ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第五十四話:ここからもう一度

 ※※※

 

 

 

 それから一か月が経とうとしていた。

 未だに黒い飛竜の居場所は見つかっていない。

 ラグナの骨折はギルドの想定していたよりも早く治り、いつでも狩猟に出られるような状態になっていた。

 しかし、ラグナはこの一か月、ただの一度も狩猟に出かけることはしなかった。

 ギルドからの報酬で暮らしていけているのもあるが──何より、復帰して初めての狩猟には、隣にアジサイが居なければならない気がしてならなかった。

 

 アジサイは──ギルド管轄の療養施設でずっと寝たきりだった。

 

 全身の大火傷は勿論、そこから入り込んだ毒が彼女の身体を蝕んでいた。

 それを取り除き、元の健康な体に戻すには一か月でも速すぎると言われた程である。

 

 だが、ラグナは一か月と言わずいつまでも待つつもりだった。 

 アジサイが居ない狩猟は──彼にとって味気なさすぎたのである。

 

「完成したよ。にーにの装備! 壊れたヴォルガベルもこの通り!」

 

 そんな中、ヒマリが自慢げにラグナを工房に案内する。

 そこにあったのは全身を黒く染め上げたハイメタ装備と、アンジャナフ亜種の素材で作った甲冑・ジャナールヘルム。

 ラグナが以前より依頼していた装備一式だ。

 ハイメタ装備はラグナの体型に合わせた細見の仕様になっており、ジャナールヘルムは男用のバイザー式のフルフェイスになっている。

 そして、無茶苦茶な使い方で爆散したヴォルガベルは完璧に修復されていたのである。

 

「おーおー、最早今となっちゃあ懐かしいな。お前らに会う前はコイツを使ってたんだ」

「……何で手放しちゃったの? すっごく優秀な装備なのに」

「色々あんのさ」

 

 パーティのリーダーの彼女に手を出した結果、樽に詰め込まれて海に投げ込まれたからである、とはとてもではないが言えないラグナであった。

 

「さーてとっ。これで、あたしのやるべき事は終わりかな」

 

 大きく伸びをしながら、ヒマリが言った。

 マタビが目を丸くする。

 

「ヒマリ、行っちゃうのかニャ!?」

「ごめんねー、ネコちゃん。あたし、旅に出ようと思うんだ。やっぱり、にーにとねーねの苦労にタダ乗りは出来ないって思ってさ。だって、あたしはまだまだ駆け出しの加工屋だよ?」

「駆け出しにしちゃあ優秀だったぜ、オメーはな」

「そういうことじゃないのっ。きっと──世界にはまだ、見た事のない素材とかモンスター、そしてそれを狩るハンターがいっぱいいる。あの子の分まで──世界を見てくるよ」

 

 ポートヴァインの墓地へ丁重に葬った友を思い返し──ヒマリは決意を固めたようだった。

 それを聞いて満足したように、ラグナは彼女の髪をわしゃわしゃと撫でた。

 

「わわっ、にーに!? もう、あたし子供じゃないんだよ!」

「今回の狩猟、オマエの御守りが無いと俺はあいつを退ける事が出来なかった。オマエはきっと、良い加工屋になれる。飛竜落としのラグナがそう言ったんだ、絶対なれる」

「っ……にーに」

 

 目を潤ませると──ヒマリは頷く。

 既に外には、仕事用の工具を乗せた台車が置かれていた。

 

「そういや、アジサイには何も言ってねえのか?」

「昨日、会ってきて全部話したよ。どうしてもっと早く言わなかったんだって怒られたけど」

「……そうか」

「でも、また会いたくなったらポートヴァインに帰ってくるよ。ねーね、心配するだろうし」

 

 そう言い残し、ヒマリは全ての荷物を纏め終えたのか台車を握り外に出て行く。

 そんな彼女をラグナとマタビは見送る。

 どうやら、ポートヴァインを発つ船がもう直に出るようだ。

 

「折角アジサイが退院するんだ。出発するのは、もう少し後にすれば良かったのに」

「ダメダメ。ねーねが一緒に居たら、あたし──ずっとここにいて良いかもって思っちゃうもん。決意が鈍っちゃう」

「……名残惜しいのニャ」

「にーに! あたし、応援してるよ。黒い飛竜の事も──そして、ねーねとのコトも……ね!」

 

 手を大きく振り──ヒマリは去っていく。

 それを聞き、恥ずかしそうにラグナは「……敵わねーなあ」と呟くのだった。

 

