もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら   作:気弱

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砂狼の衣替えと、クジラパジャマの暴露

「いつまでそのボロボロの服を着てるつもりなのよ!」

 

放課後の対策委員会室。セリカの鋭い叱咤が、静かな部室の空気を震わせた。

指差された先では、あちこちが擦り切れ、幾多の死線を潜り抜けてきたことが一目でわかるタクティカルウェアを着たクロコが、無関心そうに愛銃の手入れをしていた。

 

「……ん。これ、機能的。予備の弾倉もたくさん入るし、動きやすい。別に困ってない」

 

「そういう問題じゃないわよ! 今のアビドスにそんな物騒な格好の生徒が歩いてたら、変な噂が立つでしょ! 今日のパトロールが終わったら、全員で駅ビルに行くわよ。クロコ先輩の服を買いに行くんだからね!」

 

セリカは鼻息荒く宣言する。しかし、アビドスが誇る「面倒くさがり屋トリオ」の反応は鈍かった。

「えぇ……。私はパスかなぁ。歩き回るの疲れちゃうし、おじ……コホン、私はここでお昼寝してたいよ」

ホシノがソファで液体のように溶けながら、拒否のオーラを全身から放つ。すると、シロコもそれに同調した。

「ん。私も今のままでいい。着慣れた服が一番」

 

三人のやる気ゼロな溜息が重なる。しかし、そこに最大の伏兵がいた。

 

「私は、大賛成!」

 

ユメ先輩がキラキラと目を輝かせて、クロコの両手をがしっと取った。

「せっかく可愛い後輩がもう一人増えたんだもん! 私、クロコちゃんをオシャレにするのが夢だったんだぁ!」

 

「……うっ……ユメ、先輩……」

眩しすぎる太陽のような笑顔を至近距離で浴び、クロコは「拒否」という選択肢を瞬時に喪失した。

 

ショッピングモールの衣料品店。そこはクロコにとって、戦場よりも過酷な場所だった。

「見て見て! このワンピース、クロコちゃんに絶対似合うと思うんだ!」

「……ん。……ひらひら、しすぎ。落ち着かない」

「じゃあ、こっちのタイトな大人っぽいドレスはどうかなぁ!?」

「……ん。……歩きにくい。迎撃行動に支障が出る」

 

ユメ先輩は、まるで着せ替え人形を楽しむ子供のように、次から次へと服を抱えて試着室の前に山を築いていく。ホシノは店内の椅子で「私、もう足が棒だよ……」と再び溶けており、シロコは自分と瓜二つのクロコがフリフリの服をあてがわれているのを見て、「次は私の番か……」と戦々恐々としていた。

 

「ほら、シロコちゃんも見てないで! 二人でお揃いのコーディネートとか、最高じゃない!?」

「ん。……それは、ちょっと興味あるかも」

 

結局、ノリノリのユメ先輩と、それを止められない先生、そして「私にも選ばせなさい!」と参戦したセリカ。アビドスの一行は、店内の注目を浴びながら大騒ぎで服を選び続けた。

 

数時間が経過し、疲れ果てた一行の前に、クロコが最後の一着を持って試着室から出てきた。

それは、ユメ先輩が選んだ派手なドレスでも、セリカが選んだ実用的な服でもなかった。シロコが着ているものとよく似た、けれど少しだけ大人びた落ち着いた色の冬物コート。そして、新しいマフラー。

 

「……ん。これ。一番、落ち着く」

鏡を見るクロコの瞳が、少しだけ潤んでいる。かつての彼女が失った、けれど今、目の前にある「日常」の色。

 

「わぁ……。やっぱり、私の見立てに間違いはなかったね!」

ユメ先輩が満足そうに頷き、先生が優しくクロコの肩に手を置いた。

「似合っているよ、クロコ。……新しい服で、新しい思い出をたくさん作っていこう」

 

「……ん。……ありがとう、先生。……みんなも」

 

帰り道。新しい紙袋を抱えたクロコは、隣を歩くシロコと、自分をからかってくるホシノたちの声を聴きながら、少しだけマフラーに顔を埋めた。

 

「……ん。これでホシノ先輩も、パトロールの時に恥ずかしくない」

「あはは、そうだね。これで私のメンツも保たれるよ」

ホシノが笑うと、クロコがじろりと彼女を見た。

 

「……ん直近の目標設定。次は、ホシノ先輩の服を選ぶ。……私たちが選ぶ。先輩のその、おじさんくさいセンスを脱却させるために」

 

