ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第七話:異邦の白き鎖

 ※※※

 

 

 

 ──誰よりも期待され、誰よりも強くあれと彼女は願われた。

 故に、誰よりも己を鍛え上げ、磨き上げた。

 故郷の島を守れる──至高のハンターになる為に。

 

「何故ですか、長老ッ!! ボクならやれます……ボク以外の誰に、ラギアクルスをやれるというのですか!!」

「……今のオマエでは、あの個体に打ち勝つのは不可能だ。既に他所からハンターを呼んである」

「余所者に、どうして島の危機を任せられるのですか!! ボクがやりますッ!!」

 

 ……5年前。

 オニガ島周辺の海域を巨大な海竜・ラギアクルスが襲った。

 青い甲殻に蛇のような長い胴、そして鰐のように頑強な大顎を持つ海の王者だ。

 漁船を食い荒らし、人を襲い、あわやオニガ島の人里に入るところまで迫っていた。

 オニガ島周辺海域は厳戒態勢が敷かれ、ラギアクルスが狩猟されるまで誰も島の外に出ることが出来なくなっていた。

 故に──アジサイは、自分こそがラギアクルスを狩るべきだと考えていた。

 故郷の為に磨いた技、今使わずしていつ使うというのだろうか、と。

 島のハンターは高齢化が進んでおり、自分より年上の年代のハンターも出払ってしまっている最悪のタイミング。

 戦うのは自分だ、と意気込んでアジサイはラギアクルスに挑んだ。

 

 ──しかし。

 現実は気概だけで何とかなる程甘くはなかった。

 

「あ、ぐ、ぁ……」

 

 ラギアクルスの放つ電撃に撃たれ、腕も噛み砕かれ、アジサイは──立つことすらままならなかった。

 電気を背電殻から放ちながら迫るラギアクルスに、彼女は逃げる事すら許されず、座して死を待つのみだった。

 飛び掛かるラギアクルス。

 その大顎を受け止めたのは──

 

「──大丈夫かッ!?」

 

 ──大剣を携えた、鎧姿のハンターだった。

 一目で理解出来た。レベルが違う、と。

 巨竜と正面から剣を交え、そしてあろうことか跳ね飛ばしてしまう膂力。

 アジサイの持つ双剣よりも遥かに大きな剣を抱えたまま跳躍し、背に飛び乗る脅威の身こなし。

 想定外の強敵に驚いたラギアクルスは逃げてしまう。

 ハンターはアジサイを抱きかかえると安全な場所へと運んで行く。

 

「……ボクが、ボクがやらなきゃいけなかったのに……!! どうして、貴方みたいな余所者に……!!」

 

 血塗れのアジサイは──悔しそうに言った。ハンターは彼女を抱きかかえたまま諭す。

 

「良いかバカガキ、命のやり取りに私情を持ち込むヤツは例外なく早死にする」

「ッ……!! でも!! あのラギアクルスの所為で……何人もケガして……人も、死んでるのに……!!」

「テメェは島を脅かす悪者をやっつけたかったんだろうがな──ラギアクルスは、()()()()()()()()()だ。その結果、テメェらの住んでる場所とぶつかり合った。ただ、それだけだ」

「……じゃあ見逃せっていうんですか!! 生きているから、仕方ないからで……島の皆に座して死ねっていうんですか!!」

「だから、俺が終わらせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがハンターの仕事だ」

 

 アジサイは──ハンターの鎧を握り締める。

 

「ハンターは……生態系の一部だ。狩る側であり、狩られる側でもある。悔しかったら……強くなれ」

 

 ──アジサイは無事に村に送り届けられた。

 長老たちからはこっぴどく叱られ──そして、その後余所者のハンターたちがラギアクルスを狩ったのを知った。

 アジサイはずっと、頭の中で覚えている。

 憎悪でも復讐でもない。人間の領域に踏み込んだモンスターを狩る為に戦った──あのハンターの後姿を。

 結局、ケガの治療で寝込んでいたのでそれ以来言葉を交わすことすらなかったが、彼女が改めてハンターを目指すための転換点になったのだった。

 

