魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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汎人類条約機構

……………………

 

 ──汎人類条約機構

 

 

 アルトライヒ帝国帝都ノイベルク。

 

 計画都市として建造されたこの都市において、その中心に位置するのは帝国の象徴である皇帝一家が暮らす宮殿だが、権力の中心地はそこからやや西に行った場所にある。

 

 政治における権力の中枢である帝国宰相官邸、軍事における権力の中枢である陸軍参謀本部。

 その帝国宰相官邸と陸軍参謀本部は5キロほど離れているが、同じノイベルク西部の官庁街に隣接していた。

 

 ディートリヒ・ファルケンハイン大佐は陸軍参謀本部から帝国宰相官邸までを結ぶプリンツ・アルブレヒト通りを従卒の運転する自動車で走っていた。

 

 陸軍参謀本部隷下の陸軍情報部に勤務する彼は今から帝国宰相に報告しなければならないことがあったのだ。

 

 そう、他でもない魔王国の情勢について。

 

「……つまり、魔王国は5年内に我が国とその周辺国のどの国のそれよりも巨大な軍隊を有すると?」

 

 そう帝国宰相執務室で聞き返すのは、この部屋の主であるフリードリヒ・ヴェーバーだ。ヴェーバー宰相は中央党出身の宰相で、政治的には保守派に属する政治家だった。

 だが何より彼は皇帝からの信任が厚く、政治思想云々よりそのことでこの地位にあると言ってよかった。

 

 そんな彼にファルケンハイン大佐は報告書を提示していた。

 

『魔王軍の今後予想される規模について』

 

 と、総称された報告書だ。

 

「はい。5年という数字が現実的な見積もりであると参謀本部は確信しております」

 

「問題は5年という年月ではないだろう。魔王軍が将来的に我々を上回るというのが問題なんじゃないか」

 

 ファルケンハイン大佐が軍人らしい言葉数の少なさで断じるのに、ヴェーバー宰相はそう指摘して報告書を人差し指でトントンと叩く。

 

「確かに魔王国の工業化は著しい。かつては我々から工作機械を盗み取らねばならないほどに遅れていたが、今では大陸でも有数の重工業国家だ。それも石油から鋼鉄まで全て自国で賄える完全自給自足の国家だ。そのことは認めよう」

 

 ヴェーバー宰相は紙巻きタバコに火を付けながらそう語る。

 

 魔王国に食料を輸出する人類国家が存在しないように、魔王国に貴重な戦略資源を輸出する国もいない。

 だが、その点に問題はない。魔王国内には鉄やゴム、石油、アルミ、タングステンといった戦略資源が大量に眠っているのだ。

 

「だが、我が国もそれなりに軍備には金を投じており、魔王軍とは何世代も差が開いているだろう。それでも魔王国の軍隊は我々を上回ると?」

 

「間違いありません、閣下」

 

「ふむ。その根拠は先の軍事パレードかね? あれは魔王国お得意のプロパガンダも相当含まれているはずだが……?」

 

 魔王国は内外に大規模なプロパガンダを仕掛けている。

 それを主導しているのは他でもない国家保安委員会(CSS)で、リュドミラ指揮する国家保安委員会(CSS)は国内の出版と報道を統制するだけではなく、国外にも工作員を送り込み偽情報を流布していた。

 

「根拠はそれだけではありません」

 

 そういうとファルケンハイン大佐はブリーフケースから『機密』と書かれた便箋を取り出し、中から写真を数枚取り出して見せた。

 それは何かしらの航空写真のように見える。

 

「これは?」

 

 ヴェーバー宰相がその写真を見て尋ねた。

 

「空軍がレヒスタン共和国と共同して実施した魔王軍駐屯地の航空偵察写真です。これは先のパレードにも登場した戦車ですが、国境地帯とは言えどこの数です」

 

「……だが、それだけでは……」

 

「さらによく見てください。駐屯地施設内のどこにも馬がいません。このことから我々は魔王軍は完全に馬匹を必要としなくなり、軍隊の自動車化(モータリゼーション)を完成させたとみています」

 

 ちなみにアルトライヒ陸軍では未だに輸送部隊の一部は馬車を使っていますと、ファルケンハイン大佐は告げた。

 

「分かった、分かった。降参だ」

 

 ヴェーバー宰相はそう言って吸いかけていたタバコを灰皿に落とす。

 

「では、聞こう。どうすれば最悪の事態を防げる?」

 

 これに対して打つ手なしですと言うようならファルケンハイン大佐はここまで毅然としていないだろうとヴェーバー宰相は見ていた。

 そして、それは正しい。

 

