魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~ 作:第616特別情報大隊
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──戦時捕虜
魔王軍の反撃はまずは南部で実行されていた。
ケーラー軍曹が所属する第57歩兵師団も魔王軍の反撃の猛攻を受けて、瓦解寸前に陥ってしまっている。
ケーラー軍曹たちが立てこもった塹壕には無数の砲弾が今も降り注ぎ続け、脳が物理的に揺さぶられ続けて発狂した人間も出始めていた。
「畜生! 撤退命令は出ていないのか!?」
ケーラー軍曹も頭がどうにかなりそうでそう叫んでいた。
「分隊長殿! どうするのですか!?」
「こちらから小隊長に連絡を取る! 誰かついてこい!」
ケーラー軍曹の分隊は1門の機関銃を守り、それによってこれから来る魔王軍の攻撃に備えていた。
魔王軍は意味もなく砲撃はしない。これは攻勢準備射撃だ。
つまりはこの砲撃のあとには必ず敵の攻撃がある。
魔王軍は人海戦術のドクトリンを決して捨てておらず、魔王軍がいざ人海戦術に及んだならば1門の機関銃では何もできずに叩きのめされるだろう。
ゆえに撤退が必要なのだ。
「小隊長! 小隊長殿!」
砲撃を浴びている塹壕の中をケーラー軍曹が這うようにして進み、新米少尉を探す。
彼はいた。また何も聞こえていないように俯いている。
「小隊長殿! 中隊本部に撤退命令の確認を──」
そんな新米少尉を揺さぶったとき、ケーラー軍曹は新米少尉の顔の半分がなくなっていることに気づいた。
砲弾にやられたのだろう。彼の顔の半分は吹き飛び、脳みそが漏れている。
「クソ、クソ! 通信兵! 通信兵はどこだ!?」
ケーラー軍曹の切り替えは早かった。
新米少尉の死を悼んでいる暇はない。急がなければ彼も死体になってしまう。
彼は必死に通信兵を探し、塹壕の中で泣きながら蹲っているその兵士を見つけた。
「通信兵! しっかりしろ!」
ケーラー軍曹は通信兵を揺さぶって叫ぶ。
「中隊本部に撤退の可否を問え! すぐにだ!」
「しょ、少尉殿は!?」
「少尉殿は戦死した! 俺が指揮を代わっている!」
「わ、分かりました!」
ケーラー軍曹が余裕のない剣幕で迫るのに通信兵が中隊本部に連絡を取る。
それから永遠に思える時間が経ち、中隊本部から命令が下った。
「撤退せよ、とのことです!」
「了解した! 全員に撤退を命じる!」
こうしてケーラー軍曹は小隊を撤退させようとする。
各分隊に伝令を走らせて撤退命令を伝え、彼らを無事に撤退させるべく動いた。
しかし、彼の努力は報われることはなかった。
ここで魔王軍の反撃に遭遇したからだ。
魔王軍は念入りな攻勢準備射撃ののちに歩兵と戦車を差し向けてきた。
「軍曹殿! 敵の装甲車です!」
ケーラー軍曹の部下は塹壕から逃げる際にSA-64装甲偵察車両を目撃した。
「クソ。魔王軍の偵察だ。すぐに主力が突っ込んでくるぞ」
ケーラー軍曹はそう言い、部下たちに撤退を急がせる。
彼のその読み通り、魔王軍は偵察からすぐに本隊を突撃させてきた。
まずは歩兵が津波のように押し寄せてくる。文字通りの人海戦術だ。
「来やがった! 遮蔽物に隠れろ! ハチの巣にされるぞ!」
ケーラー軍曹たちは撤退中であり、もう近くに塹壕はない。
彼らは隠れられそうな遮蔽物を見つけてそこに身を潜める。
だが、できるのはそれだけだった。
撤退の際に重荷になる機関銃は放棄してきた。小銃はあるが弾薬はほとんどない。
ケーラー軍曹たちは魔王軍が自分たちを見つけることなく通り過ぎてくれることを祈るしかなかったのである。
しかし、運は彼らに味方しなかった。
魔王軍は彼らを見つけて銃撃を加えてきたのだ。
「畜生。ここまでか……」
ケーラー軍曹は銃弾の次に砲弾が飛んでくることを知っていた。
だから、彼はやらねばならないことをすぐに行った。
白いハンカチを小銃の先端に結い、それを遮蔽物から降ったのである。
そう、彼は魔王軍に降伏することにしたのだ。
すぐに銃撃は止まり、ケーラー軍曹は安堵すると部下たちの方を向いた。
「全員、武器を地面に置け。俺たちは魔王軍に降伏する」
ケーラー軍曹の命令に疲労困憊の部下たちは一切反対しなかった。
彼らは武器を地面に置いて、それから両手を上げて遮蔽物から出ていく。
遮蔽物の向こうには将校らしい魔王軍の人狼がいた。
「我々は降伏する」
「よろしい。降伏を受理する。まずは武装解除させてもらう」
「ああ」
人狼の将校は部下に命じてケーラー軍曹たちを武装解除した。
すでに武器を捨てていたケーラー軍曹たちの武装解除はスムーズに進み、彼らはトラックに乗せられて後方の捕虜収容所へと送られたのだった。
* * * *
さて、この世界にはジュネーブ条約のような戦時国際法が未発達だ。
