此処で生き残った以上、ラグナは何としてでも黒い飛竜を討伐せねばならなかった。

 

「それにな、報いたいんだよ。あいつは──俺の夢を肯定してくれた。報わなきゃ、いけねえだろ」

「ッ……勝機はあるの?」

「やらなきゃ分かんねーよ。どんなツワモノだって死ぬときは死ぬ。それは──モンスターだって同じだぜ」

 

 そう言ってラグナはテントへ向かう。

 切らしたアイテムを補充するためだ。

 黒い飛竜の行方は調査隊のフクズクに追わせ、一先ずの所はラグナも万全の準備を整える。

 そして──今度こそ、必ず黒い飛竜を狩ると決意していた。

 しかし、そんな彼の手をヒマリは握り締めた。まるで引き留めるように。

 

「……どうした。止めたって俺は行くぞ」

「もう、止めない。だって、分かったんだもん」

 

 ふにゃり、と口角を緩ませて──ヒマリは涙を手で拭った。

 

「にーには……ねーねの事が大好きなんだね」

「ッ……俺が?」

「うん。だって、そうだよ。あたしが聞いてた”飛竜落とし”のラグナは、女にだらしなくって……見境ってものが無くて、トラブルばっかり起こすって」

 

 それは事実ではある。

 だが──ただ一つ違うのは、今のラグナはすっかりアジサイに心を乱されてしまっていたのだ。

 

「だから、()()()()()って思っちゃったんだ。あたしって臆病で卑怯だから……いけるかなって思っちゃったんだ」

 

 しかし──現実は違っていた。

 飛竜落としの隣には既に、姉の姿があった。

 

「でも、全然話が違うじゃん。にーに……あたしの事なんて、最初っから眼中に無くって……どうしてだろうって思ったよ。あたしが先だったらよかったのにって思ったよ。でも……やっとわかった。ねーねは……きっと、誰よりも本気で、にーにと向き合ったんだ。そうでしょ?」

 

 きっとそうなのだろう、とラグナは考える。

 自分の身体がリグヴェナロクに侵された時、彼女は命を捨てる覚悟で立ち向かって来たと聞いた。

 そして、それでもラグナが世界の敵になるならば、一緒に世界の敵になるとまで言ってくれた。

 

「あいつが俺に向けている感情が、そして俺が今抱いている感情が──恋だとか愛だとか、そんな言葉で表せるもんなのかは分からねえ。分からねえけど──」

 

 言葉だけならば何とでも言える。だが、アジサイは──本気だった。

 彼女は何一つウソ偽りなど言っていなかった。

 

「アジサイは──俺の相棒だ。今隣に居なくても……あいつが俺の為に身体を張ってくれたように、俺もあいつの為に命を燃やし尽くしたいんだよ」

「……にーに。それなら、これを持って行ってよ」

 

 ヒマリは、ラグナの手に首から掛けるタイプのブローチを握らせた。

 手に持つとほのかに暖かい、石のようなものが埋め込まれている。

 護石──装備するだけで特殊な効力を発揮する、ハンターの必需品と言えるものだ。

 だが、その効力は素材や加工屋の実力によって大きく変動する。

 ラグナは握り締めただけで理解した。この護石は──凄まじい力を秘めている、と。

 

「ベースキャンプにいる間に、出来る事は無いかって思ってたんだ」

「これって、どうやって作った?」

()()()が付けてたお守り。あたしが作った時とは、性質が変わってたんだ。だから修理してみたの」

「……黒い飛竜のブレスで、お守りの性質に何らかの変化が起きたみてーだな」

 

 無理も無いか、とラグナは考える。

 炎属性に加えて猛毒、更に龍属性まで込められたシロモノなのだから。

 

「調べてみたんだけど、元々は精霊の加護を宿したお守りだったのが、それに加えて龍属性への耐性まで身に着けてる。きっと役に立つはずだよ」

「……龍属性か。確かに丁度欲しかったところだ」

「あたしは一緒にはいけないけど、それをあたしだと思って身に着けてよ」

「……ヒマリ、俺は」

「分かってる。でもあたし、今とってもハッピーだよ」

 

 満面の笑みを無理矢理作り、彼女は言った。

 

「あたしの大好きな人と、あたしの大好きな人が……好き合ってるんだもん。こんなに幸せな事、ないよ」

 

 だから、と彼女は──未練を振り切るようにラグナの手を握り締め──そして、ふわりと離した。

 

「だーかーらーっ、ねーねを悲しませるようなことをしたら……死んでても殺してやるからねっ!!」

「……あんがとよ。約束するぜ」

 

 ラグナは昔のように、ヒマリの髪をわしゃわしゃと撫でてやるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なあマタビ」

 

 

 

 全ての準備を終えて、ラグナは黒い飛竜の居る場所へと歩を進める。

 アジサイはアイルー達に加えて医療班も治療に向かっており、彼らに任せて問題ないだろう──と自分に言い聞かせていたラグナだったが、それでもざわつく心が落ち着くことはなかった。

 隣を歩くオトモにラグナは投げかける。

 