 

 

(……あの時は、とってもカッコよかったのに)

 

 

 

 こうなるのは、何の因果か運命か。

 アジサイは──今になって、ラグナとの再会に複雑な想いを馳せていた。

 あの後ろ姿と、アクラ・ヴァシム相手に一歩も引かない戦いは全く同じだ。

 だが──蓋を開けてみれば、女好きでだらしなく──無神経でデリカシーが無いダメな大人。

 そんな彼を酒の勢いで襲ってしまったのは間違いなくアジサイに非があるのだが──

 

(……むしろ、襲い返されたのはボクの方なんだけどな……)

 

 猛獣のようだった、とアジサイは思い返す。酒で理性の無くなったラグナは、結果的に二戦中二戦、夜通しアジサイを捻じ伏せて屈服させた。

 幾ら鍛えたところで自分が「雌」であることを否が応でも分からされてしまったアジサイは──結局彼の言う通り「ガキ」のままだったことを痛感する。

 ラグナは女好きだ。下半身と脳が直結しているような男だ。きっと今までも何人もの女と関係を持っている。 

 そんな中でアジサイは──たまたま出会っただけの女の一人にすぎないのだ、と思い知らされる。

 

(ッ……別に。あんなだらしない人の事なんて、好きじゃないのに)

 

 アジサイは一人、個室で枕に顔を埋めた。

 普段は身だしなみなんて気にしないくらい無頓着なのに、いざそれを整えれば年相応の爽やかな男の顔が出てくる。

 反則だった。事あるごとに自分の心をかき乱すラグナの事を忘れたくて酒を飲み干したくなったアジサイだったが──我慢勝負の途中だったのを思い出す。

 

(……ラグナさんって……ホントーにズルい人……)

 

 アジサイはこの短い期間とラグナと接して分かったことがある。

 きっとラグナはいつか──またどこかに、彼の行きたい場所にフラッと消えてしまう、ということだ。

 彼が特定のパートナーを作らない理由はきっとそれで、自由の枷になってしまうからだ。

 その時、ラグナの隣にきっと自分は居ないであろうことを──アジサイは嫌でも分かってしまっていた。

 

(……あんな人には、絶対我慢比べで負けないっ!! これは、意地の戦いなんですっ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──それから一週間がたっただろうか。

 

 

 開闢の山林。

 多くのモンスターが闊歩する生態系が豊かな森林だ。

 当然、採取できる素材も上等なものが多い。

 目撃情報を元に群生種を追っていたラグナ達だったが、既に一匹目の討伐に成功していた。が──

 

(あ~~~~~~ッッッ!! クッッッッソ、ムラムラするッッッ!! 娼館に行けてねーし、一人で発散しようとしたらマタビのヤツが見張ってるし、最悪ッッッ!!)

 

(酒酒酒酒酒酒ッ!! 酒が切れてるんですよ、こちとらッッッ!!)

 

 命のやり取りに私情を挟まないとはいったい何だったのか。

 既に勝負開始から一週間。本来なら此処まで続かないはずの我慢だが、ラグナとアジサイは互いへの反発心だけでこの一週間自制心を保っていた。

 しかし、酒が切れたアジサイは既に禁断症状が起きており、常に爪を噛んでいる。

 一方のラグナはと言えば、既に何度か通りがかりの女性を犯罪者の如き目で見て逃げられている。そろそろギルドナイトに通報されそうな勢いであった。

 とはいえ二人は意地っ張りだ。もしここで先に禁を解こうものならば、一生それを相手から擦り倒されるであろうことを理解していた。

 

(ガキに負けるのだけは絶対に我慢ならねえ、俺はラグナ様だぞ!!)

 

(このチンカス男に負けるのは、ボクのプライドが許しません……!!)

