『333の男と333の女の血を贄に我と契約を交わした我が眷属よ。貴様の生に幸福などと言うモノはない。我と契約し身を落とした代償…その事を忘れるな』
忘れた訳ではないけど、時たま悪魔が夢に出て来て問いかけてくる
僕が、この世界に来た理由。―――そして、僕の使命
僕は、前世の世界を救う為に使わされた使者であり、この世界にとっては侵略者である事
そしてこれから修羅の道を歩む僕には『幸福』が訪れる事はないと決められている
人の命を奪う罪悪感に囚わられ、心休まる事が無い事を予言しているのであろう…
でも、僕は感謝している。一時の時間とはいえ今の僕は『幸福』に包まれている
大切な人に育てられ、大切な人と日々を過ごす―――そんな当たり前な時間を僕に与えてくれたことを心から感謝したいと思っているんだ
だから決まって僕は、悪魔にこう言葉を返すようになった……
「ありがとう…この一時をくれて…」
―――と
感謝し心休まる時間だと言うのに、なぜか目を覚ますと僕はいつも涙を流しているのだ
それが、感謝の涙ではなく後悔の涙だと言う事を僕は、まだ知らなかった……
クロスアンジュ天使と竜の輪舞 ~黒百合~
三話 崩れ落ちる日常
いつも通りの日常、いつも通りの畏敬する視線…少し違うと言えば久しぶりに雨が降り注いでいる所であろうか?
朝から降り注ぐ雨のせいでヒルダちゃんとは遊べなく、今日一日は読書に明け暮れようと思っていた矢先、博士は僕に買い物を命じた
曰く『傘さして顔を隠せば売ってくれるだろう』とのこと…
甘いよ博士…そんな安易な方法で解決するような問題ならとっくに試しているよ
だが、僕の期待とは裏腹に買い物は何も問題なく出来た
なぜ?と思いながら商人の表情を伺うといつもの冷めた視線ではなく、憐れみをおびた表情を浮かべていた
実を言うと前兆は薄々感じていた…町の様子がここ数日どこかおかしかったのだ
いつも通り僕に対する視線は冷徹なモノで変わりなく感じるが、それと同時にもう一つ、憐れみを帯びた視線を感じるのだ
町人が僕に同情するなんてよっぽどの事がない限りありえないだろう
僕という嫌われ者を哀れに思う理由は―――
考えにふける僕の真横を検疫官の車が猛スピードで過ぎていった
一瞬の事だったので呆けてしまったが、なぜ検疫官の職務を思い出し僕は、傘を捨て降り注ぐ雨など気にしないとばかりに走り出した
どうか思い過ごしであってくれと祈りながらも駆け足を止める事無くただ一心に走り続けた
そして目指す場所まであと一息と言う所で一軒に群がる赤いライトを灯した車に心臓が押し潰されそうになった
強盗が入って警察が来たんだと無茶な理由をこぎ着けて心を落ち着かせようと努力するが、一向に収まらない感情……
払いきれない不安と共に敷地内に入った時、僕の嫌な予感は的中してしまった
「ママーッ!ママーッ!」
「ヒルダッ!お願いです!連れて行かないで…」
目の前で行われる悲劇に僕は顔を歪めた
検疫官がヒルダちゃんを抱え込み今にも車に押し込めようとしているのだ
……何も考えられなかった。前世の記憶がある分、冷静に対応できると思っていたが、そんな事は出来なかった
僕は湧き立つ感情が赴くまま検疫官の腰にしがみ付いたのだ
「おい!やめろ!」
「ッ!なんだ餓鬼!この子は『ノーマ』だぞ!隔離しなくてはならない危険な存在なんだ!」
「知った事か!ヒルダちゃんは僕の友達で…大切な人なんだ!」
