もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら 作:気弱
「……ん。そういえば、ホシノ先輩の料理って見たことない」
クロコがふと漏らしたその一言。それは平穏な午後を切り裂く、一発の銃声のような衝撃だった。ソファでうたた寝していたホシノの肩が、目に見えてビクッと跳ねる。
「そういえば、私もホシノちゃんが本格的に作ってるところ、見たことないなぁ!」
ユメがここぞとばかりに目を輝かせ、セリカがニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「ちょうどいいわ! 私たちが審査してあげるから、何か作ってみなさいよ。アビドスの看板を背負う者として、最低限の家事能力くらい見せてもらわないとね!」
「い、いやー! おじさんはそういうのやらないからさー……ほら! 女子力なんてユメ先輩やシロコちゃんたちの方があると思うし! 私は食べる専門だよ〜」
冷や汗をダラダラと流しながら、必死に後ずさりして固辞するホシノ。しかし、シロコの鋭い、獲物を逃さない瞳が彼女の動揺を射抜いた。
「……ん。何か隠してる。逃がさない」
結局、四方八方を後輩たちに包囲され、逃げ場を失ったホシノは、重い足取りでトボトボと調理室へ向かうことになった。
残されたメンバーは期待に胸を膨らませる。「意外と、凝った可愛いキャラ弁とか作ってきたりして!」「ホシノ先輩なら味は保証付きでしょ、きっと!」
しかし……30分、1時間、そして2時間が経過しても、ホシノは帰ってこない。
「もしかして逃げた!? 私が見張っておけば……!」
セリカが地団駄を踏んだその時、ようやく扉がゆっくりと開き、魂が抜けたような顔をしたホシノが現れた。
「あ、あはは……出来たよ。お待たせ……」
差し出されたお弁当箱。中には、あまりにも「どこかで見たような」普通すぎる唐揚げ弁当が入っていた。
不審に思ったクロコが、一つ箸でつまんで口に運ぶ。
「…………ん。これ、近所のコンビニの一番人気のやつ。ソースの味が完全に大手チェーン」
「そ、それじゃあおじさんは帰るね! お疲れ様!」
「ん。逃がさない」
シロコが瞬時に扉を塞ぎ、退路を断つ。観念したホシノが、プルプルと震える手でもう一つのお弁当箱を差し出した。
「わ、私だって頑張ったんだよ!? 今まで一度もしたことないのにさ!」
中に入っていたのは、もはや物質の形を留めていない、炭よりも黒い「何か」。あまりの惨状に、部室の空気が一瞬で凍りついた。
「……ホシノちゃん。これ、何をどう工程を飛ばしたらこうなるの……?私でもここまでは…」
「……ん。爆破工作の失敗死体? それとも新種の燃料?」
「ひどいなぁ二人とも! 火加減が難しかったんだよぉ……! 強火の方が早くできると思ったんだもん!」
涙目で必死に弁明するホシノ。そんな絶望的な空気の中、救いの主――あるいは最大の「被害者」候補が現れた。
「ただいまー。みんなで何を囲んでるんだい?」
先生がひょっこり顔を出した。「あ、先生! 見ちゃダメ! 私の尊厳が死んじゃう!」
ホシノが慌てて黒焦げの物体を隠そうとしたが、先生は既にそれを目にし、驚くべき行動に出た。
「おっ、焼きおにぎりかな? ちょうど小腹が空いてたんだ、いただきます」
「えっ、ちょ、先生!? それは――!」
止める間もなく、先生は漆黒の物体をひとかじりした。
**パリッ……ボリボリッ……!!**
食べ物らしからぬ硬質な、まるで岩を砕くような音が部室に響く。全員が息を呑んで見守る中、先生はゆっくりと咀嚼して飲み込み、爽やかな笑顔で言った。
「うん……すごく、健康的な味がするよ。ホシノが一生懸命焼いてくれた『真心』が一番の隠し味だね。美味しいよ」
「せ、先生……!」