(……さよなら、あたしの大好きな人達)

 

 潮風が吹く。

 ブロンドの髪をなびかせながら──ヒマリは船着き場へと向かうのだった。

 

「……行っちまったのニャ」

「あいつは、あいつの目指す道を進む。誰のものでもないあいつだけの道をな。俺達も、俺達の道を進もう」

「先ずは、アジサイを迎えに行かねーとだニャ」

「ああ。そろそろ──定刻のはずだぜ」

 

 時計の針を見る。

 療養施設に入っていたアジサイが今日、退院する。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──なんか緊張すんなあ」

「面会できるようになってからは毎日通ってたのに今更何なのニャ」

「いや、さ。あいつ、寝てることが多かったから、まともに話せてねーんだよ。一応、黒い飛竜の事は報告できたけど……ぼうっと天井見てただけだし」

「無理もねーのニャ」

「……色々、改めて話さねえといけねえ事があるからな」

 

 待合室のソファに座り込む二人。

 そんな彼らの元に──懐かしい声が響く。

 

 

 

「ラグナさん、マタビさん」

 

 

 

 びくり、とラグナは肩を震わせて立ち上がった。

 そこには──いつもの和装を身に纏ったアジサイの姿があった。

 だが、彼は硬直する。入院中は包帯を巻いていて見えなかった顔に──痛々しい火傷の痕が残っていた。

 右目の回りに焦げ茶色の染みとなって残ってしまっている。

 

「アジサイ──それ……」

「御心配、おかけしました」

「……俺……悪い、本当に……」

「顔にちょっと、火傷の痕が残っちゃってて。どうしても、治せなかったみたいで──ごめんなさい、気持ち悪いですよね」

 

 申し訳なさそうに言うアジサイ。

 その傷を見てラグナは改めて思い知る。

 これは、弱さの証だ。ラグナ自身が──守るべきものを守るべき場面で守れなかった証なのだ。

 じりじりと胸が締め付けられるようだった。

 アジサイの綺麗な顔に、一生消えない傷を残してしまった事がラグナを苦しめる。

 海の中に沈んだまま、登って来れないような──そんな息苦しさを覚えながらも、ラグナは言葉を絞り出す。

 

「……俺を守ってついた傷だろ。そんな事言うなよ」

「……その方が、黒い飛竜を狩れると思ったからです。どっちかを生かすなら──あれしか無かった」

「違う」

 

 ラグナは首を横に振った。

 どっちが強いか等、関係無かった。

 

「お前に俺を庇わせたのは、俺の弱さだ」

「でも、ラグナさんは──マタビさんと一緒に黒い飛竜を撃退できたじゃないですか。安心しましたよ──ボクが居なくても、やっぱり──」

「それだけは絶対に有り得ねえ」

「ッ……」

「俺さ、今回の件で自分がどれだけ至らないか、どれだけ情けねえのか分かったよ。結局マタビが居ねえと黒い飛竜は倒せなかった。アジサイが庇ってくれねえと、俺は此処に立ってねえ。それなのに、今まで──ずっと俺さえ居れば何とかなるだろうって思ってた」

 

 現実は違っていた。

 仲間に手を取られ、命をギリギリ繋いでいたのは自分の方だった、とラグナは自覚する。

 

「アジサイ。頼みがある」

「な、何ですか……?」

「一緒に、強くなろう。勿論、マタビもだ」

「ニャッ……!」

 

 アジサイの手を、そしてマタビの手を握り、ラグナは頭を下げる。

 

「俺はいつか……またあいつと戦う事になると思う。でも、きっと今のままじゃアイツには勝てない。それくらい、あの黒い飛竜は規格外のモンスターだ」

「ッ……良いんですか? ボクで……」

「オマエに庇われたのは、俺の弱さだ。相打ち覚悟じゃねえとあいつを撃退する事しか出来なかったのは、俺の弱さだ。だから俺は──もっと、強くなる」

 

 ただ身体や技を鍛えるだけではない。

 心を──強敵と向き合い、そして己の弱さに向き合う心をラグナは手に入れたいと願う。

 今度黒い飛竜と出会った時、三人で笑って祝杯を挙げる為に──

 

「……ボクに庇わせたのが貴方の弱さというならば」

 

