魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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一歩も退くな!

……………………

 

 ──一歩も退くな!

 

 

 魔王軍は遅滞戦闘を繰り広げ、南部のキーヴァを守ろうとしていた。

 参戦したヴァラキア王国国境から進軍する汎人類条約機構の東部戦域軍隷下C軍集団は魔王軍の縦深防御に出血を求められながらも、その物量を使ってキーヴァへの前進を急いだ。

 

「リガンの攻略が失敗した」

 

 そのC軍集団司令部にてレヒスタン陸軍所属のヘンリク・パヴラク上級大将がそう部下たちに告げた。

 

「リガンは落ちなかったと?」

 

「海軍まで出撃して艦砲射撃を行ったそうだが、失敗だったそうだ。A軍集団はリガンから一時撤退するまでに追い込まれた」

 

「それは不味いですね」

 

 A軍集団の躓きは他の部隊にも響く。

 リガンがある北部方面で戦線が崩壊すれば、中央と南部を進んでいるB軍集団とC軍集団は後背を脅かされることになるのだから。

 

「よって我々は早急にキーヴァを押さえ、敵戦力を南部に誘引するのだ。それによって友軍のリガン再攻撃を助ける」

 

 パヴラク上級大将はそう宣言した。

 すでに彼には東部戦域軍からキーヴァを攻略し、そのまま魔王国の南部の穀倉地帯を脅かすことで魔王軍の他の戦域にいる戦力を誘引することを求められていた。

 もし、今リガンにいる魔王軍の戦力がキーヴァ防衛に向かえば、それだけリガンの守りは手薄になり、再攻撃による攻略は容易になるだろう。

 

「了解しました。キーヴァの攻略を目指しましょう」

 

 参謀たちはすぐさまキーヴァまでの道のりを描く。

 ヴァラキアの国境から進軍を開始したC軍集団にとってキーヴァは北東にある。

 すでにC軍集団はキーヴァまで20キロに迫っていたが、その20キロには徹底して遅滞戦闘を繰り広げる魔王軍部隊が存在していた。

 

 この陣地を突破するには戦車が必要だが、当然魔王軍は戦車対策をしている。

 強力なパックフロントが形成され、口径76.2ミリ対戦車砲とSI-76対戦車自走砲が複数の層を描いて展開している。

 そこにはさらに歩兵がいて、携行対戦車擲弾発射機や対戦車ライフルで武装し、立てこもっているのだ。

 対戦車地雷だってもちろん敷設されているし、その他のトラップもある。

 戦車が迂闊にこの陣地に近づけば……ハチの巣だろう。

 

 しかし、キーヴァに至るにはこの陣地を越えなければならない。

 

 この強力な陣地の攻略のために汎人類条約機構は80万近い将兵を集めた。

 戦車も北部から回されたきたものを合わせて3000両近くが投入され、無数の航空機も投入される準備を整えている。

 

 さて、さらに詳しく魔王軍の構築した陣地を紹介しよう。

 魔王軍の防衛陣地はキーヴァから突出する形で存在している。

 キーヴァを流れるドニェヴァ川がキーヴァのところで曲がっているためであり、魔王軍は基本的にこのドニェヴァ川に沿って防衛線を作っていた。

 

 汎人類条約機構軍はこの突出を南北からの攻撃で切り取ることを画策した。

 

「どうにも嫌な予感がするぞ」

 

 C軍集団隷下第57歩兵師団に所属するフランツ・ケーラー軍曹は彼の分隊を率いて魔王軍の陣地に向かう最中、そう呟いていた。

 ケーラー軍曹は予備役に入っていたところを動員された下士官のひとりで、動員される前はノイベルクで靴屋をやっていた。

 

「嫌な予感ですか、軍曹殿?」

 

「ああ。嫌な予感だ」

 

 部下の問いにケーラー軍曹はそう繰り返す。

 

 彼の所属する第57歩兵師団は南部から突出しているキーヴァ防衛陣地の攻撃に向かうことになっていた。

 すでに彼らは徒歩で敵の防衛陣地にかなり近づいていた。

 

「けど、我々は敵を追い詰めているんじゃないんですか?」

 

「いいか、若造。戦争ってのはいつだって守る側が有利だ。相手は陣地を作って待ち構えていられるが、攻撃する俺たちはそれに突っ込むことしかできないわけだからな」

 

 戦争の主導権は攻撃なくして握れないが、守備側が戦闘においては有利なのもまた事実である。

 特に野戦築城の発達と機関銃や地雷といった兵器が生まれたこの時代において、それは顕著であった。

 

「それに、だ。これまでの戦いから見て、魔王軍は守るのが上手い。連中が特に上手いのはカモフラージュだ。巧みに陣地を隠して砲爆撃を逃れ、俺たち歩兵や戦車が近づいたところで牙をむいてくる」

 

 魔王軍のカモフラージュ能力は確かに高い。

 陣地を巧妙に自然の中に隠すことや偽の目標を作り出す技術は、汎人類条約機構軍のそれをはるかに上回っている。

 

「あとは司令部がやけに楽観的なのが気になる。小隊長が言っていただろう。『この戦いは数日で終わるだろう』って。将校がああいうことを言って、その通りになったことなんてほとんどないんだぜ」

 

 ケーラー軍曹は彼の所属する小隊の新人少尉より軍歴が長い。

 それゆえに彼には司令部が楽観的すぎるのが逆に危険な赤信号に思えていた。

 

「止まれ」

 

 ケーラー軍曹はそう指示を出して屈み、分隊の兵士たちもケーラー軍曹に習って屈みこむ。

 

