魔王様は現代人ですので。 ~転生したら魔王だったけど滅びたくないので堅実にやります~   作:第616特別情報大隊

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対立

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 ──対立

 

 

 アルトライヒ帝国のヴェーバー宰相が主導した汎人類条約機構構想は実現に向けて加速していた。

 

 東で魔王国と国境を接するレヒスタン共和国とヴァラキア王国は真っ先に加盟を申請し、西のブリタニア連合王国とルミエール共和国もオブザーバー参加を申し出た。南の半島国家アウレリア王国も参加を検討し始めている。

 

 しかしながら、問題となっていることがひとつあった。

 

 これは完全な攻守同盟なのか、それとも防衛同盟にとどめるのか、だ。

 

「我々は魔王国への予防戦争を許容しない」

 

 レヒスタン共和国外務大臣は条約会議の場でそう述べた。

 

「我々の側から戦争を始めること。それには一切同意できない。戦争になれば間違いなく我々の領土が戦場になる」

 

「レヒスタン共和国に同意します。我々の同盟は防衛同盟にとどめるべきだ」

 

 レヒスタン共和国に続いてヴァラキア王国の外務大臣が発言。

 

 レヒスタン共和国とヴァラキア王国は魔王国と領土を接している。

 そして、この2か国はかつて魔王国に国土を蹂躙された過去があった。

 

 確かに彼らは魔王国の内戦に乗じた火事場泥棒を働いたが、それはこれまで魔王国が彼らを虐げてきたからでもある。

 レヒスタン共和国は西進する魔王国に何度も領土を奪われて来た。ヴァラキア王国にもそのような屈辱と苦難の歴史がある。

 

 だから、彼らは安易な魔王国への開戦に繋がりかねない汎人類条約機構の攻守同盟化には反対していた。

 アルトライヒ帝国が魔王国への開戦を決意すれば、彼らの土地ではなくレヒスタン共和国の土地が戦火にさらされるのだ。

 そのような判断を責任のない他国にゆだねたくないというのはもっともだろう。

 

 汎人類条約機構に提唱国であるアルトライヒ帝国としては攻守同盟を結成したかったが、ここまで反発されては条約の締結の可否にかかわる。

 

 もっとも防衛同盟にとどめるように魔王国が工作を行ったのも事実だ。

 魔王国にとって攻守同盟が締結されるのは致命的であったがゆえに、国家保安委員会(CSS)の工作員たちが世論工作などに従事した。

 

 リュドミラが言っていたように条約そのものへの妨害工作が発覚すれば、人類国家はさらに魔王国を脅威と感じてしまう。

 それを避けるためにこの程度の妨害工作にとどめたのだ。

 

 しかし、それでも目的は達した。

 汎人類条約機構は防衛同盟として締結され、アルトライヒ帝国、レヒスタン共和国、ヴァラキア王国が正式に汎人類条約機構に加盟したのだった。

 

 

 * * * *

 

 

 汎人類条約機構が結成された翌日の王都バビロン。

 

 ヴァヴェルはいつものルーティンである早朝の新聞の中で汎人類条約機構結成の知らせを読んだ。

 

 魔王国の識字率は決して高くない。

 ヴァヴェルは教育を充実させてきたが、ゴブリンやオークが人狼や吸血鬼と同じ知能を有しているわけもなく、彼らが識字率向上の足を引っ張っていた。

 

 よって新聞に書かれている内容を理解できるのは一部の層だけだ。

 だが、その一部とは言えど魔王国の国民は自分たちに対する強力な軍事同盟が結成されたことを知ったのである。

 

「ふむ。リュドミラは汎人類条約機構について隠さなかったのか」

 

 ヴァヴェルはリュドミラは魔王国の国民を刺激する汎人類条約機構について秘匿するものだとばかりヴァヴェルは思っていた。

 しかし、彼女の指揮する国家保安委員会(CSS)の検閲を受けている国営新聞社は汎人類条約機構について記した記事を朝刊に乗せている。

 

「議長には何か考えがあるのでしょうか?」

 

「隠しきれないと判断したのか。あるいは意図的なものか……」

 

 リュドミラは優秀だ。彼女がヘマをするというのはまずありえない。

 となると汎人類条約機構について隠しきれないと判断して情報を開示し、当局への不信感を抱かせないようにしたのか。

 または何か目的があってあえて知らせたのか。

 

「さて、我々が考えずとも彼女に聞けば分かることだ。今日の昼食会にはリュドミラが来るのだろう?」

 

「はい、陛下。国家保安委員会(CSS)議長とフェドルチュク副議長がいらっしゃいます」

 

「よろしい。その場で尋ねることにしよう」

 

 こうして早朝のルーティンは終わり、今日の朝は経済評議会とその隷下の各省庁・委員会から経済状況についてのレクチャーを受けたのちに昼食会となった。

 

「議長と副議長がお見えです」

 