 

 それを見ていたマタビは──肩を竦める。

 

(もうさっさとどっちか折れて、終わってくんねーかニャ、この勝負)

 

 二人に張り付いて行動を監視するのもいい加減疲れてきたのである。

 だが、それが終わりに近づきつつあることはマタビも察しつつあった。

 カス共はそろそろ禁断症状が出てきているのだ。

 

「確認されてる群生種は後一匹だ。報酬の分も併せりゃ防具も武器も作れるだろ」

 

 冷静そうに言うラグナだが、既に頭の中には女体のことしかない。

 

「分かってます。さっさと終わらせましょう」

 

 淡々と返すアジサイだが、既に頭の中にはアルコールのことしかない。

 

「おい、勝っても酒は飲めねーんだぞ、酒カス女」

「そっちこそ。終わっても娼館には行けないんですよ、チンカス野郎」

「オマエが負けを認めれば良いだけの話だ」

「自分が娼館に行きたいからって相手に投降を促すんですか。大したハンター精神ですね」

「完全にギスギスしてやがんのニャ」

 

 

 

「まぁ!! これはこれは!! 見た所、名だたるハンターのラグナ様とアジサイ様、そしてマタビ様ではないですか!!」

 

 

 

 その時だった。

 甲高い女の声が聞こえてくる。

 二人が振り向くとそこには──修道服を身に着けたうら若い女と、それを護衛する真っ白な鎧に身を包んだ男達の姿があった。

 

「何でしょう、ラグナさん、知り合いですか?」

「……おっぱい」

「は?」

 

 既にラグナは、修道服の女の手を取っていた。

 はち切れそうな爆乳。美しいブロンドの髪に青い目。

 何処をとってもラグナの好みドストライクだったのである。

 

「……そこのお嬢さん。とても麗しい。今晩は俺と夜通し語りませんか?」

「コラァ、キサマッ!! ローズマリー様に許可なく触れるんじゃないッ!!」

「死にたいのかキサマッ!!」

 

 尚、即座にラグナは護衛の男達に羽交い絞めにされるのであった。残念でもないし当然である。

 それを窘めるのは修道服の女であった。

 

「やめなさい二人共! 暴力は良くありません! 私はその方に用があるのですっ!」

「ハ、ハッ」

「……ごめんなさいね? でも私、誘いには乗れませんの。これでも神に仕える身ですから」

「……神? ってことはあんた……」

「はい。ご機嫌よう、私はローズマリー。”教会”の大司教をしております」

 

 修道服を持ち上げ、女は穏やかに礼をするのだった。

 

「アクラ・ヴァシム討伐の件、耳にしておりますわ! 聖騎士隊でも倒すのが難しいモンスターですもの!」

 

【”教会トップ・大司教”ローズマリー】

 

「大司教?」

「そうだ。ローズマリー様はかれこれ100年近く、”教会”の指導者をされている」

「100年!? ……ってことはあんた、竜人族か」

「ええ、然様ですわ」

 

 よく見ると女──ローズマリーの耳は尖っており、竜人族の特徴のそれに合致している。

 竜人族はとても長命で、成長するのも老いるのも普通の人間の比ではないくらい遅いのである。

 

「そんで教会と言うと、飛竜祭に参加する四つの有力者の一人か」

「ええ! その通り!」

「そんな方が直々にこんな危ない所に来られるだなんて」

「御安心を。武道は少し心得ていますの」

 

 そう言った彼女は何処から取り出したのか、長大なハンマーを取り出す。

 見た所、重量もサイズもラグナの持つ大剣と大差ない。彼女の腕力の強さはハンターに比肩するだろう、とラグナは考える。

 

「ひゃあ、とんだ大司教様だ。それで? あんた、一体俺達に何の用だ?」

「実は、私達も同じく群生種の調査をしていましたの。先程も二匹ほど、群生種を見つけて狩猟しましたわ」

「マジか。依頼の二匹だけじゃなかったのか……」

「そして、ラグナ様達の腕を見込んで一つお願いがありますの。先程、奇妙な死体を見つけまして」

「死体?」

 

 ラグナは目をぱちくりさせた。

 

「ええ──是非とも、熟練のハンターに見て貰いたいのですわ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……リオレウスだ」

 

 

 

 案内された場所には──20メートルを超える飛竜・リオレウスの無惨な死体が転がっていた。

 

