魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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雪原の狩人たち

……………………

 

 ──雪原の狩人たち

 

 

 魔王軍北西方面軍第14軍は大規模な攻撃に出た。

 

 戦車を集中配備し、さらには自動車化された歩兵を随伴させ、一気にアークティラに向けて突き進んできたのだ。

 

 この攻撃にアークティラ防衛を担当している極北軍団のパーヴォ・ラウティオ中将は一瞬狼狽えた。

 

「敵は我々の砲兵陣地を蹂躙し、なおも前進中です!」

 

「このままではアークティラが落ちます!」

 

 参謀たちは半狂乱であり、司令部には動揺と恐怖が蔓延し始めていた。

 

「落ち着きたまえ、諸君」

 

 ラウティオ中将は冷静にかつはっきりと聞こえる声でそう言って部下たちに生じた混乱を鎮めようとする。

 

「まだ負けたと決まったわけではない。魔王軍が前進を急いでいるならば、そこには付け入る隙があるはずだ」

 

「しかし、どうすれば……」

 

 ラウティオ中将は参謀が混乱したままなのに地図を見下ろす。

 

「魔王軍の後背を突く」

 

 地図を見た魔王軍は長い後背を晒していることにラウティオ中将は気づいた。

 

「魔王軍が進撃路に使用しているこの道は周囲を見渡しの悪い森に囲まれている。スキー部隊ならばこの道路を襲撃できるはずだ」

 

 ラウティオ中将はこの場所に詳しい司令官であった。

 それもそうだろう。彼はこの地に生まれ、この地で育ち、予備役として動員される前はこの土地で小学校の校長をしていたのだから。

 

「それで敵の進軍は止まるでしょうか?」

 

「まともな指揮官ならば後方連絡線が脅かされるのに対処しようとするだろう。そして、私が見た限りでは魔王軍はまともだ」

 

 魔王軍はアークティラ戦線にて急速に前進したため、彼らの後背にある後方連絡線は完全には防御されていなかった。

 その魔王軍の柔らかな後背をラウティオ中将は攻撃しようというのだ。

 

 これは魔王軍の多くの将校たちは恐れていたことだった。

 まだ歩兵と砲兵が主力であり、前時代的な浸透戦術をドクトリンとする魔王軍の突破口は極めて小さい。

 その小さな突破口を敵に塞がれれば、友軍は敵地のど真ん中で孤立する。

 

「レフトネン大佐のスキー猟兵戦隊に命令する。ただちに魔王軍の後背を攻撃し、これを遮断せよ」

 

 ラウティオ中将はこの場をひっくり返すための作戦を部下のアルヴォ・レフトネン大佐に委任した。

 

 レフトネン大佐はスキー部隊を指揮して魔王軍を奇襲していた指揮官だ。

 彼も生まれはこの地方であり、魔王軍に対して地の利というものがあった。

 

「了解しました、閣下。最善を尽くします」

 

「頼むぞ」

 

 レフトネン大佐のスキー猟兵戦隊は1個大隊ほどの戦力で、ソリで牽引する口径82ミリの迫撃砲を火砲として備えている。

 逆に言えばそれ以外の火砲は存在しない。対戦車砲も、榴弾砲もない。

 

 それでもこれまで魔王軍の戦車を相手に火炎瓶や対戦車手榴弾で果敢に攻撃を仕掛け、魔王軍の兵站部隊を攻撃し、彼らを混乱させていた。

 神出鬼没のレフトネン大佐の部隊を魔王軍は恐れている。

 

 レフトネン大佐のスキー猟兵戦隊はすぐさま出撃し、友軍の防衛線を突破し、さらには砲兵陣地を蹂躙した魔王軍の背後に回り込む。

 

「魔王軍のトラックだ」

 

「火砲を牽引しているぞ」

 

 真っ白な迷彩服に身を包み、雪の中に姿を隠したスキー猟兵戦隊の偵察部隊は魔王軍の後方で火砲を牽引しながら移動しているトラックの車列を見つけた。

 

 魔王軍は歩兵と戦車を一気に前進させたが、砲兵はそこまで動きが軽くない。

 前線が一気に引き上げられるのに砲兵たちは大急ぎで前線部隊に追いつこうとトラックを走らせているところだった。

 

 それはレフトネン大佐のスキー猟兵戦隊にとって格好の獲物に見えた。

 

「あれを襲うぞ、諸君。準備しろ」

 

 レフトネン大佐はそう言ってにやりと笑った。

 彼は部下を安心させるために笑ったつもりだが、部下の方はその笑みにどこかサディスティックな色があることに気づき逆に不安になった。

 

 スキー猟兵戦隊はルオタニア陸軍ではまだ配備が途上の短機関銃を装備している。

 彼らは密かに敵に近づく、短機関銃で銃弾をたっぷりと浴びせて逃げるというヒット&アウェイ戦法で大きな戦果を上げてきた。

 

 今回も同じことだ。

 彼らは密かに魔王軍の砲兵隊の車列に接近し、雪原から現れて彼らを奇襲した。

 

「敵襲、敵襲!」

 

 だが、魔王軍の反応は早かった。

 彼らも自分たちがいる場所がいつ奇襲されてもおかしくないことは知っていたのだ。

 徹夜の作戦の中で軍から支給された覚醒剤(メタンフェタミン)で強引に目を冴えさせていた魔族たちはスキー猟兵戦隊を迎え撃つ。

 