ホシノの瞳が潤み、一瞬で「おじさん」から「恋する乙女」へと表情が変わる。
「うへへ〜……先生ぇ。そんなに褒めてくれるなら、明日も、明後日も、おじさんが愛を込めて作ってあげちゃうよぉ……?」
それを見ていた後輩たちは、一斉に遠い目をした。
「……ん。やっぱりホシノ先輩、世界一ちょろい。愛で味覚がバグってる」
「……ん。先生の胃袋が破壊されるのが先か、先輩の恋が成就するのが先か。死のレース」
「ちょっと、これ以上ホシノ先輩に料理させたらアビドスが火事になるわよ!! 消火器発注しなきゃ!」
結局、先生への愛ゆえに「破壊的」な料理修行に目覚めてしまったホシノと、彼女が台所に立つたびに消火器を持ってフル装備で待機する後輩たちの、新たなる戦いが幕を開けるのであった。
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### 「オマケ:調理室に入ったホシノの話」
「はぁ……。シロコちゃんたち、強引なんだから……」
調理室に一人取り残されたホシノは、見慣れない調理器具たちに囲まれ、深い深いため息をついた。銃のメンテナンスなら目をつぶっていてもできるが、お玉やボウルの使い道なんて、さっぱり見当もつかない。
「とにかく……おにぎりでも作ってみよう。下手に難しいことに挑戦して、ユメ先輩みたいになったら馬鹿にされるし。……これなら、私でもできるよね」
形から入るタイプなのだろうか、ホシノはどこからか出してきたフリフリの可愛らしいエプロンを装着してみる。
「うへ〜、私には似合わないねぇ。……よし、まずはご飯だ」
とりあえず米をボウルに入れ、適当に水を注ぐ。研ぐという概念も曖昧なまま、砂漠で砂を洗うような手つきでチャチャッと済ませ、炊飯器……ではなく、なぜか棚にあった**「年代物の土鍋」**に目が留まった。
「ん。確か土鍋で炊くのが一番美味しいって聞いたことがあるなー。おじさん、せっかくなら凝っちゃおうかな」
それが全ての悲劇の始まりだった。
米と水の分量は完全に勘。「火力が強ければ、気合で早く炊けるよね」と、コンロのつまみを限界までひねり、最大火力に設定。
10分後。
「……ん? なんだか、香ばしい匂いがしてきたぞ。やっぱり強火は正義だねぇ」
ホシノは鼻歌まじりに、おにぎりの具にしようと思っていた梅干しを眺めていた。
しかし、さらに5分が経過した頃。
調理室に**「メキメキッ」という不穏な音と、視界を覆うほどの真っ黒な煙**が充満し始めた。
「わわわっ!? なにこれ、敵の煙幕!? げほっ、げほっ!」
慌てて火を止め、おそるとおそる土鍋の蓋を開ける。
そこには、ふっくらとした白米など微塵もなく、炭化して石のように固まった**「漆黒の塊」**が、無残な姿で土鍋の底にこびりついていた。
「…………嘘でしょ。私のご飯が、分子レベルで消滅してる……?」
絶望するホシノ。だが、時計を見ればもう一時間が経過している。今から炊き直しても間に合わない。外では後輩たちが、期待(という名の監視)の眼差しで待っているのだ。
「……あ、あはは。これは、想定内だよ。うん。プランBだ」
ホシノは音速で土鍋をシンクの奥に隠し、窓から調理室を飛び出した。
向かった先は、学校のすぐそばにあるコンビニ「柴関ランド店」。
「お、おじさん……唐揚げ弁当ひとつ! 割り箸はいらないよ! あと、一番安いお弁当箱を売ってるところ教えて!」
店員に不審な目で見られながらも、ホシノは必死の形相で「証拠隠滅用のお惣菜」を買い漁る。
「……よし。これでとりあえず、女子力が皆無だっていう証明だけは回避できるはず……!」
冷や汗を拭い、コンビニの袋を隠しながら、ホシノは再び戦場へと戻っていく。
しかし、その手には**「一応、努力の証拠として持ってきた、ご飯だったはずの炭」**が入った予備のお弁当箱もしっかりと握られていたのであった。