「これは軍事的な手段だけで解決できる問題ではありません。外交的な努力が必要になります」

 

 ファルケンハイン大佐は言う。

 

「同盟陣営を構築することです。閣下が以前提唱されたそれを今こそ」

 

 そして鷲鼻の大佐はヴェーバー宰相にそう告げた。

 

 

 * * * *

 

 

 国家保安委員会(CSS)議長であるリュドミラの下に興味深い報告書が届いたのは、ファルケンハイン大佐がヴェーバー宰相に面会した14日後のことだった。

 

「汎人類条約機構構想、か」

 

 懐かしいものを見たという顔でリュドミラはその報告書を読む。

 しかし、彼女の表情はそのようなものから険しいものへと変わっていき、報告書を最後まで読み終えるころには冷徹かつ残酷な国家保安委員会(CSS)議長としての表情を浮かべていた。

 

「この報告書を上げたのは?」

 

 それから彼女は副官にそう尋ねた。

 

「サハロフ大佐です。第1総局の……」

 

「すぐにここに呼べ」

 

「了解」

 

 副官はすぐに問題のサハロフ大佐を呼びに向かった。

 

「ステパン・エゴロヴィチ・サハロフです、閣下」

 

 やってきたのは国家保安委員会(CSS)では珍しい人狼の将校で、彼は突然のリュドミラからの呼び出しに動揺している様子であった。

 

「サハロフ。アルトライヒ帝国首脳部が汎人類条約機構構想を再び持ち出したというのは事実か?」

 

 リュドミラはサハロフ大佐を立たせたまま、執務机の向こうからそう尋ねる。

 

「そのように報告を受けております」

 

「その報告は信頼できるのか?」

 

「確かです。我々が送り込んだ優秀な工作担当官(ケースオフィサー)によって指揮された作戦で、首脳部に食い込んだ資産(アセット)からの情報なのです」

 

 サハロフ大佐はどこか弁明するような口調になってしまったのを悔やんだ。

 リュドミラは部下たちを常に疑っている。魔族たちは秘密警察である国家保安委員会(CSS)を恐れるが、それは国家保安委員会(CSS)の将校にしても同様なのだ。

 ただし国家保安委員会(CSS)将校の場合、恐れているのは国家保安委員会(CSS)そのものではなく、議長であるリュドミラだ。

 

「よろしい。私はこのことを魔王陛下に報告するつもりだ。もし、あとで『これは間違いでした』などと言われては困る。そのことに問題はないな?」

 

「はっ! ありません、閣下」

 

「では、お前も報告には立ち会え。すぐに王城に向かう」

 

「畏まりました」

 

 それからリュドミラはサハロフ大佐を連れて国家保安委員会(CSS)本部の建物から王城に向かった。

 

「議長。陛下はこちらでお待ちです」

 

 王城ではエレーナがリュドミラから連絡を受けており、ヴァヴェルの下に彼女とサハロフ大佐を通した。

 

「陛下。至急ご報告したいことがあります」

 

「聞こう、議長」

 

 ヴァヴェルは執務室でリュドミラたちを迎える。

 

 サハロフ大佐はヴァヴェルが目を向けてきたら絶対にそれから視線を逸らすなと言う話を先輩の将校から教わっていた。

 ヴァヴェルは自分の目から視線を逸らす人間を信頼せず、国家保安委員会(CSS)による粛清のリストに乗せてしまうそうだとして。

 それが事実かどうかは分からないが、サハロフ大佐は可能な限りヴァヴェルの目を見ておいた。

 

「アルトライヒ帝国首脳部は汎人類条約機構構想をかの国の外務省に命じて実現させようとしています」

 

「……あれか。あれは頓挫したものと思っていたが……」

 

 リュドミラの報告にヴァヴェルは忌々しげな表情を浮かべる。

 

「汎人類条約機構。事実上の我が国に対する軍事同盟だな」

 

 ヴァヴェルはそう告げる。

 

 汎人類条約機構というのはアルトライヒ帝国のかつての宰相であったフリードリヒ・ローゼンハインが提唱したもので、事実上の魔王国に対する軍事同盟であった。

 

『人類は結束しなければならない。本当の危機は東から訪れる!』

 

 ローゼンハイン前宰相は帝国議会でそう演説し、諸外国にも理解を求めた。

 

 しかし、その2年後にアルトライヒ帝国とルミエール共和国の間で大規模な戦争が勃発し、そのことによってこの話は消え去ってしまったかのように思われた。

 