存在しないわけではないが、加盟国が欠けていたり、認識が薄かったりとあまり役に立った過去がない。
魔王国はヴァヴェルがこの世界の捕虜の取り扱いに関する条項のあるジェネヴリウム条約への参加を表明していたが、他の締結国が魔王国が本当に条約を守るのかを疑問視し、参加の受諾は見送られていた。
そんな中で戦争が勃発。
魔王国側にも、汎人類条約機構側にも捕虜を人道的に扱う義務はないということに法務士官たちは恐怖した。
そもそもの落ち度は魔王国の条約加盟をいつまでも認めなった人類国家側にある。
だが、魔王国はそれでもヴァヴェルの命令で捕虜を人道的に扱っていた。
魔王国内に複数の捕虜収容所が設置され、快適とはいかないが食事は十分に出たし、寒さからは守られるようになっていたし、病気をすれば医者が見てくれた。
捕虜収容所は魔王国の深部にあったため脱走を試みる捕虜は少なく、捕虜の中には賃金が出るということで労働に従事するものもいた。
ヴァヴェルはそんな捕虜収容所をエレーナとともに見学にやってきた。
「この収容所の収容人数はどれくらいかね?」
ヴァヴェルがそう捕虜収容所の所長を務めている
捕虜はある理由から
「今は1000名です。あまり同じ場所に大勢の捕虜を集めるのは危険ですので、将来的にはもっと小規模の収容所に分散させる予定になっています」
「過剰収容にはなっていないか?」
「その点はご安心を。衣食住から医療の面において不足がないようにしております」
「そうか」
ヴァヴェルにとっては捕虜の取り扱いも重要な戦いだった。
自分たちが捕虜を丁重に扱えば、汎人類条約機構側も魔王軍の捕虜を人道的に扱ってくれるだろうという考えがまずはあった。
お互いに捕虜を虐待し合い、それが定着してしまうことだけは避けたかった。
それからヴァヴェルは将来的にレヒスタン、ヴァラキア、ルオタニアの国境まで汎人類条約機構を押し返したあとのことも考えていた。
そこからその3か国に再び侵攻する際には、その内情を知っている捕虜から情報を得られるのが望ましい。
よって、今は捕虜との間に良好な関係を築くことにしていた。
それから最後に捕虜をプロパガンダに利用することをヴァヴェルは考えていた。
第二次世界大戦から現代の戦争に至るまで、戦争の中ではプロパガンダが繰り広げられる。
自分たちの士気を高め、相手の厭戦感情を煽る宣伝工作は戦争の基本だ。
すでに魔王国に協力することを表明した捕虜が、ラジオ放送などで汎人類条約機構軍の将兵にこの戦争には汎人類条約機構側に大義がなく、戦うことを拒否するように訴える放送を行っている。
「彼らを可能な限り人道的に扱ってくれ。これは捕虜になった我が軍の将兵のためでもある」
「はい、陛下」
レヒスタンでの戦いでは大勢の魔王軍の将兵が汎人類条約機構側に捕虜とされた。
そして、キーヴァの戦いでは逆に汎人類条約機構側が大勢捕虜になっている。
捕虜はこれからも増加する可能性があり、その返還を含めてヴァヴェルはそれを外交カードにするつもりであった。
「陛下。彼らはいずれ国に帰れるのでしょうか?」
「ああ。そうできるように努力するつもりだ」
エレーナは心配そうにそう尋ね、ヴァヴェルはそう返す。
彼女は魔王軍に協力しすぎた捕虜が帰還してから報復に遭うのではないかと心配しているようであった。
「希望する捕虜はこの国に残ってもいいとする。我々は人間とともに共存できることを示さなければならない」
「畏まりました、陛下」
それからエレーナは捕虜たちに手作りのクッキーを配り、甘味に飢えていた捕虜たちは喜んでそれを受け取っていた。
またその様子を
この写真もまたプロパガンダに利用されることとなるのだ。
* * * *
キーヴァの戦いは汎人類条約機構軍の大敗に終わった。
C軍集団司令官のパヴラク上級大将は戦線を立て直すことに全力を注ぎ、辛うじて汎人類条約機構軍はキーヴァ前面から駆逐されるだけで済んだ。
しかしながら、生じた犠牲はすぐに回復できるものではない。
1500両近い戦車などの
これはC軍集団はおろか汎人類条約機構軍にとっての大きな打撃である。
この敗北を受けてパヴラク上級大将は解任され、後任には同じレヒスタン陸軍のリシャルト・マリノフスキ上級大将が任命された。
マリノフスキ上級大将は前任者がやらかした被害の大きさに呆然としながらも、魔王軍による本格的な反撃を遅らせるために遅滞戦闘を徹底することになる。
しかしながら、どうあっても戦力不足は否めない。
どうにかして将兵を補充しなければ戦線には穴が開いたままだ。
この喪失で矢面に立たされたのは失態を演じたレヒスタンであり、レヒスタンは軍事独裁政権下で国力ギリギリまでの動員を行うこととなった。
戦争の歯車は経済を巻き込んできしみ始めている……。
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