魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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平和を望む者は戦争を準備せよ

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 ──平和を望む者は戦争を準備せよ

 

 

 ヴァヴェルとレヴァンドフスキ首相は写真撮影を終えると、マスコミを一度シャットアウトして会談に臨んだ。

 

「まだ私は驚いています。まさか魔王である方がこのレヒスタンを訪れ、そしてこうして私と会談しているとは」

 

「ははは。私ももっと自由であればあちこちを訪問したいのですがね。今は側近たちがそれを許してくれないのです」

 

 レヴァンドフスキ首相はヴァヴェルに対して持った最初に印象は、見た目こそ違えど中身は人間ではないかと思うような魔族だということだった。

 

 ルオタニア戦争が勃発してから新聞社を始めとするマスコミは魔王国をこぞって批判し、風刺画も山のように生まれていた。

 ルオタニアの女子供を皿に乗せて平らげようとしている醜い魔王の姿や『次はレヒスタンだ!』と言い魔王軍にレヒスタン共和国に進軍するように命じる角の生えた悪魔のイラストはレヴァンドフスキ首相も見ている。

 

 だが、実際に会ったヴァヴェルはそのような風刺画とは全く異なる人物だった。

 

「さて、私がここに来たのは貴国との間の確かな友好を結ぶこと。そして、その友好の下に不可侵条約を結びたいのです」

 

「不可侵条約ですか」

 

 ヴァヴェルが言い出した話題にレヴァンドフスキ首相は考え込む仕草をした。

 実際には彼は外務省から魔王国が不可侵条約を打診しているとの報告を受けており、ヴァヴェルの訪問までに結論を出していた。

 だが、ヴァヴェルがせっかくこの場にいるのだから彼の真意を聞いておきたかった。

 

「貴国は我が国との平和を本当に望んでいると?」

 

 レヴァンドフスキ首相はそう尋ねる。

 

「ええ。その通り。確かに歴史的に貴国との間には様々な悲劇があり、それが尾を引ていることもあります。リヴィル地方がそうでしょう」

 

「……貴国はリヴィル地方の請求権を捨てるつもりはないと聞いております」

 

「そうです。ですが、今は土地よりも民の存在の方が重要。仮にリヴィル地方は今度100年貴国の支配下にあったとしても、その間に我が国と貴国の関係改善が進めばリヴィル地方に魔族が良き隣人として暮らすこともできるようなる。そう考えています」

 

「ほう」

 

 そのヴァヴェルの言葉は演技ではなく本心を伝えているように思えた。

 そのためかレヴァンドフスキ首相は目の前の魔王が冷徹で血に飢えた野心溢れる独裁者には見えなかった。

 彼もまた自分たちと同じ血の通った存在に見える。

 

「もし、不可侵条約が締結されれば国境は開かれていき、人間と魔族の交流は進み、相互理解によって対立はトーンダウンするでしょう。将来的にはお互いに多大な軍を対峙させる必要もなくなるかもしれません」

 

「そうなれば私たちとしても多大な軍事費に悩まされずに済みますな」

 

「そう、その分を経済発展に使えば、これから話し合う経済交流によって我々の関係は深化し、相互を必要とすることにより戦争が起きずらくなるのです」

 

 ヴァヴェルの話は魅力的だった。

 レヒスタン共和国は対魔王軍の多大な軍事費に悩まされている。

 それがこの雪解けムードに酔って縮小できれば、レヒスタン共和国はその分だけ経済に力を入れることができるのだ。

 

「ですので、ぜひとも不可侵条約について考えていただきたい」

 

 しかしながら、ヴァヴェルの狙いは経済発展というよりもレヒスタン共和国をアルトライヒ帝国が通過して魔王国を攻撃するのを避けるものであった。

 レヒスタン共和国とヴァラキア王国と不可侵条約を結べば、魔王国を西部から攻撃しようという企てはルオタニア共和国を経由するものだけになるだろう。

 

「ヴァヴェル王。あなたにお会いして魔族に対する見方が変わりました。あなたたちはかつてのような野蛮なものたちではないと。ゆえに私は不可侵条約の締結に賛成しようと思います」

 

 レヴァンドフスキ首相は最初から不可侵条約を受けるつもりだったが、ヴァヴェルと話して本当に彼にレヒスタン共和国への軍事的野心がないことを確認できたため、安心してそれを結ぶことができるようになった。

 

「それはありがたい」

 

 レヴァンドフスキ首相の言葉にヴァヴェルは嬉しそうに頷く。

 

「ここに到着するまでこのヴァルシャの景色を見学させていただきましたが、この街は古い歴史が見られ、そして美しい。魔王国では内戦で多くの建物が破壊されてしまったため、このような景色は見られません」

 

 ヴァヴェルはレヴァンドフスキ首相に語る。

 

「戦争は何もかもを破壊する。そうであるがゆえに避けることはできるならば避けたいのです。このこと理解してもらえるといいのですが」

 

「理解できます」

 

 やはり、とレヴァンドフスキ首相は思う。

 ヴァヴェルは人間のように考えている。そうであるがゆえに信頼が生まれてきた。

 

「ヴァヴェル王。どうかこれからともに発展していきましょう」

 

「ええ。ぜひとも」

 

 レヴァンドフスキ首相とヴァヴェルは厚い握手を交わす。

 

 

 * * * *

 

 