今思えば無駄な抵抗だと思える。しかし僕は今世で出会った人が連れていかれるのが我慢できなく何としてでも引き止めてやると無駄な抵抗を続けたのだ
検疫官に投げられ引き離される。そんな無駄な足掻きを数十回続け、必死に食らいついた
服は泥まみれになり、検疫官の引き離し方も雑になっていき、体の所々に痣が浮かび上がって来ていた。そんな無駄な足掻きも直ぐに終わりを告げる事になった
「『マナ』の光よっ!『障壁』っ!」
「なっ!?だ、だぜ!ここからだぜ!」
検疫官が一瞬の隙をついて『マナ』を使い僕を『障壁』の中に閉じ込めたのだ
『マナ』の扱いに長けていたとしても所詮は、大人と子供。井の中の蛙とばかりに現実を叩きつけられなす術もなく僕は無力化されてしまったのだ
「ママーッ!アキトーッ!」
「ヒルダッ!ヒルダァ…」
邪魔をするモノがいなくなれば、後は単純だった
手慣れた手付きで『ノーマ』を車の中に押し込み、いまだに抵抗を続ける母親を引き離す
「出して!出してくれよ…ここから…だせぇぇぇぇ!」
崩れ落ちるおばさんを尻目に車は発進しヒルダちゃんを連れていったのだ
そんな光景を僕はいまだに展開し続ける『障壁』の中で見るしか出来なかった…
◆
あれから暫くして『障壁』は解かれおばさんを家に入れ落ち着かせてから僕は、博士の家に向った
おばさんもそうだが、僕も精神的に追い詰められていたようで帰宅最中の道のりは覚えていない。…ただ自然と足が動き僕の帰る場所へと動いていた
ずぶ濡れになりながらも玄関をあける。
今で煙管を吹かしていた博士は、ずぶ濡れになった僕に目を見開いて驚いていたが、僕の表情から何があったのか察したのかタオルと珈琲を手渡してくれた
「ヒルダ譲が連れて行かれたのか?」
「………」
「驚く事はない。先程までサイレンが聞こえたのでな?検疫官が『ノーマ』を捉えに来たぐらい容易に想像できる」
「……」
「そして私が知る『ノーマ』はヒルダ譲だけだ。」
「……誰がばらしたんだ」
「さぁ?村の人かも知れないし商人かも知れない。まぁ、知っていたとしても今のお前には教えないけどな」
博士の言い様にカッと感情が高ぶり、彼女の胸倉を掴み上げた
「知っているのか!博士!」
「君は私の話を聞いていたのか?…教えてどうなる。密告した奴を叩きに行くのか?それとも謝らせに行かせるのか?……どんな事をしたってヒルダ譲が連れて行かれた事実は変える事は出来ないさ」
「そ、そんなことわかっているさ…」
密告者を突き止めたってヒルダちゃんが戻ってくる事はありえない
たとえ密告者を見つけて報復したとしても、世間的にみれば僕の方が訴えられて終わりだ
密告者は、この世界では正しい事をしたのだから…でも……
「こんな世界間違っているよ…」
「………」
「会話も出来るし人を思いやる事も出来る。ただ、『マナ』の恩恵を得られないだけで化け物扱いっておかしいよ…」
「……」
「なんで…なんで、ヒルダちゃんなんだよ……」
僕はその場に崩れ落ちた。僕の事を大切に思い『好き』と伝えて
きてくれた女の子はもういない
そんな、脱力感から立っている事が出来なかった…しかし―――
「顔を上げろ!アキト!」
「ッ!?」
博士が僕の胸倉を掴みあげ強制的に立たせるのであった
「メソメソとするな!男なら奪われたモノぐらい自分で取り返せ!一度奪われたからと言ってなんだと言うのだ!今のお前は自分の無力さをアピールして同情を売っている道化でしかないぞ!」
博士の言う通り今の僕は道化でしかない
大切なモノを奪われ喪失感を漂わせる僕は…でも―――ッ!
