【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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Xファイルのリブート版が云々との情報が出たので…


アフターストーリー
短編 デッド・ピクセル


 

ワシントンD.C.の冬は、骨身にしみるような湿り気を帯びている。

机の上に置かれたのは、一通の奇妙な依頼書と、数枚のポラロイド写真だった。

依頼主は、メリーランド州シルバー・スプリングに住む、アーサー・ペンハリスという名の老人だ。

彼は数日前、地元の警察に「妻がいなくなった」と駆け込んだ。しかし、警察のデータベースにも、社会保障局の記録にも、「エミリー・ペンハリス」という女性は存在していなかった。

 

「彼女と40年連れ添った。この家も、この家具も二人で選んだんだ」

 

老人の家を訪ねた僕の前に出されたのは、色褪せた数枚の家族写真だった。

アーサーの隣には不自然な「空白」がある。

椅子に座る彼が誰の肩も抱いていないのに、その指は空中で何かを愛しげに支えるような形をして止まっている。そして、彼の隣の空間だけが、まるで古いモニターのドットが欠けたように、ざらついたノイズに覆われていた。

 

「スカリー、これを見てくれ」

 

僕はルーペで写真を覗き込んだ。

その「ノイズ」は、単なる現像ミスではない。拡大すればするほど、それは複雑な幾何学模様……いや、微細な「文字」の集合体に見えた。

 

「モルダー、これは……」

 

僕の背後で写真を覗き込んだスカリーの声が、微かに震える。

 

「……サマエルの論理障壁の構成パターンに似ているわ。でも、もっと崩れている。まるで、死体の一部が腐敗して、周囲の環境に溶け出しているような……」

 

「サマエルのデッド・コードだ」

 

僕は確信を持って言った。

 

「あの戦いで砕け散った神の法の一部が、この街の何処かに寄生している。そして、それは人間の『存在の定義』を食い荒らしているんだ」

 

アーサー老人は、誰もいないキッチンに向かって「お茶が入ったよ、エミリー」と呼びかけた。

その声に呼応するように、室内の古い監視カメラが、ジジ……と小さな、しかし不快な音を立てて向きを変えた。

カメラのレンズの中に、一瞬だけ真っ黒な「画素の塊」が蠢くのを僕は見た。

 

アーサー老人の家は、まるで時間の流れから切り離された沈没船のようだった。

キッチンに置かれた二客のティーカップ、半分だけ使い込まれたダブルベッド。そこには確かに「誰か」がいたはずの重力がある。しかし、その主だけがインクの染みのように世界から拭い去られている。

 

「スカリー、カメラだ」

 

僕は天井の隅に設置された、旧式の防犯カメラを指差した。

この住宅街の防犯システムは、数年前に公共事業として一括導入されたものだ。

 

「モルダー、まさかあのカメラが人の存在を『削除』しているというの?」

 

スカリーが信じがたいという表情でカメラを見上げる。

 

「それは科学的な……いえ、デジタルな概念が物理的な質量を消去するなんて……」

 

「サマエルのシステムにとって、人間はただのデータに過ぎない。もしシステムがバグを起こし、特定の個体を『デッド・ピクセル』だと認識してしまったら?

システムは親切にも、そのノイズを画面から消去しようとするだろう。現実という名のモニターからね」

 

僕はDDSを取り出した。かつて神々の光を弾き飛ばしたこのデバイスは、今や冷たい金属の塊に等しい。だが、そのセンサーは微かに、この部屋に漂う「静止した空気」に反応して針を揺らした。

 

ジジ……ジジジ……。

 

突然、カメラが不自然な角度で僕たちを捉えた。レンズの奥で、赤い動作ランプが不気味に明滅する。それはまるで、獲物を品定めする捕食者の眼球のように見えた。

 

「来るわ、モルダー!」

 

スカリーの叫びと同時に、部屋の明かりが激しく明滅し始めた。

窓から差し込んでいた冬の淡い光さえもが、デジタルノイズのようにざらつき、アーサー老人の姿が足元から「ドット化」していく。

 

「エミリー……? ああ、そこにいたんだね……」

 

老人は、僕たちの背後の壁を見つめて微笑んだ。そこには、レンズの死角から這い出してきた「真っ黒なシミ」のような人影が立っていた。それはかつてのエミリー・ペンハリスだったものだろうか。今やそれは、顔も服の模様も判別できない、崩れた画素の集合体――世界のバグそのものだった。

 

「アーサーさん、動かないで!」

 

僕が駆け寄ろうとした瞬間、部屋の床が、まるで解像度の低いテクスチャのように崩れ落ち、僕の視界を真っ黒なノイズが覆い尽くした。

 

視界が「裏返る」感覚だった。

上下左右の感覚が消失し、僕の耳には壊れたハードディスクが悲鳴を上げ続けるような、高周波の電子音が突き刺さる。

目を開けると、そこはアーサーの家であって、家ではなかった。

壁紙の模様は等間隔に並んだ「0」と「1」の羅列に置き換わり、窓の外には果てしない情報の空虚が広がっている。

僕は、サマエルの死骸が作り出した「論理の吹き溜まり」に片足を引きずり込まれていた。

 

「モルダー! 返事をして!」

 

