【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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22話 福音の断絶

 

タコマパークのアパートは、もはや現実の地図から消失していた。

ローンガンメンが駆使していたサーバーの電子音も、ワシントンの湿り気を帯びた喧騒も、一滴の水が凍りつくように突如として途絶えた。

 

室内の色彩は、物理的な光ではなく、純粋な意志の粒子へと分解されていく。

壁も天井も、透き通った「法」の幾何学模様へと組み替えられ、そこは神聖にして冷徹な「審判の結界」へと変質した。

 

「……スカリー、逃げろ。これは、もう人間の管轄じゃない」

 

モルダーは、震える指先で父の契約書の残骸を握りしめた。その紙片から漂う焦げた臭いだけが、辛うじて彼を現実へと繋ぎ止めていた。

 

アパートの床から黄金の柱が立ち昇り、絶対的な威圧感と共に二柱の巨影が降り立った。

 

大天使ウリエル。その瞳は恒星のごとく燃え盛り、手にした炎の剣は不純な存在すべてを拒絶する。

大天使ガブリエル。銀色の翼を広げ、その手に持つ百合の杖は、逃れようのない運命の告知を象徴していた。

 

「不条理の種、フォックス・モルダー」

 

ガブリエルの声は、数千の鐘を同時に鳴らしたような透明な響きで脳内に直接届いた。

 

「お前が手にした真実は、因果の糸を汚す劇薬である。

ビル・モルダーがサマエルと交わした契約は、この宇宙の均衡を保つための不可欠な供儀であった。それを暴くことは、天上の秩序に対する宣戦布告に等しい」

 

「不可欠な供儀だと……?」

 

モルダーは、喉の奥から絞り出すように笑った。

 

「一人の少女の人生を、神々の数式の帳尻合わせのために売り飛ばしたことがか? ……そんなものがお前たちの言う『法』なら、僕は、この紙切れ一枚と共に地獄へ堕ちてやる!」

 

ウリエルが炎の剣を突き出した。

 

「口を慎め、土塊。

お前の存在そのものが、サマエルの温情が生んだエラーに過ぎない。その紙片を焼き尽くし、お前の魂を浄化することが、宇宙のハーモニーへの唯一の貢献である」

 

ウリエルの放った劫火が、モルダーと、彼を庇おうとしたスカリーを包み込もうとした。

 

だが、その炎は届かなかった。

黄金の光を食らい尽くす、絶対的な「虚無」の闇がモルダーの背後から溢れ出した。

 

「……随分と騒がしいではないか、真実を隠すことが秩序だというのなら、それはただの『卑怯な嘘』の積み重ねではないか?」

 

空間が歪み、一人の男が立ち現れた。

漆黒のスーツを纏い、知的な美貌を持った男。だが、その瞳に宿るのは、数億年の孤独と、全宇宙を嘲笑う不敵な知恵。

 

「ルシファー……!」

 

四大天使の威圧感さえも踏みつける、圧倒的なカリスマ。

ルシファーは、モルダーの震える肩に親愛の情さえ感じさせる手つきでそっと触れた。

 

「久しぶりだな、フォックス。

あの日、ナチェズの森で出会った時から、私はお前がここへ辿り着くのを待っていた」

 

ルシファーは、ウリエルの炎を指先一つで消し去り、モルダーに語りかけ始めた。

 

「お前が掴んだその契約書……。

そこには父の署名しかないだろう? だが、その裏に隠された真の契約者は、ビルでもサマエルでもない。……私と、あそこに並ぶ熾天使たちだ」

 

ルシファーが語る真実は、モルダーの精神を根底から破壊するものだった。

サマンサの譲渡は、ルシファーが天界に仕掛けた「自由意志の実験」の対価であり、天使たちは秩序を維持するために、その汚れを人間に背負わせることを黙認した。

 

ビル・モルダーは、サマエルに脅された被害者などではなく、ルシファーが提示した「全人類の救済」という甘美な大義のために、進んで愛娘を贄として差し出したのだ。

 

「父は……確信犯だったというのか。サマンサを売ったのか……」

 

モルダーの膝が、絶望の重みに折れそうになる。

 

「そこまでだ、ルシファー!」

 

落雷のような轟音と共に、さらに二つの神々しい光が結界を突き破った。

 

大天使ミカエル。青白い闘気を纏い、右手に握られた剣は絶対の正義を体現している。

大天使ラファエル。慈愛に満ちた瞳の奥に、例外を許さぬ冷徹な意志を秘めている。

 

ここに、天界の最高戦力である四大天使が揃い踏みした。

黄金の光と漆黒の闇、そしてスカリーの中に宿る「地母神」の泥の匂いが激突し、因果律が悲鳴を上げ始める。

 

「ルシファー、貴様はまた人間に不浄な智慧を授け、均衡を崩そうとするか!」

 

ミカエルが叫ぶが、ルシファーは愉悦に満ちた笑みを浮かべ、モルダーの耳元で囁いた。

 

「さあ、選ぶがいい、フォックス。……神々の法に跪き、すべてを忘れて家畜として生きるか。それとも、この絶望を糧に、父さえも、神々さえも否定する『真の不条理』として、世界を書き換えるか」

 

モルダーは、DDSを握りしめた。右には、自分たちを「ゴミ」として消去しようとする絶対の光。左には、自分たちを「実験体」として弄ぶ絶対の闇。

 

スカリーがモルダーの手を強く握った。「モルダー。私は、あなたと一緒なら、神様のいない地獄へだって行けるわ」

 

その言葉が、凍りついたモルダーの魂に火を灯した。

 

「……ああ。行こう、スカリー」

 

モルダーは顔を上げ、並び立つ四柱の神々と、背後に立つ魔王を見据えた。

 

「DDS、出力限界解除。……ターゲット、目の前の『神話』すべてを叩き潰せ!」

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