 エレーナがリュドミラともうひとり老齢の吸血鬼──国家保安委員会(CSS)副議長のボリス・レオニードヴィチ・フェドルチュク──をつれて昼食会の会場になる王城の食堂広間にやってきた。

 

「忙しい中、来てくれてありがとう、ふたりとも」

 

「いえ。我々こそご招待いただき光栄です、陛下」

 

 リュドミラがそう言い、フェドルチュク副議長の頭を深く下げる。

 

「さあ、かけてくれ」

 

「はい、陛下」

 

 食堂に用意された席にリュドミラとフェドルチュク副議長が腰掛ける。

 

「いきなりの話になるが、汎人類条約機構について国民に公開した理由を教えてくれ」

 

 ヴァヴェルは前置きもそこそこに本題に斬り込んだ。

 

 するとリュドミラとフェドルチュク副議長は顔を見合わせる。

 

「陛下。我々はその必要があると判断しました。先の農業省の報告は覚えておいでですか? 我が国の食料自給率が急速に低下しつつあるという話です」

 

「ああ。今朝もレクチャーを受けたが挽回のための農業政策の変更を行う予定だ」

 

「ええ。方針を転換すれば多少の猶予は生まれるでしょう。ですが、人口増加に歯止めが効かない現状ではいずれ我々の経済は破綻します」

 

「……断言するのだな」

 

 今朝ヴァヴェルも経済評議会と農業省を含む計画経済の下で魔王国の産業を管轄する部署から報告を受けている。

 それによれば工業生産はますます勢いを増し、都市部の生活水準は向上しているという話であった。

 だが、食料生産に関係する集団農場ではそれとは逆に生活水準は低下し続けているとも報告を受けていた。

 

「はい。豊かな都市部と未だ医療すら定かではない集団農場を比べれば、前者の方が人口が増えるのは確実です。陛下はこれから政策を転換し、農民の生活を底上げされるでしょうが恐れながら一度生じた格差というのはなかなかに解決しません」

 

「格差、か。昔は王侯貴族と平民の間に存在したものを、我々は都市部と農地の間に作ってしまったのか」

 

 ヴァヴェルは旧王家が自分だけが富み、平民たちから財産を吸い上げたがゆえに内戦が起きたことを知っている。

 だから、彼は王侯貴族だけが富むような政治を避けてきた。

 だが、予想しなかった形ですでに格差は生じ、搾取が生まれていたのだ。

 

「完全な自給自足というものをいつまで維持できるのかという問題もあります。まずは食料問題で我々の完全自給は亀裂が生じましたが、これからさらに戦略資源の面で問題が生じ始める恐れもあります」

 

「なるほど。つまりお前は汎人類条約機構、ひいては人類国家を敵として明確に定め、資源不足で生じる不満を外にそらそうというのだな」

 

「はい、陛下。その通りです」

 

 独裁国家は外部に敵を求めて団結する傾向にある。

 自分たちが貧しいのは、自分たちが満たされぬのは、外国のせいだというプロパガンダによって国民の不満を外部にそらすのだ。

 リュドミラがやろうとしているのは、まさにそういうことだった。

 

「だが、それは時間稼ぎにしかならないことをお前たちも分かっているだろう」

 

 リュドミラたちは食料や戦略資源が枯渇していくという根本的な問題を止めることはできない。

 彼女たちができるのはただ不満の捌け口を与えるだけで、問題を永遠に解決するというにはほど遠いものだった。

 

「……はい。しかし、やらなければ国民の不満が政府に向き、また内戦が起きかねません。それだけは何としても防がなければ」

 

 だが、リュドミラも内戦を経験している。辛く、厳しく、屈辱的な内戦を。

 

「私には今ひとつのアイディアがある」

 

 ヴァヴェルはそこで語り始めた。

 

「我々と人類は明確に対立していると言える状況だが、やつらは対等な敵対者として我々を見ていない。それゆえにやつらは搦め手を使わず、ただ武力で押さえつける方向に動いているのだ」

 

 彼の語る言葉をリュドミラたちは静かに聞く。

 

「しかし、もし我々がそう簡単に封じ込められる存在ではないと示せば、連中も態度を変えてくるだろう。そうは思わないか?」

 

「陛下、それは……」

 

「まだ具体的な計画があるわけではない。だが、このあとで私は陸軍参謀本部に向かうつもりだ。そこに海軍参謀総長と空軍参謀総長も呼ぶ」

 

 ヴァヴェルが提案していることは間違いなくひとつのことだ。

 

「古今東西、尊厳や権利を得るには戦うしかなかった。口をぼんやりと開けていても、誰も認めてはくれないし、世界は何も変わりはしない」

 

 静かに、だが決意を込めてヴァヴェルはふたりの吸血鬼に語る。

 

「我々の認識を人類国家に変えさせるには、戦争に訴えるしかない」

 

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