もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら   作:気弱

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名前の通り第1話のリメイクとなっております。(1月26日 01:32)


目覚めたら、二年後の砂漠で (リメイク)

砂漠の熱風が、アビドス高等学校の古びた校舎を、死者の肌を撫でるかのように執拗に通り抜けていく。

 

かつてはキヴォトス全土にその名を轟かせた学び舎も、今や見る影もない。校舎の半分以上が容赦なく押し寄せる砂の海に沈み、崩落した天井からは細かな砂の粒が、時を刻む砂時計のようにさらさらと降り注いでいた。支配しているのは、命の気配を拒絶するような重苦しい静寂だけだ。

 

しかしその静寂を、切り裂くような鋭い怒鳴り声が乱暴に打ち砕いた。

 

「奇跡なんて、起きっこないですよ、先輩!」

 

小鳥遊ホシノの、まだどこか幼さの残る、けれど研ぎ澄まされた刃のような声が、生徒会室に積もった埃を激しく舞い上げた。

 

その視線の先には、おどおどとした様子で立ち尽くす生徒会長、ユメの姿がある。

 

「そんなもの、あるわけないじゃないですか。そんな言葉で誤魔化さないで、もっと現実を見てください! こんな砂漠のド真ん中、インフラも治安も崩壊した場所に、いまさら大勢の観光客なんて来るはずがないでしょ!? あなたの語る夢物語は、もう、いい加減にしてほしいんです!」

 

「うえぇ、だってホシノちゃーん……ご、ごめんね……? 私なりに、みんなが笑える方法を……」

 

ユメは眉を情けなく下げ、今にも泣き出しそうな声を漏らす。その「ふわふわとした」掴みどころのない態度、絶望的な状況下でも理想を捨てきれない甘さが、今のホシノには何よりも鼻についた。借金という名の巨大な枷、日々迫りくる退学の危機、そして目に見えない将来への真っ黒な不安。それらすべてを、彼女は一番身近で、誰よりも信頼していたはずの先輩にぶつけてしまう。

 

「…………っ……! そうやっていつもふわふわと、奇跡だの幸せだの……もっと、もっとしっかりしてください!! あなたはアビドスという名の沈みかけの方舟を預かる、生徒会長なんですよ!? 少しは、その肩に乗った責任というものを自覚したらどうなんですか!」

 

叩きつけるように吐き出したその言葉が、二人の間に通った最後の方舟の糸となった。

 

それが、あまりにも短く、あまりにも鋭すぎた、二人の最後と言える会話だった。

 

翌日から、ユメは煙のように忽然と姿を消した。

 

学校の敷地内のどこにも、生活の匂いが残る寄宿舎にも、彼女が心から愛した対策委員会の部室にも、その姿はない。

 

あの日、あんな酷い言葉を言わなければ。あの日、意地を張らずにもっと優しく接していれば。

 

後悔という名の遅効性の毒が、二十日間、ホシノの心を内側からじわじわと蝕み続けていた。

 

「っ……ユメ先輩……どこに、どこにいるんですか……」

 

漆黒の闇に包まれた夜。自室のベッドで胎児のように丸くなり、ホシノは震える声で呟く。

 

瞼を閉じれば、嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。広大で無慈悲な砂漠の真ん中、一人きりで水も尽き、力尽きて倒れている先輩の姿。砂嵐に視界を奪われ、出口のない地獄を彷徨っている彼女の姿。

 

体力と思考を回復させるために早く眠り、明日こそ彼女を見つけ出さなければならないことは痛いほど分かっている。それなのに、溢れ出す涙と激しい動悸が、執拗に眠りを妨げる。

 

「見つけたら……今度こそ、絶対に怒ってやるんだから。そして……そのあと、ちゃんと、謝るんだ」

 

子供のような、切実で壊れそうな願いを胸の奥に抱えたまま、ホシノは深い底のような、意識の混濁へと落ちていった。

 

ーーーーー

 

(ジリリリリ!)