 スキー猟兵戦隊の兵士から火炎瓶が投擲されトラックが炎上。

 魔王軍の兵士たちは炎上していくトラックから降車して後方に配備されている旧式のカービン銃でスキー猟兵戦隊と交戦する。

 

 ここですでにレフトネン大佐は先頭車両と後尾車両を撃破しており、魔王軍の車列は両隣を深い森に挟まれている細い道の中に閉じ込められてしまっていた。

 

 こうなっては魔王軍もできるのは徹底抗戦することぐらいである。

 ひとりでも多くのスキー猟兵戦隊の兵士を殺そうとゴブリンやオークが銃撃戦を繰り広げて、白い雪が真っ赤な血に染まっていく。

 

「撤退、撤退」

 

 レフトネン大佐はそろそろ引きどきだと考えて部下に撤退を指示する。

 スキー猟兵戦隊の兵士たちは負傷者は無事なものの肩を借りて撤退していった。

 

 残されたのは叩きのめされた魔族たちと炎上するトラックだけ。

 

 この攻撃は第14軍司令部に報告され、参謀たちはソコロフスキー大将が命令を撤回してくれることを祈った。

 やはり部隊が突撃したあとの後背は脆弱で、急な進撃にはリスクがあると認識してほしかったのである。

 

 だが、ソコロフスキー大将は命令を撤回しなかった。

 

「これぐらいの損害が何だと言うのだ」

 

 彼は砲兵1個中隊の壊滅をそう言い切った。

 

「なるほど。敵のゲリラコマンド部隊は確かに優秀だ。だが、連中も無から銃弾や爆弾を生み出しているわけではない。やつらにも後方連絡線は存在し、それを脅かされれば引かざる得なくなる」

 

 そして、とソコロフスキー大将は続ける。

 

「今まさに我々は連中の脆弱な後背に食らいついている。このまま噛み千切れ!」

 

 結局のところ第14軍の突撃は継続された。

 

 ただソコロフスキー大将も無策ではなかった。

 彼は進軍する部隊に1週間分の食料と燃料、そして弾薬を持たせていた。

 それによって前線部隊は一時的に後背が攻撃されても兵站を完全に失うということはなく、進軍を継続できた。

 これがなければ魔王軍はルオタニア共和国の冷たい雪の中でみじめに凍死していたであろう。

 

 このことは逆にルオタニア陸軍のラウティオ中将にとって残念な知らせであった。

 

「閣下。魔王軍の戦車がアークティラまで3キロの地点までに迫りました」

 

「……已む得ない。撤退する」

 

 極北軍団の司令部があったアークティラまで魔王軍はついに迫り、ラウティオ中将は司令部を後退させた。

 

 アークティラから武器弾薬も移動させることができればよかったのだが、それは魔王空軍が阻止した。

 500キログラム爆弾を積んだ急降下爆撃機がアークティラから移動するトラックや馬車を爆撃し、吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 それから見事に1日で第14軍の先頭部隊がアークティラに入城し、これを制圧した。

 

 これにより補給を喪失したラウティオ中将の極北軍団も、レフトネン大佐のスキー猟兵戦隊も、その活動は低下していくこととなる。

 ソコロフスキー大将は賭けに勝利した。

 

 この勇敢かつ独創的な発想の戦い方は、王都バビロンにて大本営を開いていたヴァヴェルたちにもジューコフ元帥の口から伝えられた。

 

「戦車と自動車化狙撃兵による大胆な機動戦か……」

 

 ヴァヴェルは自分が目指してたものが、独りでに実現したことに感嘆の息をつく。

 

 このような高度な戦術と戦略──やがて電撃戦や全縦深同時打撃攻撃に発展するそれが生まれたことはヴァヴェルを僅かに安堵させていた。

 

「素晴らしい。素晴らしいぞ、ジューコフ元帥。ソコロフスキー大将に勲章を授けよう。皆に彼のような戦い方をするように促したい」

 

「はい、陛下。しかし、やはり問題はあるようです」

 

「分かっている。絶対に勝てる戦術や戦略なんてものはない。今は新しい時代に適応した、新しい戦い方を分析し、失敗を洗い出し、そして次に生かさなければ」

 

「畏まりました」

 

 ヴァヴェルは戦車を集中運用するということへのためらいが僅かに消えた。

 彼はソコロフスキー大将のおかげで間違いなく自分が正しい方向に進んでいると確認できたのだ。

 

 ゲームと違って間違っていたらロードしてやり直すということはできない。

 ヴァヴェルの失敗は魔王国にとっての敗北となり、その敗北の汚名は流血によってのみ雪がれる。

 それゆえに彼はどこまでも慎重であった。

 

「それからもうひとつ報告を受けることになっているが」

 

「はい、陛下。いよいよリンドホルム・ラインの攻略にかかります」

 

 ジューコフ元帥がそう言う隣で、金髪の人狼でも吸血鬼でもない男が立ち上がる。その空軍の青い制服のズボンからは爬虫類の尾が見え、その瞳も爬虫類のように縦の細長いものであった。

 

「空軍より報告いたします。我々は無事にリンドホルム・ライン上空の航空優勢を確保しました。これで攻撃が始められます」

 

「ああ、バラノフ上級大将。私も覚悟を決めている。やってくれ」

 

「はっ」

 

 空軍参謀総長ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・バラノフ──空軍上級大将でありドラゴンである彼は、今は人の姿をしてヴァヴェルたちの前に立っていた。

 

 ルオタニア共和国の首都ノルトハーヴンを守るリンドホルム・ラインの上には、羽を広げた鳥のような印の兵科記号の駒が置かれている……。

 

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