魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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政治家とスパイ

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 ──政治家とスパイ

 

 

 アルトライヒ帝国宰相フリードリヒ・ヴェーバーは宰相官邸に閣僚を集めた上で、さらに軍人を招いていた。

 

「クレッチマー元帥。我が国の安全保障環境について報告を」

 

 主要な閣僚が集まる中、ひとり陸軍元帥の軍服姿の男性をヴェーバー宰相が見る。

 

「はい、閣下」

 

 その軍人は厳めしい顔つきをした老齢の男性で、油断ならぬぎょりとした目つきをして列席している閣僚たちを見渡す。

 彼が陸軍参謀総長のヨハネス・クレッチマー元帥だ。

 

「まず陸軍は未だ最善の状態にはないということです。そのことは先のルオタニア戦争での義勇兵からの報告で分かっています」

 

 クレッチマー元帥もベルクフェルト少佐の報告は読んでおり、それでシュナイダー少将が戦車をもっと配備しろと暴れていることも知っている。

 若造の意見なんぞ気に入らないがシュナイダー少将の指摘はある意味もっともだともクレッチマー元帥は理解していた。

 アルトライヒ陸軍が装備する戦車ではいずれやつらに対抗できなくなる。

 

「歩兵・砲兵・戦車という主要な兵科の装備とそしてそれを支える兵站の面において魔王軍は我が軍を上回りつつあります。今でこそ対抗できるでしょうが、現在の軍備の推移が進めば魔王軍はやはり我々を上回るでしょう」

 

 クレッチマー元帥はルオタニア軍が鹵獲し、アルトライヒ陸軍が購入した魔王軍の歩兵装備や火砲、戦車の写真を列席者たちに見せる。

 人類国家のそれと遜色ないそれに閣議のメンバーが呻いた。

 

「ファルケンハイン大佐の報告は裏付けられたわけか……」

 

 陸軍参謀本部のファルケンハイン大佐は5年以内に魔王軍が周辺国を圧倒する軍事力を保有すると報告していたが、まさにその通りになりそうであった。

 

「ええ。参謀本部の推測は変わっていません。5年で状況は危機的になります」

 

「では、君はどうすべきだと考えるか?」

 

 ヴェーバー宰相はクレッチマー元帥にそう尋ねる。

 

「魔王国が強力な軍隊を保有できるのは彼らに巨大な工業力が存在するからでもありますが、それ以上に魔王の指導力がカギになっていると情報部は見てます」

 

 アルトライヒ帝国には国防情報局という諜報機関が存在する。

 陸海空軍に組織を横断した統合的な諜報機関であり、アルトライヒ帝国でもっとも有力な諜報機関とされていた。

 その国防情報局が掴んだのが、魔王ヴァヴェルの指導力であった。

 

「魔王国が工業化を推し進めたのも、魔王軍が高度に機械化されたのも、魔王の指導力によるものと認識しています。魔王こそが魔王軍を人類の危機というレベルにまで高めた張本人であるということです」

 

 クレッチマー元帥はそう言い、出された紅茶を僅かに飲む。

 

「その上で言いましょう。予防戦争が必要です」

 

 そのクレッチマー元帥の言葉にヴェーバー宰相たちが揃って険しい表情を浮かべた。

 

「こちらから先制攻撃すると?」

 

「何も魔王国を滅ぼす必要はないのです。一度大きな敗北を味わわせ、魔王の国内での求心力を低下させる。それで魔王が政権の座から追われれば、魔王国の軍備が我々のそれを上回るタイムリミットは引き延ばせるし、もしかすると防げるかもしれません」

 

 ヴェーバー宰相が胡乱な目をして尋ねるのにクレッチマー元帥はそう語った。

 

「あるいは魔王軍の大軍拡に合わせて我々も軍拡を行うかですな」

 

 他に手はないというように告げるクレッチマー元帥。

 

「魔王軍の軍拡に付き合えば我が国の経済に悪影響が生じる」

 

「それだけではありません。急速な軍拡にはルミエール共和国も懸念を示すでしょう」

 

 ヴェーバー宰相に続いて外務大臣がそう述べた。

 

 アルトライヒ帝国は西部でルミエール共和国を国境を接している。

 ルミエール共和国とは大きな戦争があったとで、関係は良好とはいえない。

 もし、アルトライヒ帝国が急速な軍拡を始めれば、ルミエール共和国はアルトライヒ帝国が魔王国だけではなく自分たちに対しても軍事的な野心があるのではないかと考えるだろう。

 

「予防戦争にはタイムリミットがあります。5年内に行わなければ我々は予防戦争を実行することは不可能になるのです」

 

 軍拡について話し合う閣僚たちにクレッチマー元帥が言う。

 

「元帥。率直に聞かせてくれ。もしも予防戦争に打って出た場合、どれほどの確率で魔王国に勝てる?」

 

 ヴェーバー宰相は一度軍拡議論をやめて再びクレッチマー元帥に尋ねる。

 

「今の状況ならば7割5分といったところです。完全な勝利はお約束できませんが、予防戦争の目的を達することは十二分に可能かと」

 

 クレッチマー元帥の考えでは魔王軍に一度大きな打撃を与えるだけならば、今のアルトライヒ帝国の軍備でも可能であった。

 