 

鼓膜を容赦なく叩く、けたたましいアラームの金属音。その音に弾かれたように、ホシノはシーツを蹴り飛ばして跳ね起きた。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。

 

「っ……いつの間にか眠って……!? 早く、一刻も早く先輩を探しに行かないといけないのに……私、何やってるんですか……!」

 

焦燥感に突き動かされ、朦朧とする意識のままベッドから降りようとしたその時、身体の感覚に奇妙な違和感を覚えた。肩のあたりに、本来そこにあるはずのない、重く、柔らかな「何か」が触れている。

 

「……あれ?」

 

視線を落とした瞬間、ホシノは息を呑んだ。目の前に、淡い桃色の長い髪が、滝のようにさらさらと垂れ下がっていたのだ。

 

「……これ、私の、髪……? そんな馬鹿な。昨日までは、邪魔にならないよう短く整えていたはずなのに……」

 

夢の続きを見ているのかと、自身の頬を強くつねってみる。しかし、指先に伝わるのは確かな痛覚だった。鏡を確認する余裕さえない。混乱する思考の端で、必死に先輩を捜し回るうちに、いつの間にか時間の感覚が狂い、数ヶ月、あるいは数年という月日が経ってしまったのではないかという戦慄が走る。

 

ホシノは乱れた呼吸を整えようと努めながら、洗面所にあったヘアゴムを掴み取ると、視界を遮るほどに伸びた邪魔な長髪を後ろで乱暴に束ねた。

 

「なんだか……これじゃ、まるでユメ先輩みたいな長さじゃないですか。……もし、今の私を先輩に見られたら、絶対に『わあ、ホシノちゃん! 私とお揃いだね!』なんて言いながら、あのキラキラした目を輝かせて寄ってくるんでしょうね……」

 

無意識に浮かんだその光景は、あまりにも鮮明で、そしてあまりにも遠い。脳裏に過ぎった先輩の屈託のない笑顔を振り払うように、ホシノは小さく首を振った。胸の奥が、鋭い刃で抉られたかのようにズキリと疼く。

 

余計なことを考えている暇はない。身なりを最低限に整え、愛用の武器を手に取ると、ホシノは弾かれたように家を飛び出した。外には、すべてを飲み込もうとする無慈悲な黄金の砂漠が、どこまでも広がっていた。

 

ーーーーー

灼熱の太陽が、アビドス高等学校の正門を無慈悲に照りつけている。ホシノは慣れ親しんだはずのその門を潜り、校内へと足を踏み入れた。

 

「……ん?」

 

ふと、歩みを止めて足元を見やる。いつもなら校門を抜けた瞬間、風で運ばれてきた砂が足首まで溜まっているはずのグラウンドが、心なしか綺麗に整備されているように見えた。放置されていたはずの錆びた遊具や、割れたままの窓ガラスも、どこか人の手が加わったような温かみが残っている。

 

得体の知れない違和感が、ざらりとした感触で肌を撫でた。だが、今はそれどころではない。

 

(ガチャ、ガチャガチャ)

 

「……? 鍵がかかってる……。そんなはずは、昨日、私が最後にここを出る時、閉め忘れたのを確かに覚えているのに……」

 

焦燥感に指先を震わせながらポケットを探るが、手持ちの鍵はどれも鍵穴に適合しない。まるで拒絶されているかのような感触に、嫌な汗が背中を伝った。その時、背後の廊下から、トントンと軽やかな足音が近づいてきた。

 

「あれ? ホシノ先輩、生徒会室に何か用があるんですか? 今日は遅れるって言ってたのに」

 

その聞き慣れない、けれど柔らかで屈託のない声に、ホシノの防衛本能が爆発した。彼女は音速の速さで腰の銃を引き抜き、反転しながら銃口を声の主へと向けた。

 

「っ!?」

 

「ほ、ホシノ先輩……っ!? 急に銃なんて抜いて、一体どうしたんですか……?」

 

そこに立っていたのは、陽光を透かしたような美しいベージュのロングヘアをなびかせた、見知らぬ少女だった。高級感のある仕立ての制服を上品に着こなし、その手には穏やかな湯気を立てる水筒が握られている。

 

「黙れ! ここはアビドス高等学校の敷地内だ。……お前、部外者のくせに生徒のフリをして何をしている。吐け。さもなくば、相応の手段で白状させることになるぞ」

 

「……何、言ってるんですか? 私もアビドスの生徒ですよ? 対策委員会の十六夜ノノミです。先輩、本当にどうしちゃったんですか……?」

 

