「誰もがそれぞれの地獄を背負う」
プーブリウス・ウェルギリウス・マロー
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神は試練に耐えられる人物にのみ試練を与える。
日曜日に教会に行った時、偉ぶったおじさんがそんな事を言っていたことを思い出す。
与えられるべき試練、選ばれた人、進むべき道が示された人々。まっすぐに前を見つめる人。
かつてアーサー王は迷えるブリテンを救うために立ち上がった。
ガンジーはインドを救うためにただ歩いた。
ライト兄弟は空を飛びたいという夢のために機械を回した。
あの有名人も、あの偉人も、例えば身近な大人の一人だって、そして「あいつ」だって、選ばれるべく問題に出会った。
世の中にそんな奴らは一杯ではないけれどたくさんいて、そして、僕はその列から外れた端で一人小さな弁当箱をつついて、ぼおっとピクニックでも行ったかのように空を眺める。
いったい僕は、僕にはーーーーーーーーーー
「ーーーーーーーーーライト!前から3番目、ぼおっとしているイアン・ライト!」
黒板を叩きながら指示棒を振り回す先生の声で、意識が浮上する。あぁ、そうだ。今は数学の時間なんだった。何も書かれていないまっさらなノート。やばい、何がどうなってるんだっけ………
「あっと、そこは。えっとーーーー」
焦って黒板を右に左に見つめる中、隣でノートを広げてウインクする野郎が目に入る。タイミングばっちりだぜ、あとでランチボックスのおかずを一品やろう。
目配せする友人に助けてもらってなんとか答えると、数学教師(影ではミスターメガネと恐れられている)は荒い鼻息を立てて別の奴を指名した。その名前の由来になった黒縁のメガネがより角張って見える。いやなやつだ。
じっと眺めた教科書に目を移せば複雑な数式がいくつも書いてあって、なんだかよくわからない。これが僕に与えられた試練ということであれば越えられそうにない。あのおじさんは嘘つきに決まってる。
「ここの数式は前にやった通りで、三平方の定理を使えば………」
長い長い意味不明な数学の講義が再び始まる。エックスだかワイだかよく知らないが、神の与えた試練に取り組もうという気もないのである。
僕は左隣の席、つまりは「あいつ」の席。本人のいない冷たい椅子を眺めた。
いつかより少しだけ「あいつ」とは疎遠になった。別に「あいつ」のことが嫌いになったわけじゃない。今でも少しは話はするのだ。ただ、ちっちゃなすれ違いとか、魔法を疑う周りの目だとか、自分のプライドだとか、つまりは僕らの間を漂うどんよりとした違和感が邪魔をして、前のように声をかけられないだけなのだ。
僕はかつて「あいつ」と一緒に街中を走り回ったことを思い出す。
妖精のいるという荒野。ペガサスがいるというアラガスの森。「あいつ」が不思議な魔法で水を浮かべてみせた裏山の川、不思議な薬草の場所を二人で探した空き地の端、数えられない全てが鮮明によみがえる。
忘れられやしないんだ。
「神は超えられるものにのみ試練を与える」
僕は手元のペンを何度も振ってそこから火花が出ないかを確かめる。
もちろん何にも起きやしない。ミスターメガネがギロッとこちらを睨みつけるのに気づいて、僕はそっと、空を眺めるのをやめた。