「攻撃発起点に到達した。あとは攻撃開始命令を待つだけだ」

 

 ケーラー軍曹はそう言い、攻撃命令を待った。

 

 

 * * * *

 

 

 キーヴァに設けられた南方方面軍司令部では司令官であり人狼のロディオン・ミハイロヴィチ・トカチェフ上級大将が厄介な客人に相手をしていた。

 

「何度も言うが」

 

 トカチェフ上級大将が地図を指さす。

 

「撤退は万が一の場合の選択肢に入っている。もし戦線が崩壊した場合、キーヴァを放棄して後方のハルヴィク=ドニヴェル線での防衛に入る。それがこの戦争で祖国を滅亡させないために必要なのだ」

 

 彼がそう説得する相手は国家保安委員会(CSS)少将の階級章をつけ、国家保安委員会(CSS)の軍事要員を引き連れた吸血鬼であった。

 

「トカチェフ上級大将。魔王陛下はキーヴァを守るように命じられた。そして、ジューコフ元帥もキーヴァは守り抜けると陛下に言ったのだ」

 

 彼はアレクセイ・マクシーモヴィチ・ロジオノフ少将で、リュドミラから国家保安委員会(CSS)として戦場を監視するよう命令を受けている。

 

「キーヴァが落ちれば我が軍は南部で一気に勢力を失う。南部の豊かな穀倉地帯を喪失してしまうのだ。ゆえにである。国家保安委員会(CSS)として撤退は一切許可できない。我々はこの都市を死守するのだ」

 

「馬鹿げている。国家保安委員会(CSS)に軍に指図する権利はない」

 

「我々は反国家的な活動を摘発する権利がある」

 

「軍事的な撤退が反国家的だと? ふざけるのも大概にしろ!」

 

 トカチェフ上級大将がロジオノフ少将に向けて吠える。

 

「キーヴァを守り抜くことがあなたがの役割なのだ。リガンでは無事にワシレフスキー上級大将があの都市を守り抜いた。このキーヴァに配備されている戦力より遥かに少ない戦力で守り抜いたのだ。それなのにあなたはキーヴァが守り抜けないと?」

 

「……守り抜けないとは言っていない。撤退しなければならないことも想定しているというだけだ」

 

「では、努力をしていただきたい。陛下は期待しておられる」

 

 トカチェフ上級大将もワシレフスキー上級大将のリガン防衛成功を上げられると反論しづらかった。

 ワシレフスキー上級大将は一時は罷免されかけた人物であり、決して軍人として極めて有能というわけではなかった。

 だが、彼はリガンを守り抜いた。

 同じことがどうしてトカチェフ上級大将にはできないのかと問われれば、彼は反論で着なくなってしまう。

 

 かくしてキーヴァ守備隊には死守が命じられた。

 

 そのような内情をまだ知らない汎人類条約機構軍はキーヴァの防衛陣地を一斉に攻撃した。

 火砲による攻勢準備射撃が行われるが、ケーラー軍曹が言っていたように魔王軍は巧みに陣地を隠している。

 いくつかの火砲は全く意味のない目標を砲撃し、それによって魔王軍の部隊はほとんどが被害を逃れた。

 

 それから歩兵が戦車の援護を受けて前進してくる。

 この戦いにはアルトライヒとそこから供与を受けた各国のヤークトルクス突撃砲も支援に当たった。

 歩兵を前線で支援する砲兵として突撃砲部隊が魔王軍の陣地に迫る。

 

「あまり戦車や突撃砲のそばに寄るな」

 

 突撃に参加しているケーラー軍曹は部下たちにそう指示する。

 戦車や突撃砲は目立つ目標だ。

 発作的に遮蔽物として戦車を頼ろうとすれば、戦車に向けて放たれた砲弾の破片を浴びて逆に被害が出ることも多々ある。

 

「軍曹! こっちに来てくれ!」

 

 そこで小隊長の新人少尉がケーラー軍曹を呼ぶ。

 新人少尉はまだ20歳程度の若者だ。

 

「どうしました!?」

 

「工兵がこれから道を開く! 地雷原と鉄条網を爆薬で吹っ飛ばすんだ! それを援護してくれ! 敵は工兵を近づけまいと弾幕を張っている!」

 

「了解しました!」

 

 ケーラー軍曹たちは制圧した塹壕から銃弾をばらまいて戦闘工兵の作業を援護する。

 戦闘工兵たちは梱包爆薬などを使って鉄条網と地雷原を切り開こうとしており、彼らはそれを阻止しようとする魔王軍の集中砲火を浴びていた。

 

「機関銃! あそこの陣地を黙らせろ!」

 

 口径7.92ミリの軽機関銃が魔王軍の機関銃陣地に向けて制圧射撃を行う。

 それによって生じた僅かな隙に戦闘工兵が一気に前に出た。

 彼らは爆薬を仕掛けて一気に地雷原と鉄条網を爆破。

 オレンジ色の炎が吹き上がり、魔王軍陣地までの道が開かれた。

 

「やったぞ!」

 

 新人少尉がケーラー軍曹の隣で歓声を上げた。

 

「しかし、地獄はまだまだ続きますぜ」

 

 ケーラー軍曹たちが切り開いた陣地は大きな玉ねぎの薄い表面の皮だ。

 魔王軍は縦深防御として何層もの陣地を構築しており、それを突破するのは──間違いなく地獄であろう。

 

「それでも俺たちは進まなければならない」

 

「ええ。そうですな」

 

 そういう新人少尉の顔からは浮かれた娑婆の色が抜け、戦場を経験した兵士のそれになっていた。

 

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