「ヒルダちゃん…ヒルダは帰って来ない!処分されている!それでも悲しみな!っていうのかよ!アンタはッ!」
感情を抑える事が出来なかった。博士にあたったって何の意味もなさないと言うのに、ただ感情が赴くままに彼女に怒声を浴びせた
博士は僕から手を放すと懐にしまってある煙管を取り出し火を入れ、一服煙を体内に入れ吐き出した
「…話すつもりはなかったが仕方ない」
「……」
「アキト、『ノーマ』が捕まった後、どうなるか知っているか?」
答えなんて決まっている。世間的には『隔離』と言われているが…事実上の死刑。
なぜそんな事を、今この場で言うのか理解が出来なかった
「『ノーマ』は見つかり次第、処分する掟になっているが実際は異なる」
「…え?」
だが、博士の口から出た言葉は僕の想像とは全く違ったモノであった
「捕えられた『ノーマ』は『アルゼナル』と呼ばれるローゼンブルム王家が管轄する辺境の軍事基地へ収容され『パラメイル』のパイロットを務める事になる」
「『アルゼナル』?『パラメイル』?」
「あぁ、『アルゼナル』は外界からは完全に離島され地獄と言ってもいいが……最低限の生活は保障された『ノーマ』に残された最後の世界さ」
「そんな場所が…」
「ヒルダ譲はまだ生きているって事さ」
「生きて…いる…」
『パラメイル』とか『アルゼナル』とか意味不明な単語があるが、ヒルダちゃんがまだ生きている事実に僕は顔をあげるが…博士の口にした単語が僕に危機感を与えてきた
「……博士」
「なんだ」
「『アルセナル』って軍事基地なんだろ?」
「あぁ」
「パイロットって言うぐらいだ。…『パラメイル』って兵器なんだろ」
「……あぁ」
「博士……彼女らは何と戦っているんだっ!」
マナと言う情報機能の恩恵で世界に争いは無くなったと言うのに軍事基地があるのは可笑しい!大抵の事は検疫官や警察官で物足りるというのに軍隊を作ってまで戦うモノって…
「…頭の回転が速いのも考え物だな」
僕が、この答えに行き付くのをわかっていたとばかりに博士はマナを使い僕の前に液晶パネルを出現させた
…そこに映されているモノは翼を持ったトカゲの拡大図であった
「DimensionalRiftAttunedGargantuanOriganicNeototypes」
「……は?」
「次元を超えて侵攻してくる巨大攻性生物…通称ドラゴンだ」
「どらご…ん?」
「あぁ、個体差はあるが15から20mの小型から全長100mを越す大型のドラゴンが存在する。まぁ、共通して言えるのは肉食性の凶暴な人類の敵、と言う事だ」
なにを言っているのかわからなかった。
ドラゴンって漫画やおとぎ話の世界に出てくる架空生物のことだろ?
「な、なんだよそれ…おとぎ話も大概にしてくれよ、博士」
「……」
確認の意味を込めて博士に問質すも博士は僕から眼を逸らさずに、じっと僕の事を見つめるばかりであった
「……本当なのか?」
「そうだ。彼女からは世界に拒絶されても世界の安全を守る為に戦っているのさ」
ダンッ!と床を殴りつけた。さっきまでは喪失感を漂わせていたが、今は違う!
世界に否定された彼女達は今、この腐った世界を守る為に化け物と命のやり取りをしてると思ったら吐きようのない怒りが込み上がってきたのだ
「…そして彼女らが『マナ世界』を守る為に手にとる武器、それが『パラメイル』だ」
尚も博士は端末を動かしドラゴンの画像から、骨だけ組み上がったロボットみたいなモノを映し出す
「これが…『パラメイル』」
「そうだ、と言ってもコイツはまだ未完成、しかし完成すると約7m強の人型機動兵器になる予定だ」
「これが……」
前世にも無かった機動兵器に目を奪われてしまうが…気になる事が多々浮かび上がってきた
「…これ、家の前で取った写真だよな?」
「あぁ、今は地下に収納してある」
「地下っ!?」
この家に住むようになってそれなりに経つけど、地下があるなんて初耳だったぞ!それより――ッ!
「な、なんで離別された島にある兵器が家の地下にあるんだよ!」
「そんなの私が乗って来たからに決まっているだろ?」
事も無しに答えてくるが、要するにあれだろ?
「…博士ってもしかして脱走兵?」
「もしかしなくても脱走兵だ。私はヴィルキスの甲冑師……『アルセナル』で技師として働いていた」
「…ヴィルキス?」
また意味不明な単語が出てきたと思ったが、博士は一つ咳を溢すと話を切り替えてきた
「まぁ、私の事はどうでもいいだろう。それよりもアキト!」
「っ!」
「お前にコイツをくれてやる。コイツでヒルダ譲を戦いに巻き込んだ世界を壊してみろ」
満面の笑みで物騒な事を宣言する博士に僕は何も言う事が出来なかったのであった
「まぁ、完成するのは後10年はかかるけどな」
「じゅっ!?その間、何してればいいんだよ!」
「機体が完璧でも中身が未熟じゃあな……私が対人戦闘を教えてやろう」
「もやしの博士が!?」