少女は怯えを見せながらも、不思議そうに小首を傾げる。その仕草には、敵意も殺気も一ミリたりとも混じっていない。

 

「ふざけるな! この学校に生徒は私とユメ先輩の二人しかいない。私の名前を知っているということは、カイザーか、あるいはどこかの組織の刺客か。どちらにせよ、タダで帰れると思わないことですね」

 

「もー! 先輩、冗談がすぎます! さっきから何なんですか、その、昔の怖いホシノ先輩みたいな喋り方は! そんなに意地悪するなら、今日の膝枕、なしにしちゃいますからね!」

 

「……膝枕? お前、さっきから何を訳のわからないことを……。ふざけた供述を続けるなら、このまま拘束して尋問するが」

 

ホシノの脳内は激しい混乱に支配されたが、相手の隙だらけの構えと、戸惑いに揺れる瞳を見て、ひとまず銃口をゆっくりと下げた。

 

「……名前と学年を言え。あと、所属も」

 

「本当に、頭でも打ったんですか……。十六夜ノノミ、二年生です。先輩の後輩ですよ?」

 

「二年生……? 私より学年が上だと……?」

 

「へ? ま、またまた……今日は一段と手の込んだ冗談ですね。早く行かないと、遅刻にうるさいセリカちゃんに怒られちゃいますよ? 先輩だって、あの子の説教は苦手でしょ?」

 

セリカ。また知らない名前だ。対策委員会という組織名も、二人以上の生徒が存在するという現状も、ホシノの知る「昨日」とは致命的に食い違っている。

 

「ノノミ、と言ったよね。悪いけど、私は冗談を言っている余裕などない。私はアビドス高等学校一年、副生徒会長の小鳥遊ホシノ。……断言する。昨日まで、この学校には私とユメ先輩しかいなかった。……おい、ユメ先輩はどこだ! お前、先輩に何かしたんじゃないだろうな!」

 

一向に引かないホシノの剥き出しの警戒心と、その痛々しいほどに真剣な眼差しを受け、ノノミの表情から余裕が消え失せた。彼女は何かを察したように、自身の顎に手を当ててホシノをじっと観察し始める。

 

「……ホシノ先輩。失礼ですが、今のあなたの学年と役職をもう一度だけ正確に言えますか?」

 

「……しつこいな。アビドス高等学校、一年、副生徒会長だ。それ以外の答えなどない」

 

ノノミは数秒、石像のように固まった後、パッと顔を輝かせた。その表情は、困惑を通り越して、何かとてつもなく喜ばしい「事件」に遭遇したかのように弾んでいる。

 

「……なるほど! ふふっ、状況が読めました。今の先輩、なんだかとっても……いえ、最高に『あの頃』って感じですね! とりあえず、詳しいお話は部室でしましょう。あ、武器はちゃんとしまってくださいね? じゃないと、アヤネちゃんがびっくりして気絶しちゃいますから」

 

「ちょ、待て……! 勝手に話を……っ!」

 

ノノミはそう言うと、ホシノの返事も待たずにその細い指先で彼女の手を引き、戸惑う「一年生のホシノ」を、未だ見ぬ「対策委員会」の部室へと連れて行くのだった。

 

ノノミが勢いよく対策委員会の部室の重い扉を蹴立てるようにして開けると、そこには三人の少女が、各々の定位置で過ごしていた。

 

窓際で銃のメンテナンスをしていた銀髪の少女、机に積み上がった家計簿を睨みつけていたツインテールの少女、そして端末に向かって複雑な数値を整理していた眼鏡の少女。

 

「みんなー、お待たせしました! 大変ですよ、特大の事件です!」

 

ノノミの浮き足立った声に、三人が一斉に顔を上げる。

 

「ん。二人とも遅い。パトロールでもしてた?」

 

銀髪の少女、シロコが表情を変えずに呟く。

 

「もー! ホシノ先輩、またどこかの屋上でフラフラ昼寝してたんですか!? 予算会議が始まるって言ったじゃないですか!」

 

ツインテールの少女、セリカが立ち上がり、語気を強めて詰め寄る。

 

だが、ノノミはそんな叱責をどこ吹く風と受け流し、捕虜でも連れてきたかのようにホシノの腕を掴んだまま、誇らしげに胸を張って宣言した。

 

