もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら 作:気弱
ホシノが校内パトロール(という名のお昼寝)に出かけて数十分後のこと。
部室では、もはや恒例となったシロコの「唐突な分析」が始まっていた。
「ん。……私、また気づいたことがある」
「今度は何よ。また私が甘やかされてるとか言わないわよね?」
セリカが先手を打つが、シロコは静かに首を振った。
「ん。違う。……ホシノ先輩は、私たちに甘えさせるのは上手い。けど、自分から甘えに行くのは、先生に対してだけ。……これは、由々しき事態」
その言葉に、部室の空気が一変した。
「確かに。……先輩はいつも『先輩だから』と言って、私たちの面倒を見る側に回ります。でも、先生の前では……あんなに無防備に、眠そうな顔をして袖を掴んだり……」
眼鏡を光らせるアヤネ。ノノミもハタキをギュッと握りしめ、いつもの笑顔の裏に強い意志を宿した。
「私たちだってホシノ先輩が大好きなんです。……私たちにも、もっと『よしよし』してほしい、甘えてほしい、と思いませんか?」
「ん。……賛成。そこだけは先生に負けたくない。先輩が『もうダメ、甘えさせて』と言い出すまで包囲するべき」
「……ん。私も、今の先輩には興味がある。……甘える時の声色、表情……すべて記録したい」
二人のシロコが冷徹に、かつ熱烈に同意する。
「よし、決まりだね♪」と、ユメがパンと手を叩いた。
「ホシノちゃん、本当は甘えん坊なんだから、みんなで無理やり甘やかして、骨抜きにしちゃおうか!」
一方、廊下のすぐ外でこの会話を聞いていたホシノは、滝のような冷や汗を流していた。
(ありゃりゃ……絶対に恥ずかしい目に遭うやつだよ……。よし、ここはパトロールに戻ったふりをして――)
ホシノが静かに踵を返そうとした、その瞬間だった。
バァァァン!!
「ん。逃がさない」
「ん。……逃走経路、封鎖済み」
地獄耳のシロコと、先読みをしたクロコが、同時に扉を開けてホシノの腕をガッチリと掴んだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ!? な、何かな二人とも……わっ私、ちょっと忘れ物を……!」
抵抗虚しく、ホシノは部室の中央へと引きずり込まれる。そこには、満面の笑みのユメと、獲物を待つ対策委員会の面々がいた。
「さぁ、ホシノちゃん! 覚悟を決めて!」
ユメが特大クッションを広げ、アヤネが膝枕の準備を始め、ノノミは高級耳かきセットを取り出す。
「な、なによこれ! 恥ずかしすぎるよぉ! セリカちゃん、助けて!」
「……ごめん、ホシノ先輩。私も……先輩の甘えた顔、ちょっと見てみたいし……」
セリカにまで裏切られ、ホシノは完全に包囲された。
「ん。先輩。……さぁ、甘えて。……まずは私の肩に頭を乗せて」
シロコがホシノを抱き寄せ、さらに背後からクロコが重なる。
「ん。……次は、私が先輩を後ろからハグする。……心音が落ち着くまで、離さない」
二人のシロコにロックされ、羞恥心で限界を迎えるホシノ。その後数時間、彼女は全員に代わる代わる「甘やかされ(物理)」、最後にはユメの膝の上で、真っ白な灰のように放心状態となっていた。
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翌日。羞恥心は一晩寝ても消えるどころか、むしろ鮮明に焼き付いていた。
「……うへ。もうダメだ。私の尊厳は昨日、砂に還ったんだよ……」
ホシノが選んだ究極の防衛策は、フルフェイスのタクティカルヘルメットと厚手のマフラーという、不審者極まりない重装備スタイルだった。
「……よし。これなら、私の赤い顔は見えない」
しかし、アビドスの正門をくぐった瞬間、その期待は打ち砕かれた。校門の左右からシロコとクロコが飛び出してくる。
「ん。……捕捉。ホシノ先輩。ヘルメット装着率100%。……怪しい」
逃げようとするホシノをアヤネが冷徹に分析し、ノノミがタオルを持って追いかけ、セリカが逃げ道を塞ぐ。
「あははー! ホシノちゃん、中のお顔が見えないのは寂しいな♪」
ユメがなぜか工具を持って笑う。「「「「「ん(さぁ)、脱いで(脱ぎなさい)!!」」」」」
「やめてぇぇぇ! おじさんの最後の防壁を壊さないでぇぇ!!」
校庭を全力疾走するヘルメット姿のホシノ。最後には先生がヘルメットを外した瞬間、ゆでダコのように真っ赤な顔が露わになり、再び全員に揉みくちゃにされるのだった。
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ついにホシノの防衛ラインが完全に崩壊した。
「……うへ……。もう、砂漠に埋めて……。もう……空っぽだよ……」
魂が半分口から出たような虚脱状態。その様子を見て、シロコがスッと表情を引き締めた。
「ん。……待って。……みんな、ストップ。これ以上は、『甘やかし』じゃなくて『破壊』。……反省。……自重する」
その言葉に全員がハッとした。
「やりすぎました……」「ごめんなさい、先輩」「本気で明日から口をきいてくれなくなりそうね……」
最後にシロコがホシノの頭を一回だけ丁寧に撫で、「おやすみ」と告げた。ようやく、部室に静寂が戻ってきた。
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「自重宣言」から一夜明け。
ホシノがおそるおそる部室のドアを開けると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「……ん。おはよう。……私は今、自重中。……半径2メートル以内には近寄らない」
シロコが部屋の隅で正確な距離を保ち、アヤネは書類を遠くから置き、ノノミは遠くから慈愛に満ちた(重たい)視線を送り、クロコは石像のように固まって先輩を凝視している。
沈黙。刺さるような視線。ただならぬ緊張感。
「…………ねぇ! それはそれで落ち着かないよー!!」
ホシノが耐えきれずに叫んだ。
「何なのその『絶対に触れてはいけない重要文化財』を見るような目は!? 監視されてるみたいで生きた心地がしないよ!」
「ん。……無理。近くに行くと、撫でたくなる。だから、離れる」
シロコの手が欲望でプルプルと震える。セリカも「可愛いな」と口に出さないよう必死で顔を赤くしている。
「うへぇ……。昨日みたいに揉みくちゃにされるのも嫌だけど、腫れ物扱いも嫌だよぉ……。普通に、普通にお話ししようよ……」
泣き言を漏らすホシノに、シロコがボソリと呟いた。
「ん。……じゃあ、一回だけ。……一回だけハグしたら、普通に戻る。……いい?」
ホシノが承諾した瞬間――
「「「「「捕まえたぁぁぁ!!」」」」」
「ひ、ひぃぃぃぃ! 結局こうなるのー!? おじさんのバカー!!」
結局、アビドスに「本当の」平穏が戻ったのは、それから一週間後のことだった。