 魔王ヴァヴェルの訪問は多くのレヒスタン国民にとって驚きと喜びであった。

 しかし、一部の人間と国外の人間にとってはそうではなかった。

 

「レヴァンドフスキ首相は魔王にしっぽを振ったらしい」

 

 そう侮蔑を込めて告げるのはレヒスタン陸軍の軍服を纏った老齢の男性だ。

 太い眉とカイゼル髭が特徴的で、新聞が報じたヴァヴェルとレヴァンドフスキ首相の会談の記事に目を落としている。

 

 彼はアンジェイ・カミンスキ陸軍大将。陸軍参謀本部参謀次長を務める老人だ。

 根っからの魔族嫌いで知られる彼は今回のヴァヴェル訪問とその歓迎ムードに苛立ちを覚えていた。

 

「このまま雪解けが始まるのでしょうか?」

 

 カミンスキ大将にそう尋ねるのはスタニスワフ・ノヴァク陸軍大佐。彼は首都ヴァルシャを守る第1歩兵連隊の連隊長をしており、このカミンスキ大将に招かれて陸軍参謀本部にある彼の執務室に来ていた。

 

 ノヴァク大佐とカミンスキ大将の関係は、かつてノヴァク大佐がカミンスキ大将の下で働く参謀だったときから続いている。

 ふたりはお互いを良き理解者とし、カミンスキ大将はノヴァク大佐と自分の娘を結婚させるなど家族同士の付き合いも続いていた。

 

「雪解けなど幻想だ。魔王軍が着々と軍備を増強しているのに我々だけが平和に浮かれて準備を怠るということになりかねない」

 

「ルオタニア戦争のことを国民がまだ覚えていてくれると思いたいですがね」

 

「覚えていればあの侵略を画策した男をここまで歓迎するはずがない」

 

 先のルオタニア戦争では魔王国は一方的な言いがかりをつけてルオタニア共和国を侵略した。

 それによってルオタニア共和国はサルミヤルヴィ地方とアークティラを失っている。

 それを計画したのは確かにヴァヴェルだ。

 

 ルオタニア戦争にはレヒスタン軍からも義勇兵が参戦している。

 ルオタニアで魔王軍の勢いをそがなければ、明日にはレヒスタンが危ないと誰もが思っていたからだ。

 

 しかし、どうであろうか。今は魔王ヴァヴェルがレヒスタン共和国を訪問し、オストロフスキ大統領に出迎えられ、レヴァンドフスキ首相と親しげに会談した。

 このことで国民は魔王国が突然レヒスタン共和国に攻め込んでくることはないと思い始めている。

 そのことがカミンスキ大将を苛立させていた。

 

「しかし、例の不可侵条約の件は本当でしょうか? それが成立するならば、確かに魔王国に我が国に対する野心はないと言えるのですが」

 

「魔族が条約など守るものか。例の経済交流とかいうのと同様に国境の守りを手薄にさせるための策に違いない」

 

 ノヴァク大佐の言葉に魔族との間にはこれまでも様々な取り決めがあったものの、その全ては一方的に破棄されていると言うカミンスキ大将。

 

「この雪解けはただの政治的な演出であり芝居だ。連中はルオタニア戦争で人類は弱いと学習しているはずだ。ルオタニア軍と我が軍は量こそ我々が優位であるとはいえ、質については大して変わらん。魔王国もそれを把握しているだろう」

 

「ですが、我々にはアルトライヒ帝国との同盟があります」

 

「そう、それだ。魔王国はそれを破棄させることをまずは狙うはず。注意しなければならないぞ。我々が選択を間違えば、我らが祖国は滅びるのだから」

 

 カミンスキ大将はそう言って新聞を畳んだ。

 

 

 * * * *

 

 

「レヒスタン共和国はすっかり雪解けムードですな」

 

 首都ヴァルシャのアルトライヒ大使館にて、駐レヒスタン大使のヴァルター・ケーニヒが大使館を訪れている客にそう言った。

 

「そのようですね」

 

 その人物は謎に包まれていた。

 この大使館の主であるケーニヒ大使にも素性はよく分からない。

 しかし、駐在武官の陸軍大佐と何度も話し合っているところなどを見るに、陸軍関係の人物と思われた。

 

 実際のところ、それは正しい推測だった。

 この人物は国防情報局から派遣された陸軍将校であり、その目的は今回の魔王ヴァヴェルのレヒスタン訪問に関する情報を収集することであった。

 

 そう、レヒスタン共和国が魔王国に靡き、汎人類条約機構から脱退するのではないかという危惧から、国防情報局は情報収集の必要性を感じていたのだ。

 

「大使閣下。レヒスタン共和国が魔王国と不可侵条約を結ぶという話は、どこまで本当なのでしょうか?」

 

 ケーニヒ大使にその国防情報局の将校は尋ねる。

 

「レヒスタン外務省などの主催するパーティで聞く限りは、かなり真剣に検討されているようですよ」

 

「そうですか」

 

 ケーニヒ大使は仕事としてレヒスタン共和国で開かれる様々なパーティに招待され、そこで話を聞いて回っているがレヒスタン共和国は真剣に不可侵条約について考えているようであった。

 

 国防情報局の将校はこのことをアルトライヒ帝国首都ノイベルクに報告。

 それを受け取った国防情報局はこの報告をさらに陸軍参謀本部に伝える。

 魔王国への予防戦争を計画していた彼ら参謀本部の将校たちはレヒスタン共和国の変心を知ることになった。

 

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