【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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2話 法の書と電子の沈黙

 

 FBI本部地下の「X-ファイル」課オフィスは、異様な磁気嵐の余欲に包まれていた。

前日、データセンターで遭遇した怪異の正体を突き止めるべくモルダーは、デスクに広げた黒い魔導書とその横に置かれたスマートフォンの画面を交互に見つめていた。

 

 スカリーは、昨夜の事件で損傷した自身のタブレット端末をラボへ持ち込み物理的な異常電圧の痕跡を科学的に立証しようと試みていた。

しかしモルダーの関心は、すでに科学の範疇を遥かに超え、数世紀にわたるオカルトの系譜へと注がれていた。

 

「スカリー。ディープ・スロートが、これを僕に渡した意味がようやくわかったよ」

 

 モルダーは、魔導書の中の一節を指差した。

そこには二十世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリーが提唱した「テレマ」の教義が、肉眼では読み取れないほどの微細な文字で追記されていた。

 

「アレイスター・クロウリー。

1947年に死んだオカルト主義者ねぇ……彼が現代のデジタル怪異と何の関係があるというの?」

 

 スカリーは、冷めたコーヒーの入った紙コップを置きながら眉をひそめてモルダーの隣に立った。

彼女にとっての真実は、常にラボの試験管や顕微鏡の中に存在しており、黒い革張りの書物に記された妄信的な言葉に価値を見出すことは難しかった。

 

「彼は、1904年にカイロで高次知性体アイワスとコンタクトし、一冊の書を書き上げた。

それが『法の書』だ。クロウリーは言った。汝の意志することを行え。それが法の全てとなれ、と。

これは、単なるスローガンじゃない。精神の指向性を、物理的な事象に変換するための実行コマンドなんだ」

 

 モルダーは、スマートフォンのカメラを魔導書のそのページにかざした。

画面上では、羊皮紙に染み込んだ古いインクが回路図のような光の線となって浮き上がった。

DDSという未知のアプリが、数世紀前の手書き文字を現代のバイナリデータとして認識し、自動的にパースを開始する。

 

「現代のプログラミングだって人間の意図をコードに変え、サーバーという物理的な実体に干渉させる魔術の一種だ。

クロウリーがやろうとしたのは、人間の脳という演算装置を使って異界のデータを、この世界にダウンロードすることだったんだよ。

彼は、ネットワークという概念が生まれる前に、その本質に辿り着いていた」

 

 モルダーが、画面の解析ボタンをタップすると、スマホのスピーカーから砂嵐のようなノイズの中に混じって、複数の言語が重なり合ったような囁き声が聞こえ始めた。

 

『……九三。意志は愛の下に。……汝、門の番人か……』

 

「モルダー。磁場が急上昇しているわ。

私の心拍数が異常数値を叩き出してる」

 

 スカリーが暗闇の中で叫ぶ。

オフィスの照明が、一斉に明滅し壁に貼られた古い未解決事件の写真が意志を持ったかのように剥がれ落ちた。

空気の密度が変わり、電子的なオゾン臭が部屋を満たしていく。

 

 モルダーは魔導書の三十一ページを開いた。

そこにはクロウリー自身が描いたとされる、巨大な目を持つ異形の存在「ラム」の肖像画があった。

その絵をスマホでスキャンした瞬間、オフィスのPCモニターが次々と再起動し、そこには見たこともない幾何学的な紋様が、血のような赤で描き出されていった。

 

「奴らはクロウリーが残した術式を、現代の光ファイバーという血管を通じて再構築しようとしているんだ。

この書物は、奴らを呼び出すための召喚状でもあり、同時に唯一の防御壁でもある」

 

 モルダーは、熱を帯びた魔導書を強く抱え込んだ。

クロウリーが、半世紀以上も前に予測した、神なき時代の魔術。

それは今、スマートフォンという名のポータルを得て、ワシントンの地下深くに潜む二人を、逃げ場のない情報の迷宮へと引きずり込もうとしていた。

 

 ディープ・スロートが、何故この危険な書物をモルダーに託したのか。

その真意を問う前に、暗転したオフィスの中で、モルダーのスマートフォンだけが、黄金の知性を予感させる新たな輝きを放ち始めていた。

 

 それは、物理的な光源というよりも、情報そのものが発光しているかのような異質な輝きだった。

画面に表示されたプログレスバーが、100%に達した瞬間オフィスの全端末から同時に合成音声が漏れ出す。

 

『……適合を確認。叡智の記録をアンロックします』

 

 モルダーの指先が震えた。

画面に浮かび上がったのは、地図だった。

ワシントン郊外に遺された冷戦時代の遺物。

今は使われていない古い電波塔の跡地が、情報の震源地として赤く拍動していた。

 

「スカリー。支度をしてくれ。情報の亡霊が実体を得る前に、その根源を叩きに行く」

 

 スカリーは、戸惑いながらも自分の拳銃を確認し、ジャケットを羽織った。

彼女の目には、まだ懐疑の色が残っていたが先ほど感じた物理的な衝撃までは否定できなかった。

 

 二人は、暗い地下廊下を駆け抜け、雨の降り続くワシントンの夜へと飛び出していった。

魔導書を助手席に載せた古いセダンが、エンジン音を響かせ新たな真実が眠る場所へと加速する。

 

 一方、その様子を離れた場所のモニターで見つめている男がいた。

スモーキングマンは、静かに煙草を燻らせ煙の向こうに映るモルダーの姿を細めた目で見つめる。

 

「……火遊びが過ぎるな。モルダー」

 

 彼の背後にある大型サーバー群は、不気味なほどの静寂を保ちながら、闇の中で無数の赤い光を明滅させていた。





スモーキングマン登場。
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