もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら   作:気弱

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砂漠の鎮魂歌(レクイエム)と、命懸けのデート尾行

「……先生、お願い。今日中にホシノ先輩の機嫌を直さないと、明日は砂漠を200往復させられる。……冗談じゃなくて、死人が出る」

 

クロコが、筋肉痛で小刻みに震える手で先生の袖を必死に掴んだ。その瞳は、かつての絶望を経験した時よりも切実で、追い詰められた獣のような光を宿している。

隣ではシロコも、いつもの無機質な表情を維持できず、生まれたての小鹿のように足をガクガクと震わせていた。昨日の「リカバリー訓練」という名の地獄は、彼女たちの強靭な精神すらへし折るのに十分すぎたのだ。

 

先生は、その姿を見て事の重大さを悟った。アビドス屈指の体力を誇る二人がこれほどまでにボロボロにされているのだ。体力的により劣るセリカやアヤネたちにとっては、もはや訓練ではなく、明日へのカウントダウンに他ならないだろう。

 

「ん。先生しかいない。……アビドスの全校生徒の命、預けた。失敗は、許されない」

シロコが重々しく頷く。ふと顔を上げれば、部室の物陰からセリカ、アヤネ、ノノミ、そしてユメ先輩までもが「祈るようなポーズ」で先生を見つめていた。そのプレッシャーは、大艦隊を相手にするよりも重い。

 

先生は覚悟を決め、一人部室で不機嫌そうに盾の傷を研磨していたホシノに声をかけた。

「ホシノ。……もしよかったら、今日この後、二人で街に行かないか? 頑張っている君に、何かご馳走したいんだ」

 

ホシノは一瞬、磨いていた手を止めた。

「……ふーん。先生、みんなの肩を持つんじゃなかったの? おじさんを悪者扱いしてさ」

 

少しだけ棘のある言い方。だが、先生が「君が誰よりもみんなを想って頑張っているのを、私は一番よく知っているからね」と真っ直ぐに瞳を見つめると、ホシノは顔を背けて、微かに頬を染めながら小さく頷いた。

「……そこまで言うなら、行ってあげなくもないよ。お腹空いたし。……私、パンケーキが食べたいな。一番甘いやつ」

 

「よし……。二人が店に入ったわ。作戦開始よ!」

 

セリカの鋭い合図で、物陰から五人の人影が音もなく動いた。

変装用のサングラスに、穴の開いた新聞紙。ユメ、シロコ、クロコ、セリカ、アヤネの五人は、決死の形相で二人の尾行を開始した。

 

「……ん。現在のホシノ先輩、機嫌は『中程度』。まだ笑顔が確認できない」

クロコが茂みの陰から無線(という体の小声)で報告する。

「もしデートが失敗して、先輩がさらに不機嫌になって帰ってきたら……明日は本当に砂に生き埋めにされるよぉ……」

アヤネがガタガタと震えながら、望遠鏡で店内の様子を必死に伺う。彼女たちの明日への希望は、この一枚のパンケーキにかかっていた。

 

店内では、先生がホシノの前に運ばれてきた山盛りのパンケーキを切り分けていた。

「ほら、ホシノ。あーん」

「……先生、子供扱いしないでよ。おじさん、まだ怒ってるんだから。そんな簡単に許すと——」

 

ホシノはプイと横を向く。尾行班に走る緊張。「まずい、拒絶された!」「先生、もっと押して!」

 

しかし、先生が「でも、このパンケーキ、ホシノに一番似合うと思って選んだんだ。……食べてくれないかな?」と悲しそうに微笑むと、ホシノの肩がピクンと大きく跳ねた。

 

「……しょ、しょうがないなぁ。一口だけ、だよ?」

ホシノは顔を真っ赤にして、先生の手からパンケーキをぱくりと食べた。

「あー……。美味しかったぁ……」

 

店を出る頃には、ホシノの背後から漂っていた禍々しい黒いオーラは跡形もなく消え去り、代わりにピンク色のほわほわした空気が漂い始めていた。

 

---

 

### 陥落、そして生還

 

夕暮れの公園。ベンチに座る二人の距離は、いつの間にか肩が触れ合うほどに近くなっている。

「ねぇ、先生。……今日の私、ちょっと怖かったかな」

「……少しだけね。でも、それだけみんなのことが大切なんだろう?」

 

先生が優しくホシノの手を握ると、ホシノは「おじさん」という仮面さえどこかに置き忘れたように、先生の肩に頭を預けて甘えるように擦り寄せた。

 

「……んぅ。……あのね、先生。……おじさんね、先生が他のみんなを構うの、やっぱり嫌だったんだよ。……私だけを、見ててほしいんだもん……」

 

「わかってるよ。ホシノは、世界で一番可愛い私の生徒だからね」

先生が慈しむように頭を撫でると、ホシノは「うへへ〜……先生、だーいすき……」と、とろけきった顔で完全に陥落してしまった。

 

その様子を、数メートル先の茂みの影から見ていた尾行班五人は、一斉に深い、深い安堵の溜息をついた。

 

「……ん。作戦成功。生還確定。……明日、砂漠に埋められる心配はなくなった」

クロコがスマホの電源を切り、シロコも深く頷く。

「ん。平和が戻った。アビドスは守られた。……でも」

 

ユメ先輩が、呆れたような、けれど愛おしそうな顔でぽつりと呟いた。

「……やっぱりホシノちゃん、ちょろいね」

 

「「「「(……ん、間違いない。チョロすぎる……)」」」」

 

全員の心の声が完全に一致した瞬間だった。

その後、先生にデレデレになりながら、浮き足立つような足取りで戻ってきたホシノ。彼女を、後輩たちは「おかえりなさい、ホシノ先輩!」と、昨日までの恐怖を(そして心の中のニヤニヤを)完全に飲み込んで、これまでになく温かく、そして盛大に迎えるのだった。

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