魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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即位記念日

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 ──即位記念日

 

 

 魔王ヴァヴェルの即位20周年を祝う軍事パレードは盛大に行われた。

 

 王都バビロンの中心部に位置する黒の広場を先頭に立って行進するのは、このバビロンを守る第1自動車化狙撃師団に所属するオークたちだ。

 

 その2メートル余りの巨躯にはオリーブドラブの野戦服を、手には口径7.62弾を使用する最新のボルトアクション式小銃を装備したオークたち。

 彼らは軍楽隊の行進曲に合わせ、足を真っすぐに伸ばして上げるグースステップでこの黒の広場を行進していく。

 

 その様子を魔王ヴァヴェルは王城を囲む城壁から見ていた。

 

 ヴァヴェルは行進しているオークたちよりも大きな3メートルあまりの巨体の持ち主であり、人々が悪魔と聞いて連想するねじれたヤギの角を持ち、横長の瞳孔をしたブラウンの瞳の男であった。

 そして、その巨体は魔王軍大元帥の白い軍服に包まれている。

 

「……思ったよりまともな行進になったな、リュドミラ」

 

 そのヴァヴェルは行進していくオークたちを眺めながら右隣に立つフィールドグレーの軍服に身を包んだ女性に小声で告げる。

 

 その女性は20代後半ほどの均整の取れた見た目をしており、美しいプラチナブロンドの髪を三つ編みにして肩に流し、その瞳の色は流れたばかりの鮮血のように赤い。

 またその肌はあたかも死人のように白かった。

 

 そんな女性の軍服にはこの国でもっとも恐れられる秘密警察たる国家保安委員会(CSS)の、その上級大将の階級章が不気味に輝いていた。

 

 彼女は国家保安委員会(CSS)議長にして吸血鬼リュドミラ・ヴァシリエヴナ・ジェルジンスカヤ。

 魔王ヴァヴェルの右腕、あるいは処刑人と呼ばれる女性である。

 

「はい、陛下。オークたちがあそこまで整って行動できるとは予想外です」

 

「ああ。オークを行進させるのは聞いたときから無理だとばかり思っていたが、彼らも案外やるものだな」

 

「今回の式典には外国人も招かれています。下手をすれば我が国が笑いものになってしまう事態です。ゆえに陸軍も慎重に扱ったのでしょう」

 

 一糸乱れぬ動きで行進をしていくオークたちを見ながらヴァヴェルとリュドミラはひそひそとそう言葉を交わした。

 

「陛下、ジューコフ元帥に聞こえますよ」

 

 そこで囁くような声でふたりの会話に割入ってくる存在がいた。

 

 それは軍服ではなく侍従に定められた灰色のドレスを纏った若い10代前半のあどけなさが濃く残る女性だ。

 長く艶やかな黒髪を背に伸ばしているのが特徴的で、その瞳の色は桃色に似た色でありきらめている。

 

 だが、何よりそのスカートの裾から僅かに覗く黒い爬虫類に似た尾が、彼女を人間ではないと示している。

 

「ははは。エレーナ。私は別に聞かれ困ることは喋っていない」

 

 ヴァヴェルは優しい笑顔でエレーナと呼んだ女性に言う。

 

「そうですか? ジューコフ元帥が先ほどからずっと陛下と議長の会話に耳を澄ませていますが、よろしいので」

 

 彼女は侍従長にして夢魔のエレーナ・アレクセーエヴナ・クズネツォヴァ。

 

 少女の姿をしているが、中身は立派な成人女性だ。彼女は悪戯げな表情で、その視線を僅かに左隣にいる人物に向けた。

 

 彼女の左隣にはオリーブドラブを基調とした陸軍元帥の礼装を纏った大柄な壮年男性が立っている。

 彼は陸軍参謀総長であり人狼のアナトーリー・フェドロヴィチ・ジューコフ元帥だ。

 このパレードの主役と言える魔王陸軍の親玉であり、ヴァヴェルとは内戦時代からの戦友であった。

 

「人狼は耳がいいからな。気になるのだろう」

 

「聞こえていますぞ」

 

 小さく笑ってヴァヴェルはそう言うと、ジューコフ元帥がそう言って苦笑いした。

 

 そんな彼らはオークたちの行進の次に現れたものを見た。

 

 オークによる歩兵の行進の次に現れたのは魔王国で完全国産化された軍用トラックの車列だ。

 6輪の軍用トラックに乗った人狼とオークたちが、ヴァヴェルたちの方に最敬礼をして通過していく。

 

「おお。見よ、我が国の工業化の象徴だぞ」

 

 ヴァヴェルはトラックの車列を見て嬉しそうにそういう。

 

 トラックには兵士が乗ったもの、榴弾砲や高射砲などの火砲を牽引しているものなどがある。

 だが、そこに従来の馬匹によるものはない。

 

 ヴァヴェルは国家的な自動車化(モータリゼーション)に力を入れていた。

 農村から軍隊までどこでも自動車が使われるような、そんな国を目指して国の資金を注いでいた。

 ヴァヴェルは内戦終結以降、とにかく重工業の発展に躍起になっており、おかげで自動車生産と普及率は右肩上がりだ。

 

