──結局。
反省会がすぐに開かれる事になった。
大戦犯アジサイは謝り倒す。
「本ッッッ当にごめんなさい……途中から何も抑えが効かなくなって」
「オメー、禁酒な」
「同感だニャ」
「殺生な!! 酒はボクにとって命の水なんですよ!?」
「その度に周りに迷惑かけてる自覚あんのかテメーは!!」
「それとこれとは話が別です!!」
「病気だな立派な」
翌朝、宿の食堂でアジサイを激詰めするラグナ。
酒を飲む度に我を失ったのでは堪ったものではない。
ラグナは激怒した。かの邪知暴虐な酒カスをどうにかせねばならぬと決意した。
「お酒は……辛い事、怖い事を全部忘れさせてくれるんです」
「いちいち頼るなアルコールに」
「あんな度の強い酒を飲むのがいけねーのニャ」
「…普段は毎晩ちびちび、程度なんですけど」
そう言えば、とラグナは思い返した。
普段のアジサイは晩になると必ず酒を飲んでいるが──あそこまで大荒れする事は無い。
しかし、前回のやらかし然り今回のやらかし然り、彼女は「しばらく飲んでいなかった」と言っている。
「……狩猟の前は絶対にアルコールを抜くじゃないですか。終わったら反動でキツい奴を飲みたくなっちゃってェ……」
「ダメじゃん」
つまるところ、我慢した分の反動が一気にやってくるタイプの酒飲みであった。
「こんなマジメそうな顔してんのに頭の中はアルコールばっかりか、クソッ……」
「んなっ、そんな事はありませんよ!!」
「とにかくオメーはしばらく禁酒だ、良いなアジサイ。狩猟前と言わず一週間きっちり抜けば、多少はマシになるだろう」
「そんなぁ……!!」
涙目でアジサイが縋ってくるが、今回ばかりはラグナも譲るつもりはなかった。
「さぁてとそろそろ時間か?」
ラグナは店に掛けられた時計を見る。
今日も今日とて、ディシプリンから呼ばれているのだ。
朝、手紙を結わえたフクズクがラグナの泊まっていた部屋にやってきたのである。
(……わざわざ俺に寄越してくるとは。一体何なんだあ?)
用事があるのはラグナ本人だけらしい。その為──ラグナは二人を置いて、商工会へ出向くことにした。
「ンじゃあ、俺はそろそろ出る。マタビ、アジサイをちゃんと見張っておけ。酒を一滴でも飲まねーようにな」
「勿論だニャ!!」
「そんなぁ……ボクの生き甲斐が……」
「んでアジサイ。マタビをちゃんと見張っておけ。誰かからモノを盗まねーようにな」
「アレェ!? 信用が全くねーのニャ!?」
「当たり前でしょ」
※※※
「……あー、来たか」
商工会の奥の安楽椅子にディシプリンは腰かけていた。
「──失礼します」
「敬語は良い。俺達は依頼人とハンターだ。対等だろ──ラグナ・オークロック」
ディシプリンは楽にするようにラグナに命じた。
ラグナは構えを解き、再度礼をする。
「……そんで? 俺に何の用だ? ディシプリンさんよ」
「オマエらが泥濘の湿原に行ってる間、ツテを使ってあんたの過去を調べさせて貰った。ビックリしたよ──オークロックつったら、西地域の貴族の家じゃないか」
ラグナは肩を竦めた。何もかもお見通しか、と言わんばかりに。
「……親父とおふくろが死んでからはすっかり没落しちまったがな」
「飛行艇の事故は不幸だったな」
「俺が10歳の時だ。もう──過去の事だよ」
ラグナは──これまで歩んだ自分の道程を思い返した。
西地域の貴族の家に生まれたラグナは何一つ不自由ない暮らしを送っていた。
モンスターの被害とも縁遠い地域で、ハンターもモンスターも遠い世界に生きているものだと思っていた。
だが、家族そろっての飛行艇での旅行中に──悲劇は起きる。
「むしろラッキーさ。俺は運よく頑丈に生まれて……運よく助かる位置に居た。ただ、それだけだ」
