【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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21話 情報の墓標 ―審判の書庫―

 

ネビロスが支配する「情報書庫(アーカイブ)」は、重力さえもが論理によって固定された果てない灰色の閉鎖空間であった。

 

見渡す限り続く巨大な棚には、書籍ではなく、かつて生きていた人間たちの人生を極限まで圧縮した「記録の石板」が、狂気を感じさせるほど整然と並べられている。

 

「ここは、サマエルの知恵が選別し、シンジケートが『不要』と断じた者たちの墓場だ」

 

静寂を破り、硬質な足音が響く。

魔神ネビロスの軍靴が石床を叩くたび、周囲の石板から無数の絶叫が漏れ出し、行き場を失って霧散した。

 

「フォックス・モルダー。

お前が求めている『真実』もまた、この膨大なゴミの一部に過ぎない。

管理の行き届かない真実、共有される真実など、世界を腐らせる病原菌と同じだ。

私はそれを防腐処理し、永遠に埋葬する義務がある」

 

ネビロスが杖を掲げると、書庫の棚が物理的に変形し、モルダーを閉じ込める檻へと組み替わっていった。

 

各々の石板から「死の呪言」が放たれ、モルダーの神経を麻痺させていく。指先から感覚が失われ、思考が「静止」という名の深淵に飲み込まれそうになる。

 

「……犯罪プロファイリングの専門家として助言してやろう、ネビロス。

真実を埋葬しすぎると、土の下が窮屈になって、いつか死体が歩き出すぞ」

 

モルダーは、DDSのダイヤルを「質量(タロス)」から「地母神」の共鳴へと切り替えた。

スカリーの意識を通じて流れてくる「原始の湿り気」が、乾燥しきった論理の檻に微かな亀裂を生じさせる。

カチリ、という不条理な金属音が、静的な世界を拒絶するように響いた。

 

その時、書庫の天井を覆う灰色の雲が、一斉に蠢き始めた。

数億羽のハエが奏でる不吉な旋律が、ネビロスの威厳ある静寂を暴力的にかき乱す。

 

「……くくく、真面目だな、ネビロス。だが、お前が丁寧に磨き上げた石板は、中身が腐っていることに気づかないのか?」

 

空から降り注いだのは、ハエの群れだけではなかった。それは緑色の粘液を伴った「情報の汚染」だ。

ベルゼブブの力が石板に触れると、刻まれていた整然たる文字がドロドロと溶け出し、隠されていた凄惨なイメージがモルダーの脳内に直接流れ込んできた。

 

「……あ、ああぁぁ!」

モルダーは頭を抱えて膝をついた。

 

視界に映し出されたのは、1973年11月27日の記憶。

 

ナチェズのモルダー家の地下室。若き日のビル・モルダーが、震える手で書類にサインをしている。その向かい側には、冷徹な死神の瞳をしたスモーキングマンが立っていた。

 

『ビル、これは「種の存続」のための供儀だ。……サマンサを差し出せば、お前の家族は守られる。サマエルとの契約は不可避だ』

 

ビルの背後で、幼いサマンサが「パパ、行かないで」と泣き叫んでいる。だが、ビルは娘の顔を見ることなく、ただ無機質な契約書にペンを走らせた。

その契約書の署名欄には、ビルの血の色で「サマエル・プロトコル、受諾」の文字が刻まれていた。

 

「……父さんは、僕を守るためにサマンサを捨てたんじゃない」

 

モルダーの声は、絞り出すような絶望に震えていた。

 

「……自分たちの築いた『秩序』を維持するために、彼女を売ったんだ」

 

 

「……見たか、モルダー。これがお前が狂おしいほど追い求めた真実の『臭い』だ」

 

ベルゼブブの嘲笑が、腐敗した情報の飛沫と共に渦巻く。

 

ネビロスは不快げに顔を歪めた。

 

「不潔な。……モルダー、その醜悪な絶望ごと、お前をフォーマットしてやろう。

それが、せめてもの管理者としての情けだ」

 

ネビロスが杖を振り下ろすと、書庫全体が巨大な「処刑台」へと姿を変えた。無数の石板が鋭利な刃となってモルダーを全方位から襲いかかる。

 

だが、モルダーは動かなかった。

絶望の深淵で、彼の手の中にあるDDSが、かつてないほど禍々しく、そして温かい光を放ち始めた。

 

「ネビロス……。あんたの管理は完璧かもしれない。でも、あんたがゴミだと言って捨てたこの『痛み』だけは、あんたの数式じゃ計算できないんだ」

 

モルダーはDDSの出力を最大に引き上げた。

 

「タロス! 地母神! ……僕の執着を、この論理の檻を壊す『重り』に変えろ!」

 

物理的質量と原始の泥、そしてモルダーの「真実への呪い」が混ざり合い、ネビロスの書庫を内側から爆発させた。

整然と並んでいた石板が砕け散り、管理されていた死者たちの残留思念が、ベルゼブブのハエたちと混ざり合って暴風となって吹き荒れる。

 

「……な、何だと!? 私が構築した死の秩序を、ただの感情(ノイズ)が凌駕するだと!?」

 

ネビロスの驚愕を余所に、モルダーは嵐の中心で、父のサインが記された「契約の残骸」を実体として掴み取った。

 

閃光が収まると、そこは再びタコマパークの薄暗いアパートであった。

モニターはすべて焼き切れ、室内にはタバコの煙と、雨上がりの土のような匂いが混ざり合って漂っていた。

 

「……モルダー!」

 

スカリーが駆け寄り、意識を失いかけていた彼の身体を抱き止める。

 

ローンガンメンの三人は、信じられないものを見る目でモルダーが手に握りしめていた「一枚の焦げた紙片」を見つめていた。

それは、デジタルな書庫からモルダーが現実世界へ引きずり出した、血と裏切りの証拠であった。

 

「……スカリー。父さんは、ヒーローじゃなかった」

 

モルダーは掠れた声で言った。「彼は、サマエルというシステムの一部だったんだ」

 

窓の外では、夜明けの光がワシントンの秩序を照らし始めていた。だが、その光は以前よりも遥かに寒々しく、欺瞞に満ちているように見えた。

 

ニューヨーク、マディソン・アベニュー。

 

魔神ネビロスは、手にした杖が半ばから折れているのを無言で見つめていた。

 

「……計算外だ。あの男の『執着』は、もはや概念の壁を突破している」

 

CSMは、ゆっくりと最後のタバコを灰皿に押し付けた。

 

「だから言ったはずだ、ネビロス。……モルダーは『本物』だと」

 

CSMの瞳には、かつてないほどの昏い愉悦が宿っていた。

 

モルダーはついに、父の罪を知った。

それは彼をサマエルの秩序から完全に切り離し、孤独な「真実の守護者」へと変貌させるための、残酷な通過儀礼であった。

 

そして、その全てを観察していたベルゼブブが、腐敗とノイズにまみれた「ヘブンズ・ゲート」の深淵で満足げに喉を鳴らした。

 

「……くくく、面白い。

人間は、傷つけられれば傷つけられるほど、美しく『爛れる』ものだな。

ネビロスよ、お前が守ろうとした『完璧な墓所』は、最高の肥沃な土壌と化した。

次は、ここから何が湧き出すか楽しませてもらおう」

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