もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら   作:気弱

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アビドス密談:鈍感の極致と、崩れ落ちる後輩たち

午後の柔らかな陽光が部室をオレンジ色に染める頃。

ソファで丸くなって熟睡しているホシノの、規則正しい寝息を確認すると、シロコは手に持っていた銃のメンテナンスキットを音もなく置いた。その瞳には、いつになく確信めいた、いたずらっぽい光が宿っている。

 

「ん。……私、昨日聞いた」

 

その唐突で、かつ重みのある言葉に、アヤネが作業の手を止めて顔を上げた。

「シロコさん、珍しい言い回しですね。何を『聞いた』んですか?」

 

シロコは、穏やかな寝顔を見せるホシノを指差し、淡々と、けれど一言一句を噛み締めるように語り始めた。

 

「ん。昨日、忘れ物を取りに夜の部室に戻った。……その時、ここで眠っていたホシノ先輩が、私たちの名前を順番に呼んでいた。……でも、一人ひとりで声のトーンも、表情も、全然違った」

 

「えっ……先輩が、寝言で私たちの名前を?」

セリカが顔を赤くして身を乗り出した。ノノミも「あらあら〜」と頬に手を当て、興味津々といった様子だ。隅っこでコーヒーを飲んでいたユメ先輩も、目を輝かせて輪に加わった。

 

「ん。……まずセリカの時。すごく楽しそうだった。少し眉間に皺を寄せながら、『こら、セリカちゃん……そんなに働いちゃダメだよぉ……うへへ……』って、いたずらっ子みたいな、慈しむような声で笑ってた」

 

「なっ……! 先輩、夢の中でまで私のバイトを邪魔してるの!? 働きすぎだって、いつも言ってるから……」

セリカが顔を真っ赤にするが、その口元はどこか嬉しそうに綻んでいる。

 

「ん。……アヤネの時は、寝ているのに背筋が伸びてた。『あはは、アヤネちゃん……そんなに怒らないでぇ……分かったから、書類はそこに置いといて……』って、すごく恐縮した声。深い信頼と、少しの恐怖が混ざってた」

 

「夢の中でも、私は怒ってるんですね……。でも、書類を任せてくれるくらいには頼りにされている……と思っても良いんでしょうか」

アヤネが苦笑いしながら眼鏡を直す。その瞳は優しく細められていた。

 

「ん。……ノノミの時は、完全に甘えていた。『ノノミちゃぁん……それ、もう一個ちょうだい……お菓子……』って、とろけそうな声。一番、子供みたいに無防備な響きだった」

 

「ふふ、嬉しいです。先輩、夢の中でも私に甘えてくれているんですね♪ 今度、もっと美味しいお菓子をたくさん用意しておきますね」

ノノミが幸せそうに微笑む。

 

「……ん。……じゃあ、私は? 私はどうだった?」

クロコが静かに、けれど期待を隠せない熱い瞳で尋ねた。

 

「ん。……クロコの時は、驚くほど優しかった。『大丈夫だよ、クロコちゃん……おじさんがずっと見てるからね……』って、一番『お姉さん』らしい、包み込むような温かい声だった」

 

「…………ん。……そう。……悪くない。……これからも、見ていてほしい」

クロコが少しだけ顔を背けるが、その耳は隠しきれないほど赤く染まっていた。

 

「あははー! みんな愛されてるねぇ♪」

ユメ先輩が楽しそうに笑う。「じゃあ、シロコちゃんの時はどうだったの? それに、私の名前も呼んでくれたのかなぁ?」

 

「ん。……私の時は、一番必死だった。『シロコちゃん、待って……! それは……爆弾……! 銀行はダメだよぉ……!』って、うなされるように叫んでた」

 

「「「…………(納得)」」」

 

「ん。……不満。……でも、ユメ先輩。先輩の名前を呼ぶ時は、一番『幼い』声だった。『ユメ先輩……置いてかないでぇ……』って、泣き出しそうな、必死な声。……今にも消えちゃいそうな、寂しい音」

 

シロコの言葉に、部室がしんと静まり返った。ユメ先輩が、愛おしそうにホシノの寝顔を見つめ、その頭をそっと撫でようとした――その時。

 

シロコが一度言葉を切り、深い溜息をつくように続けた。

 

