魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~ 作:第616特別情報大隊
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──反撃計画
キーヴァで突き出した魔王軍の防衛線に食らいついた汎人類条約機構軍。
魔王軍にはキーヴァ死守命令がトカチェフ上級大将から発令されている。
そのキーヴァでは第57歩兵師団のケーラー軍曹が地獄の最中にあった。
「クソ、クソ! これ以上は進めないぞ!」
彼のそばには炎上するヤークトルクス突撃砲が放置されている。
魔王軍の対戦車陣地に迂闊に近づいて撃破されたのだ。
現在、彼の分隊は何層にも及ぶ陣地のひとつに身を隠しており、そこには無数の砲弾と銃弾が降り注いでいた。
すでに12名編成であった彼の分隊は4名がここに至る前に戦死し、2名が負傷しており戦力は半減している。
「分隊長殿! このままでは全滅です!」
「分かっている!」
部下が恐怖から叫ぶのにケーラー軍曹は険しい表情を浮かべる。
今の状況は極めて深刻だった。
戦車が歩兵を支援しようと前進すれば対戦車砲にやられ、歩兵が戦車を支援しようとすれば機関銃と迫撃砲にやられる。
魔王軍はかなりの火砲をこのキーヴァに集めており、情け容赦ない砲撃が進もうとする汎人類条約機構軍を妨げた。
それでいて友軍の砲撃支援は途絶えている。
ケーラー軍曹たちを支援する汎人類条約機構軍の砲兵はおらず、先ほどまで支援してくれていた突撃砲も撃破されてしまった。
ケーラー軍曹たちは激しい砲撃と銃撃の中で孤立している。
「小隊長と話してくる!」
ケーラー軍曹はそう言い、塹壕の中で小隊長を探す。
「小隊長! 小隊長殿!」
ケーラー軍曹が声を上げて小隊長である新米少尉を探す。
彼は新米少尉を見つけたがなぜか返事がない。
「小隊長殿!」
ケーラー軍曹がその新米少尉を揺さぶると、ようやく彼はケーラー軍曹の方を向く。
「どうした、軍曹!? さっきの砲撃で耳をやられてよく聞こえんのだ!」
「我々はこれ以上前進できません! 一度中隊本隊に合流するか、撤退しましょう!」
「中隊本部から連絡がない!」
「なら、すぐに命令を仰いでください!」
ケーラー軍曹がそう求めると、新米少尉は通信兵を呼ぶ。
「中隊本部に撤退の可否を問え!」
それから彼はそう命じ、砲撃と銃撃の中で大きな無線機を抱えた通信兵が中隊本部と必死に連絡を試みる。
「中隊本部より撤退は許可できないとのこと!」
「クソ!」
通信兵の言葉にその場にいた全員が何かしらの悪態をついた。
彼らは知らなかったが撤退命令を拒否したのは、さらに上の大隊本部であった。
大隊本部では前線のケーラー軍曹より戦局が見えていた。
魔王軍はこれまで深い縦深での抵抗を続けていたが、それがさらに激しくなっているのが分かる。
それが意味するのはいよいよ敵の縦深防御を抜けるのか、あるいは──。
* * * *
トカチェフ上級大将は敵の攻撃が思ったより弱いことに驚いていた。
「敵は停止したのか? 間違いなく?」
トカチェフ上級大将は敵がキーヴァの市街地まで10キロの地点で攻撃を停止したことを確認する。
彼にとっては信じられないことであった。
「はい、閣下。敵は間違いなく進軍を停止しました」
「ふむ。我々は敵について過大評価していたのかもしれない」
レヒスタンでの手痛い敗北もあって魔王国では汎人類条約機構軍を高く評価するようになっていたが、蓋を開けてみれば彼らは火力でも物量でも魔王軍に劣っていた。
そう、数では圧倒的に魔王軍が優り、火力の質でも魔王軍が優る。
そして、これまではレヒスタンという限られた戦域での戦いだったものが、魔王国本土という広さに広がったことでそれを露呈したのだ。
「死守命令が将兵の精神に活を入れたのでしょう」
「ふん。精神論で戦争に勝てれば苦労しない」
ロジオノフ少将がにやにや笑って言うのにトカチェフ上級大将は彼を軽くにらんだ。
「しかし、敵が停止したということは朗報だ。敵が疲弊している今の他に攻撃する機会はない。我々がレヒスタンでやられたことをやり返してやろうではないか」
トカチェフ上級大将にはすでに反撃のプランが存在した。
南北からキーヴァの突出を切り取ろうとする汎人類条約機構軍に対して、南北の両方で反撃に出ようと言う計画だ。
具体的には南北から矢のように突き刺さった汎人類条約機構軍の攻撃に対してその両側から矢の根本を抉り出すように攻撃を仕掛けるもの。
そう、魔王軍がレヒスタンで遭遇した回転ドアをさらに発展させたものだ。
魔王軍はこの攻撃に必要な自動車化狙撃師団を大量に確保しており、反撃の開始までは僅かな準備時間だけで事足りた。
魔王軍は現在の防衛戦闘で徹底的に汎人類条約機構軍の弾薬を消費させ、彼らを疲弊させ、反撃の機会を窺った。
