もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら 作:気弱
ガタン、ゴトン
規則正しく響く線路の振動が、車内に心地よい眠気を誘っていた。 夕暮れに染まった座席には、窓に頭を預けてまどろむシロコ先輩や、静かに寝息を立てるノノミ先輩たちの姿があった
「……ん」
ふと、左肩に柔らかな重みを感じて視線を落とすと、そこにはセリカがいた。 よほど歩き疲れたのか、私の肩に頭を預けたまま、安心しきった顔で深い眠りに落ちている。
普段はあんなに威勢がいいのに、こうして見ると、やっぱり彼女は私の可愛い後輩なんだ――。
誰に届けるでもない呟きが、静かな空気に溶けていく。 肩から伝わるセリカの体温はとても温かくて、けれどその温もりに触れていられる時間が残りわずかであることを、私の本能が告げていた。
窓の外を流れる景色が、少しずつ夜の帳に飲み込まれていく。 まるで、私の滞在時間がもうすぐ終わることを急かしているようだった。
「……先生」
「どうしたの?ホシノ」
みんなの寝顔を慈しむように見守っていた先生へ、消え入りそうな声で呼びかける。 先生は穏やかに応じると、ゆっくりと私の方を向いた。
その瞳は、冬の陽だまりのように温かい。 まっすぐに私を見つめる真剣な眼差しから、先生もまた、私と同じ「終わりの予感」を共有しているのだと悟った。
「たぶん…私はみんなと別れたらそれが最後だと思う」
肩に預けられたセリカの温もりを感じるたび、胸の奥が締め付けられる。本当は、このままこの温かさに甘えていたい。
それでも、私は「過去」へと手を伸ばさなければならない。未来の私から手渡されたバトンは、あまりに重く、けれど温かいものだった。戻ったあとの自分に何ができるのかなんて、今の私には分からない。確証も、自信も、本当は欠片も持ち合わせていないけれど。
だが、水族館の暗闇の中で、先生を前に零した涙だけは本物だ。あそこで気づかされた想いは、数日前の、尖っていた頃の私には決して理解できなかった宝物。 ――これさえあれば、私はもう、独りで道を見失ったりはしない。
決意を胸に心の底から信頼できる大人へ、もう1つ託すことにした
「私は……今日普通にみんなと別れるつもり、元の私に戻ることは先生と私の秘密にしててくれないかな?」
ホシノと同じくらい生徒たちを想っている先生からすれば、当然の疑問だったのだろう。なぜ、何も言わずに行くのか――その問いに、私は心の中で答えを紡ぐ。
ここで起きた出来事は、私の人生において最初で最後かもしれない、あまりに大きな奇跡だ。だからこそ、その幕引きを悲しいお別れの言葉で汚したくはなかった。
それに、もし「さよなら」なんて言ってしまったら。 今、私の肩に頭を預けているセリカの温もりも、安らかな寝息を立てるシロコ先輩たちの姿も、すべてが永遠に失われてしまうような……そんな底なしの恐怖に、私は耐えられそうになかったから。
「だから、「さようなら」じゃなくて「またね」って言うんです」
そう言って、ホシノは慣れない笑顔を浮かべ「うへへ」と笑った
「またみんなで水族館や芝関ラーメンに行きたいですからね。だから、大切な後輩と約束するんです」
付け加えた言葉のあと、車内には再びガタンゴトンという規則正しい振動だけが響いた。私たちの会話を、眠っているみんなに悟られないように守ってくれているような、不思議な静寂。
しばらくの沈黙のあと、先生は少しだけ寂しそうに、けれど慈しむような笑みを浮かべて頷いた。
「……そうだね。またみんなと会うためにも、この秘密は私の心の中で閉まっておくよ」