「それでハンターになったのは──」
「あの飛行艇の墜落は……事故じゃない」
ラグナは──マタビから貰った黒い鱗を重厚な執務机に差し出す。
大きな腹を震わせながら、興味深そうにディシプリンはそれを拾い上げた。
「……これは」
「あの日。あの時──黒い飛竜を見た。赤い眼光を迸らせた──黒いリオレイアを。飛行艇を堕としたのはソイツだ」
「……聞いた事が無いね。黒いリオレイアなんて」
「だろうな。皆、見間違いや幻だって言う。だけど……この町にやってきて、漸く同じモンスターを見たってヤツと出会えた。あいつは──居る」
「……敵討ちでもするのか?」
「最初はそう思ってたよ。”どうして”って両親の死に意味を求めた。」
ラグナは黒い鱗をポーチの中に仕舞った。
両親が何故死なねばならなかったのか。
ありふれた幸福はどうして一瞬のうちに奪われたのか。
ずっと堂々巡りで悩んだ日々もあった。武器を取った切っ掛けは間違いなく──仇討ち、あるいは行き所の無い復讐心をモンスターにぶつける為だった。
だが──必死に修行を重ね、多くの命と刃を交えているうちにラグナは辿り着いた。
「だけどな──
「それが……多くの狩りを重ねて得た結論か?」
「ああ。
「家族を殺されれば、憎き仇を殺してやりたいと思うのは至極当然だろう」
「……言葉も生き方も違う別の生き物を憎むのが筋違いだって思うようになったのさ。あいつらは──生きているだけだ。俺達と同じだ。俺達だって肉を食う。その為に生き物を殺す。何なら煩わしいって理由で虫を殺す事もあるだろ」
それと同じだ、とラグナは語る。
「必要のない殺生は良くないって言うけど、一度でも必要のない殺生をしたことがないヤツなんて早々居ねえはずだ。草木を踏み、花を摘む。装飾品の為に生き物の皮を剥ぎ角を折る。人間だって他の生き物を食う以外で殺す事はある。それと同じだ」
「耳が痛いね」
「責めてるわけじゃねえよ。生きている限り、他の命を無自覚に奪うことがあるのは人間もモンスターも変わらねえって話だ」
「……成程な。俺達もモンスターも……同じ自然に生きる命。背負う業は同じってことだな」
「モンスターも……生きているだけなんだ。俺達と同じだ。あの飛竜はきっと──目の前の邪魔なモノを焼き払っただけに過ぎない。あるいは飛行艇を敵と認識したのかもしれない」
そう気づいた時、ラグナはモンスターを憎むのをやめた。
何匹ものモンスターに自ら手を掛け、トドメを刺してきた彼だからこそ言える言葉だった。
生と生のぶつかり合い、その中で──何度も命の重みをラグナは感じ取ってきた。
「……学術院に一時期居たようだな」
ディシプリンがラグナに問いかけた。ラグナは肯首する。
「……もっと粗野な男だと思っていたが……見掛けに寄らずインテリだったか」
「実家の蓄え使って、ハンター稼業を休んで2年くらい通ったよ。身体は鈍っちまったけど……得られたものは大きかった。知識は武器だぜ」
「違いない」
ディシプリンは同意する。商売も同じだ。先ずは知識が無ければ戦いの土台には立てない。
「だが、何故ハンターを続ける? 命懸けの仕事だ。黒い飛竜を追うだけならば研究者や編纂者の道もあったはず」
「昔の俺みてーな思いをする人が1人でも減らしてえんだ。
「黒い飛竜は?」
「その道の中で出会えれば良いと思ってる。まあ出会えるモンなら今すぐにでも飛んで行くけどな」
「……出会ってどうする?」
「さあな」
黒い飛竜への憎しみも、復讐心も当の昔に消え失せた。
だが──ラグナの答えは既に決まっているも同然だった。
「もしあいつが人間の領域に踏み込むなら──その時は俺が狩る」
