魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~ 作:第616特別情報大隊
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──南方攻勢
汎人類条約機構、というよりアルトライヒを支えている重要な油田がヴァラキアには存在している。
それはプロエジル油田だ。
魔王軍はそれを狙った。
「南部で我々は攻撃に出ることになった」
そういうのは南部方面軍司令官のトカチェフ上級大将だ。
「魔王陛下はプロエジル油田を我々が奪取し、アルトライヒの継戦能力に打撃を与えることを望んでおられる」
魔王軍南方攻勢の戦略目標は首都ブカリウムとプロエジル油田のふたつ。
このふたつが陥落すれば、ヴァラキア王国の戦争継続能力は致命的になり、アルトライヒなどの汎人類条約機構国家も打撃を受けると予想された。
「幸い敵のC軍集団は先のキーヴァの戦いで受けた損害から完全には回復していないと思われる。さらにB軍集団の崩壊を受けて、C軍集団からの戦力が引き抜かれたと言う
C軍集団は先のキーヴァの戦いで敗れ、冬に消耗し、さらにはB軍集団立て直しのために戦力を引き抜かれている。
つまりC軍集団はかなり脆弱になっているというわけだ。
「これは絶好の攻撃の機会だ。C軍集団を撃滅し、ルオタニアに続いてヴァラキアを戦争から引きずり下ろす。我々に勝利を」
「勝利を」
こうして南部方面軍による攻勢は決定された。
南部方面軍にはかつて内戦中にかすめ取られたバサラティ地方の奪還という役割もあった。
ノクス海に面する港があるバサラティ地方の喪失は、魔族たちにとって他の地域より奪われたときの被害は大きく、ヴァヴェルも可能であれば取り戻したいと願っていた。
その悲願が果たされようとしている。
南部方面軍は猛烈な砲撃ののちにヴァラキア方面を守るC軍集団に襲い掛かった。
* * * *
ヴァラキア陸軍唯一の装甲師団である第1装甲師団に所属するペトル・ドラゴミル曹長は自分に与えらえたヤークトルクスII突撃砲に満足していた。
ヤークトルクスII突撃砲は長砲身75ミリ砲を備え、魔王軍のA-34中戦車に十分対抗可能であると考えられている兵器であった。
「曹長殿。魔王軍はヴァラキアに攻め入ってくるのでしょうか?」
若い運転手はそう疑問を呈する。
最近の話題はこればかりであった。
先のリガン、ミンシク、キーヴァを巡る全ての戦いで汎人類条約機構が敗れ、さらにはルオタニアが降伏したことは広く知られた。
次は自分たちの祖国ヴァラキアが脅かされるのではないか?
そういう思いが将兵たちの間で蔓延し、不安を呼んでいた。
「分からん。だが、備える必要がある」
ドラゴミル曹長はそう言い、じっと魔王軍が迫る東の方を見つめる。
ドラゴミル曹長がヤークトルクスII突撃砲を受領したのは、キーヴァの戦いで敗れたあとであった。
それまではルクス中戦車に乗っていたが、魔王軍を相手に辛酸をなめさせられた。
だが、未だに第1装甲師団の保有する戦車のほとんどはそのルクス中戦車なのだ。
もし、魔王軍がヴァラキアに攻め入ってくれば……ドラゴミル曹長たちの勝ち目は薄いだろう。
「小隊全員集合!」
小隊長が命令を叫び、ドラゴミル曹長たちは小隊長の下に集まる。
「我々はこれより前線を突破した魔王軍部隊との交戦に当たる。すぐに出発だ」
その小隊長の言葉に戦車兵たちがざわめいた。
「落ち着け。突破したのは小規模な部隊だと聞いている。我々がすぐに向かえば戦線の崩壊は避けられるだろう」
小隊長は戦車兵たちにそう言い聞かせる。
「さあ、準備しろ。出撃だ!」
こうしてドラゴミル曹長たちは前線に向かう。
前線までは結構な移動となり、途中までは鉄道を利用した。
鉄道で前線に近づく中で、砲声が響いてくるのが列車の中のドラゴミル曹長たちの耳に聞こえる。
猛烈な砲撃が東の方で行われているようだった。
「魔王軍の攻撃機だ!」
そこでそう叫ぶ声が聞こえた。
次の瞬間、ドラゴミル曹長たちの乗る列車が激しく揺れて、それからゆっくりと停車した。
「どうなってるんだ!?」
「先頭車両が爆撃された! 列車は脱線している!」
すぐに状況が確認され、次にすべき行動が示されるのが軍隊だ。
「すぐに車両を降りて、それぞれの戦車を降ろせ!」
本来ならば駅の施設がなければ鉄道で輸送中の戦車を降ろすのは難しいが、ここは強引に車両を降ろすしなかった。
これによって鉄道車両は損傷するが、どうせすでに先頭車両は爆撃で吹き飛び、路線は詰まっているのだ。