「みんな、落ち着いてよく聞いてください。……多分、今ここにいるホシノ先輩は、私たちの知っている先輩じゃなくて『過去のホシノ先輩』です!」

 

その突飛すぎる言葉に、部室の空気は瞬時に凍りついた。

 

沈黙が、砂漠の夜のように重く静かに部屋を支配する。当然の反応だった。目の前にいるのは、いつもの「おじさん」のような緩い空気とは似ても似つきぬ、剥き出しの刃のような殺気を纏った一人の少女なのだから。

 

「……はあ? ノノミ先輩、あんた何言ってるのよ。やっぱり、暑さで頭がやられたわけ? それとも、先輩がまた新しい悪ふざけでも……」

 

セリカが呆れた声を出し、溜息を吐きながら歩み寄ろうとする。しかし、ホシノが放った特有の「鋭すぎる殺気」が、目に見えない圧力となって彼女の足を止めさせた。ホシノの瞳は、まるで飢えた獣のように周囲を警戒し、誰一人として信用していない冷徹な光を宿している。

 

「……ふざけているのはお前らの方だ。対策委員会……? 予算会議……? 何を言っているのかは知らないけど、勝手に私を巻き込まないで。ここは、アビドス高等学校生徒会室だ。外部の人間が土足で入り込んでいい場所じゃない。今すぐ消えろ。さもなくば、実力で行使する」

 

その、低く、ドスの利いた声に、アヤネの手から資料が滑り落ちた。シロコも無言で自身の銃へと手を伸ばす。部室の温度が急激に下がったかのような錯覚の中、ガチャリと扉の開く音が響き、一人の大人が室内に足を踏み入れた。

 

「やあ、みんな。何をそんなに騒いでいるんだい?」

 

その穏やかな声が響いた瞬間、ホシノの全身の毛が逆立った。

 

「!!」

 

「大人」だ。自分たちからすべてを奪い、砂漠へと追いやった元凶。交渉という名の搾取、対話という名の裏切り。ホシノにとって、大人は例外なくアビドスを壊した敵でしかなかった。

 

「……大人が、何の用でここに来た」

 

ホシノは反射的に、一切の躊躇なく銃口をその大人の眉間に向けた。指先には、いつでも引き金を引き絞れるだけの力がこもっている。

 

「大人がこんな場所に何をしに来た! ここから去れ、今すぐにだ! さもなくば、その頭を吹き飛ばして砂漠の肥やしにしてやる!」

 

「ちょっ、ホシノ先輩!? 何してるんですか、正気!?」

 

セリカの叫びが響く中、ノノミが背後から、逃げ場を塞ぐようにホシノの体を強く抱きしめた。

 

「ダメですよ、先輩! この人は私たちの『先生』なんですから! 撃っちゃダメ!」

 

「放せ! 先生……だと? 貴方達、そんな甘言に騙されているのか! 大人は裏切るんです……、利用し、使い潰し、最後にはすべてを奪っていく。私は認めない……。このアビドスに、大人の居場所などあってはならないんだ!」

 

拘束された腕の中で、ホシノは激情を露わにして吠える。その姿は、後の世で「アビドスの守護者」と呼ばれる女性の、あまりにも痛々しい、傷だらけの過去そのものだった。

 

「ちょっ、ホシノ先輩!?」

 

セリカが悲鳴に近い声を上げる中、ノノミは躊躇うことなく背後からホシノの細い身体を強く抱きしめた。それは拘束というより、荒れ狂う小動物をなだめるような、深く、包容力に満ちた抱擁だった。

 

「むぎゅ……っ!? な、何を……放せ!」

 

「はい、ストップ! ほら、先生、この殺気と頑なな目を見てください。私たちがいつも甘やかしている、あのお昼寝大好きでふにゃふにゃした『ホシノ先輩』じゃないでしょ?」

 

ノノミの豊かな胸元に顔を埋められ、物理的に銃口を逸らされたホシノは、当惑と屈辱に顔を赤く染めて身悶えした。そんな彼女の様子を、困惑しながらも優しく見守るのは、眉間に銃口を突きつけられていたはずの「先生」だ。

 

「ま、待ってくれホシノ……。君が私を嫌っているのは今に始まったことじゃないけれど、今日のその殺意は、流石に心当たりがなさすぎるよ。一体、君の身に何が起きたんだい?」

