魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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降下作戦

……………………

 

 ──降下作戦

 

 

「作戦開始が発令された! 中隊、乗り込め!」

 

 夜明けまで数時間の暗闇の中。魔王陸軍第1空挺師団の兵士たちは駆け足で、ネヴァグラードの空軍基地の駐機場に止まっている輸送機へと乗り込んだ。

 

 いや、正確にはそれは軍用グライダーだ。

 輸送機によって曳航されるモデルの10人乗りのグライダーが12機。この作戦に当たって準備されていた。

 

 輸送機は次々に滑走路を飛び立ち、北に向けて飛ぶ。

 ネヴァグラードから北にあるのはリンドホルム・ラインだ。未だ魔王軍が攻略できていない要塞線が存在する。

 

 魔王軍はこの要塞線を空から攻略するつもりだった。

 つまりは……空挺降下だ。

 

 リンドホルム・ラインは作られた時期に反して古いデザインの要塞であった。

 この要塞が想定しているのは北上してくる魔王軍を相手に時間を稼ぐことだけであり、空から襲撃されるなどとは想定していなかった。

 

「我々こそがリンドホルム・ラインを落とすぞ。この作戦には魔王陛下も強い関心を持っておられる」

 

 ヴァヴェルも最低限の流血でリンドホルム・ラインを攻略するには、空挺部隊による降下作戦しかないと判断していた。

 魔王国内での演習では空挺降下はパラシュートによるものも、軍用グライダーによるものも一定の成績を上げており、全く未知の作戦というわけではない。

 

 しかし、ここまで大規模な空挺作戦は実戦では史上初になる。

 

 果たして成功するのか?

 魔王国大本営は王都バビロンで知らせを待っている。

 

 さて、第1空挺師団から選抜された1個中隊120名を乗せた軍用グライダーは、リンドホルム・ラインの上空に進出した。

 ここからは輸送機から切り離され、滑空しながら降下する。

 

 静かに音を立てずに軍用グライダーは降下していく。

 操縦するのは特殊な訓練を受けた吸血鬼のパイロットで夜目が効く彼らは軍用グライダーを事前に調査した平地へと着陸させることに集中した。

 

 やがて大きな衝撃が軍用グライダーに生じ、着陸したことが分かった。

 

「見ろ!」

 

 中隊の指揮官を務める人狼の将校ヴァシーリー・イワノヴィチ・グロモフ大尉はグライダーを降りて声を上げる。

 

「あれがリンドホルム・ラインだ!」

 

 敵の要塞線は無防備な背後をグロモフ大尉たちにさらしている。

 それどころか警報すら聞こえず、敵はグロモフ大尉たちが降下してきたことにすら気づいていないように思われた。

 

「さあ、仕事にかかるぞ、お前たち!」

 

「了解!」

 

 空挺部隊には原則人狼と吸血鬼以外は入隊できない。

 空挺作戦はリスクのある作戦であり、その実行には高度な訓練に耐えるだけの根気と現場での判断力が求められるからである。

 

 グロモフ大尉の中隊も高度な降下訓練と戦闘訓練を受けており、まさにこの日のために人生を捧げてきたと言っても過言ではなかった。

 

 グロモフ大尉たちは後方からリンドホルム・ラインに静かに接近する。

 サプレッサー付きの小銃というものは魔王国にはなく、静かに敵のパトロールを始末するのは人狼好みの大きなナイフだった。

 

 獲物の口を押えさっと喉笛を掻き切り、心臓に刃を突き立てる。なれたものだ。

 

 そうやってグロモフ大尉たちはリンドホルム・ラインに近づいた。

 リンドホルム・ラインは薄闇の中にそびえている。

 未だリンドホルム・ラインを守るルオタニア共和国の将兵に魔族の手が背後から忍び寄っていることに気づかないままに。

 

「爆薬を仕掛けろ」

 

 グロモフ大尉の指揮で人狼たちが爆薬を設置する。

 準備された爆薬はモンロー・ノイマン効果を利用した成型炸薬だ。

 これで要塞に背後から侵入し、要塞内に損害と混乱を生じさせることがグロモフ大尉たちの任務であった。

 

 すでに魔王陸軍北西方面軍隷下第13軍と第7軍はグロモフ大尉たちが生じさせた混乱の下でリンドホルム・ラインを突破するための準備を進めている。

 完全に夜明けが訪れたら──砲爆撃ののちに友軍が前進してくるのだ。

 

「爆破!」

 

 轟音が響き、リンドホルム・ラインの後方に穴が開いた。

 ぽっかりとした致命的なは穴が開いた。

 

「行け、行け、行け!」

 

 人狼たちは短機関銃を手に一斉に要塞内に突入していく。

 後方からは機関銃や火炎放射器を持った人狼も続き、グロモフ大尉の指揮で要塞線の制圧を開始。

 

 室内戦の訓練も叩き込まれていたグロモフ大尉たちは隙を生じさせぬクリアリングで要塞内を進み、敵に出くわせば短機関銃から銃弾を浴びせた。

 

 しかし、敵も侵入に気づき要塞内に即席のバリケードを構築してグロモフ大尉の部隊を迎え撃ち始める。

 

「クソ、機関銃だ! 下がれ、下がれ!」

 

 トーチカから取り外された重機関銃がバリケードに据え付けられ、グロモフ大尉たちを銃撃する。

 けたたましい銃声が響き、グロモフ大尉たちは遮蔽物に身を隠した。

 