そして、そのときは訪れた。
終わらない魔王軍の縦深防御に汎人類条約機構軍の弾薬が尽き始め、戦車や航空機が燃料不足に陥る中で魔王軍は大攻勢に出た。
最初にこれまでも汎人類条約機構軍と航空優勢を巡って争っていた魔王軍のChE-3戦闘機が敵機を駆逐する。
汎人類条約機構の空軍部隊は抵抗するものの、航空戦力を集中して投入した魔王軍を前に一時航空優勢は彼らの手に渡った。
次にその航空優勢下で魔王軍の砲兵が猛烈な砲撃をキーヴァ攻略を目指すC軍集団隷下部隊に向けて浴びせる。
この砲撃には新たに開発された新兵器も投入されていた。
それは激しい燃焼音と飛翔音を立てながら次々に発射されるもの──口径80ミリのロケット弾だ。
魔王軍はこの口径80ミリロケット弾をトラックに大量に搭載した自走多連装ロケット砲を投入していた。
この新兵器の火力は抜群で広域に強力な火力を叩き込み、他の火砲とともに敵を制圧した。
それから無傷で残っていた自動車化狙撃師団と独立重戦車連隊が投入される。
SA-64装甲偵察車両を前にして部隊は前進し、これまでの戦闘と攻撃準備射撃で疲弊した汎人類条約機構軍C軍集団に食らいついた。
「前進、前進!」
独立重戦車大隊連隊長のコロリョフ大佐はひたすらな前進を部下たちに命じていた。
KW-1重戦車を保有する独立重戦車連隊はこの反撃の要のひとつであった。
彼らは突出した汎人類条約機構軍に反撃のカウンターを食らわせてやろうと戦意を燃やしてこの戦いに挑んでいる。
コロリョフ大佐の独立重戦車連隊には汎人類条約機構軍が装備する対戦車装備のほとんどが有効ではなかった。
口径37ミリ対戦車砲など論外であり、歩兵の肉薄攻撃も効果が薄く、口径88ミリ高射砲の水平射撃でようやくと言ったところだ。
とにかく頑丈に作られたKW-1重戦車は汎人類条約機構軍にとってはまさに悪夢の代物である。
これを阻止しなければ全てが危ういとなり、C軍集団司令官のパヴラク上級大将は『全力でこれを止めろ!』と命じた。
この命令の下でアルトライヒ陸軍もブリタニア陸軍も現存している装甲戦力のほぼ全てをコロリョフ大佐の独立重戦車連隊を阻止するために向ける。
だが、ルクス中戦車やルクスII中戦車に乗っている人間は死にに行くようなものであった。
彼らの戦車は敵の主砲であっさりと抜かれ、それでいて彼らの主砲は全く敵に有効ではないのだから。
そんな中で登場したのがブリタニア陸軍のセンチネルMk.III歩兵戦車であった。
センチネルMk.II歩兵戦車の発展型であるこの戦車はルクス中戦車とは違った。
『敵戦車を視認!』
コロリョフ大佐はその報告を受けてすぐさま前線の方に双眼鏡を向ける。
そこにはルクス中戦車に混じって複数のセンチネルMk.III歩兵戦車がいた。
その速度は酷く遅く、ルクス中戦車やKW-1重戦車と比べてると止まっているかのようであった。
しかし──。
『クソ。主砲弾が弾かれている! 効いていない!』
センチネルMk.III歩兵戦車もとにかく頑丈だった。
KW-1重戦車の口径76.2ミリ戦車砲がなかなか通用せず、その側面や背後をついても同様なのだ。
『履帯だ! 履帯を狙え!』
そう命令が飛び、KW-1重戦車は敵の履帯を狙って砲撃して敵戦車を擱座させる。
だが、突撃砲と違って旋回砲塔を有するセンチネルMk.III歩兵戦車はなかなか戦闘能力を喪失しない。
そんな中で幸いだったのはセンチネルMk.III歩兵戦車の主砲が貧弱だったことだ。
カサンドラMk.III巡航戦車と同じ2ポンド砲を搭載しているだけのセンチネルMk.III歩兵戦車ではKW-1重戦車の装甲は抜けない。
この場は何とかKW-1重戦車がセンチネルMk.III歩兵戦車を退けた。
だが、戦車にもっと有力な砲が必要なのは誰の目に見ても明らかな結果である。
「まさかこうも早く我々の戦車が陳腐化するとは……」
「ええ。信じられません」
コロリョフ大佐はそうぼやき、副官がそれに応じる。
「あのA-26軽戦車の次にこれができたときには、これで魔王軍は100年は戦えると思ったのだがな」
「A-26軽戦車のままでしたら大惨事でしたね」
「そうだな。魔王陛下には先見の明があられる」
それからコロリョフ大佐たちはこの戦いのことを報告。
これによってすでにヴァヴェルの命令で進められていた口径85ミリ高射砲の対戦車砲への転用の他に、従来の口径76.2ミリの方の性能向上を目指す計画がスタートしたのであった。
さて、結局のところパヴラク上級大将の発したどんな戦力を使ってでも魔王軍の独立重戦車連隊を止めろとの命令は果たされず、汎人類条約機構軍は司令部から何まで慌てて逃げ出した。
今やトカチェフ上級大将が放った反撃の手はその包囲を閉じようしている……。
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