 そんな自動車を製造する国営企業は今や5社ほど存在し、一部は対外輸出も部分的に始めている。

 製造されているのは大型トラックだけではなく、一般の乗用車やオートバイなども製造されていた。

 

 国営企業には国の財源が使用されており、多少の赤字はそれで補われていた。

 それは決して健全と言えない。だが、工業力こそが国を豊かにすると、ヴァヴェルはそう盲信しているかのようでもあり、その政策は継続されていた。

 

 さらにそのトラックに続いて現れたのは第1自動車化狙撃兵師団から変わって魔王陸軍の精鋭である近衛師団の行進である。

 

 近衛師団が最初に出したのは近衛自動車化歩兵連隊所属の無限軌道と装甲を備えた最新の装甲兵員輸送車(APC)である。

 標準的な歩兵分隊12名が乗車して移動できるもので、自衛用の口径12.7ミリ重機関銃を装備している。

 

「まだまだ数が少ないな……」

 

 しかし、この装備にヴァヴェルは渋い顔をしていた。

 パレードに用いられているものでも僅かに6両が走っているだけなのだ。

 トラックの車列が砲兵のそれを含めても20両以上だったことを考えるとあまりにも寂しい行進だ。

 

「陸軍は次の装甲兵員輸送車(APC)は装輪式に切り替えると言っていますが」

 

「そうするべきかもしれん。あれは金がかかる」

 

 リュドミラが言うようにヴァヴェルは肩を竦めた。

 

 装甲兵員輸送車(APC)とは歩兵が前線を移動するための兵器である。

 歩兵を前線で降り注ぐ砲撃の破片などから守りながら移動させて、単独では脆弱な戦車に常に歩兵の援護が得られるようにするという諸兵科連合の教義から生まれたものであった。

 ヴァヴェルもその必要性を理解していたから、この装甲兵員輸送車(APC)の開発を命じたのである。

 

 もちろんこの発想は間違いではない。

 しかし、現在の魔王陸軍で使用されている全装軌式の装甲兵員輸送車(APC)は生産に金がかかる上に運用も面倒なものであると判明してしまった。

 

「優れた兵器ではあるのですが……」

 

「それは分かっている。だが、兵器とはちゃんと現場に届かなければ意味がない」

 

 ジューコフ元帥がやや落胆した様子でそうのにヴァヴェルはそう返した。

 

 それは装軌(クローラー)の方が装輪(タイヤ)より不整地踏破能力は高く、戦車に確実に随伴できるだろう。

 まして、国内のインフラが一度内戦で破壊されてしまっている魔王国にとっては装軌の方が望ましい。

 ヴァヴェルと陸軍の将軍たちもこの兵器のあまりにも高いコストが判明するまではそう考えていた。

 

 だが、ヴァヴェルは少数の豪華な装備より物量が揃う手ごろな装備の方を好む癖があった。

 彼は言う。『戦場のどこかに最強の兵器があるより、自分の隣にそこそこの兵器がある方が兵士は喜ぶ』と。

 

 その精神と今の魔王陸軍の装備は適合していないし、そのことをジューコフ元帥含めた陸軍首脳部も理解している。

 近々あの全装軌式の装甲兵員輸送車(APC)は姿を消すだろう。

 

 その装甲兵員輸送車(APC)に続いて現れたのが近衛師団戦車連隊所属の戦車だ。

 

 口径45ミリの主砲を備えた軽戦車。

 キューポラからは野戦服姿の人狼たちが顔を出し、車長・砲手・装填手の3名はヴァヴェルたちに敬礼を送る。

 その戦車は現代の主力戦車と比べると玩具のような大きさだが、この時代では立派な戦車である。

 

「悪くない」

 

 ヴァヴェルはそれ以上のことを言わなかった。

 

「あれは陛下が特に力を入れられていた兵器ですね。素晴らしいです」

 

「ああ。そうだな……」

 

 エレーナが新しい玩具を目にしたかのようなキラキラした瞳をしてまた囁くような声で言う。

 多くの魔族にとって戦車は初めて見る新兵器だった。

 内戦中にはまともな戦車は存在せず、合ったとしても本当に塹壕を乗り越えるだけの菱形戦車ぐらいだったのだ。

 そうであるがゆえに魔族たちはこの新兵器を頼もしく感じている。

 

 そのようなエレーナの隣でヴァヴェルはトラブルもなく行進していく2個中隊20両の戦車を見つめていた。

 その瞳にはエレーナのような好奇心と輝きに満ちた色はなく、ただ深く暗い不安と焦りの色があった。

 

 他の魔族と違いヴァヴェルは戦車を知っている。

 それどころか今の時代において、さらには将来において完成された戦車というものを知っている。

 

 その彼の不安はひとつだ。

 

 これぽっちの軍隊で今の自分の祖国を守れるのか、と。

 

