魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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地獄の14日間

……………………

 

 ──地獄の14日間

 

 

 魔王軍はリンドホルム・ラインの突破を図っている。

 

 グロモフ大尉たち空挺部隊の働きによってリンドホルム・ラインは混乱し、一部が無力化されていた。

 だが、その要塞は完全に力を失ったわけではない。

 

 グロモフ大尉たちは奮闘したが、たった120名で巨大な要塞線を完全に破壊しきるのは不可能だった。

 リンドホルム・ラインは未だ戦闘力を有しており、サルミヤルヴィ地方を北上する魔王軍との戦闘に備えている。

 

 魔王軍はそんなリンドホルム・ラインに対して総攻撃を仕掛けた。

 

 まずは大量の砲兵がリンドホルム・ラインを耕すようにして砲撃を仕掛ける。

 魔王軍は突破に際して口径152センチ榴弾砲を大量に集め、さらには口径203ミリ榴弾砲という重砲も容赦なく投入した。

 それらによる攻勢準備射撃は3時間に及んだ。

 

 それによってリンドホルム・ラインに無数の砲弾が降り注ぎ、ルオタニア軍の将兵は地獄を味わった。

 だが、この砲撃はこれから始まる激戦を知らせるものでしかない。

 

「前進、前進!」

 

 拳銃を握った人狼の将校が命令を叫び、無薄の戦車を引きつれた魔王軍がリンドホルム・ラインに向けて突撃を開始。

 

 さて、ここで魔王軍が装備している戦車はA-26軽戦車と言い、口径45ミリ主砲を備えた軽戦車だ。

 ヴァヴェルが満足しなかった性能の戦車であり、魔王陸軍はこの時点ですでに新しい中戦車と重戦車を開発していたが、まだそれは少数生産にとどまっており投入できる状態になかった。

 

 それでも戦車による火力支援は貴重であった。

 リンドホルム・ラインのトーチカには無数の重火器が据え付けられており、それが魔王軍の歩兵を狙って火を噴いてくるのだから。

 

 戦車に支援された魔王軍歩兵はリンドホルム・ラインに着実に迫る。

 

 その姿をリンドホルム・ラインのトーチカからエーロ・マケラ中尉は見ていた。

 

 マケラ中尉は予備役から動員された人物で、魔王国が内戦に見舞われいたときに従軍してサルミヤルヴィ地方の奪取を行った軍人のひとりであった。

 その階級のわりに年がいっている彼は目の前の光景に絶句していた。

 

「なんてことだ。信じられない数で押し寄せてきやがった……!」

 

 マケラ中尉の眼前には地面を覆いつくすほどの魔王軍が存在していた。

 銃をどこに撃ってもゴブリンやオークに命中するという密度であり、それに加えて戦車が単純な横陣を組んで突き進んでくる。

 

「ど、どうするのですか、中尉殿!?」

 

「落ち着け。俺たちは何としても時間を稼がねばならん」

 

 先ほどの激しい砲撃もあって混乱する部下たちを落ち着かせるために、マケラ中尉は声を低くしてそう告げる。

 

 すでにリンドホルム・ラインの防衛が困難と判断した司令部からの求めで、ルオタニア軍はリンドホルム・ラインからの撤退を開始している。

 だが、まだマケラ中尉のトーチカには命令がない。

 

「通信手。命令を再確認しろ。他は配置に着け。ひとりでも多くの魔族を殺して、1秒でも長い時間を稼ぐのが俺たちの仕事だ」

 

「了解」

 

 マケラ中尉のトーチカには重機関銃2門と口径37ミリ対戦車砲が1門備わっており、他には人員が1個小隊30名程配置されている。

 

 ほとんどが動員された予備役であり、酷く若い人間もいればマケラ中尉のような年齢の人間もいる。

 だが、共通してそのほとんどが戸惑っていた。

 

 リンドホルム・ラインは国防の要だと彼らは訓示を受けてやってきた。

 なのに開戦から数日でその存続が危うくなってしまっている。

 この戦争はどうなっちまうんだ? そう彼らが戸惑うのも無理はない。

 

「お前たちは訓練通りにやればいい。それ以上のことを軍も求めていない」

 

 マケラ中尉はそう言って部下たちを安心させるように言った。

 

 そうしている間にも魔王軍の大軍勢は刻々と迫ってきている。

 無数の戦車が、無数の歩兵が、じわじわとトーチカに迫っていた。

 

「まだだ。まだ撃つな」

 

 早く射撃を始めて迫る敵を遠ざけたいという思いであろう部下にマケラ中尉はそう命じる。

 まだ魔王軍との距離は1000メートル近く離れていた。

 この距離から撃ち始めても配備されている旧式の重機関銃とそれを操る動員兵の技量ではろくに命中しはしない。そのことをマケラ中尉は知っている。

 

 800メートル、700メートルと敵が迫るがまた射撃は始まらない。

 だが、600メートルに達したときマケラ中尉は号令を発した。

 

「撃て!」

 

 機関銃がけたたましく銃声を響かせて射撃を開始し、対戦車砲も敵戦車を狙う。

 

