【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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第3章:不条理への抗い
15話 ―青銅の目覚め―


 

ワシントンD.C. J・エドガー・フーヴァー・ビル。

深夜のX-ファイル課を包む空気は、墓所のような静寂に支配されていた。

 

ダナ・スカリーは、数時間前からニューヨーク証券取引所を起点に拡散されるデータの奔流と格闘していたが、やがてその指先はキーボードの上で凍りついた。

 

「モルダー、見て。これがサマエルとの邂逅以後の、世界の『答え』よ」

 

スカリーが指し示したモニターには完璧なフラクタル構造を描く波形が映し出されていた。

それは、かつてのマモンがもたらした暴力的な乱高下とは対極にある、不気味なほど滑らかな曲線だった。

 

「カオス理論すら否定するほどの整合性だわ。

市場はもはや、無数の人間の欲望や不安が衝突する場所じゃない。

サマエルという単一の意志によって、あらかじめ記述された『完成図』の上を滑っているだけなの。

私たちがこれまで信じてきた統計学や科学的論理は、今や彼の支配の正当性を証明するための道具でしかない」

 

スカリーの横顔には、科学者としての敗北の色が滲んでいた。

自身が培ってきた「知恵」が、敵であるサマエルの軍門に降っている事実は、何よりも残酷な毒として彼女の精神を侵食していた。

 

フォックス・モルダーは、焼け焦げたDDSデバイスを掌で転がしながらモニターに映る「蛇の這い跡(サーペント・トレイル)」を凝視していた。

 

「サマエルは、僕たちが『知る』ことを望んでいるんだ、スカリー。

彼にとって人類の進歩と知恵の集積は、自分を育てるための肥料に過ぎない。僕たちが論理で戦おうとする限り、彼の掌の上から出ることはできないんだ。なぜなら、その論理そのものが彼の血肉なのだから」

 

モルダーは立ち上がり、コートのポケットからmicroSDカードを取り出した。そこにはスティーブンが遺した、システムの「外部」へと繋がる座標が記されていた。

 

「だからこそ、僕たちは『知恵』ではない、圧倒的な『実体』を仲間に引き入れなきゃならない。

ローンガンメンが場所を突き止めてくれた。スティーブンが隠蔽した、シンジケートの計算式には存在しない遺産を」

 

D.C.の場違いな一角にある怪しげな新聞社「ローンガンメン」の事務所。

バイヤース、フロヒキー、ラングリーの三人は、部屋を埋め尽くすサーバーの熱気と絡まり合う無数のケーブルの密林の中で、モルダーの持ち込んだデータを解析していた。

 

「正気か? モルダー。このプロトコルは『神話』だぞ。デジタルの皮を被った、純然たる不条理だ」

 

バイヤースが分厚い眼鏡のブリッジを押し上げた。モニターには、かつてのスティーブンが軍のメインフレームをハックしてまで隠蔽した『タロス・プロトコル』の全容が展開されていた。

 

「こいつを実行するには、ワシントン半分を停電させるほどの電力か、あるいは物理法則をねじ曲げるほどの『祈り』が必要だ。俺たちのサーバーが火を噴くのを期待してるのか?」

 

「神の助けはいらない。僕たちには、君たちの『不信』がある」

 

モルダーの言葉に、ラングリーがニヤリと笑い、飲みかけのコーラをデスクに置いた。

 

「いいだろう。南部の地下組織、つまり悪魔払いのネットワークが守っていた『鉄の祈り』のパッチを当てる。

フロヒキー、エリア51の休止衛星をこっちに回せ。一分間だけ、この地下室をアメリカで最も『情報の密度が高い場所』に変えてやる」

 

「ヒーホー! おじちゃんたち、かっこいいホー! 僕の解像度も8Kにして、もっとピカピカにしてくれホー!」

 

ジャックフロストがモニターの間を跳ね回り、キーボードの上に雪の結晶を散らす。

 

「どけ、この雪だるま! 俺のファイアウォールを食い散らかすな!」

 

フロヒキーが怒鳴るが、その指先は驚異的な速度でコードを書き換えていた。彼らは単なるハッカーではない。地下組織や悪魔払い、そしてこの国の「裏側の理」を誰よりも知るに至った、不条理への対抗者なのだ。