「7割5分か……」

 

 そこまで悪くはない賭けだ。

 だが、この賭けに失敗すれば国が亡ぶとなるとリスクが大きい。

 

「分かった。クレッチマー元帥、魔王国への予防戦争について作戦を立案してくれ。並行して軍備の増強を進める」

 

「畏まりました、閣下」

 

 彼らは魔王軍への一撃だけを考えていた。

 しかし、彼らは重要なことを見落としている。

 戦争とは自分たちだけではなく相手も納得しないと終わらないということを。

 ただいきなり相手に殴りかかって満足したら終戦というのは、虫のいい話だということを彼らはそっくり見落としてしまっていた。

 

 

 * * * *

 

 

 国家保安委員会(CSS)議長のリュドミラは対外諜報を司る第1総局局長のボリス・レオニードヴィチ・クリロフ大将を伴って陸軍の人間と会っていた。

 

国家保安委員会(CSS)の重役ふたりと密会というのは、自分に後ろめたいことがなかったとしてもちょっとぞっとするな」

 

 そう冗談めかしていうのはオレグ・ヴァシリエヴィチ・スミルノフ陸軍少将だ。

 年齢の割にはどこかあどけなさを感じる目をしているが、その顔つきは基本的に数日後には忘れてしまような印象に残らないそれという男性の人狼だった。

 そんな彼は陸軍の情報部である陸軍参謀本部情報総局(MID)の総局長である。

 

「後ろめたいことがないなら堂々としているといい」

 

 そんな彼にリュドミラはそう言い、席に着く。

 

 場所は魔王国でも政府関係者ばかりが利用するホテルの一室。

 ここは国家保安委員会(CSS)の縄張りでもあり、宿泊者の盗聴や盗撮も行われている場所だが、この部屋は今現在そのような監視の目が存在しなかった。

 

「早速だが本題に入る。国家保安委員会(CSS)のアルトライヒ帝国における諜報活動に支障が生じている」

 

「ふむ。実をいえば陸軍参謀本部情報総局(MID)も同様だ。連中は突然防諜のレベルを引き上げた」

 

 リュドミラがスミルノフ少将と話し合いたい事案というのは、アルトライヒ帝国における魔王国の諜報活動についてだった。

 

「ほとんど情報が入ってこない。主に軍関係が顕著に。政財界からはまだ一定の情報があるが、質は明らかに低下している」

 

「そっちもか。こっちもアルトライヒ軍の中核にいる人間からの情報が上がってこなくなった。拘束されたとかではないのだが、情報へのアクセスがかなり難しくなったらしい。すでに万が一に備えて当局にマークされていそうな資産(アセット)は早めに切り捨てるように工作担当官(ケースオフィサー)に命じている」

 

 クリロフ大将が言い、スミルノフ少将も双現状を説明した。

 

 どういうわけか魔王国の二大諜報機関である国家保安委員会(CSS)陸軍参謀本部情報総局(MID)の両方が、アルトライヒ軍の情報が入手しずらくなっていることを認識していた。

 

「無線の傍受などは?」

 

「行っている。アルトライヒ海軍の無線は傍受できているし、そっちに目立った動きはない。陸軍の方は無線でお喋りをしなくなっている。連中、傍受されない有線で連絡を取り合っているようなのだ」

 

「徹底的だな……」

 

 スミルノフ少将がお手上げだと言うように語り、リュドミラも顎を摩った。

 

陸軍参謀本部情報総局(MID)はこれをどう分析している?」

 

「何かしらの大規模な軍事行動が近いのではないかと分析官たちは言っている。特に我が国に対する軍事攻撃ではないか、と。そう危惧する意見が大きい」

 

「やはりそう見るか」

 

 スミルノフ少将の言葉にリュドミラも陸軍参謀本部情報総局(MID)国家保安委員会(CSS)と同じ結論に至ったことを知った。

 突然の防諜レベルの引き上げは諸外国に隠したい何かが進行中であることを物語っている。

 特に軍関係で特定の部署が沈黙しているのではなく、軍全体で情報が入りずらくなっているのは大規模な軍事行動を予想させるものであった。

 

「しかし、情報がないことには何とも言えない。そこで国家保安委員会(CSS)と協力して諜報作戦を展開したいのだが……」

 

「残念だがそれはできかねる。下手に我々が組めば陸軍参謀本部情報総局(MID)国家保安委員会(CSS)の両方の情報源が危機にさらされかねない」

 

 スミルノフ少将の提案をクリロフ大将はすげもなく蹴った。

 

「分かった。では、情報の共有は可能な限り行おうではないか。今は祖国のために一致団結しなければ」

 

「その点には同意する。ある程度の情報共有は行おう。こちらから陸軍参謀本部情報総局(MID)に連絡将校を派遣しておく」

 

「結構だ。受け入れよう」

 

 リュドミラはそう頷いてそう言い、スミルノフ少将も同意した。

 

 3人のスパイマスターはこうして密会を終え、別々の時間にホテルを出た。

 

 しかし、アルトライヒ帝国が何を行おうとしているのか。

 そのことについての情報はなかなか手に入らなかった。

 

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