 アジサイは、ラグナの手を握り締める。

 彼女は初めてだった。

 此処まで弱々しく、そして苦しそうなラグナの顔を。

 罪業に耐えかねた咎人のような彼の姿を。

 今回の件でどれだけ思い悩み、苦しんだのだろうか──とアジサイは想像もつかない。だからこそ、アジサイは言葉をかける。

 弱かったのはラグナだけではない、と。

 

「貴方の心に傷を残してしまったのが……ボクの弱さです。ボクだって……胸を張って、貴方の隣に居られるボクで居たい……ッ!!」

「……簡単なクエストからやり直そう。また、積み上げていこう。とても長い道になると思うけど、時間は幾らでもある」

「そーだそーだニャ! それに、皆生きて帰って来れただけ儲けモンって奴だニャー!」

 

 得意げにマタビが言った。

 

「よし、そんじゃあ……また3人で──クエスト受けに行こうぜ!」

「勿論です! そしていつか、あいつにリベンジしましょう!」

「そーと決まったら! 久々にマイハウスで、アジサイの快気祝いだニャー!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 アイルーデリバリーで持って来られた豪華な料理のフルコース。

 色とりどりの料理に巨大なタマゴで作った目玉焼き。

 それを前にしながら──ラグナは言った。

 

「ところでよー、アジサイ。黒い飛竜の事だけど」

「そうです、ギルドは──」

「ありゃあ特別許可モンスターに指定された。今回俺達が撃退しか出来なかったことでいよいよ危険なモンスター扱いされてる。そしてほとんど実態が分かってねえからか、呼び名もUNKNOWNのままだ」

「……そうですか。正直、侮っていた自分を恥じています。あれほどの力を持つモンスターだったとは」

「黒ってのは不吉な色にされることも多いし──ヤツは触れちゃあいけねえ扱いになってやがる」

「触らぬ神に祟りなし、って言うもんニャー」

 

 実際ラグナも報告書を書きながら頭が痛くなった。

 何故ならば黒い飛竜の使う技はいずれも、本来ならば他の飛竜が独自に進化させて手に入れた器官が無ければ使えないものばかりだったからである。

 アルシュベルドの龍気爆発も、グラビモスのビーム砲も、グレンゼブルのガスも──他の飛竜では使えないような特徴的なものだ。

 ポートヴァイン・ギルドは結局、黒い飛竜を深追いすることを諦めた。

 ラグナがボロボロになって帰ってきたのを見て、そこらのハンターが手を出せる存在ではないと悟ったからである。

 

「それとアジサイ。お前、ヒマリが出て行くって知ってたのか?」

「ええ。昨日いきなりです」

「……折角姉妹で再会できたのに」

「残念ですよねー、おっきなおっぱいが居なくなってしまって」

「僻んでんじゃねえよ」

「僻んでません」

 

 ふん、とそっぽを向いてしまうアジサイ。

 そして──自分の子供っぽさにほとほと嫌気が差す。

 こんな事を言いたかったわけではないのに。

 

(……そう言えば、こんなこともいわれたんだっけ)

 

 ──ねーねも、自分の気持ちにもっと素直になりなよ!

 

 ──にーには……ねーねの事、すっごく大好きなんだからさ! そのショーコに、今はねーねの事以外、眼中にないんだから!

 

 ──ねーねが大怪我した時、すっごく落ち込んでたんだからね!

 

 頬が熱くなる。

 まさかあのラグナが? と期待してしまっている自分が居る。

 だが同時に──もっと彼の隣に相応しい自分にならなければならない、とアジサイは焦りのようなものが込み上げてくるのだった。

 

(素直に……か)

 

 ならば、とアジサイは直接問うてみたくなった。

 ラグナが──自分の事をどう思っているのか、を。

 

(あの言葉の意味も、教えてくれるのでしょうか)

 

 胸を高鳴らせながら心臓の音が早くなっていくのを感じ、余計に気恥ずかしくなる。

 炎で倒れた時、ラグナが必死に自分の名前を呼んでいたのをアジサイは覚えている。

 

 ──居なく、なるなよ、アジサイ……。

 

 ──もう居なくなったりしねえからぁ……。

 

(……嬉しかった。あんな風に言ってくれて)

 

 アジサイの心が、ほんのりと桜色に染まっていく。

 もう一度、この言葉の意味を問うてみたいという意地悪な気持ちが湧いてくる。

 すっかり傷心していた彼に聞くのは不謹慎な気がしたが──それでも、何度も目の前で居なくなられた仕返しには足りないような気がした。

 