「何だニャ? ラグナ」

「俺もな──大概悪い事はやったんだよ。だから、こんな俺が──アジサイに想って貰える資格なんざ、ねぇはずなんだよ」

「そりゃあ決まってんのニャ。アジサイもロクデナシだからだニャ。オメーらは最初っからお似合いなのニャ」

「……それもそっかぁ」

 

 何か言い返そうと思ったが、それ自体は否定できないので肯首するラグナ。

 

「……なら、ロクデナシはロクデナシらしく、前のめりに生きて前のめりに死ぬのがお似合いってワケだな」

「そういうことだニャ」

「なら、黒い飛竜の首を獲って、あいつが悔しがるところを拝んでやるとするかね」

 

 努めていつも通り。いつも通りのように。

 ラグナは自分を落ち着かせるように──頬を叩く。

 

「……オマエにとっちゃ故郷の仇。俺にとっちゃ家族とアジサイの仇。だけど……狩りに私情を持ち込むヤツは早死にする」

「今更だニャー。本当なら引き返した方が良い場面で屁理屈こねて前に出てる時点で、オメーも俺様もきっとロクな死に方しねーのニャ」

「違いねーな。……確かに今俺があいつの所に行ってる理由は私情だらけだ」

「そしてそれは俺様も同じだニャ」

「人間ってのは、どうしてこうも矛盾ばっかりで──上手いこといかねえもんなのかね」

 

 ほとほと呆れてイヤになる、とラグナは続けた。

 

「ラグナ。ラグナがよく言ってるソレって──誰かの受け売りかニャ?」

「ソレって何だ。狩りに私情を持ち込むヤツは早死にするってアレか」

「そうだニャ。まるで、自分自身に言い聞かせてるみてーだニャ」

「……俺にも師匠って奴が居るんだよ。手のかかる弟子だったろうが、色々教えて貰ったぜ」

 

 ラグナは思い返す。

 憎悪と怒りのままに、そのハンターの下に訪れ、弟子にしてほしいと押しかけた日の事を。

 流石に困惑されて送り返されそうになったが──事情を根気強く説明するうちに、向こうが折れて弟子入りという形になったのだ。

 

「尤も、師匠としてはすぐに音を上げて出て行くもんだと思ってたらしいけどな……どうやら俺は生まれつき身体が頑丈だったらしく、耐えちまうのは想定外だったんだと」

 

 だから──飛行船事故で生き残ったのだ、とラグナは考える。

 そして自分が生き残り、今こうして立っている。それはきっと因果で、とてつもなく奇妙な運命に感じた。

 

「ハンターとしては普通の人だった。正直、あの人の考えも最初は理解できねーって思ってた。だけど……今なら分かる」

 

 ──良いかラグナ。狩場に私情を持ち込むヤツは早死にする。

 

 ──怒りはそれだけ人の目を曇らせてしまうからだ。

 

 ──だから、怒りを捨てて──透明な心で獲物に向き合え。

 

 ラグナの心は平静を取り戻しつつあった。

 アジサイの事が心配ではない訳ではない。

 しかし──それで取り乱すようでは、黒い飛竜の前で頓死するのは目に見えている。

 

「これが、勝つための最適解なんだ。これは狩り、どっちが食われるかの勝負だからな」

「……ラグナ。すっかり、いつも通りになったのニャ」

「きっとアジサイだって、それを望んでいるはずだぜ。あいつの為にも、俺はいつもの自分で──黒い飛竜と戦う」

「だけどどうするニャ? 閃光も、罠も、何も効かねえヤツに……」

「罠が効かなくても麻痺なら効くモンスターは少なくない。ゲネポス銃剣が鍵になる」

「……結局俺様かニャー……」

「後は、まだ使ってない秘密兵器、幾つかあるんだろ?」

「あんまり買い被りすぎるんじゃねーのニャ。ヒマリのおかげでちゃんと動くようになったとはいえ、なのニャ」

「後は……奴がどれだけの技を持っているか、だ」

 

 黒い飛竜は様々な飛竜種の技を使っていた。

 しかも、特化した生態の飛竜の力をあたかも我が力のように振るっていた。

 溶岩や爆発性の鉱物を食べていなければ使えないグラビモスの熱線。

 膨大な龍属性エネルギーを吸収していなければ使えないアルシュベルドの技。

 そして、体内に流れる劇毒によって生成されるエスピナスの炎。

 だが、それに加えて──黒い飛竜自体も龍属性エネルギーを用いた不可思議な技を幾つも使っている。

 

「そもそも奴が古龍に限りなく近い存在なのは疑いようもねえだろうけど……あそこまでくると、最早リオレイアの近縁種と見做すのも烏滸がましいな」

護竜(ガーディアン)みてーに人に作られたモンスターって方が違和感ねーのニャ」

「ハハ、そうだな……案外、奴も造竜なのかもしれねー」

 

 そうしないとラグナはやっていられなかった。

 何処の世界に、飛竜のカタチをした古龍が居るというのだろうか。

 ならばまだ、飛竜にカタチだけ似せた造竜兵器の方がしっくりくる。

 

「……んまあ、どっちにしても狩ってみねえことには分からねえか」

「そうだニャ」

 

 ラグナ達の前には巨大な塔が聳え立っていた。

 秘境にひっそりと捨て置かれた、巨大な建造物。

 その頂上で旋回するのは──漆黒の飛竜。

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