「ん。……でも、一番。今まで聞いたことがないくらい、甘くて、慈愛に満ちていて……本当に嬉そうに呼んでいたのは」

 

シロコが確信を込めて告げる。

 

「ん。……先生の名前を呼んだ時」

 

「…………わー! わー! わー!! 聞こえない! おじさん、何も聞こえないよぉ!!」

 

シロコの言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ソファの上の「塊」が爆発したように跳ね起きた。

顔を真っ赤にし、両手で自分の耳を塞ぎながら叫ぶホシノの姿に、全員が「ひっ……!?」と肩を揺らす。

 

「シ、シロコちゃん!? おじさんのプライバシーっていう概念はどこに行ったのかなぁ!? 今のは無し! 記憶からデリートだよ!!」

 

「ん。……先輩。やっぱり起きてた。隠しても無駄。先生を呼ぶ時の声、本当にとろけそうだった。……悔しい。先生に、逐一報告する」

 

「やめてぇぇぇ! それだけは本当にやめてぇぇ!! 先生に会わせる顔がなくなっちゃうよぅ!!」

 

ホシノは羞恥心の限界を迎え、真っ赤なゆでダコのような顔のまま、シロコを黙らせようとがっしりと抱きついた。

 

「もう! シロコちゃんたちの意地悪! ユメ先輩も笑ってないで助けてよぉ!!」

 

「あははー! ホシノちゃん、そんなに先生のことが大好きなんだねぇ♪ 良いことだよ、素直になっちゃいなよー!」

 

「できないから困ってるんでしょぉ!!」

 

ホシノは羞恥心に耐えかね、シロコの口を塞ぐように、そして自分の赤い顔を見られないように、力いっぱい後輩たちを順番に抱きしめて回った。それは言葉にできない、最高に照れくさくて、けれど温かい「愛の表明」だった。

 

アビドスの部室には、夕暮れ時まで、ホシノの悲鳴と、彼女を愛してやまないメンバーたちの楽しそうな笑い声が、いつまでも響き渡るのであった。

 

---

 

部室の中がホシノの悲鳴と後輩たちの笑い声で混沌としていた、その時。

「おーい、みんな。何だか騒がしいけど、何か面白いことでも――」

 

タイミングが良いのか悪いのか、ドアを開けてのんきな顔を出したのは、他ならぬ先生だった。

 

「「「「「…………!!」」」」」

 

一瞬で部室が静まり返る。ホシノはシロコに抱きついた姿勢のまま石像のように固まり、顔面はもはや赤を通り越して、沸騰したヤカンのように湯気が立ちそうなほど熱くなっていた。

 

「……あ、先生。ちょうど良かった」

シロコが拘束(ハグ)されたまま、淡々と先生を見上げる。

 

「わ、わわわ! 来ないで! 先生、今は入っちゃダメ! 私達、今ちょっと『女子の秘密会議』の真っ最中だから! ほら、回れ右! クイックターン!」

 

ホシノは弾かれたようにシロコから離れると、猛烈な勢いで先生の胸元に両手を当て、部室の外へ押し出そうとした。だが、その背後から無慈悲な追撃が飛んでくる。

 

「ん。先生。報告がある。ホシノ先輩、昨日寝言で先生のことを呼んでた。すごく甘い、とろけそうな声で」

 

「ちょっ……! シロコちゃん!!」

 

「えっ、ホシノが僕の名前を?」

先生が驚いて目を丸くする。「……それは、どんな内容だったのかな?」

 

「ん。……『先生ぇ……それ、美味しいねぇ……うへへ……』って言った後に、すごく幸せそうに笑って……『先生……大好きだよ……』って」

 

「「「「「!?!?」」」」」

 

部室に激震が走る。

「シロコちゃん!? そんなことまで言ってなかったでしょ!? 捏造だよ、それは悪質な捏造だよぉ!!」

ホシノはもはや耳まで真っ赤どころか、涙目で先生の視線を避け、床にめり込みそうなほど縮こまった。

 

「あははー! ホシノちゃん、本当のこと言われちゃってパニックだね♪」

ユメ先輩が楽しそうに追い打ちをかける。「先生、ホシノちゃん、夢の中でも先生に甘やかされたかったみたいだよ?」

 

「ユ、ユメ先輩までぇ……! おじさん、もう……おじさん、今日でアビドスを卒業するよ……。恥ずかしくて明日から砂漠の砂粒として生きていくんだ……」

 

