もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら 作:気弱
数日後。対策委員会室には、再びささやかな宴の膳が並んでいた。前回の「大惨事」を猛省したアヤネが、成分表示を隅から隅まで三回読み込み、「絶対にアルコールが入っていない」ことを確認したはずの、安全な打ち上げ。……のはずだった。
だが、運命という名のいたずらは、またしても最悪のタイミングで牙を剥いた。
「あー……。また、ふわふわしてきたよぉ……」
手元のグラスを見つめながら、ホシノがとろんとした目で呟いた。その頬は、夕焼けに染まる砂漠のように、あるいは熟しきった果実のように赤く火照っている。視線は定まらず、焦点はどこか遠くを彷徨っていた。
「あれ? もしかして……またホシノちゃん、『当たり』を引いちゃったの?」
確信犯か、あるいは天性の幸運(?)か。ユメ先輩がクスクスと楽しげに笑いながら顔を覗き込むと、ホシノは突然、その両手をガシッと力強く掴んだ。
「ゆ、ユメせんぱぁい……」
「わわっ、どうしたの?」
ホシノはユメ先輩の手を引き寄せ、自分の頬に何度も何度も、愛おしそうにスリスリと擦り付けた。
「……んへへ。あったかい。……おじさんね、ずっと、ずっと……先輩にこうしてほしかったんだよぉ……。いなくなっちゃう夢を、もう見なくていいんだよね……?」
「ホシノちゃん……」
ユメ先輩の瞳に、不意に涙が浮かぶ。ホシノの小さな手から伝わってくるのは、震えるほどの切実な安心感。
「……うん。約束だよ。どこにも行かない。ずっと、ホシノちゃんの側にいるからね」
「……ん。約束だよ……」
ホシノは幸せそうに細めた目でその言葉を噛みしめると、次はターゲットを変えた。隣に座っていたシロコとクロコに、左右から覆いかぶさるように抱きついたのだ。
「わっ、先輩!?」
「……ん。急に、重い」
驚く二人を両脇に抱えたまま、ホシノは二人の頭に自分の顔を埋めて、ぐりぐりと親愛の情を込めて擦り寄せた。
「シロコちゃんも、クロコちゃんも……。……ん。いい匂い。おじさんの、自慢の後輩……。二人がいてくれるから、おじさん、もう寂しくないんだよ……?」
「……先輩」
「……ん」
「……二人とも、私の自慢の『後輩』なんだから。……辛いことがあったら、全部おじさんに言ってね……。おじさんが、全部の弾丸を跳ね返してあげるから……。二人とも……大好きだよぉ……」
普段のホシノからは想像もつかない、鎧を脱ぎ捨てた真っ直ぐな愛情表現。
「……ん。反則。……これ、録画されてなくて本当によかった」
クロコが耳まで真っ赤にして顔を伏せ、シロコも「ん……私も、大好き」と、消え入りそうな声で呟いて、ホシノの背中にそっと手を回した。
さらにホシノの「デレの快進撃」は止まらない。
「アヤネちゃん、いつも怒ってくれてありがと……。セリカちゃん、バイト頑張りすぎちゃダメだよ……? ノノミちゃん、いつもおじさんを甘やかしてくれて、ありがと……」
「ちょ、ちょっと! 何よ急に、遺言みたいなこと言わないでよ!///」
セリカが顔を真っ赤にして叫び、アヤネは感動のあまり眼鏡を曇らせ、ハンカチを握りしめた。
そして、最後にホシノは、少し離れた場所で温かく見守っていた先生を振り返った。
「……先生。……みんなに、お礼言えたよ。……おじさん、……いい子、かな?」
「……ああ。世界で一番、いい子だよ」
先生がそう言ってホシノの頭を優しく撫でると、ホシノはその手に子猫のように擦り寄り、今度は先生の腰にぎゅっとしがみついた。
「……先生。……明日、おじさんがこれを忘れてても……みんなのことが、命懸けで守りたいくらい大好きだってこと、……先生だけは、覚えててね……?」