それを聞いたホシノは「ありがとう、先生」と先程までの笑うのが苦手な笑顔とは全く違う、1人の…普通の少女のような笑みを浮かべた
(まもなく──○○駅──○○駅。お出口は左側です。お忘れ物のないよう……)
眠りを妨げるような無機質な機械音声が、車内に響き渡る。 その音に、肩を預けていたセリカが「ん……」と小さく身じろぎした。
離したくない。 肩に感じるこの温もりも、みんなの穏やかな寝顔も、このまま永遠に閉じ込めてしまいたい。
けれど、電車は残酷にも減速を始め、駅のホームの光が窓の外を白く通り過ぎていく。 この駅を降りて、校舎へと続く砂漠を少し歩けば、私たちが「今」を共有できる時間は終わる。
私は一呼吸置いて、自分を奮い立たせるように、まだ眠っている彼女たちの肩を優しく揺らした。
「ほら、みんな起きて。駅に着いたよ」
私の声に、肩に預けられていた重みがふっと軽くなる。 「んぅ……。あ、ホシノ先輩……。もう着いたの?」 セリカが眠たげな目をこすりながら体を起こし、シロコ先輩やノノミ先輩たちも、ゆっくりと現実の世界へ戻ってきた。
プシュー、という乾いた音を立てて扉が開く。 私たちは夜の帳が下り始めたホームへと降り立ち、静まり返った駅舎を抜けて、校舎へと続く砂漠の道へと足を踏み出した。
「ふふ、今日は本当に楽しかったですね」 ノノミ先輩が夜空を見上げて、満足そうに微笑む。 「ん。水族館のクジラ、すごかった。またみんなで行きたい」 シロコ先輩の言葉に、セリカが「次は私が行き先決めるんだからね!」と意気込んでいる。
そんな当たり前の、けれど愛おしくて堪らない会話を、私は一歩後ろから見つめていた。 砂を踏み締めるたびに、胸の奥の鼓動が速くなる。 校舎の明かりが遠くに見えてきた。 ……あそこまで歩いたら、きっと魔法は解けてしまう。
ふと隣を見ると、先生が私と同じように、少しだけ寂しそうな顔で歩いていた。 視線が合う。先生は何も言わなかったけれど、その瞳が「大丈夫だよ」と語りかけてくれているようで、私は小さく頷き返した。
夜の風が、砂を巻き上げて通り過ぎる。 アビドスの校舎が、もうすぐそこまで迫っていた。
「……ねぇ、みんな」
私は立ち止まった。 先行していた彼女たちが、不思議そうに足を止めて、こちらを振り返る。 月明かりに照らされたみんなの顔が、あまりに綺麗で、私は泣きそうになるのを必死にこらえて、最高の笑顔を作った。
「また、明日!」
「ん、またね」といつものように短く、けれど信頼を込めるように応じ
「はい! また明日もよろしくお願いしますね」 アヤネは眼鏡の奥の瞳を輝かせ、明日への希望に満ちた元気な返事をくれた。
「ええ。ホシノ先輩、また明日です♪」 ノノミ先輩が、包み込むような、母親のような慈愛に満ちた笑みを浮かべる。その温もりに、思わず甘えてしまいそうになる。
「……うん。また、明日!遅れたら承知しないわよ!」 セリカだけは一瞬、何かを察したように眉をひそめた。私を呼び止めようとするような、不安げな表情。けれど彼女はそれを打ち消すように、最後にはいつもの強気で明るい笑顔を私に向けてくれた。
「それじゃあ、みんな帰ろっか」
先生の穏やかな声に促されて、みんなが再び歩き出す。 「今日のご飯、何にしようかな」なんて他愛もない相談をしながら、彼女たちの影が月明かりの砂漠に長く伸びていく。
私はその場に立ち止まったまま、遠ざかっていく背中をじっと見つめていた。
一人、また一人と、夜の闇にその姿が溶けていく。 最後に一度だけ、先生がこちらを振り返り、私だけに分かるように小さく頷いた。 ……ありがとう、先生。
