魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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回転ドア

……………………

 

 ──回転ドア

 

 

 魔王軍がついに南部で攻勢に出た。

 

 ワシレフスキー上級大将はこれまでの北部からのハンマーと金床戦術が上手くいかないことに音を上げて、とうとう攻撃の主軸を南部に移したのであった。

 しかし、それは汎人類条約機構にとって狙い通りの攻撃でもあった。

 

 ワシレフスキー上級大将が中央方面軍に南部攻勢を命じてから1時間後、汎人類条約機構の東部戦域軍は北部で攻撃に出た。

 南部からの攻撃をレヒスタン軍を主力とする部隊で受け止めながら、東部戦域軍は回転ドアのように魔王軍中央方面軍を北部で押し始めたのだ。

 

 ワシレフスキー上級大将はすぐには異変に気付かなかった。

 南部での攻撃は順調であり、今度こそ首都ヴァルシャが見えてきとそう思われていたのだから。

 しかし、攻撃開始から数時間後、北部から大規模な敵の攻撃に遭っているという報告が上がり、状況を訝しみ始めた。

 

「敵は北部で反撃に出たのか? 南部ではなく?」

 

「そのようです。まだ北部からの報告が部分的ではっきりしませんが……」

 

 ワシレフスキー上級大将の問いに参謀がそう歯切れ悪く答える。

 

 戦場の霧という言葉がある。

 戦場というものは指揮官からすればリアルタイムで把握できるものが少ない。

 敵部隊の位置や規模はもちろんのこと、友軍の位置ですら常に把握しておくは難しいのである。

 そのような不確定な要素のことを戦場の霧と称する。

 

 ワシレフスキー上級大将はまさに戦場の霧に悩まされていた。

 北部で反撃が行われたらしいという情報は入ってきた。

 だが、反撃の規模や友軍が対抗できているのかどうかなどは分からないままだ。

 それゆえに彼はまだ回転ドアに気づかず、南部での攻勢を続けてしまっている。

 

「敵部隊が我が軍の後背に出現しました!」

 

 彼がそれにようやく気付いたときには、もはや致命的な状態だった。

 

 北部から弧を描くようにして進軍してきた汎人類条約機構の陸軍部隊は南部に突出していた魔王軍を刈り取りにかかった。

 

 またしても同じ手を食らってしまった魔王軍だが、今度は規模が違った。

 シュナイダー少将の行った後手からの一撃は数個師団による攻撃だったが、シュタインバッハ上級大将が計画したそれは軍規模での攻撃だ。

 後方連絡線を遮断され、包囲されそうになっている魔王軍の規模も巨大である。

 

「クソッタレ! 戦略予備を投入して友軍の撤退を支援しろ!」

 

 ほぼ同じ攻撃によって軍の主力を失ったとあればワシレフスキー上級大将は銃殺だ。

 彼は少しでも部隊を救おうと強力な予備戦力を投入した。

 

 それはKW-1重戦車からなる独立重戦車連隊である。

 

 独立重戦車連隊は90両のKW-1重戦車を装備しており、また諸兵科連合部隊として若干の歩兵と砲兵などが付随している。

 その独立重戦車連隊が迫る汎人類条約機構軍を止めるための火消しとして投入されたのだった。

 

 イゴール・アレクセーエヴィチ・コロリョフ大佐は連隊司令部となっている移動通信指揮車両──装甲兵員輸送車を改造したもの──で戦況を見ていた。

 

「コロリョフ大佐殿。司令部は我々にこの橋を奪還し、守り抜けとのことです」

 

「ああ。友軍が無事に撤退するにはこの橋が必要だ」

 

 コロリョフ大佐の独立重戦車連隊とかき集められた1個旅団規模の戦力に命じられたのは、南部の構成で魔王軍が進軍したが今は汎人類条約機構軍に奪われたピウスツキ橋という鉄橋の奪還と防衛であった。

 この橋を奪還できなければ友軍は渡河することができず、川の向こうで包囲されて全滅してしまう。

 

「偵察は戻ったか?」

 

「まだです」

 

「敵が完全に橋を掌握していれば爆破される恐れもある。急がせろ」

 

 SA-64装甲偵察車両とオートバイに乗った偵察部隊が橋に向かって状況を確認して、すぐさまピウスツキ橋の状態を司令部に報告。

 

「橋にいる敵は僅かであり、まだ完全に敵は橋を掌握していない」

 

 コロリョフ大佐はそう述べる。

 

「よって、すぐに部隊を突っ込ませて橋を確保する!」

 

 彼の命令によって橋とその周辺に向けて部隊が前進。

 独立重戦車連隊と自動車化狙撃兵部隊が大急ぎでピウスツキ橋に突撃した。

 独立重戦車連隊が装備するKW-1重戦車はこれまでの汎人類条約機構軍との戦闘で抜群の性能を示しており、コロリョフ大佐も戦車兵たちも戦闘に不安はなかった。

 

 ピウスツキ橋にいた汎人類条約機構軍の1個中隊の歩兵部隊は突っ込んできた独立重戦車連隊によってあっけなく蹴散らされた。

 