 ヴァヴェルは陸軍がすでにパレードを行っているこの戦車の後継車両の開発を進めていることを知っている。

 何せこの戦車では全くもって不十分だとヴァヴェル自身が後継車両の迅速な開発を命じたからだ。

 

 ヴァヴェルは軽戦車開発を縮小し、そのリソースを中戦車及び重戦車開発に回すよう指示を出していた。

 脆弱な装甲と小さな火力しか持っていない軽戦車は将来的に完全は役立たずになると、彼はそう判断していたからだ。

 

 陸軍の将軍たちの一部には軽戦車・中戦車・重戦車をバランスよく配備することが重要ではないかとの声を上げたものもいたが、そのようなヴァヴェルの方針に歯向かう将軍たちは国家保安委員会(CSS)によって容赦なく粛清された。

 

 その中戦車・重戦車開発においても多砲塔戦車なる『絵に描いた餅』でしかないものは排除され、堅実な造りのものの開発を進めるように指示が出されている。

 

 しかしながら、そのような指示の下で開発されている中戦車・重戦車はこのパレードに間に合わず、従来の軽戦車が行進しているのみであった。

 

 リュドミラがヴァヴェルに言ったように、この即位20周年記念パレードには諸外国の人間も招かれている。

 表向きは友好を装いつつも、魔王国と魔族たちを脅威に思っている潜在的敵対者たちが招かれているのだ。

 

 彼らは自国に何と報告するだろうか?

 

 ヴァヴェルは戦争を望んでいない。少なくとも今は……。

 

「あまりそういう顔をされてはなりませんよ」

 

 そこでエレーナが先ほどとは違う、母親が子にするような表情で言う。右隣にいるリュドミラも静かにそれに頷いていた。

 

「そうだな。連中に余計な憶測を抱かせてはならん」

 

 人間たちが見ているのは魔王軍の兵器だけではないだろう。

 その指導者であるヴァヴェルの表情を見て、秘密に包まれた魔王国の内情を探ろうしているはずだ。そのことをふたりは指摘しているのである。

 

 ヴァヴェルは笑顔を浮かべ、頼りない戦車に拍手を送る。

 

 それから空軍が飛行を始める。

 

 かつての魔王軍ではドラゴンが空を制していたが、これも時代は変わった。

 繁殖力が低く、内戦でその数を1桁にまで激減させたドラゴンたちは地上に降り、今や空を飛ぶのは飛行機械に乗った人狼や吸血鬼たちだ。

 

 その魔王空軍の戦闘機は複葉機を卒業し、単葉機が主力となっている。

 かつては木製だったその機体もアルミ合金となり近代化されていた。

 

 しかしながら、そこには大型機が少ない。

 他国では配備が進んでいるような4発エンジンの戦略爆撃機の数はほとんどないに等しかった。

 

 それはヴァヴェルが『これからの戦争は制空戦とそれに続く戦略爆撃のみで戦争の勝敗が決する』というある国の空軍少将が提唱した理論──いや、世迷い事を信じていなかったからに他ならない。

 

 爆撃のみで戦争は決して終わらない。

 地上軍による敵地の占領なくして敵は降伏しない。

 ヴァヴェルはそう確信していた。

 

 そうであるがゆえに空軍の役割は陸海軍の支援に限られている。

 航空優勢を確保し、近接航空支援や阻止攻撃に従事するという空軍である。

 そう、魔王軍が戦略空軍ではなくまずは戦術空軍を拡充することを決めたのだ。

 

 今や空軍の将軍となったドラゴンたちはそれを受け入れ、そのためのドクトリンと航空機開発を主導している。

 ドラゴンは航空戦や気象学など空について知り尽くした長命な生き物であり、その知識は空を飛んでいるよりも地上で生かすのが相応しい。

 

 空軍の練度はそのようなドラゴンたちの教えもあって素晴らしく、ヴァヴェルは戦車のときよりは満足そうに航空機の展示飛行に拍手を送っていた。

 

 パレードの最後を締めくくるのは、そんな空軍に関係する部隊だ。

 

 それは空挺兵である。

 

 空挺兵とは輸送機からパラシュート降下したり、グライダーで降下する兵士たちで、厳しい訓練を潜り抜けた一握りの人間だけがそれになることができるのだ。

 空挺降下とはそれだけ過酷な任務なのである。

 

 その鍛えられた兵士たち──主に人狼の彼らは空挺兵の象徴である青いベレー帽をかぶり、見事なグースステップでヴァヴェルたちの前を行進していった。

 見るものが見れば彼らが相当な精鋭であると分かっただろう。

 そのことに恐怖すら与えたかもしれない。

 

 軍事パレードはこれで終わり、参加していた各国の招待客はそれぞれの大使館に急いだ。ここで見たことをすぐさま本国に報告するために──。

 

「連中が何と報告するか、あとで調べるように」

 

「はい、陛下」

 

 ヴァヴェルは城壁の上で招待客もいる群衆の方を眺めながら、リュドミラに命じる。

 

 魔王国と人類国家の水面下での駆け引きはすでに始まっていた。

 

 平時には平時の戦いが存在するのだ。

 

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