「……大したハンターだよ、オマエは。装備は三流以下だが……俺の調べた限り、狩猟実績もそこらのハンターの比じゃない。最後に確認されたのは、一流パーティらしいが……どうして今は一人に?」
「……スゥー」
ラグナは口ごもった。
言えない。言えるはずがない。
パーティリーダーの女に手を出した結果、全身ひん剥かれて海に投げ捨てられたことなど。
顔ではクールを気取っているが、嫌な冷や汗が背中を伝いまくっている。
故に──
「……人間、色々あるのさ」
──誤魔化した。良い話のままで終わらせたかったのだ。
「……んまあ、その辺は聞かないよ。だけど、装備はなるだけ良いヤツに更新した方が良いだろう。そのナマクラ骨剣じゃあ飛竜祭は潜り抜けられない」
「おっしゃる通りデース……」
「そこで、オマエに見てほしいものがある」
ディシプリンが差し出したのは一枚の書類だった。
それは報告書だ。イャンクックの群生種が各地で確認されているというものだ。
「……イャンクックの群生種の目撃情報」
「本来、群生種は飛竜祭の始まる時期と共に大群で現れる。だが……此処最近、バラージュ周辺各地で群生種が出没している。例年より早すぎるし、奴らがばらけて出るのは有り得ない事だ」
「……その調査を俺に依頼したい、と」
「既に話はギルドを通してあるし、報酬は弾む。それに──群生種イャンクックの素材から作れる装備は癖が無く優秀だ。俺達は”破軍装備”と呼んでいる。悪い話じゃないはずだ」
「飛竜の軍団を打破するから破軍装備か、良い名前だ」
書類を受け取ったラグナは──クエストを受ける事にした。
だが疑問が残る。本来ならば団子のように固まっているはずの群生種が各地に出没していることだ。
「それで? 元学術院の優等生の見解を聞きたいね」
「より強いモンスターが出現して、群れを乱したと考える。イャンクックが群れたくらいじゃ相手にならないくらい強いモンスターだ」
「そりゃあよっぽどの事態だぞ。確かに飛竜祭の後半は、イャンクックの群れを狙った、より強力な飛竜の群れがやってくるが……それでも今まで、群生種の行軍が乱れた事は無かった」
理由は唯一つ。
完全に群れを成した群生種は、基本的に何も恐れない。
ラグナもこの数日で群生種の事を調べていたが、イャンクックを襲いにやってくる飛竜は居るものの、彼らの行軍ルートは基本変わる事は無いのである。
「どっちにしても、何かしら異変が起きている可能性はあるな。調べてみる価値はあるぜ」
「頼むよ。それとだなラグナ──」
「ンだ?」
ディシプリンは顔を顰めながら言った。
「……髭は剃れ。その面のまま出られたんじゃあ、俺が他の組織の連中に示しが付かん」
「……やっぱ剃った方が良い?」
「年の割に老けて見えるぞ。俺ですら剃っている」
たぷん、とディシプリンの頬が揺れた。
※※※
「ただいまー」
宿の部屋に戻ってきたラグナが戸を開ける。
禁酒を言い渡され、既に死んだような顔をしているアジサイと、にゃんにゃん棒の手入れをしていたマタビが迎えた。
しかしアジサイは、ラグナが入ってくるなり目を見開き起き上がる。
「えっ、あっ……ッ?」
「どした?」
「ひ、髭……」
「ああ、ちょっと店で剃ってきた」
伸ばしっぱなしだった髭の奥には──年相応の青年の顔があった。
整えられた黒い髪に育ちの良さそうな整った目鼻、そして少し甘めの唇。
別人のようになったラグナを前に、思わずアジサイは赤面して枕に突っ伏すのだった。
「~~~ッッッ!?」
「どした?」
枕に突っ伏したままアジサイは悶える。
一言で言えば──ドストライク、といったところであった。
(ズルいズルいズルい!! だって、髭剃って髪切っただけで、こんな……ズルいズルいズルい!! ボクは面食いじゃないのに!!)