そう言い残して、ホシノは先生の膝の上で、幸せを噛みしめるような安らかな寝息を立て始めた。部室に残されたのは、ホシノの純粋すぎる「愛」の直撃を受けて、顔を真っ赤にしたまま石像のように固まっている対策委員会の面々だけだった。
「……ずるいよ、ホシノちゃん。あんなこと言われたら、もっともっと甘やかすしかなくなっちゃうじゃない」
ユメ先輩が涙を拭いながら、愛おしそうにホシノの寝顔を見つめる。
アビドスの長い夜。ホシノの素直な言葉が、砂漠の冷たい空気を魔法のように温かく変えていた。
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**翌朝**
ホシノがいつものように「うへへ〜、腰が痛いよぉ」と欠伸をしながら部室のドアを開けた瞬間、熱帯地方のような異様な熱気が彼女を襲った。
「おはよう、ホシノちゃん!! さあ、こっちにおいで。今日はホシノちゃんが好きな最高級の茶葉を淹れたよ!」
「わっ、ユメ先輩!? なに、どうしたのその気合……」
ユメ先輩がまばゆい後光を背負ったような笑顔でホシノをソファまでエスコートし、ふかふかのクッションを三段重ねにする。
「……ん。ホシノ先輩。これ、今朝焼いた特製パン。先輩が好きそうな味にした」
「……ん。こっちは、私が淹れたコーヒー。先輩、ミルク多めが好みでしょ?」
左右からシロコとクロコが、まるで王族に仕える給仕のような手際の良さで朝食を差し出す。
「え、えぇ……? 二人とも、なんか距離近くない?」
ホシノが困惑していると、今度はセリカがぶっきらぼうに、けれど顔を真っ赤にして歩み寄ってきた。
「ほら、これ! 今日のパトロール、私が代わりに行ってあげるから。……ホシノ先輩は、その、ここでゆっくりしてなさいよ!」
「えっ、いいの!? セリカちゃん、バイトは……」
「いいのよ! 先輩が……ホシノ先輩が『大好き』なんて言うから……あー、もう!」
セリカは吐き捨てるように言うと、逃げるように部室を飛び出していった。
「……ねぇ、アヤネちゃん。私、何か悪い病気にでもかかったのかな? みんなが怖いくらいに優しいんだけど」
「病気じゃありませんよ。……ただ、みんなホシノ先輩の『本音』を聞いて、甘やかしたくて仕方がなくなっているだけですから」
アヤネが慈愛に満ちた目で微笑み、ホシノの肩を優しく揉み始める。
「えぇ……。私、何も覚えてないんだけど……。ノノミちゃーん、助けてー!」
「うふふ、ホシノちゃん。今日は一日中、私たちがホシノちゃんをこれ以上ないくらい可愛がってあげますからね♪」
そこへ、先生がやってきた。先生はホシノと目が合がった瞬間、昨夜の「お礼を言えたよ、偉い?」という健気な言葉と、膝の上で眠った彼女の温もりを思い出し、瞬時に顔を沸騰させた。
「お、おはよう、ホシノ。……あー、その、……今日も、可愛いね」
「………………は?」
昨日の出来事をまだ引きずっているのか、はたまた無意識の本音が漏れたのか。先生までが直球で褒めてくる事態に、ホシノはついに限界を迎えた。
「わあああああああ!! みんな、やっぱりおかしいよ!! 何なの!? 私をどうするつもりなのさ! 怖い! 怖すぎるよ——っ!!」
全員から向けられる、逃げ場のないほどの「特大の愛」。
昨夜、自分が幸せそうに撒いた種だとは露ほども知らないホシノは、一日中アビドスの仲間たちに(物理的に)包囲され、全力で甘やかされ続けるという、幸せすぎる受難を味わうのだった。
「……ん。先輩。自業自得」
「……ん。絶対に逃がさない」
ホシノの悲鳴と、アビドス生徒たちの幸せな笑い声。
砂漠の朝は、今日も賑やかに、そして今までで一番温かく幕を開けた
この世界のホシノはおじさんと言わない…つまり言う時はデレている時なのです(最近デレが多すぎて原作ホシノと変わらなくなってるのは秘密)