ゴローを拾ってから数日。さなにとって、その数日間は人生で最も輝かしい時間でした。
放課後、悠人の家でゴローと遊び、悠人に「二葉さんの描く絵、温かくて好きだな」と笑いかけられる…
その言葉が、さなの止まっていた時間を動かし始めていた…
そんなある日のことだった…
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-ピンポ~ン…
「?なんだろう?…母さん、なんか配達頼んだ?」
「?いや、頼んでないけど…確認してくれない?」
夜…リビングで瞑想していた悠人は、インターホンが鳴ったのを疑問に思い母に問いかける…
因みに、父は今風呂である
母に確認して貰うように言われたので、モニターで確認するとそこにいたのは、数時間前までこの家にいたさなだった…
「……さな!?」
それを見た悠人は、急いでドアを開けた瞬間、息を呑んだ…
そこには、走って来たのだろう…
ビショビショのパジャマ姿で、泥だらけの足をした、ずぶ濡れのさなが立っていた…
手には、破れた画用紙の端をぎゅっと握りしめて…
「悠人くん……ごめんなさい、私、私……!」
そのまま倒れ込むさなを、悠人は急いで支える…
奥から出てきた母が、悲鳴に近い声を上げた…
「ちょっと、どうしたのその格好!? 悠人、早く中へ! タオルと毛布持ってくるわ!…いや、いっそのことシャワー浴びせましょう!!」
-お父さん、ゴメン!!ちょっともうお風呂あがって!!
-な、なんだどうした!?
母の言葉に驚く父の声を聞きながら、悠人はさなを家にあげる…
ゴローも、さなのその姿を見て、心配そうに見るのであった…
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シャワーを浴びせ、悠人のジャージを着せたさなをリビングで毛布にくるませ、温かいココアを一口飲ませた悠人と両親は、ぽつり、ぽつりと話すさなの声を聞く…
母が神浜大学医学部の教授と再婚している事…
母に何をやっても厳しくあたられていること…
父もさほど優秀と言えないさなの成績を見て叱責し、無価値な存在だと言われていること
父側の子であり、それぞれ学業優秀の兄とスポーツ万能の弟もいずれも勉強を教えてほしいとお願いするさなに「貴重な時間をさなに割かしたくない」・「さなとの関わってる時間が無駄」とつらく当たられていること…
最終的には父から、さなの行動が二葉家の家名を傷つけたとして、会話など直接接しない、食事は別々で取る、受け答えはメールのみという宣言を受けていること…
その日以来、家族に一言も口をきいておらず、家族もさなに口をきいていない。黙っていなければ完全に見捨てられてしまうと感じたこと…
そして突然、「急に明るくなってきたのが気に入らない!!」と、描いていた絵を家族の前で「ゴミ」と呼ばれ、破かれ、それを嘲笑われたこと…
それに我慢が出来なくなり、家を飛び出し気付けばこの家に来ていたこと…
話を聞くうち、悠人の両隣で聞いていた聞いていた両親の顔から色が消えていった…
母は、さなの震える身体を抱き締めると
「…よく、頑張ったわね…」
そういって慰め、さなは泣き出してしまった…
その一方で、父は何やら顎に手をやり、考える
「神浜大の医学教授で双葉…?まさか…?」
と、何やら呟くとスマホを操作し始めて、どこかに電話をかけようと席を立つのであった…
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数分後、落ち着いたさなを寝室に連れていく母と入れ違いになる形で電話を終えて戻ってきた父は、いつになく冷徹な「プロの顔」をしていた…
それを見た悠人は戸惑いながら尋ねる
「父さん……どこに電話してたの?」
「知り合いのツテだ…二葉家が世間体をどれほど重んじているか確認してたんだ…」
と言い、悠人に一枚の名刺を差し出す
そこには『神浜法律事務所 代表弁護士 織崎 源三』の文字…
織崎とは、悠人の家の名字で、源三とは悠人の父の名前だ…
「……へ?父さん弁護士だったの、マジで?」
「?なんだ、知らなかったのか?」
「今初めて知ったんですけど!?」
事務所で働いていると言っていたので、てっきり会計士とかかと思ってた悠人は驚く…
そんな悠人を置いて、ノートパソコンで何かを作る父は「戦う男」の気迫を持っていた…
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翌朝、午前九時…
休日の穏やかな日差しが降り注ぐ神浜市の高級住宅街に、悠人の父が運転する車が滑り込んだ…
車内には、悠人とその両親、そして借り物の服(母のお下がり)に身を包んださなが座っていた…
さなの手は、膝の上で白くなるほど固く握られていた
「大丈夫だ、さな。深呼吸して」
「……はい、悠人くん」
悠人の父が、バックミラー越しにさなを見て、穏やかに、しかし芯の通った声で告げる
「さなちゃん。これからは君が望む未来だけを選べばいい。そのための道は、私が作るからね」
その横顔に、悠人は昨夜からの驚きを禁じ得なかった
「(……にしても、まだ信じられないなぁ…親父が神浜でも指折りの弁護士だったなんて)」
-今の今まで、ただの優しすぎるおっさんだと思ってたぞ…
悠人がそんなことを思っておることを知らず、二葉家に向かう父であった…
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二葉家のインターホンを押すと、ほどなくしてさなのお母さんが怪訝そうな顔で現れた
「……何かしら?貴方達…?って、さな、昨夜は急に出ていったと思えば、そんな格好で何してるの……今日の午後からみんなとディナーなんだから、準備の邪魔しないでくれないかしら?」
「あの...お母様...大事なお話があるんです」
「はぁ?何度も言わせないでくれる?話があるならメールで送ってくれない?いい加減貴女は邪魔しか」
「まぁまぁ、奥さん…話があるのは私もなので、その辺で」
「...あなたは?」
「あぁ、失礼…私、神浜法律事務所で代表を務めている者です。さなさんの件で、ご家族皆様とお話ししたく」
さなの言葉にイラつきながら返す母親に、割り込むような形で父が話しながら差し出すその名刺を見た瞬間、母親の表情が微かに強張った…