 

その後、ノノミによって半ば強引にソファーへ座らされ、包囲されるように後輩たちに囲まれたホシノは、信じがたい、そして残酷なまでに整合性の取れた「事実」を突きつけられることになった。

 

ここは、彼女がいた時間から約二年後の世界であること。

 

自分は既に最高学年である三年生になっており、廃校の危機を分かち合う後輩が四人もできていること。

 

そして目の前の「先生」という大人は、シャーレから派遣された、アビドスの再興を心から願う唯一無二の協力者であるということ。

 

「……信じられない状況ですが、この空気感、そして先ほど鏡で確認した私の姿……。認めざるを得ないようですね。どうやら私は、何らかの理由で未来へと飛ばされた。そういうことですか」

 

不機嫌そうに、けれど努めて冷静に状況を分析するホシノ。その口調は、今の彼女たちが知る「おじさん」のような緩さは微塵もなく、規律を重んじる軍人のような硬さがあった。

 

「ふふーん、どうですか? 孤軍奮闘していたはずが、一気にこれだけ可愛い後輩を持った気分は」

 

ノノミが顔を覗き込み、楽しげに茶化す。

 

「ま、まあ……その、一人で戦うよりも戦力的には合理的だと判断します。悪くはない、です……」

 

頬をわずかに染め、不慣れな敬語で答えるホシノ。そのあまりの初々しさと堅苦しさに、セリカやアヤネは「むず痒い!」「いつもの先輩に戻ってくださいよ!」と堪えきれずに吹き出した。

 

しかし、和やかな空気とは裏腹に、ホシノの瞳に宿る焦燥の炎は消えていなかった。彼女は膝の上で拳を握りしめ、射抜くような視線を先生に向けた。

 

「先生、と言いましたね。貴方が信じられる大人かどうかは保留しますが、今は貴方の言葉を借りましょう。ですが、私は一刻も早く戻らなければならないんです。遊んでいる余裕なんてない……今すぐ、ユメ先輩を探しに行かないと。先輩は、まだ一人で砂漠を彷徨っているんだ!」

 

その名前が、静まり返った部室に響いた瞬間。

 

まるで冷たい水が流れ込んだかのように、部屋の温度がスッと下がった。後輩たちは一様に視線を落とし、唇を噛み締め、あるいは悲痛な眼差しでホシノを見つめた。その沈黙は、雄弁すぎるほどに「その後の結末」を物語っていた。

 

「……いなくなって、どれくらい経つんですか…?」

 

ノノミが、掠れるような声で囁く。

 

「二十日です。捜索は難航していますが、先輩は頑丈ですから。まだ、どこかで生きて私の助けを待っているはずなんです。一分一秒が惜しいんだ、分かったら道を空けてください!」

 

ホシノが立ち上がろうとした時、先生が静かに、だが抗いようのない重みを持った声で口を開いた。

 

「……ホシノ。信じられないかもしれないし、納得もできないだろう。けれど、私が必ず、君を元の場所へ戻す方法を見つける。約束する。だから……それまでは、どうか彼女たちと一緒にいてくれないか。今の君に、一人で戦わせるわけにはいかないんだ」

 

「ふざけるな! 大人の『約束』ほど安いものはない! 悠長にここで茶を啜っている時間なんて、私にはないんです!」

 

ホシノは耐えきれず、差し伸べられた先生の手を振り払い、弾かれたように部室を飛び出した。

 

校舎を抜け、砂に埋もれた道を走り、かつて自分とユメが生活の拠点としていた寄宿舎へ向かう。記憶にある古びた扉を開け、自分の部屋へと滑り込んだ。

 

そこには、変わらない埃っぽさと共に、見知らぬ「生活の断片」が散らばっていた。

 

壁には、ユメ先輩と二人きりで、どこか険しい表情で写った古い写真。そしてその隣には、見たこともないほど穏やかに、心の底から楽しそうに笑う今の自分と、賑やかな四人の後輩たちが眩しい日差しの中で肩を寄せ合う、新しい写真が飾られていた。

 

「……私、こんな顔をして笑えるんだ」

 