みんなの姿が完全に見えなくなり、砂を蹴る足音さえも夜風にかき消された、その時だった。
「っ……」
指先から、淡い光が溢れ出した。 それは水族館で見たクジラの光のように優しく、けれど抗いようのない力で私の輪郭を飲み込んでいく。
温かい。 不思議と、怖くはなかった。 ポケットの中に手を伸ばすと、そこにはみんなとお揃いのキーホルダーが、確かな重熱を持って握られていた。
「うへへ……。本当、最高の誕生日でした」
私は一人、静かな砂漠で誰にも聞こえない声を漏らす。 視界が真っ白な光に塗りつぶされていく。 次に目を開けた時、そこが砂嵐の吹き荒れる絶望の淵だとしても。
今の私なら、もう、笑える。
光が弾けた。 あとに残されたのは、誰もいない静寂の砂漠と、夜空に輝く星々だけだった
「うっ……ここは……?」
眩い光に焼かれた視界が、次第に形を取り戻していく。 戻った先は2年前の砂漠――そう思っていたホシノを待っていたのは、境界も奥行きも定かではない、果てのない白一色の空間だった。
何が起きたのか分からず、ただ困惑に身を固くする。 その時、静寂を破って背後から声がかけられた。
「うへー、おつかれー。…よく頑張ったね、私」
驚くほど気の抜けた、緊張感の欠片もない声。 咄嗟に振り返ったホシノの目に飛び込んできたのは、自分と同じ顔をしながら、自分とは似ても似つかない穏やかな笑みを浮かべた、未来の自分の姿だった。
「私は頑張ってませんよ、ダメダメだった私に後輩や先生達が気づかせてくれただけですから」
自嘲気味に吐き出した言葉に、未来の私は「うへへ」といつもの気の抜けた笑い声を漏らした。
「うへへ……。それはおじさんも通ってきた道だから、よく分かるよ〜。自分一人で背負い込んで、勝手に絶望して……。でもね、今の君には、かつての私が持っていなかったものがある」
そう言って、未来の私はゆっくりと手を伸ばし、私の胸元を指差した。
「君は、先生に助けを求めた。誰かを信じる勇気を持った。……それはね、おじさんが2年かけてようやく辿り着いた、一番大切な『奇跡』なんだよ」
驚いて目を見開く私に、彼女は少しだけ真面目な顔をして付け加えた。
「……ねぇ、1年生の私。君がこれから行く場所に、地図なんてない。でも、おじさんのこの胸にはね、嫌っていうほど焼き付いてる場所があるんだ」
彼女は私の額に、そっと自分の額を合わせた。コツン、と軽い衝撃。その瞬間、私の脳内に濁流のような「記憶」が流れ込んでくる。
「っ……、ここは……」
「砂漠の北西、三つの枯れた岩場が重なる場所。あの日、おじさんが一歩届かなかった場所だよ」
祈るような声が耳元で響く。白い空間が激しく明滅し、未来の私の姿が光に透け始めた。
「準備はいい? これから君を『あの日』の砂漠へ返す。今の君なら、きっと間に合う。……おじさんが一生かけても辿り着けなかった『あの日』の先へ。ユメ先輩を、連れ戻してあげて」
私にだけ聞こえる最後の囁き。別れを惜しむ暇もなく、強い光が視界を塗りつぶしていく。
「行ってきなよ、1年生の私。……この歴史の事は、おじさんがちゃんと引き受けてあげるからさ」
「……任せて、私」
答えると同時に、足の先から感覚が消えていく。 私の体は眩い粒子となって、時を遡る奔流へと飛び込んでいった
弾かれたように、勢いよく体を起こした。 肺に飛び込んできたのは、ひどく冷たく、乾いた砂の匂いを含んだ空気。
「はぁ、はぁ、っ……ここは……」
記憶が激しく混濁している。さっきまで、私はどこにいた? 青い水族館、賑やかなラーメン屋、肩に預けられた後輩の重み……。 あれはすべて、絶望した私が見た、都合のいい幻覚だったのだろうか。