 しかし、その戦後に宰相になったヴェーバー宰相はこの埋もれていた古い軍事同盟構想に興味を持っていた。

 彼はこれからの人類同士の戦争を防ぐためには魔族を悪役にするのが手っ取り早いと感じていたのだ。

 

 魔王国を相手に団結して、それによって人類は共存する。人類の同士が殺し合うことはもう起きない。

 ある意味での理想郷であった。

 勝手に全人類の敵として扱われる魔族以外にすれば。

 

「あれは結局のところ、ルミエール共和国などとの同盟の盟主を巡る主導権争いになって流れたと聞いたが、どうして事情が変わった?」

 

「それについてはサハロフ大佐から」

 

 ここでサハロフ大佐にリュドミラが視線を向け、彼は怯えや不安を見せないようにしながら、しっかりとヴァヴェルの目を見て語りだす。

 

「はっ! こちらの情報源によりますと、即位記念日の軍事パレードが少なからず影響しているようです。彼らは人類が戦争を起こさないための団結というよりも、本当に魔王国を危惧しての同盟を結びたがっているようなのです」

 

「つまり、あの軍事パレードは成功しすぎたわけか……」

 

 そうなのだ。ファルケンハイン大佐が、アルトライヒ陸軍参謀本部が、そしてヴェーバー宰相は危機感を覚えたきっかけはあの軍事パレードなのである。

 

「そのため軍事同盟としては当初の全人類の団結からトーンダウンしています。アルトライヒ帝国はレヒスタン共和国やヴァラキア王国といった魔王軍と直接国境を接している国家に限定してこの話を持ち掛けているようなのです」

 

「現実的だが、ルミエール共和国の反発は?」

 

「今のところは確認されていません。ブリタニア連合王国とともにオブザーバーとしてまずは参加することを申し出ているようです」

 

「オブザーバーか……」

 

 サハロフ大佐が説明するのに、ヴァヴェルはそう言って唸る。

 

 本格的な加盟ではないが、汎人類条約機構と魔王国の流れを把握し、必要に応じて加盟手続きを取れる立場だ。

 

「こちらからできることはないか? 条約批准を妨害できるようなことだ」

 

「それについては慎重にならなければなりません」

 

 ヴァヴェルの求めに応えるのはリュドミラだ。

 

「これを妨害したのが発覚すれば、人類国家をさらに反魔族に追い込むことにります。それだけは避けなければなりません」

 

「そうだな。下手をすると北風と太陽の寓話になりかねない」

 

 魔王国が汎人類条約機構結成を直接的に妨害すれば、魔王国はやはり何かしらの軍事的な野心を人類国家に対して抱いていると、そう思われかねない。

 それは意地悪な北風が吹かせた冷たい風のように、人類国家を団結させる結果になってしまうだろう。

 

「懸念はそれだけではありません。仮に汎人類条約機構が結成されれば、ふたつの問題が生じます。外部からの圧力と内部からの圧力です」

 

「外部というのは分かる。汎人類条約機構は我々にとって国外からの圧力になるだろう。だが、内部というのは? まさか国民が反発するとでも?」

 

 先に述べたように魔王国はプロパガンダに塗れている。

 国民は政府が知らせたい情報しか知ることはなく、国民の意志で政府が動くことは滅多にない。

 

「政府内の反発です。陸軍は早期開戦を支持する可能性があります」

 

 しかし、政府内では情報を共有せざるを得ない。

 そして、陸軍は魔王国政府内ではそれなり以上の力を握っている勢力だった。

 

 魔王という独裁者として君臨するヴァヴェルであったが、そんな彼でも周りを完全に無視した我がままは言えない。

 まして、陸軍には内政終結に貢献したヴァヴェルの盟友ジューコフ元帥がいる。彼は政府におけるヴァヴェル、リュドミラに次ぐナンバー・スリーだ。

 汎人類条約機構が脅威となり、ジューコフ元帥と陸軍首脳部がもし強硬に開戦を支持するならば、ヴァヴェルにもそれを完全に抑えられるかは分からなかった。

 

「そうか」

 

 リュドミラはヴァヴェルの友であるし、ジューコフ元帥もヴァヴェルの友だ。

 だがリュドミラとジューコフ元帥はライバルである。彼らはお互いにお互いを蹴り落とそうとしていた。

 

 そうであるがゆえにリュドミラの忠告をそのまま鵜呑みにすべきかどうかは、ヴァヴェルは判断を保留した。

 

 しかしながら、ヴァヴェルは一度古い友人であるジューコフ元帥と話し合わなければならないなと思っていた。

 

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