憧れの人が当時思い描いていた姿のままで出てきたとなれば、流石のアジサイも狂い悶えるしかなかった。
是が非でも認めざるを得ないのである。燻っていたラグナへの好意を。
そして、それを悟られたくないので彼女は枕に顔をより深く埋めた。
「違います違います違いますッ!! ボクに禁酒しろだなんて言うラグナさんなんて、キライです!! 大っキライです!!」
「ラグナ、オメー……罪な男だニャー。実は結構モテてたんじゃねーのかニャ?」
「何言ってやがる、俺は元々モテる」
「コイツ腹立つのニャ……」
「ンな事は今、どうだっていいんだよ」
ラグナは書類を取り出す。すっかり彼は狩人モードだった。
イャンクックの件は彼にとっても興味深かったのである。
モンスターの群れの動きに異変が起こるのは──何かしら大きな理由があるからだ。
「何でも良いけど、位置に直れ。ディシプリンから直々に依頼だぜ」
「またかニャー!?」
「オメー前回、利敵行為しかしてねーだろ、今度こそオトモらしいことしてくれよ」
「あんなに命懸けで囮したのにかニャ!?」
「……依頼って何ですか」
「イャンクック群生種の調査だ」
ラグナは商工会でのやり取りを話す。
それを聞いたアジサイとマタビは顔を見合わせた。
確かに方々に出没する群生種に彼らは疑問がわかなかったわけではない。
「場所は?」
「
「大体一週間かニャあ」
「良かったじゃねえかアジサイ。後一週間、きっちり禁酒出来るぜ」
「……不公平です」
枕から顔を上げたアジサイは──頬を膨らませると言った。
「……ボクが禁酒するなら、ラグナさんも禁欲すべきですッッッ!!」
「オマエいきなり何言い出すんだッ!?」
「だってそうじゃないですか!! ボ、ボクばっかり、不公平ですッッッ!!」
顔を真っ赤にしながらアジサイはわめきたてる。
「何が不公平なんだ!?」
「だって! だってこないだだって、自分一人で娼館に行ってたじゃないですか! 自分ばっかり良い思いしてボクにだけ我慢させるのはズルいですッ!!」
「ぐぅっ、確かに……!!」
「確かに我慢が出来ねーヤツが他のヤツに我慢させるのは筋が通ってねーのニャ。あ、そうだ! 良い事思いついたのニャ!」
マタビが口角を上げた。
「此処で賭けはどうかニャ? ……互いに我慢が出来るかどうか賭けるのニャ。先に禁酒禁欲を破った方が負け。勝った方の言う事を何でも聞く!!」
「……へぇ、面白そうじゃねえか。まあ、ガキんちょには厳しいかもしれねーけどよ」
「……脳みそが下半身についているラグナさんには無理な話でしょう」
バチバチと火花を鳴らすラグナとアジサイ。
それを見てマタビはほくそ笑んだ。
(ニャハハ……これをネタにして、また酒場で賭けをするのニャ!! アクラ・ヴァシムの件で二人は既にちょっとした有名人──大儲けの予感だニャー!!)
【狩猟クエスト】
森に迫るは黒い軍鳥
依頼主:商工会リーダー・ディシプリン
メインターゲット:イャンクック群生種二匹の狩猟
目的地:開闢の山林
イャンクックの群生種が出るにはあまりにも時期が早すぎる。コイツは何か異変が起こってるんじゃないか? 手間かもしれんが、様子を見に行ってくれ。飛竜祭に備えた装備の素材を報酬に用意しておいてやるぞ。