混乱する頭を抱え、ベッドから降りようとした、その時だった。
(チャリッ)
静まり返った部屋に、硬質な金属音が響いた。 視線を向ければ、殺風景な机の上。月明かりを反射して、一際鮮やかに輝く「それ」があった。
対策委員会のみんなとお揃いの、クジラのキーホルダー。
「あ……」
震える指でそれを握りしめる。冷たい金属の感触が、掌を通じて「あれは夢ではなかった」のだと叫んでいるようだった。 脳裏に、未来の私が指し示した場所が浮かび上がる。
――間に合う。今の私なら、絶対に。
私は制服を掴み取ると、靴を履く時間さえ惜しんで、夜の砂漠へと飛び出した。
「はぁ、はぁ、っ……!」
裸足のまま走り出した足の裏を、冷たい砂が容赦なく削っていく。けれど、その痛みさえ今の私にはもどかしい。 脳裏に焼き付いた「記憶」だけを頼りに、夜の砂漠を突き進む。
そして、ついに辿り着いた。 月明かりの下、三つの枯れた岩場が重なる、あの場所へ。
「ユメ先輩!!」
未来の私が一歩届かず、先輩が力尽きてしまった最果ての地。 私は、喉が張り裂けんばかりの声を張り上げた。 普段の私を知る人が見れば、きっと言葉を失うだろう。冷静で、どこか冷めていたはずの「小鳥遊ホシノ」が、なりふり構わず、ただ一人の名を叫び続けている。
「どこですか! 答えてください、先輩!!」
狂ったように辺りを見回し、砂をかき分ける。すると、吹き荒れる風の合間から、消え入りそうな、けれど懐かしい声が鼓膜を震わせた。
「……ホシノ……ちゃん……?」
その声に、心臓が跳ね上がる。 岩陰に、力なく座り込んでいる人影があった。時を超えてでも探し求めていた、あの太陽のような笑顔の主。
「……よかった……間に合っ、た……」
視界が、涙で一気に歪んでいく。 けれど私は止まらずに、その震える体へと駆け寄った。
「……あはは、変だなぁ。……最後に見る夢が、こんなに必死なホシノちゃんの声なんて……」
駆け寄る私の足音さえ、先輩には遠く響いているようだった。 先輩は力なく微笑み、焦点の合わない瞳で虚空を見つめている。
「……幻聴にしては、……ちょっと、リアルすぎるかな……。ごめんね、ホシノちゃん。……最後なのに笑わせてあげられなくて……」
先輩の手が、頼りなく空を泳ぐ。 まるで、触れたら消えてしまう雪の結晶でも扱うかのような、あまりに静かな拒絶
「っ! 夢なんかじゃありません……! 幻なんかじゃ、絶対にありません!!」
私は叫びながら、先輩の冷え切った両手をひったくるように掴んだ。 驚きに目を見開く先輩を、そのまま壊れそうなほどの力で抱きしめる。
「……っ、あ……」
先輩の体は、驚くほど冷たくなっていた。けれど、私の胸の鼓動は、狂ったように熱く脈打っている。
「夢の中の私が、こんなに心臓をバクバクさせて、こんなに熱いわけないでしょ……! 私ですよ、先輩!小鳥遊 ホシノです!!」
鼻の奥を突く砂の匂いと、先輩の髪から微かに香るいつもの匂い。 抱きしめた腕に伝わる、弱々しい、けれど確かな心音。 私は先輩の肩に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「助けに来たんです……。やっと、やっと間に合ったんだから……! お願いですから、勝手に終わらせないでください……っ!」
「あたたか、い……。……ホシノちゃん、なの……? 本当に……?」
頬を伝う私の涙が、先輩の首筋に零れ落ちる。その熱さを感じた瞬間、先輩の瞳に、うっすらと現実の光が宿り始めた。 私の背中に、弱々しく、けれど確かな意思を持って、先輩の手が回される。