「あの、ラグナさん──」

「悪かったよアジサイ、お詫びってわけじゃねーが……実はギルドからちょっといいモンを貰っててだな」

 

 その前にラグナが持ってきたのは──大きな瓶ワインだった。

 

「いやー今回の礼品だってよ、オメーが酒好きなの知ってたみたいで──」

 

 ──数秒後。

 瓶ワインの中身は蒸発した。

 その全ては一瞬のうちにアジサイの胃袋の中に収められたのである。

 恐怖以外の何物でもない光景に──ラグナは震えあがっていた。

 

 そういえば、とラグナは思い返す。

 

 今のアジサイが、療養生活で完全にアルコールを切らせてしまっていたことを。

 

「あ、あの、アジサイさん……?」

「ヒック」

 

 しゃっくりが聞こえてくる。

 ああ終わった、とラグナは逃げ出す準備をしようとしたが、万力よりも強い手で腕を握られ、逃げられない。

 

「らぐなしゃぁーん、ひまりにおしえてもらったんれふ……自分の気持ちに正直になれーって、ひまりからもいわれたよーな」

「正直になれって、そう言う事じゃないと思うんだけどなァ!? おいマタビ、何とかしてくれ!! なんかあるだろ!! なんか──」

 

 しかし、もうマタビの姿は何処にも無かった。

 テーブルの上には置手紙。そこには、このように書かれていた。

 

 

 

『お暇をもらいます マタビ』

 

 

 

「──あの野郎逃げやがったーッッッ」

「らぐなしゃぁーん、もういなくなったりしないんれすよねぇ?」

「ヒュイッ……確かに言いましたけどもねぇ、アジサイさんや」

「じゃぁー、ボクの酒が飲めないなんて言いませんよねえー?」

 

 アジサイは何処に隠し持っていたのか強烈な蒸留酒を取り出し、ラグナの口に突っ込んだ。

 彼の意識が一気に遠のいていく。ああ、またこのパターンか、最早久しいな──と。

 だが実は喜ぶべきなのかもしれない。

 帰ってくるべき人物が帰ってきて、そして戻ってくるべき日常が戻ってきたのだと。

 

 ……ついでに、ちょっと騒がしいトラブルも戻ってきてしまったが、それは御愛嬌ということにならないだろうか。

 

「ゴボッ、ゴボボボボボボボッ、ゴボボボッッッ」

 

 やっぱりなりそうにない。

 どこまで行ってもアジサイはアジサイなのであった。

 酒を無理矢理喉奥に押し込まれながら、ラグナは意識が薄れていく。

 

 

 

(百年の恋も冷めるってのは……こういうことを言うんだなって……)

 

 

 

 ──ラグナは混濁して朦朧とする自我の中で決めた。

 自分達の関係に遠慮などというものは必要ない。

 守る守られる、だとかどっちが強い弱いだとか、そんなものを論じるのは無意味だったのだ、と。

 今回アジサイが負傷したのは、巡り会わせが悪かっただけなのだ、と。

 だから気にしないことにした。

 

 

 強いて言うならば──やっぱりこの女には禁酒が必要である──と。

 

 

 

 チャプター3「恐火が凶禍となる刻」──(完)

 

 

 

 セーブしますか?

 

 

 

 ▶はい

 

 

 

 いいえ

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ラ・ロが現れた」

 

 

 

 誰かが言った。

 

 

 

「可哀想に」

「この世界もいよいよ終わりか」

「光の竜が在る場所に、必ず有り得ない闇の竜」

「……やはり、時空間が交錯している」

「調和だ」

「調和だ」

「調和が必要だ」

 

 

 

 

 

「──完全に人の手で管理した──完全なる調和(パーフェクトネイチャー)が必要だ」




というわけでお疲れ様です!チャプター3は黒い飛竜ことUNKNOWNとの戦いを描いたお話となりました。此処からラグナ達は、黒い飛竜との再戦を目指しながら色んなクエストに挑戦していくことになります。そんな彼らの軌跡を今後ともよろしくお願いします!そして不穏に蠢く謎の組織の影、黒い飛竜の行方、今チャプターでは現れなかったバジルの真意は一体……?

そんな流れを全部ブッた切るチャプター4……否、チャプターⅣ。特定の章だけナンバリングが変わるこの現象、私のポケモン小説を読んでくださっていた方々には既視感があるでしょう。

要するに──「夏はポ〇モン!」だとか「爆発は春の季語」のようなノリのお話になるということです。

どうぞお楽しみに!
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