 魔王軍の前列を進むゴブリンたちがその射撃によって薙ぎ払われ、オークたちも銃弾を受けてよろめく。

 さらに1両の戦車が履帯に対戦車砲の砲弾を受けてよろよろと停車した。

 

「撃ち続けろ! 撃てば当たる距離だ!」

 

 旧式の重機関銃は幸いにして水冷式で水を交換してやればいくらでも射撃が続けられるものであった。

 さらに重機関銃を操る兵士など以外の歩兵たちも小銃での射撃を始め、魔王軍をたっぷりの鉛玉で歓迎してやった。

 

「クソ。やつら強引に迫ってきやがる」

 

 魔王軍は死体の山を積み重ねながらも、それを乗り越えて前進してくる。

 ゴブリンやオークは血の臭いに興奮し、それによって痛みや恐怖を感じなくなる習性があるのだが、今回の戦いでもそれが現れていた。

 魔王軍は恐れを知らず、リンドホルム・ラインに迫る。

 

 さらに悪いことにグロモフ大尉たち空挺部隊の破壊工作によって、リンドホルム・ラインは要塞砲をほぼ全て失っており、マケラ中尉たちに砲撃支援は一切なかった。

 

 しかしながら、それとは逆に魔王軍は豊富な砲兵支援がある。

 戦闘が始まってから30分あまりでマケラ中尉のトーチカも再び砲撃を浴びた。

 

「伏せろ、伏せろ!」

 

 トーチカは鉄筋コンクリート造りであり、戦車より頑丈であるためそう簡単には破壊されないがトーチカのスリットから砲弾の破片が飛び込んでくる可能性は十分にあった。

 さらに言えば砲撃の衝撃で生じるコンクリート片なども危険な代物だ。

 

 だが、そんなものはトーチカを決定的に無力化できるものではない。

 損害は出てもトーチは戦闘力を維持する。

 ただし──敵の地上部隊が迫っていなければだが。

 

 マケラ中尉のトーチカには確実に敵が迫っていた。

 砲撃で射撃が中断してしまった中で魔王軍は一気に前進し、リンドホルム・ラインに肉薄したのだ。

 

「ここまでだ! 撤退する!」

 

 このままトーチカに残っても手榴弾を放り込まれるか、火炎放射器でも投入されるかすれば全滅だ。

 今のルオタニア軍にとって貴重なのはリンドホルム・ラインではなくひとりでも多くの戦える兵士である。

 

 マケラ中尉は部下をまずは逃げさせ、重機関銃や対戦車砲を利用できないように破壊すると自らも撤退を始めた。

 

 ルオタニア軍のリンドホルム・ラインからの撤退は比較的速やかに行われた。

 これをもってして魔王軍の作戦は成功だったと見る人間もいるし、逆に魔王軍はリンドホルム・ラインでルオタニア軍に打撃を与えることに失敗したという人間もいる。

 

 リンドホルム元帥はリンドホルム・ラインから撤退した戦力ですぐに第二防衛線を構築し、山林で繰り広げられる戦いに魔王軍は損害を出していくことになる。

 だが、同時にルオタニア軍も守りの要であったリンドホルム・ラインを数日で喪失してしまい、その防衛計画に大きな狂いが生じた。

 

 まだどちらが勝利したとは言えない。

 だが、両軍の将兵にとってもっとも犠牲が出る地獄の2週間──14日は最初の1日を終えたばかりだ。

 

 

 * * * *

 

 

 リンドホルム・ラインが陥落したという知らせを受けて、ザイツェフ上級大将は前線を視察した。

 

 前線では破壊されたトーチカに魔王軍の黒旗が掲げられ、それを従軍カメラマンが撮影しているところであった。

 トーチカをバックに威勢のいいポーズを取った人狼の将校が撮影に応じている。

 

「魔王陛下もこの知らせに喜ばれるだろう」

 

 ザイツェフ上級大将はそんな光景を眺めて満足げに頷いた。

 

 ザイツェフ上級大将はヴァヴェルが首都ノルトハーヴンを早急に陥落させたがっていることを知っている。

 この戦争は魔王軍が強いということを示すことで、将来的な戦争を抑止するためのものなのだと彼はヴァヴェルから説明を受けていた。

 

「しかし、ここからノルトハーヴンまで敵はどう守りを固めるつもりでしょうか?」

 

「敵にできることはそう多くないだろう。やつらはこの要塞線で我々を足止めするつもりだったのだろうしな」

 

 参謀の言葉にザイツェフ上級大将がそう答えたとき、銃声が響いた。

 

 次の瞬間、撮影に応じていた人狼の将校が頭を撃ち抜かれており、素早くザイツェフ上級大将たちも地面に伏せる。

 

「閣下を守れ!」

 

「あっちから銃声がしたぞ!」

 

 それから魔王軍の部隊は射撃音がした場所を調べ、そこに隠れていた狙撃手を見つけ出した。

 狙撃手はまだ若い兵士で発見されたのちも狙撃で魔王軍の兵士を射殺し、魔王軍が迫撃砲を持ち出して始末するまで脅威であり続けた。

 

「ひょっとすると──」

 

 ザイツェフ上級大将は狙撃手が排除されるまでの戦闘を見て苦々し気に呟く。

 

「敵は存外粘るかもしれないぞ」

 

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