「ええっ!? ちょっとクロコちゃん、私のセンスを否定しないでよ。私はこれでも、機能性とリラックスを追求した結果なんだから!」

心外だと言わんばかりに抗議するホシノ。すると、隣でずっとニコニコしていたユメ先輩が、待ってましたとばかりに手を叩いた。

 

「そうだよ、ホシノちゃん! 普段の服もそうだけど、寝る時の格好もなんとかしなきゃ!」

「……寝る時の格好?」

シロコとクロコが同時に首を傾げる。

 

「そう! だってホシノちゃん、クジラがいっぱいプリントされた、すっごくファンシーなパジャマを愛用してるんだもん! しかも、胸元に大きなフリルまでついてるんだよー?」

 

「ユ、ユメ先輩!?」

ホシノの顔が、瞬時に夕焼けよりも鮮やかな赤に染まった。

「あはは! 似合ってるからいいんだけどねぇ。でも、そろそろ年相応の……サテンのネグリジェとか、どうかなぁ?」

 

「……ん。クジラのフリルパジャマ。見たい」

「……ん。録画の準備、しておく。ホシノ先輩、意外と乙女」

 

「やめてよ二人とも! 先生、今の話は忘れて! 全部ユメ先輩の作り話だから!!」

ホシノは慌てて先生の視線を遮るように立ち塞がったが、先生は既に遠くを見つめて、フリルパジャマ姿のホシノを脳内補完しているようだった。

 

「わああああああ!! もう帰る! 私、先に帰ってお布団に潜るからね――っ!!」

 

逃げ出したホシノの後ろ姿を見送りながら、アビドスの一行は、砂漠の夜道を笑い声で満たしていくのだった。

 

---

 

### 真夜中の真実

 

ショッピングモールでの暴露から数日。

ホシノは「あれはユメ先輩の冗談だよ〜」と笑って誤魔化し続けていた。しかし、シロコとクロコの「対策委員会(追及班)」がそれを許すはずもなかった。

 

深夜。二人のシロコに、なぜかノリノリのユメ先輩、そして「一応、保護者としてね」と言いつつカメラを構えるセリカまで加わった一行が、ホシノの部屋のドアを静かに開けた。

 

「ホシノちゃーん、遊びに来たよー!」

ユメ先輩が電気をパチっと点ける。

 

「……う、うへ? なに、みんなして……?」

寝ぼけ眼でシュラフから這い出してきたホシノ。その姿を見た瞬間、全員が息を呑んだ。そこにいたのは、いつもの「おじさん」ではない。

 

淡い水色に小さなクジラがこれでもかとプリントされ、襟元と袖口には真っ白なフリルがたっぷりあしらわれたパジャマ。それに身を包んだ、最高に可愛らしい少女がそこにいた。

 

「…………っ!!」

シロコとクロコが、無言でスマホのシャッターを連打する。

 

「あ、あわわわわわ!? な、なんでみんなここに!? いや、これは、その! 洗濯が間に合わなくて、昔のを引っ張り出してきただけで……!」

 

「……ん。ホシノ先輩。嘘、下手。生地、ピカピカ」

「……ん。似合ってる。おじさん、完敗」

 

「もー! ホシノちゃん、やっぱり着ててくれたんだね! 嬉しいなぁ!」

ユメ先輩がホシノを抱き寄せると、フリルが押しつぶされてクシュっとなる。その様子は、どこからどう見ても「可愛い後輩」そのものだった。

「先輩……そんな趣味があったなんて……。……まあ、いいんじゃない? 似合ってるし」

セリカも顔を赤くして視線を逸らす。

 

そのまま、なし崩し的にパジャマパーティーが始まった。

「……ねぇ、先生。これ、みんなには内緒だよ?」

ホシノが、こっそり隣に座った先生の袖を引いた。

 

「おじさん……私、本当はこういう可愛いもの、嫌いじゃないんだ。でも、私がしっかりしなきゃって思ってたから。……でも、今日くらいは、いいよね?」

 

先生は、フリルのパジャマを着て少しだけ甘えた顔をするホシノの頭を、優しく撫でた。

「ああ。君が好きなものを、好きだと言える場所がここでよかった。……とっても似合ってるよ、ホシノ」

 

「……ん。……ありがと、先生」

 

その後、深夜まで笑い声は絶えず、最後には全員が雑魚寝をすることになった。クジラのパジャマを着たホシノは、ユメ先輩と二人のシロコに挟まれ、安心しきった顔で眠りにつく。

 

翌朝。先生のスマホのフォルダには、眠っているホシノの頭の上で「ピース」をするユメ先輩と、照れくさそうに寄り添うシロコたちの、世界で一番温かい写真が残されていた。




後日、「ん、やっぱりパトロールの時はいつもの格好がいい」と言ったクロコであった
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