信じられなかった。未来を、希望を、そして先輩さえも失ったはずの絶望の果てに、こんなにも温かな居場所が存在し、そこに自分が笑って立っているなんて。

 

張り詰めていた緊張の糸が、戸惑いと疲労によってプツリと切れる。泥のような眠気が、彼女の小さな身体を襲った。

 

「ユメ先輩……私は……」

 

答えの出ない自問を繰り返しながら、ホシノは自分の髪の匂いとは違う、誰かが手入れしてくれたような柔らかな花の香りがするベッドの上で、深い眠りへと落ちていった。

 

「起きて……起きてよ、私……。そんなに険しい顔をして寝てたら、せっかくの夢が逃げちゃうよ」

 

鼓膜を撫でるような、どこまでも穏やかで、それでいて自分自身のものだと確信できる声。重い瞼を押し上げると、そこには霧がかった純白の境界の中で、膝を抱えて座る「自分」がいた。しかし、その姿は先ほど鏡で見た自分……つまり、二年後の成長した姿でありながら、纏っている空気は決定的に異なっていた。

 

「……っ、私!? いや、これが『今の私』なんですか……?」

 

「んー。おじさんにも詳しい理屈は分からないけど、ここは深層心理の中か、あるいは一種の夢の中かな。あまり難しく考えないでよ、疲れちゃうからさ」

 

未来の自分は、驚くほど緩く、どこか達観したような、ふにゃふにゃとした微笑を浮かべていた。かつての自分が、あれほど嫌悪し、不真面目だと断じたユメ先輩の面影。それを色濃く宿した未来の自分の姿に、過去のホシノは言葉を失う。

 

「……どうしたら、私はあっちに戻れるんですか。私の居場所はここじゃない。今すぐ戻って、砂漠を……先輩を、探さなきゃいけないんだ」

 

「それは、過去の私次第……かな。まずは先生や、あの子たちを信じてみてよ。大丈夫、ここでどれだけ時間が進んだとしても、君がいた『あっちの時間』には影響しないみたいだから。だからね、ユメ先輩のことは、一旦だけ心の隅に置いておいて。今の君が、本当の意味で気づかなきゃいけないこと……それを、彼女たちとの生活の中で学んできて。それが元の時間へ帰る、一番の近道だよ」

 

「気づかなきゃいけないこと……? 責任とか、義務の他に、何があるって言うんですか」

 

問いかける過去の自分に、未来のホシノは優しく目を細めた。その瞳には、数え切れないほどの後悔と、それを乗り越えて手に入れた確かな慈愛が宿っている。

 

「頑張ってね、過去の私。ああ、あと……これは『おじさん』からの、とっても重要なアドバイス。ノノミちゃんの膝枕は、意地を張らずに素直に受けておいたほうがいいよ。あれ、この世の何よりも安らげるからさ。ふふっ」

 

「なっ……! 未来の私はそんなに堕落しているの……!?」

 

激昂しかけた瞬間、意識が急速に遠のいていく。

 

(ジリリリリ!)

 

昨日と同じ、けたたましいアラームの音が静寂を切り裂いた。

 

ホシノは勢いよくベッドで跳ね起きた。差し込む朝日は眩しく、身体は相変わらず、長い髪を湛えた「三年生の自分」のままだ。

 

「……はぁ。私、二年の間に性格が変わりすぎでしょう。あのふざけた態度は、一体何なんですか……」

 

呆れ果て、溜息を吐きながらも、ホシノはゆっくりと立ち上がった。

 

元いた場所へ戻り、ユメ先輩を救い出すために。そして、あの夢の中の自分が持っていた、腹立たしいほどに「穏やかな笑顔」の正体が何なのか。それを、この偽物じみた輝かしい未来の中で、見極めてやる。

 

「……分かりましたよ。行けばいいんでしょ、その『対策委員会』とやらに!」

 

ホシノは、未来の自分が大切に伸ばし続けてきたであろう桃色の髪を、昨日のノノミの手つきを思い出しながら丁寧に結び直した。鏡の中の自分は、昨日よりもほんの少しだけ、この時代の色彩に馴染んでいるように見えた。

 

彼女は愛用の銃を背負い、かつては恐怖でしかなかった眩い光が射す外の世界へと、一歩を踏み出した。




何度目でしょうね!下書きの方を貼るの!(2月1日 00:27)
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