もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら   作:気弱

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前回のあらすじ
ホシノは先生に弱い


砂狼の忠告と、届かないシグナル

ホシノが真っ赤になって逃げ出した後。 ユメ先輩たちは「追いかけてもっと弄らなきゃ!」と賑やかに部室へ戻っていった。 静かになった宿直室に一人残された先生に、影が落ちる。

 

「……ん。先生。ちょっと、いい?」 振り返ると、そこにはクロコが壁にもたれかかって立っていた。

 

「クロコか。どうしたんだい? 君もホシノを追いかけなくていいのか?」 「……追いかける必要はない。あの先輩、今頃シュラフの中で爆発してると思うから」

 

クロコは先生のデスクの前まで歩み寄ると、じっとその瞳を見つめた。 その眼差しは、生徒が教師を見るものというよりは、戦友が危なっかしい相棒を見るものに近かった。

 

「先生。……少しは、ホシノ先輩の気持ちを察してあげたら?」 「えっ? さっきも言った通り、察したつもりだよ。私のために無理して呼び方を変えようとしていたんだろ? 本当に優しい子だよね、ホシノは」

 

先生が本気で、心からそう信じ切っている顔を見て、クロコは深い、深い溜息を吐いた。 (……ん。私の世界の先生も、こういうところがあった。でも、この世界の先生はそれ以上……天然の災害に近い)

 

「……先生。先輩が呼び方を変えようとしたのは、『先生のため』じゃない。……『一人の女の子』として、先生に見られたかったから。それだけだよ」

 

「……一人の、女の子……?」 先生はきょとんとして瞬きをした。 「もちろん、ホシノは可愛い女の子だよ。私が守るべき、大切な生徒の一人だ」

 

「そういうことじゃない!」 クロコが思わず声を荒らげる。 「……ん。ごめん。でも、先生。……先輩が先生の膝の上で溶けてたのは、報酬が欲しかったからじゃない。先生のことが、特別に……」

 

『好きだからだよ』。 その言葉が喉まで出かかって、クロコは飲み込んだ。 それを今の自分が言うのは、フェアじゃない。それは、あの桃色の髪の先輩が、いつか自分の言葉で伝えなければならないことだから。

 

「……とにかく。先生は優しすぎる。その優しさが、時に誰かを、私たちが思っている以上に振り回して、赤面させて……苦しくさせてるってこと、少しは自覚して」

 

「……クロコ。もしかして、私も君に何か、無自覚にひどいことをしてしまっていたかな?」 先生が、本当に申し訳なさそうな顔でクロコの手を握ろうとする。

 

「っ……!? ///」 今度は、クロコの顔がカッと熱くなった。 この至近距離、この真っ直ぐな瞳。ホシノが陥落した理由を、今、身をもって理解してしまった。

 

「ん。……そういうところ。今の、それ。無自覚に距離が近すぎる」 クロコはバッと手を引くと、どこから取り出したのか分からない大切な覆面に顔を半分埋めて背を向けた。

 

「……とにかく! 次に先輩が『私』って言ったら、検温なんてしないで、ちゃんと『可愛いね』って言ってあげて。……わかった?」

 

「か、可愛いね……? うん、わかった。努力してみるよ」 相変わらず分かっているのか怪しい返事をする先生。

 

「……ん。じゃあ、戻る」 逃げるように宿直室を後にしたクロコは、廊下で自分の激しい鼓動を抑えていた。 (……全く。……あの先輩も、大変だね。……こんな……無自覚な強敵を、好きになっちゃうなんて)

 

クロコは少しだけ、自分の世界の先生と、この世界の先生を重ねて苦笑いした。 その顔は、今日一番「普通の女の子」に近いものだった。

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