もしユメ先輩が居なくなった直後のホシノが現代のアビドスに来たら 作:気弱
あの日、砂漠の北西――枯れた岩場で、私は「運命」を力ずくで書き換えた。 未来の私から託された地図の通りに走り、砂に埋もれかけていた先輩の手を掴んだんだ。
それからのアビドスは、私の記憶にある「最悪な二年間」とは、似ても似つかないものになった。
「あ、ホシノちゃんおはよ〜! 今日の朝ごはんはね、ちょっと失敗して真っ黒になっちゃった✨」
「……うへ〜、先輩。これで三日連続だよ。やっぱり先輩は、私より一つ長く高校生やってるだけあるねぇ(留年的な意味で)」
「ひん……! ホシノちゃんがイジめるよぉ〜! シロコちゃん、セリカちゃん、助けて〜!」 そう言って先輩は、年下の後輩たちに泣きついて甘え始める。 全く、助かってからというもの、この先輩は威厳というものをどこかに置き忘れてきたらしい。
でも、そんな光景を見守る時間が、私は何よりも好きだった。 あの日、未来の自分から受け取った「記憶」のせいで、私の中身は少しだけ老け込んでしまったけれど。
盾を構えて先陣を切る尖った性格はどこへやら。気がつけば「うへ〜」が口癖になり、未来の自分が「後輩とユメ先輩と、みんなで一緒に行きたかった」と言っていたお店を、今の私が案内して巡るのが日課になっていた。もちろん、それとは別に私一人でブラブラと寄り道することも忘れずに。
――そんな、新しくも懐かしい日々を過ごしていた、ある日のこと。 シロコが、一人の「大人」を連れて部室にやってきた。
「ちょっとホシノ先輩! いつまで寝てるのよ! 大事なお客さんが来てるんだから、早く来てください!」
セリカに半ば引きずられるようにして、屋上から対策委員会の教室へと連行される。 (……大切なお客さんって誰だろう?) そんなことを考えながら、「やぁやぁ、小鳥遊ホシノだよ。よろしく」と、いつものやる気のない自己紹介をしようとして――私の言葉は止まった。
そこには、忘れもしない。 絶望の縁にいた自分を助けてくれた、あの「大人」が立っていた。
未だに大人への疑心暗鬼が完全に消えたとは言えない私だけれど、この人だけは違う。
「初めまして。私はシャーレのせ――」
自己紹介を言い終わる前に、私は先生に抱きついていた。 砂漠を歩いたせいか、わずかな汗と砂の匂い。けれど、それ以上に私を包み込んだのは、あの日、水族館で抱きついた時と同じ、心の底から安心させてくれる匂いだった。
「わぁ……本物の先生だぁ……。えへへ、先生……久しぶり……」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! ホシノ先輩!? 何してるのよ、離れなさいよ!」
「うへ〜、いいじゃないセリカちゃん。減るもんじゃないし。おじさん、先生に会えるのをずっと楽しみにしてたんだから」
「おじさん!? 誰が!? 楽しみって、初対面でしょ!?」
セリカは真っ赤になって地団駄を踏み、助けを求めるようにシロコを見た。けれど、シロコも「……ん。先輩のこんな顔、初めて見た」と、虚空を見つめてフリーズしている。
――無理もない。今の私が自分のことを『おじさん』なんて呼ぶはずがないし、そもそも年上の男性に自分から抱きつくなんて、天変地異が起きてもあり得ないことだったのだから。
そこに、お茶を持ってトコトコとやってきたユメが、ひょいと顔を出した。
「おーい、みんなお茶を持ってきたよ〜。って、あれ? ホシノちゃん……?」
「ユメ先輩! ほら、この人が先生だよ! 最高の先生!」
「ひん……! 私のホシノちゃんが、私の知らない大人に奪われちゃうよぉ〜!」
泣きつくユメに、パニックになるセリカ。 嵐のような賑やかさの中、私は先生の背中に顔をうずめて、心の中で小さく呟いた。
(ねぇ、未来の私。……先生は、やっぱりとっても温かいよ)
(それに見てよ。先輩も、シロコちゃんも、ノノミちゃんも、セリカちゃんも。……みんな、ここに揃ってる。おじさんが……君がずっと見たかった景色、ちゃんと守り通したよ)
視界が少しだけ滲むのを、私は先生のスーツでこっそり拭った。 誰一人欠けることのない、新しく書き換えられたアビドスの朝。 私の、二度目の物語がここから始まるんだ。
ホシノには幸せになってもらいたいので短編集で書き出そうと思います。
メッセージを下さった方のお陰で思いついたので本当にありがとうございます!