【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
ある意味で念願が叶った。
機神タロスを起動し、サマエルの「情報の蛇」を物理的質量で粉砕したものの、フォックス・モルダーとダナ・スカリーの魂を侵食する「知恵の毒」が消えたわけではなかった。
ワシントンD.C.から西へ。
ニューメキシコの赤茶けた大地を切り裂くように走るレンタカーの中で、スカリーは自身の指先を凝視していた。
それはまるで見知らぬ精密機械のパーツであるかのように不自然に乾き、生気を失っているように見えた。
「モルダー、タロスは確かに実在する驚威(ワンダー)だったわ。
でも、あれは『拒絶』の力でしかない。サマエルが私たちに植え付けた、あの神不在の絶望を埋めてくれるものではないのよ」
スカリーの声は、砂漠の乾燥した空気の中で硝子細工のように脆く響いた。
サマエルが人々に与えた「完璧な予測」という名の福音は、社会から祈りと未知を奪い、精神的な虚無を広げ続けていた。
科学ですらサマエルの予測の範疇に収まり、奇跡がただの確率論へと成り下がる世界。そこでは、人間の魂はただ摩耗していくだけの論理素子に等しかった。
「サマエルはエデンから人を追い出し、孤独な『知性』という名の荒野に放り出したんだ。……でも、ディープスロートが言っていた。この大地には、まだ彼の数字が届かない『記憶』が眠っていると」
モルダーは、スマートフォンの画面を無造作にオフにした。液晶の光が消えると、そこにはアルバート・ホスティーンから教えられた、ナバホの保留地へと続く、地図にも載らぬ歪な轍(わだち)だけが残された。
赤土の丘の上に建つ、電気も通わぬ簡素な住居。そこには、一人の老人が椅子に座り、沈みゆく太陽を見つめていた。
ナバホの賢者であり、かつてナバホの暗号を操った伝説的な通信兵、アルバート・ホスティーン。
彼はモルダーたちが車を降りるよりも前に、その来訪を風の匂いの変化として感じ取っていた。
「フォックス・モルダー。お前が連れているその『雪の精霊』は、いささか騒がしすぎる。…この土地の精霊たちが、お前のポケットの中で凍えているぞ」
アルバートは、モルダーのコートのポケットから顔を出したジャックフロストを深い皺の刻まれた瞳で一瞥した。
「ヒーホー……。モルダー、このおじいちゃん、目が笑ってないホー。僕がただのデータだってこと、すべて見透かされているみたいだホー……」
デジタル精霊であるフロストは、アルバートという人間の前では自分が単なる「計算機上のバグ」に過ぎないことを直感し、珍しく怯えていた。
アルバートの存在そのものが、デジタルな論理を無効化する「現実」の塊だった。
「アルバート、僕たちはサマエルの知恵に立ち向かうための、もう一つの力を探しに来た。……知恵がもたらす『孤独』を埋めるための、重い力を」
モルダーの言葉にアルバートは静かに立ち上がり、スカリーの前に立った。
「スカリーよ。お前は数字という光で闇を照らそうとしているが、光が強すぎれば人は盲目になる。……かつてこの地には、お前達が『トート』と呼ぶ知恵の神ですら敬意を払った、古い母の声があった。
彼女は、知恵に溺れて親を忘れた子供たちを、再び泥の中へ招き命の重さを思い出させるのだ」
アルバートは足元の赤土を掬い取ると、それを祈るように風にさらした。
土は空中で霧散することなく、不自然な質量を伴って渦を巻き始めた。
アルバートが、古のナバホの戦士たちが、神聖な任務の際に口にしたチャント(歌)を低く響かせた。すると、砂漠の地表が生き物のように波打ち、泥の中から一人の女性の形をした「器」がゆっくりと姿を現した。
地母神。
それはタロスのような青銅の光沢も、サマエルのような銀色の威圧感も持たない。ただの湿った土と、長い年月をかけて堆積した生命の記憶の塊。だが、彼女が顕現した瞬間、スカリーの鼻腔を突いたのは、懐かしい「雨上がりの土」の匂いだった。
「サマエルは、お前たちを高い空へと連れ去り、神の孤独を分かち合おうとした。だが彼女は、人は皆大地に繋がり、最後はそこへ還ることを許す存在だ。知恵が導く『永遠』よりも、土が約束する『終わり』の方が、人間には必要なのだよ」
地母神は、音もなくスカリーへと歩み寄った。スカリーは、自身の理性が「これは高度なホログラムか幻覚だ」と叫ぶのを、意志の力で抑え込んだ。
地母神が、泥に濡れた冷たく、しかし確かな厚みを持つ指先でスカリーの頬を撫でた。
その瞬間、スカリーの脳内で絶え間なく鳴り響いていたサマエルの「完璧な数式」が、柔らかな泥の中に溶け落ちていった。
知恵を得たことで失われたはずの、不確かな明日への期待、理由のない悲しみ、そして誰かと繋がりたいという根源的な渇望……。
それらすべての「人間的な重み」が、洪水のように彼女の内側に流れ込んできた。
「……暖かい。数字じゃない。……これが、私たちが切り捨ててきた、本物の重みなのね」
スカリーの目から、一筋の涙がこぼれ、地母神の土の指先に吸い込まれた。それは、サマエルの銀色の光には決して真似できない、魂の熱を帯びた反応だった。
地母神は言葉を発しない。だが、彼女は自らの存在を量子レベルの「泥」へと変換し、スカリーの持つDDSデバイスの中へと、静かに、しかし抗いがたい重みをもって宿った。
タロスがサマエルの外的な論理攻撃を物理的に粉砕する「拒絶の盾」であるならば、地母神はサマエルの内的な侵食を中和し、自己を繋ぎ止める「精神のアンカー」となる。
「アルバート、ありがとう。……あなたは、僕たちが何を失っていたのかを教えてくれた」
「礼を言う必要はない、モルダー。お前は不条理な戦いを選んだ。
だが、忘れるな。泥は重く、足を取られることもある。お前がその重さに耐えきれなくなった時、またここへ戻ってこい。大地はいつでも、お前が倒れるのを待っている」
アルバートは再び椅子に腰掛け、沈みきった太陽の後の余韻、暗青色に染まる空を見つめた。
モルダー、スカリー、そしてジャックフロスト。
彼らの背後には、見えない「巨神」と、慈悲深き「母」の気配が、確かに寄り添っていた。
Xファイル本編でアルバート・ホスティーンは印象的だったので出したかったんだよね。
シーズン3の2話で、スキナーとの絡みがあるんだけどスモーキングマンに一泡吹かせるところ2人共かっこ良すぎる!名場面です。
書いてて改めて思ったけどアルバート・ホスティーンはメガテンと相性が良い。