       【飛竜種”火竜”リオレウス】

 

 空の王者とも呼称され、緋色の甲殻を持ち、炎で全てを焼き払う飛竜の中の飛竜。

 それが無惨にも息絶えている姿は少なからずラグナとアジサイに衝撃を与えた。

 だがそれ以上に、この死体には違和感を覚えた。

 

「ッ……外傷らしい外傷が無ェ」

 

 学術院出のラグナは、生物に関する知識も多い。

 だが死体をひと通り観察したが、どうしてこのリオレウスが死んだのか──それに直結する具体的な外傷が見当たらなかったのである。

 

「ラグナさん、死因は?」

()()()、としか言いようがない。だが、成体のリオレウスが……衰弱死だなんて考えにくい。生物が豊富な開闢の山林なら、餌にも困らねえし……見た所、まだ若い個体だぞ」

「じゃあ、何でリオレウスは死んだのかニャ?」

「コイツを見てくれ」

 

 ラグナは──リオレウスの首や胴に付いている締め痕のようなものを指差す。

 

「……紐のようなもので全身を絞めたようだ。だけど、窒息した形跡が無ェんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそもリオレウスサイズの生き物を絞め殺すならガララアジャラでも持ってこいって話だ」

「奇妙でしょう? ラグナ様ならば何か分かると思ったのですが……」

「いや、大体下手人の見当はついた」

 

 ラグナは額に汗を伝わせながらリオレウスの死体を観察する。

 そして、該当するモンスターの姿を思い浮かべていた。

 

「だけど、こんな所にヤツが居るはずが無ェんだ。でも、こんな特徴的な絞め痕は、あいつしかない……ッ」

 

 

 

「ヴッッッオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」

 

 

 

 ラグナが下手人を断定しかけたその時だった。

 森の奥から、身体を震わす程に野太い怒号が──そして、森を引き裂く勢いで紫色の稲光が迸る。

 

「……マジかよッ!!」

「ラグナさん!?」

「事態を確かめる!! ローズマリーさん、あんたはベースキャンプで待機しててくれ!!」

「は、はいっ」

 

 ローズマリーが聖騎士達に護衛されて下がっていくのを見届けたラグナは、紫電の劈く方角へ駆ける。

 それをアジサイも追い、マタビも後をついていく。

 

「ねえねえ何だニャ、さっきから!? 勝手に話が進んでいくのニャ!!」

「ラグナさん、今の雷は!?」

「今のは雷じゃねえ!! ()()()()()()()()だ!!」

 

 ──この世界には属性という概念が存在する。

 それは自然現象にちなんだエネルギーであるが、その中で唯一科学的に解明されていない不可思議なエネルギーが存在する。

 それが”龍属性”エネルギー。他の属性を浸食して無力化する、龍由来の不思議な力だ。

 

「龍属性を扱えるモンスターは限られていますが!!」

「もしかしなくても、ヤベーヤツだニャ!?」

「……嫌な予感がするぜ」

 

 ラグナは駆け付けた時。

 それは──まさに”捕食”の最中であった。

 全身は白い体毛に覆われており、そして前脚からは鎖のような組織が伸びている。

 風貌はその場に居ないはずの幽霊騎士の如く。歪に曲がりくねった角が威容を誇示していた。

 リオレイアを体躯で遥かに上回る巨大な飛竜だ。

 

「何ですか、あのモンスター……!? エネルギーを、吸収している……!?」

 

 アジサイは驚愕し、後ずさる。

 白い飛竜は、その鎖で獲物──リオレイアを締め上げている。

 鎖からも飛竜からも紫色の光が禍々しく迸っており、そして間もなく──雌火竜は力無く地面に横たわるのだった。

 

「あいつは……アルシュベルド……!」

 

 ラグナはその名を呼ぶ。

 学術院で聞いた事のある名前。

 絶滅したとされているが──近年、何故か野生での出現が確認された白い鎖の飛竜。

 

 

 

「ヴッッッオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」

 

 

 

     【飛竜種”鎖刃竜”アルシュベルド】

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