「……夢じゃ、ないんだね……。ホシノちゃんの、匂いがする……。わたし…ちゃんと生きてる、ホシノちゃんが……そこに、いるんだね……」
掠れた声で呟きながら、先輩は私の背中をぎゅっと、何度も確かめるように握りしめた。 次第に、先輩の冷たかった体に、私の体温が溶け込んでいく。
「ごめんね……。寂しかった、怖かった……。でも、もう大丈夫だよ……。ホシノちゃんが、来てくれたから……」
先輩の声に、安堵の涙が混じり始める。 二年後の未来で、おじさんの私がずっとずっと待ち焦がれていた、あの優しい声。
「はい……! 迎えに来ました、先輩……!」
私たちは暗い岩陰で、互いの存在を確かめ合うように、いつまでも強く抱き合い続けた。 運命が、音を立てて書き換えられた瞬間だった。
静まり返った部室。窓の外では、ようやく夜明け前の薄明かりが砂漠を照らし始めていた。 私は先輩をソファへ横たえると、震える手で救急箱を開けた。
「……ホシノちゃん、もう大丈夫だよ。そんなに慌てなくても」
先輩は弱々しく微笑むけれど、その顔色はまだ青白い。私は返事もできずに、消毒液を浸したガーゼで、先輩の足や腕についた傷を丁寧に、けれど強迫的なほど熱心に拭っていく。
「……っ、痛かったですよね。……ごめんなさい、私がもっと早く……」
「ううん、いいの。……来てくれただけで、私は……」
先輩の言葉が途切れる。 私は包帯を取り出し、先輩の細い手首に巻いていった。 布越しに伝わる拍動。先ほど砂漠で感じた絶望的な冷たさは、今はもうない。私の手から、あるいはこの部屋の温もりから、少しずつ熱が先輩へと戻っていく。
包帯を結び終えると、私は我慢できずに、先輩の手を自分の両手で包み込んだ。
「……もう、どこへも行かせませんから」
「ふふ、そうだね。……ホシノちゃんがこんなにしっかり私の手を握っててくれるなら、どこにも行けないや」
先輩の、いつもの太陽のような穏やかな笑顔。 未来の私が、おじさんになるまでずっと夢に見て、一度も叶わなかった光景。 絆創膏一枚、包帯の一巻き。そのすべてが、書き換えられた新しい「明日」へと繋がっていく実感が、私の胸を熱く満たしていった。
手当を終え、少し落ち着きを取り戻した部室。 ふと、私は制服のポケットに指をかけた。そこには、あの白い空間で手渡された、確かな「重み」が残っている。
取り出したのは、月明かりを吸い込んで青く輝く、クジラのキーホルダー。 それを愛おしそうに、けれど今にも消えてしまいそうなものを扱うように見つめていると、横から先輩が不思議そうに覗き込んできた。
「……ねぇ、ホシノちゃん。そのキーホルダー、どうしたの? 見たことないデザインだね」
「これ、ですか……?」
私はそっと、先輩の掌の上にそれを乗せた。 先輩は「わぁ、可愛い……」と目を細め、怪我をしていない方の指先で、丁寧にそのクジラをなぞる
「それはですね、先輩。……長い、長い夢の中で貰ったものなんです」
「夢?」
「はい。……夢の中の私は、今より少し背が伸びていて、自分のことを『おじさん』なんて呼ぶ、どうしようもない怠け者で」
私はポツリポツリと、けれど溢れ出すように語り始めた。 信じられないほど賑やかで、優しくて、騒がしい後輩たちのこと。 どんな時も生徒を信じて、最後に背中を押してくれた「先生」という大人のこと。 そして――みんなで水族館に行って、このクジラをお揃いで買ったこと。
先輩は否定もせず、ただ静かに私の話を聞いてくれた。
「……変な夢ですよね。そんな未来、あるわけないのに」