「全員牽制射撃だ! 火炎放射器で焼き払う!」

 

 ここで人狼たちは短機関銃で牽制射撃を行って機関銃に対抗しつつ、火炎放射器を投入した。

 火炎放射器は小銃型の発射装置を有するもので、腰だめにそれを構えた人狼が発射装置から敵の機関銃陣地に向けて炎を浴びせる。

 火炎放射器の炎というのは意外に伸びるものであり、20メートル近くは伸びる。

 

「ぎゃああああっ!」

 

 火炎放射器の炎を浴びた敵兵が悲鳴を上げてのたうち、機関銃は沈黙。

 

「前進!」

 

 このようにしてリンドホルム・ラインの制圧は進んでいく。

 

 さらに人狼たちは要塞砲を制圧してテルミット爆薬で閉鎖器を破壊し、使用不可能にしていく。

 万が一、人狼たちがリンドホルム・ラインから駆逐されても、もうルオタニア軍は火砲を使用できなくなる。

 

「ははは! これで我々は英雄だぞ!」

 

「はい、大尉殿」

 

 グロモフ大尉は爆炎を上げる敵軍の火砲を見て満足に声を上げるが、部下たちはやや冷ややかに頷いたのみ。

 グロモフ大尉と違って部下たちは無事に帰還できることを祈っていたのだ。

 

 あちこちで破壊工作が繰り広げられ、リンドホルム・ラインは混乱の只中にあった。

 このことがルオタニア軍司令官のリンドホルム元帥の下に伝えられたのは、リンドホルム・ラインが襲撃を受けてから6時間後のことだ。

 

「不味いな」

 

 リンドホルム元帥は参謀たちとともに考え込む。

 

「リンドホルム・ラインは落ちます。しかし、ここを突破されればノルトハーヴンまでの道のりに魔王軍を妨害できるものはありません」

 

「そうだ。遅滞戦闘を繰り返すしかない。可能な限りの戦力をリンドホルム・ラインの後方に集めなければ」

 

 リンドホルム・ラインは魔王軍に対する強力な時間稼ぎの手段であったが、そもそもそれだけで魔王軍を絶対に食い止められるという楽観的な考えは最初から存在していなかった。

 その建造を指示したリンドホルム元帥すら魔王軍を要塞線で食い止められるのは数日程度だろうと見ていたのだ。

 

「このまま敗北するわけにはいかない。我々には戦術的勝利が必要だ」

 

 今まさにルオタニア共和国政府は諸外国に援助を求めている。

 その求めに応じてブリタニア連合王国やルミエール共和国、そしてアルトライヒ帝国が動いているが、冬の閉ざされた琥珀海では物資を送れない。

 

 そこでブリタニア連合王国などはルミエール共和国の西の隣国であるノルドリク王国を通じて支援を届けようと画策した。

 

 だが、その交渉は難航している。

 ルオタニア共和国が目立った勝利を示せず、敗北に向かいつつあることをノルドリク王国は知っていた。

 もし、この状況で下手にルオタニア共和国を支援し、魔王軍がそれを口実にノルドリク王国にまで攻め込むようなことがあれば……と彼らは恐れ始めていたのだ。

 

 それゆえにノルドリク王国は支援に後ろ向きであり、ブリタニア連合王国などの軍事物資の国内通過を拒んでいる。

 

 ルオタニア共和国は今は大陸の端で孤立無援であり、ただただ彼らは小国としてできることをやろうとしていた。

 

 

 * * * *

 

 

 大本営で降下作戦の成否の報告を待っていたヴァヴェルの下に一報が届いた。

 

「降下作戦は成功し、空挺部隊は敵要塞を制圧しつつありとのことです、陛下」

 

 ジューコフ元帥が報告するのに大本営の中で張りつめていた空気が僅かに緩んだ。

 

「素晴らしい。我々の勝利だ」

 

 ヴァヴェルが微笑んで拍手すると他の列席者たちも拍手を送る。

 

「しかし、リンドホルム・ラインの完全な突破にはまだ時間がかかるかと思われます。これを突破すればノルトハーヴンまでの道のりは確保できたも同然ですが」

 

「ああ。まだ気を緩めずにことに当たらなければな」

 

 ジューコフ元帥の言葉にヴァヴェルは笑みを消してそう頷く。

 

「それから問題は、だ」

 

 ヴァヴェルは続ける。

 

「ノルトハーヴンが落ちて本当にルオタニア共和国が降伏するかどうかだ」

 

 ヴァヴェルたちは勝手に首都が落ちればルオタニア共和国が降伏するだろうと考えていたが、そこには根拠はない。

 下手をすると降伏は拒否され、ルオタニア共和国の全土で抵抗運動(レジスタンス)が行動するようなことになるだろう。

 

「ルオタニア共和国政府と交渉を開始しますか?」

 

 ここで大本営にいた外務大臣のヴァレンチナ・フェドロヴナ・モロゾヴァが尋ねる。

 彼女はリュドミラ以外の珍しい女性閣僚で吸血鬼であり、内戦時にも諸外国との交渉に当たった経験を有する。

 

「直接交渉は難しいだろう。中立の第三国を通じて接触を目指してほしい」

 

「畏まりました」

 

 そして、ヴァヴェルモロゾヴァ外務大臣に交渉を委ねた。

 

 この戦争は長期化させてはならない。

 素早く終わらせなければ人類国家に間違ったメッセージを与えてしまう……。

 

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