それに燃料もなんとか前線に届くまである。
「戦車前進!」
それからドラゴミル曹長たち戦車に乗り込み、前線に急ぐ。
それから数時間後、野戦憲兵が交通整理をする中、ドラゴミル曹長たちは前線に到着した。
敵に食い破られた前線に。
「第1装甲師団か!? 待っていたぞ!」
ドラゴミル曹長たち第1装甲師団は前線で現地の指揮官に笑顔で歓迎された。
「敵の大規模な装甲部隊が前線を蹂躙して後方に向かいつつある。これを阻止しないと俺たちは全滅だ。どうにかして食い止めてくれ」
現地で得た情報は最初に与えられた情報とは違っていた。
前線を小規模の部隊が突破したはずが、実際には大規模な装甲部隊が前線を蹂躙して突破しているというのだ。
「クソ。不味い状況だぞ……」
先ほどの鉄道への爆撃から見ても魔王軍は航空優勢を得ている。
それに加えて大規模な装甲部隊だ。
ドラゴミル曹長たちの勝算はあまりにも低いように思われた。
それでも彼らはやらなければならない。
ここで義務は放棄できないのだから。
「戦車前進だ」
一度燃料補給を受けてからドラゴミル曹長たちは再び前進する。
前線はすでに崩壊しており、敵がどこにどう進出しているのかは分からない。
師団が有する偵察部隊が敵の位置を探りながら、ドラゴミル曹長たちは慎重に敵との快適を目指す。
このとき魔王軍の戦車部隊は自動車化狙撃兵部隊を引きつれてヴァラキア内の飛行場や司令部の制圧のために突撃していた。
それとドラゴミル曹長たちが会敵したのは飛行場まで7キロの地点にある平原だった。
「敵戦車が友軍飛行場に迫っている。これを撃退しなければならない」
小隊長はそう命じ、ドラゴミル曹長たちはその地点に進出した。
そして、魔王軍の大規模な戦車部隊と遭遇したのだ。
「敵戦車、2時の方向! A-34中戦車だ!」
魔王軍の戦車は平原の向こうから津波のように大量に押し寄せてきた。
無数の戦車が一定の間隔を維持して突撃してきたのである。
「クソ! なんて数だ!」
魔王軍の戦車は一斉に砲口をドラゴミル曹長たちに向けてくる。
「撃て!」
しかし、それよりも早くドラゴミル曹長のヤークトルクスII突撃砲が砲撃した。
砲弾が命中したA-34中戦車は爆発炎上。
しかし、敵戦車もドラゴミル曹長たちを狙って砲撃を加えてくる。
「クソ。狙われているぞ。素早く撃て!」
砲弾がドラゴミル曹長たちの乗る車両の周りに着弾し、車体が揺さぶられる中でドラゴミル曹長は命令を叫ぶ。
彼の突撃砲はさらにもう1両のA-34中戦車を仕留めたが、そこまでだった。
A-34中戦車から放たれた砲弾がついに彼の突撃砲に命中し、砲手が砲弾の破片を浴びて戦死。
「脱出しろ!」
戦闘不能になった突撃砲からドラゴミル曹長たちは脱出しようとしたが、そこでさらにもう一発の砲弾が命中して車両が爆発炎上。
ドラゴミル曹長たちも炎に包まれてしまった。
幸いなことに彼らは友軍に助けられて野戦病院に運ばれたが、彼らが次に目を覚ましたときにはヴァラキア王国は魔王軍に降伏していた。
* * * *
ヴァラキアも戦争から脱落した。
その知らせはアルトライヒの首都ノイベルクに届けられた。
「不味いぞ。ヴァラキアを失うと言うのは、プロエジル油田を失うことを意味する」
その知らせにヴェーバー宰相が慌てる。
「どうにかしてヴァラキアを取り戻せないか、クレッチマー元帥?」
「我々にはそのような戦力の余剰はありません。不可能です」
「だが、君とて我々の戦車や飛行機の燃料がどこから来ているのか分かっているだろう!?」
クレッチマー元帥が静かに首を横に振るのにヴェーバー宰相がそう食い下がる。
「それは当然分かっておりますが、我々には本当にヴァラキアを取り戻す余裕などないのです。ここは我々も魔王軍と講和するか、ブリタニアに燃料の提供を頼んでは?」
「……それが簡単にできれば苦労はしないよ」
ブリタニアから燃料を買うことは一応できるだろう。
しかし、アルトライヒは弱ったとブリタニアに思われ、大きな借りを作ることになることは間違いない。
そして、魔王軍との講和は今の段階では不可能に近かった。
汎人類条約機構は魔王軍と講和できるような勝利を得ていないのだ。
「今は我々は戦い続けるしかない。まずはブリタニアに頭を下げて燃料を融通してもらえないか頼んでみよう……」
この戦争にはすでに暗雲が立ち込めている……。
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