彼らの叩き出すコードは、サマエルのような洗練された美しさはなかったが、そこには執念と猜疑心が産んだ泥臭くも強靭な「拒絶」の力が宿っていた。

 

ローンガンメンが切り開いた「デジタルの道」を通りモルダーとスカリーは、メリーランド州にある放棄された海軍工廠、第7ドックへと辿り着いた。

かつて潜水艦の建造に使われたその巨大な空間は、今や湿った潮の香りと錆びた鉄の匂いに満ちていた。

 

重厚な防爆扉が、重々しい金属音を立てて開く。その最深部に「それ」は鎮座していた。

 

高さ10メートルを超える、青銅の塊。古の神話と現代の油圧システムが歪に融合した、機神タロス。

 

「これが……スティーブンが求めた『盾』なのね」

 

スカリーは、その巨躯(きょく)から発せられる圧倒的な質量感に息を呑んだ。青銅の肌には南部レジスタンスが施したとされる呪印と、最新の光ファイバーが血管のように走り、鈍い光を放っている。

 

「論理回路に、一切の『余地』がないわ。サマエルのような、甘美な言語的誘惑が入り込む隙間が、物理的に排除されている。これは思考するための機械ではなく、ただ『そこに在る』ための存在よ」

 

その時、ドック内の温度が急激に低下した。サマエル本人は動かない。だが、彼の「知恵」に適応し、システムの平穏を守ろうとする免疫機構―銀色の鱗を持つ「情報の蛇」たちが、影から実体化し始めたのだ。

 

「来たか。サマエルは静観していても、彼の構築したシステムは異物を排除しようとする」

 

モルダーは、ローンガンメンの地下サーバーと直結したDDSデバイスを、タロスの制御コンソールに叩き込んだ。

 

「タロス! 僕はFBI捜査官フォックス・モルダーだ。この世界の形が、歪められようとしている。君の『不変の論理』を、今ここで証明しろ!」

 

モルダーの叫びに呼応するように、タロスの眼光が、溶岩のような深紅に燃え上がった。

 

次の瞬間、ドック全体が巨大な鐘を叩いたような轟音に包まれた。

タロスが放つ「存在の重圧」が、空間そのものを震わせ這い寄る銀色の蛇たちを物理的な重圧で押し潰したのだ。

論理には論理ではなく、圧倒的な「実体(質量)」で答える。

概念を、ただの青銅の拳で粉砕する。それが、サマエルの「知恵」に対抗するために選ばれた、唯一無二の回答だった。

蛇たちは、解析不能な物理的破壊を前にして音もなく霧散していった。

 

静寂が戻ったドックで、タロスは再び物言わぬ彫像へと戻った。だが、その胸のコアからは、低く唸るような駆動音が響き続けている。

 

「モルダー、成功よ。でも……」

スカリーは、自身のデバイスが発する異常な熱を感知し、不安げに眉を寄せた。

 

「ローンガンメンの外部サポートがあっても、タロスを現界させ続けられるのは数分が限界だわ。彼は、私たちが日常的に連れ歩けるような『家族』じゃない。あまりにも重すぎる……」

 

「ああ。彼は僕たちの日常を守るための、最後のアンカー(錨)だ。

僕たちがサマエルの知恵に溺れそうになった時、地上の重力を思い出させてくれる存在だ」

 

モルダーは、タロスの巨大な足首をそっと撫でた。冷たく、硬い青銅の感触。それは、どんな甘美な嘘も通じない、確かな「現実」の感触だった。

 

「フロスト。これからは君がタロスの窓口だ。

君の軽いデータ容量を使って、こいつの重い論理を僕たちの端末に繋ぎ止めろ」

 

「ええー! そんなのブラック企業だホー! 巨大な岩を背負って走れって言ってるようなもんだホー!」

 

ジャックフロストは不満げに地団駄を踏んだが、すぐに誇らしげに胸を張った。

 

「でも、こいつの相棒になれるのは世界中で僕だけだホー! 任せるがいいホー、モルダー! 僕がこいつの『声』になってやるホー!」

 

暗いドックの隅で、タロスの眼光が一度だけ小さく明滅した。それは、知恵の神ですら計算できなかった「不合理な家族」の誕生を静かに祝福しているかのようだった

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