煤けた金貨と死にたがりの人魚姫 ~落ちこぼれの元山賊が生意気人魚を救って、救われたら~   作:ソバカススキー

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第三話 湖畔の日々

 リヒトが湖畔で暮らすようになって二週間が経った。

 衣食住のうち、着るものについては一度山賊のアジトに戻りいくつかの服を拝借してきた。アジトはついに摘発でもされたのか酷く荒れていた上に無人で、おかげで容易(たやす)く衣服を持ち出すことができた。ついでにいくつかの保存食も取っていこうかと思ったが、干し肉から塩漬けの野菜、石のごとくカチカチに焼き固めたパンまで根こそぎ持ち去られた後だった。流石に、食料が手付かずなんて言う都合のいい話は無いという事らしい。その割に各種の武器や道具は手付かずのままだったので首を傾げたものだが━━まあ、あるならあるでありがたく使わせてもらおう、と結論付けた。

 そして現在、食料は日々リヒトが自分で手に入れるしかなくなってしまっている。幸いにも湖を囲む森林には食べられる野草や大人しい野生動物が数多く生息しており、リヒトの持つ知識を使えばそれらを上手く手に入れて調理する事は可能だったのだが――

 

「……つ、釣れねぇ……!」

 

 お手製の釣り竿で湖に針を垂らして、軽く一時間は待っただろうか。水面に投げられた釣り糸はうんともすんとも言わず、時折吹く風によって情けなく左右に揺れているだけだった。

 たとえ調理の技術を持っていようと、そもそもの食材が無ければどうしようもない。自明の理である。

 

「餌もつけた、ちゃんと針も見えないように隠した……なのになんで掛からねえんだよ!」

「うるさいわねぇ。そうギャンギャン騒いでたらお魚も寄ってこないわよ?」

 

 投げやりに愚痴るリヒトだったが、それに()()()()近付く人影が一つ。

 女性らしい起伏にこそ乏しいものの滑らかにすらりと伸びた胴体と少しウェーブのかかった長い赤毛。顔つきは整っているが、そばかすとキツい三白眼で少々威圧的な印象を与える女である。

 それだけならばどこにでもいる町娘のようだが、彼女の最大の特徴はその下半身にある。

 彼女の腰から下に覗くのは、肌色ではなく鮮やかな青色の鱗。その先には大きな鰭がついており、水中で貧乏ゆすりめいてゆらゆらと前後に揺れていた。

 そう。彼女はとっくに絶滅したと思われていた人魚の、その生き残りなのであった。

 

 

 ***

 

 

「魚が食いたい……から、釣る」

 

 リヒトがそう宣言したのが前日の朝、野草と木の実だけの質素な朝食を食べている時の事だった。

 そのすぐそばの水面でリヒトの木の実を掠め取って食べていた人魚はしばしの間ぽかんと呆気にとられたような顔をした後、困惑した様子で答えた。

 

「……いや、勝手にすればいいじゃない。なんでわざわざ私に言うわけよ?」

「いやほら、お前って半分魚みたいなもんじゃん。その目の前で俺がしれっと魚食うって、もしかしたらやばいかもって思ったんだよ」

「なに、そんな事気にしてたの?別に私が食べられる訳でも無いんだし、そんなの気にしないわよ」

 

 人魚はすいすいと水を掻き分け、岸から少し離れた場所まで泳いでいく。

 

「それに、もし本当に私がそういう事を気にしてたとして、そんなの私に言わなくても良かったじゃない。隠れてこっそり釣って食べても良いんだし、何ならそうやってコソコソしなくても……」

 

 そこまで言って、ふと人魚は何かに気付いたかのように動きを止めた。

 

「……ねえ。あなたさっき、私の事魚みたいなもんって言ってた?」

「?おお、言ったぞ」

「…………はあ。いいわ、何でもない。気にする方が馬鹿らしいわね」

「何だ何だ、どういう意味だよ」

「良くも悪くも素直ね、って意味よ」

 

 諦めたように首を振る人魚。一体何の事を言われているのか検討もつかないリヒトは困惑しっぱなしだが、それを放っておいて人魚は続けた。

 

「というかそもそも、私の主食がまさにそのお魚よ。自分も食べるものを他人が食べたところで、何か文句をつける筋合いなんか無いわよ」

「……ま、それもそうか」

「ええ、それもそうよ」

 