「よーし。あとは友軍が撤退し終えるまでこの橋を守るだけだ」

 

 しかし、この橋の重要性は汎人類条約機構軍も知るところとなり、彼らは魔王軍の撤退を阻止しようと部隊を差し向けてくる。

 そこにはブリタニア海外派遣軍所属の第7機甲旅団の姿もあった。

 

 第7機甲旅団は25ポンド野砲による攻勢準備射撃ののちカサンドラMk.III巡航戦車を主力とする戦車部隊と随伴する歩兵部隊を前進させてきた。

 このカサンドラ巡航戦車は2ポンド砲を備え、先に魔王軍に鹵獲されたセンチネルII歩兵戦車ほど装甲は厚くないものの、それだけ機動力があるという戦車であった。

 

 ブリタニア陸軍の戦車運用は混迷しており、歩兵を支援する専門の歩兵戦車と敵を追撃する巡航戦車というふたつの兵器が混在していた。

 これはいささか非合理的であり、このレヒスタンの戦いでその欠点がじわじわと露呈しつつある。

 

 このピウスツキ橋での戦いもそのようなブリタニア陸軍戦車の非合理さが露呈し戦いである。

 第7機甲旅団は魔王軍が慌てふためいて逃げているという報告を聞き、意気揚々とピウスツキ橋に迫った。

 そこでいきなり先頭車両が吹き飛んだ。

 第7機甲旅団の前進を阻むのはKW-1重戦車である。

 

 第7機甲旅団の戦車はかなりの距離から撃ってきたにもかかわらず自分たちの戦車が吹き飛んだことにぞっとする。

 すぐさま第7機甲旅団のカサンドラMK.III巡航戦車が反撃するが、2ポンド砲ではKW-1重戦車には全く攻撃が通らない。

 

 だが、それ以上に巡航戦車は脆すぎた。

 KW-1重戦車の口径76.2ミリ砲はそれなりに優れた砲だが、決して無敵の砲というわけではない。

 将来的には早期に陳腐化するとヴァヴェルが思っているぐらいだったが、その主砲はブリタニア陸軍のカサンドラMk.III巡航戦車には強力過ぎた。

 

 KW-1重戦車は一方的にカサンドラMk.III巡航戦車を屠っていき、気づいたときには第7機甲旅団は戦力の大半を喪失していた。

 

 そののち撤退してくる魔王軍の部隊がピウスツキ橋を渡って対岸に撤退を完了。

 こうして独立重戦車連隊は目的を達成した。

 

 しかし、戦略的には魔王軍の大敗である。

 魔王軍はまたしても多くの装備を失い、今度は人名も失った。

 

 二度も同じ計略にやられ大損害を出したワシレフスキー上級大将を罷免すべきという声も王都バビロンの大本営では聞かれたが、ヴァヴェルが留任を決定。

 ワシレフスキー上級大将は確かに罠にはまったが、同時に彼らの戦い方を学び、撤退戦に生かしているというのが理由だった。

 

 それとは別にワシレフスキー上級大将を罷免すれば、魔王軍が大敗したことを認めることになり、それは国内にいい影響を及ぼさないからでもあった。

 

「しかしながら」

 

 ヴァヴェルは言う。

 

「我々はルオタニア戦争からあまり学んでいなかったのだな」

 

 ヴァヴェルにとってルオタニア戦争は自分たちの弱点を洗い出すための大規模な実弾演習のようなものだったが、彼自身もそして将軍たちも旧来の戦い方を再確認しただけに終わっていた。

 

「申し訳ありません、陛下」

 

「いや。学ばなかったのは私も同じだ。だが、これからは急いで新しい戦い方を学ばなければならない」

 

 ジューコフ元帥が頭を下げるのにヴァヴェルが告げる。

 

「先ほどルオタニアが宣戦布告文書を突き付けてきた。我々は北部でも再び戦端を開くことになる」

 

 苦々しげにヴァヴェルはそう言い、大本営に広げられた地図を見る。

 先のワシレフスキー上級大将の攻勢の失敗から魔王軍は大きく後退し、ついにレヒスタンの国境まで押し返されてしまっていた。

 

「そして、我々は再び本土を戦場にすることになってしまいそうだな……」

 

 現在、魔王軍が大動員を行って次々に新しい部隊を前線に送り込んでいるが、それらはレヒスタンから越境する汎人類条約機構軍を完全には阻止できないだろう。

 

「ジューコフ元帥。国内での防衛作戦について速やかに参謀本部で立案を」

 

「はい、陛下」

 

 ヴァヴェルは再び祖国を戦場とすることに心を痛めながらも、施政者として独裁者として国を守るために動き出す。

 

「リュドミラ。国内でこの混乱に乗じた反乱や暴動などが起きないように監視と取り締まりを強化せよ」

 

「畏まりました、陛下」

 

 本土が戦場になることでヴァヴェルの求心力が低下し、再び内戦になることを彼は恐れてリュドミラの国家保安委員会(CSS)にそう指示を出す。

 

「ともに困難を乗り越えよう。我々は決して滅びない」

 

 ヴァヴェルはそう言いながらも、その表情は凍り付いたかのように無表情だった。

 

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