「……ホシノ」

先生が優しく、けれど少しだけ真剣な声でホシノの肩に手を置いた。

 

「僕の名前を呼んでくれたのは、嬉しいな。夢の中でも僕を頼りにしてくれてるんだね」

 

「……ううぅ……。先生までそんな、聖母みたいな顔で……。……もう、知らない! みんな、大っ嫌いだよぉ!!」

 

ホシノは最後の一線を越えた羞恥心に耐えかね、先生を突き飛ばさんばかりの勢いで部室を飛び出していった。廊下をドタドタと走っていく足音が遠ざかっていく。

 

静まり返る部室。

残された後輩たちとユメ先輩は、今のホシノの「実質的な告白」とも取れる態度に、当てられたような、それでいて温かい空気を感じていた。

 

……しかし、ただ一人。中心人物である先生だけが、腕を組んで非常に深刻な顔をしていた。

 

「……ん。先生? どうしたの。ホシノ先輩を追いかけないの?」

 

シロコが不思議そうに尋ねると、先生は眉間に皺を寄せたまま、独り言のように呟いた。

 

「……いや、今シロコが言った寝言の内容が気になって。『先生ぇ……それ、美味しいねぇ。先生、大好きだよ』……だったよね?」

 

「はい、そうですけど……それが何か?」

アヤネが首を傾げる。

 

「……何が、そんなに美味しかったんだろう?」

 

「「「「……え?」」」」

 

先生は拳をポンと手のひらに打ち、どこか申し訳なさそうな顔で続けた。

 

「ホシノ、夢の中でよっぽど美味しいものを食べてたんだね。その後に『先生、大好きだよ』って言ったってことは……つまり、**『先生、この食べ物大好きだよ!』**って意味だよね? 僕がご馳走した設定だったのかな」

 

「…………」

部室の温度が、一瞬で零下まで下がった。

 

「えっ、あ、あの……先生?」

セリカが引き攣った笑顔で確認する。「それ、本気で言ってるの? 『大好き』の対象が、ホシノ先輩の目の前にいた先生じゃなくて、『食べ物』だって……?」

 

「だって、ホシノは食いしん坊なところがあるし。きっと僕が夢の中で、何か最高に美味しいクジラ型のお菓子か、特製のアビドス丼でも奢ったんだよ。……ああ、それなのに僕は、何が美味しかったのかも分かってあげられないなんて。先生失格だ」

 

先生は「何てことだ……」と本気で肩を落とし、反省し始めている。

 

「ん。……重症。この大人、救いようがない」

シロコが冷やかな視線を送る。

 

「ん。未来の私が先生に苦労させられた理由、今、完全に理解した。この鈍感さは、もはや一種の防壁」

クロコが呆れ果てて、スマホをポケットに仕舞った。

 

「あははー! 先生、そこまで行くと逆に清々しいねぇ♪」

ユメ先輩がお腹を抱えて笑い出す。「ホシノちゃん、あんなに命懸けで照れてたのに……食べ物に負けちゃうなんて、かわいそうに!」

 

「ノノミちゃん、アヤネちゃん。……これ、どうにかして先生に『主語』を教え直した方がいいんじゃないかしら」

セリカが頭を押さえる。

 

「そうですね……。でも先生、ホシノ先輩があんなに顔を真っ赤にしていた理由は、どう説明するつもりなんですか?」

アヤネの理詰めの問いに、先生は自信満々に答えた。

 

「そりゃあ……『一人で美味しいものを食べてる夢を見られて恥ずかしかった』とか、『食い意地が張ってると思われたくなかった』とか、そういうことじゃないかな?」

 

「「「「…………(沈黙)」」」」

 

「よし、決めたぞ! 次にホシノに会ったら、何が食べたかったのか聞き出して、本物を一緒に食べに行こう。先生として、生徒の『大好き』なものは叶えてあげたいからね!」

 

そう言って、爽やかな笑顔でホシノを追いかけていく先生。

その後ろ姿を見送りながら、部室に残されたメンバーたちは、しばらくの間、深い溜息をつき続けるのであった。

 

一方、廊下の陰で今の会話を全て聞いていたホシノは、「……私の初恋、難易度高すぎない……?」と、壁に頭を打ち付けるのであった。

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