 と、このようなやり取りを経て。時間は釣りの最中へと戻る。

 

「なあ、何か釣りのコツとかないか?」

「知らないわよそんなの。私は釣りなんてしないし」

「?じゃあどうやって魚取ってんだ?」

「そりゃあ……」

 

 リヒトが尋ねると、人魚は少し考え込んだ後でざぶんと水音を立てて水中へ潜って行った。

 

「おいおい、何やって……」

「こうしてんのよ」

 

 そして次に浮き上がってきた彼女の手には、ピチピチと元気に身をうねらせる魚が一匹握られていた。

 まさかの手掴みである。

 

「まずお魚を見つけたら、その周りの水を魔法でどかすでしょ?それでパニックになった魚をこう、ガッて掴むだけよ」

「おい待て、それ魔法使える前提のやり方じゃねえか」

「そりゃ私のやり方なんだからそうに決まってるじゃない。他の方法なんて知らないわよ」

「ちくしょう……」

 

 アテが外れた事にリヒトは肩を落とす。しかし、それでも諦めきれない彼はその後も釣り糸を垂らしては釣れない釣れないと騒ぎ続けていた。

 

「もう諦めなさいよ。いい加減鬱陶(うっとう)しくなってきたわ」

「いや、諦めるわけにはいかねえ……なぜなら俺は今、猛烈に魚が食いてえんだ……!」

「うわ。あなた今ものすごい顔してるわよ。どんだけお魚に飢えてるのよ」

「飢えてるっつーか、もう魚の口になっちまったんだよ……何をおいても魚が食いてぇ。脂の乗った魚を丸焼きでかぶりつきてぇ。この辺は水も綺麗だし、単純に焼くだけでも絶対美味い魚だと思うんだけどよ……」

「……ふ、ふーん」

 

 苦々しい顔で言うリヒト。その顔からはこの数週間での食への不満が顕著に現れていた。対して人魚はそっぽを向いて無関心を装っているが、口からは一筋の涎が垂れている。この人魚は案外食い意地か張っているらしい、というのが最近のリヒトの気付きだ。

 そこで、ふと思いついたリヒトは手を叩いて言った。

 

「っていうかお前が魚取れるってんなら、俺にちょっと分けてくれよ。いいだろ?」

「いやよ。それじゃあ私の食べる分が減るじゃない。それにめんど……じゃない、お魚の取りすぎはダメなのよ」

「俺の飯をちょくちょくつまみ食いしてるクセにてめぇ……!」

「あれは毒見よ。むしろ感謝してほしいくらいだわ」

「どこの世界に毒見で人の飯を丸ごと食う奴がいんだよ!」

「ここにいるけど?」

「マジかこいつ、真顔で言いやがった」

 

 全く悪びれもしていない様子の人魚にリヒトは頭を抱える。どこまで行っても自由と言うか、なんと言うか。

 

「はあ……まあいいわ。そんじゃ、森に罠見に行って来るわ」

「行ってらっしゃい。お肉、獲れるといいわね」

 

 気を取り直してリヒトが立ち上がると、その背中に人魚が軽い調子で声を投げてくる。

 おう、と片手を上げてそれに返事を返し、リヒトは森へと歩いていった。

 

 

 ***

 

 

 リヒトの仕掛けた罠は、罠とは言っても所詮素人がうっすらと持っていた知識を元に作った物ばかりである。だからよく誤作動を起こして使い物にならなくなっているし、そもそも野生動物からしたらバレバレだったりもする。

 とはいえ、短いながらサバイバルじみた山賊生活をしていた経験と生まれ持っての手先の器用さでそれなりの物は作れているのだが。

 

「おーい、兎やーい。引っ掛かってないかーい……」

 

 誰ともなく呼びかけながら森を歩く。しかし今日はどうやらツイていない日のようで、どの罠にも獲物は掛かっていない。

 この辺りの動物たちは皆、既に罠を覚えてしまったか。他にやり方を考えないとなんて思いながら歩いていると、リヒトの耳にうっすらと何かの物音が聞こえてきた。

 さらさらと流れるようなその音は、進むにつれて段々と大きくなっていき――

 

「おお……もしかしてこの川って、あの湖に流れ込んでるやつか?」

 