「ううん。……とっても素敵な夢。ホシノちゃんがそんなに嬉しそうに話すんだもん、きっと本当にあるのかもしれないよ?」
先輩はキーホルダーを私に返すと、包帯が巻かれた手で私の頭を優しく撫でた。
「……また、行けるといいね。その水族館」
「……はい。今度は、先輩も一緒です」
未来の私が、後輩たちと交わした「またね」という約束。 それは今、ユメ先輩という光を含んで、さらに強く、眩いほどに輝き始めた。
あれから、どれくらいの月日が流れただろうか。 砂漠を渡る風は相変わらず乾いているけれど、隣を歩く人の体温は、あの日から一度も絶えることはなかった。
「うへへ〜、今日も暑いねぇ、ユメ先輩」 「もう、ホシノちゃん。そんなにダラダラしてたら、新入生の子に笑われちゃうよ?」
隣でクスクスと笑うのは、生徒会長の腕章を付けたユメ先輩。 1年生だった私は2年生になり、少しだけ背も伸びた。けれど、隣を歩く先輩の背中は、あの日見た夢の記憶よりもずっと大きく、頼もしく感じられる。
「あ、ホシノ先輩、ユメ先輩! お疲れさまです♪」
前方から、金色の髪をなびかせた少女が駆け寄ってきた。 十六夜ノノミ。アビドスの危機を聞きつけて、つい先日転校してきたばかりの、驚くほどお嬢様で、驚くほどお節介な後輩だ。
「ノノミちゃん、お疲れさま。今日はパトロールの当番だったよね?」 「はい! ……でも、その途中で、ちょっと困ったものを見つけてしまいまして……」
ノノミが少し困ったように指差した先。 凍えるような砂の上で、一人の少女が力尽きたように倒れていた。 銀色の髪、狼のような耳。そして、首元に巻かれた青いマフラー。
「……っ」
私は息を呑む。 あの夢の中で、誰よりも早く私を迎えに来てくれた、不器用で真っ直ぐな、私の自慢の後輩。
「あらあら……大変。ホシノちゃん、あの子、凄く寒そうだよ」
ユメ先輩が心配そうに駆け寄る。 砂の上に倒れている銀髪の少女は、体力を使い果たしたのか、微かに肩を震わせていた。
私は迷わず、自分の首に巻いていた青いマフラーを解いた。 それは、あの砂漠から帰還した後、私が商店街の安売りで見つけ出し、今日まで片時も離さず大切に巻いてきたものだ。
「えっ、ホシノちゃん。それ、自分でお小遣い貯めて買った、お気に入りのマフラーでしょ? いいの?」
ユメ先輩が驚いたように声をあげる。 あの日、未来の私が後輩たちと過ごした夢の中で、シロコがずっと首に巻いていた、あの青色。 「これは私が買ってあの子に巻いてあげないといけない」――そう決めて、ずっと大切に温めてきたものだ。
「いいんです、先輩。……これは、もともと彼女のものだったんですから」
私はそう言って、少女の首元に丁寧にマフラーを巻き付けた。
「……ん……。……あたたかい……」
マフラーの温もりに触れ、少女がゆっくりと目を開ける。 その青い瞳に、今の私が映る
「うへへ、でしょ? 安売りで見つけたやつだけど、防寒性能だけは保証するよ。……アビドス高等学校へようこそ、新入生ちゃん」
私が手を差し伸べると、ユメ先輩も隣で「うん、とっても似合ってるよ!」と眩しい笑顔を見せた。 ノノミが「運命的な出会いですね♪」と微笑み、私たちの新しい毎日を祝福するように風が吹き抜ける。
未来の記憶を抱いて買った、たった一枚の安売りのマフラー。 それが今、新しい絆の始まりとして、彼女の首元で鮮やかに色付いた。
――未来の私、聞こえる? 私は今、最高に幸せな未来を歩いているよ。
本編は書き終えたー!書き方を変えたのと言葉選びが本当に難しかった…
一応エピローグも書くつもりですので良かったらもう少しだけ見て貰えると嬉しいです!