遠くから、スカリーの叫び声が聞こえる。それは現実の肉声ではなく、受話器越しに聞くような、ひどく圧縮された不鮮明な音だった。

 

「……スカリー、動くな! カメラを見るんじゃない!」

 

僕は叫び返したが、自分の声がデジタルの波形となって霧散していくのが分かった。

目の前では、アーサー老人が「エミリー」と呼ばれた黒いシミに抱きしめられていた。

老人の肉体は、指先からゆっくりと四角いブロック状の欠片へと分解され、そのシミの一部へと統合されていく。

それは「癒やし」の光景ではない。

壊れたシステムが、エラーデータを無理やり「正しい形」に修正しようとする、無機質なプロセスだ。

その時、現実側の世界でスカリーが動いた。

彼女は僕の警告を無視し、壁に設置された監視カメラの配線を力任せに引き抜こうとした。だが、指がケーブルに触れた瞬間、彼女の輪郭もまた、陽炎のように揺らぎ始める。

 

「モルダー……私の手が……透けていく……」

 

「スカリー! 観測するのを止めるんだ! そいつを『見て』はいけない!」

 

僕は気づいた。この現象の正体は、かつてのサマエルが持っていた「定義の力」のなれの果てだ。

カメラという「眼」が対象を観測し、システムがそれを「エラー」だと定義した瞬間、現実は上書きされる。

スカリーが消えれば、僕をこの現実に繋ぎ止める「観測者」はいなくなる。僕は永遠に、このデジタルな墓標の中に閉じ込められるだろう。

僕は、もはや文鎮と化したはずのDDSを死に物狂いでカメラのレンズに向けて突き出した。

電力はない。プログラムも起動していない。だが、この中にはまだ、あの最終決戦で焼き付いた「不条理の記憶」が残っているはずだ。

 

「……定義しろ、DDS。僕たちは……ここにいる! エラーだろうが、バグだろうが、僕たちは『存在する』んだ!」

 

僕の執着に呼応するようにDDSの奥底で、かつてメフィストが笑いながら注ぎ込んだ「可能性の火花」が一瞬だけ爆ぜた。

 

DDSの銃口から放たれたのは、眩い光ではなく、真っ黒な「否定」の衝撃波だった。

それはサマエルの残した完璧な論理を拒絶し、歪んだ秩序をさらに歪ませる、人間特有の「わがまま」なエネルギーだ。

 

「……ッ、消えろ!」

 

僕が叫ぶと同時に、世界を覆っていたノイズが激しく反発し、ガラスが砕けるような音を立てて弾け飛んだ。

視界を埋め尽くしていた0と1の羅列が剥がれ落ち、色彩と重力が乱暴に僕を現実へと叩き戻す。

冷たくて硬い床の感触。

僕は、激しく咳き込みながら立ち上がった。隣ではスカリーが、自分の両手を確認するように何度も握りしめている。彼女の指先は、もう透けてはいなかった。

 

「……モルダー、今のは……」

 

「システムの強制終了だ。……でも」

 

僕は顔を上げ、部屋の中央を見た。

そこには、もう誰もいなかった。

アーサー老人の姿も、彼を抱きしめていた「黒いシミ」も、跡形もなく消え去っている。

キッチンのテーブルには、まだ湯気を立てている二客のティーカップだけが、そこにあったはずの人生を静かに証明していた。

壁のカメラは、レンズが内側から焼き切れたように黒く変色し沈黙している。

 

「アーサーさん……? どこにいるの?」

 

スカリーの声が空虚な部屋に響く。

僕は答えられなかった。

DDSが放った一撃は、侵食を止めたのではない。

バグを起こしたセクターごと、この現実から「切り離した」のだ。

アーサー老人はエミリーと共に、誰にも観測できない、永遠に壊れたデータの隙間へと堕ちていった。

 

数日後、シルバー・スプリングのその家は、空き家として処理された。

警察の記録によれば、その家には最初から誰も住んでいなかったことになっている。

アーサー・ペンハリスという名も、その妻の名も、公的な記録からは一文字残らず消去されていた。

僕のデスクの上に残されたのは、あの時アーサーが僕に手渡した、数枚のポラロイド写真だけだ。

 

「モルダー、その写真……」

 

スカリーが僕の隣に立った。

写真の中に、変化が起きていた。

かつて「ノイズの空白」だったアーサーの隣に今は、うっすらと人影が浮かんでいる。

解像度が低く、顔も判然としないが、二人の影はしっかりと手を取り合っているように見えた。

 

「神々がいなくなった世界でも、僕たちの生活のすぐ裏側には、まだあいつらの吐き出した『毒』が残っている」

 

僕は写真を封筒に仕舞い、机の奥の引き出しに入れた。

 

「でも、モルダー。もし彼らが、あのデジタルの闇の中で二人でいられるのだとしたら……それは救いと言えるのかしら」

 

「さあね。……ただ僕たちに言えるのは、この世界の解像度が以前より少しだけ下がってしまったということだけだ」

 

僕はコートを手に取り、部屋の明かりを消した。

暗闇の中、僕たちが歩き出す足音だけが現実の確かなリズムを刻んでいた。

 

(完)

 




初代のものとは別物になりそうですがリブート版を楽しみに待ちます。
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