 リヒトの目の前に現れたのは一本の川だった。深さ・川幅共にかなりのもので、大人の男が五人並んで泳いでも余裕がありそうである。

 そして、川の流れていく方向は先程歩いてきた方角であり――つまりこれは、湖に流れ込むいくつかの川のうちの一つであるらしい。

 そしてそう判断した理由は、何も川の流れだけではない。なぜなら――

 

「……で、なんでお前がいるんだよ」

「あら。いちゃダメなわけ?」

 

 目線の先の水面が微かに揺らいだかと思えば、小柄な人影が浮かび上がってきて。

 赤毛の人魚が、リヒトを見上げる形で水中から現れたのだった。

 

「いや、ダメって訳じゃねえけど。こう、あの湖にしかいれないのかと思ってたからよ」

「水が繋がってたらいくらでも遡る事はできるわよ。別に特別浅いわけでも、おっきな滝があるわけでも無いし」

 

 それを聞きながらリヒトは、湖は山から流れる川と繋がっている、と人魚か言っていた事を思い出していた。おそらくだが、この川をまっすぐ上っていけばどこかの山へと行き着くのだろう。

 

「……それで、聞きたいのだけれど。お肉になる獲物は獲れたかしら?」

「いーや、今日はダメな日だ」

 

 問われ、苦々しく答える。

 獲物が一匹も捕れない日というのはこれまでにもあったが、今回もどうやらそんな日であったらしい。魚も釣れず獣も捕れず、ことごとく肉と縁のない一日である。

 

「……そう、それはお気の毒さまね。でもほら、あなた干し肉とか作ってなかったかしら?」

「作ろうとはしたけども失敗したんだよ、あれ。漬けるための塩が足りねえんだ」

 

 苦々しい顔で答える。過去に保存食として干し肉を作ろうとしたことがあったのだが、結果として出来上がったのは腐臭を放つ半生の肉塊だった。それに懲りてからは、リヒトは半端に知識があるだけの製法には手を出さないようにしている。

 

「あら、そうなの。干し肉は味が濃くて美味しいらしいから、一度食べてみたかったのに」

「俺の食いもんばっか欲しがりやがってお前……!」

 

 いい加減にしろ、と言いかけたところで、リヒトは人魚の様子がおかしい事に気が付いた。

 正確には様子というより、その体勢。左手を体の後ろにまわして、何かを体で隠すようにしているのだ。

 それを問い掛けようとしたその時、人魚がぽそりと口を開いた。

 

「今朝言ってた、あの事。本当なの?」

「?あの事……?」

「あの事はあの事よ……焼いたお魚の事」

 

 そこまで言われて、リヒトはようやく湖畔でのやり取りを思い出した。

 

「この辺の水は綺麗だから、焼くだけでも随分美味しいだろうっての。本当なの?」

「いやまあ、俺も漁師や料理人じゃあねえからよ。絶対に、確実にそうとは言えねえけど……まあ、美味いとは思うぞ」

「……じゃあ、ひとつだけお願いしたいのだけれど」

 

 心做しか、恥ずかしいのを誤魔化しているような素っ気ない口調の人魚は、隠していた左手をリヒトへ差し出して言った。

 その手には、まだ新鮮な魚が握られていた。

 

「……だから、ほら。魚取ってきてあげたんだから、早くこれ焼きなさいよ」

 

 つい、とそっぽを向いたままで、しかし髪の隙間から除く耳は微かに赤くなっていて。どうでもいい、とばかりのぶっきらぼうな口調だったが、それでもまだ見ぬ味に期待しているだろう事はひと目で分かった。

 ただ、それを指摘するのは無粋というものだろう。

 獲物が捕れなかったリヒトを励ます目的もあったのだろうが、それよりも食い意地の張った人魚自身が焼き魚を食べたかった、というのもあるだろう。もしくはリヒトへ負い目を持たせないためにそう演じているのかもしれないが。

 

 どちらにせよ、返す言葉は決まっている。

 

「……ああ、いいぜ。精一杯美味くしてやっから、せいぜい期待してな」

 

 その言葉に、一瞬だけ人魚の顔が明るくなって。

 その笑顔が、とても綺麗にみえた。

 

 そんな何でもない、そんな穏やかなある日の記憶だった。

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