【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

29 / 72
短編Vol.4 『凍てつく町のララバイ』後篇

 

 

ジャックフロストとペルセフォネー。

二人が触れ合ったことで、図書館から溢れ出したエネルギーは、ウィロー・クリークの街全体を侵食し始めた。

 

「モルダー、外が……!」

 

スカリーの声に、僕は窓の外へ目を向けた。

深い霧が晴れ、街を覆っていた氷が変貌を遂げていた。

 

街路樹は輝くクリスタルの並木道となり、凍りついていたベンチや街灯は、まるでお菓子の細工のように丸みを帯びた形状に再構築されている。

 

「街全体が、彼女の『内界』と同期し始めたんだ。フロストの持ち込んだ『遊び』の論理が、冥府の冷気を塗り替えている」

 

 僕は図書館の入り口付近に横たわっていた住人の一人を観察した。

眠り続けていた彼の指先がピクリと動き、その表情から「死の恐怖」が消え、穏やかな、まるで楽しい夢を見ているような微笑みが浮かんでいた。

 

「ヒーホー! みんな起きるホ! 氷の遊園地の開園だホー!」

 

 ジャックフロストが楽しげに叫ぶと、街のあちこちで氷のメリーゴーランドや滑り台が形作られていく。

だが、僕はプロファイラーとして、この光景に潜む「不条理の歪み」を見逃さなかった。

 

「……待てよ。スカリー、これは危険だ」

 

「どういうこと? 人々は目覚め始めているわ」

 

「彼らの意識は目覚めているが、肉体は依然として『冥府の氷』の中にある。ジャックフロストの遊びが強まりすぎると、現実世界の物理法則が完全に破綻してしまう。……見てくれ、あそこの時計台を」

 

 広場の時計台が、ジャックフロストの笑い声に合わせてぐにゃりと歪み、数字が氷の粒となって飛び散っていた。

 

 ジャックフロストとペルセフォネー。

二人の強力な「氷の論理」が混ざり合った結果、ウィロー・クリークは現実世界から切り離され、永遠の冬の中に固定された『閉鎖領域』へと移行しようとしていた。

 

「ホー……?」

 

ペルセフォネーが、ジャックフロストに誘われるまま、おずおずと椅子から立ち上がった。

彼女が一歩踏み出すたびに、街の現実が剥がれ落ちていく。

 

「フロスト、遊びはそこまでだ。……これ以上は彼らを『本当の冥府』へ連れて行くことになるぞ」

 

僕はDDSを構え、輝きを増し続ける氷の光景の中に、冷徹な現実の楔を打ち込もうとした。

 

 

「ヒーホー……? モルダー、何怒ってるんだホ? せっかく楽しくなってきたのに!」

 

 ジャックフロストが不満そうに頬を膨らませ、空中で静止した。

彼の周囲では、氷の結晶がオルゴールのような音を立てて舞っているが、その音色は次第に不協和音へと変わりつつある。

 

「フロスト、周りを見てくれ。これはもう『遊び』じゃない。侵食だ」

 

 僕は歪んだ時計台と、輪郭が溶け始めた周囲の景色を指差した。

ペルセフォネーは、僕とジャックフロストの間に流れる緊張感を察したのか、怯えたように立ち止まった。彼女の足元から伸びる「ハーデスの影」が、再び黒く波打ち始める。

 

「ペルセフォネー、聞いてくれ。君がここに居たいと願う気持ちはわかる。ここは温かいし、独りじゃない。……でも、ここは君の居場所じゃないんだ」

 

僕は一歩、彼女に近づいた。

プロファイラーとして、彼女の心にある「帰りたがっている自分」を揺り動かす。

 

「君は冥府から帰る途中だ。君が去ることで地上に春が来る。それが君の持つ、孤独だが崇高な『法』だ。ここに留まることは、君自身が一番よく知っている『世界の秩序』を否定することになる」

 

 ペルセフォネーの瞳に、激しい葛藤の光が宿った。

彼女が揺らぐと同時に、街全体の氷の遊園地が激しく震動し、ピキピキと亀裂が走り始めた。

 

「迷ってしまったのよ。どうすればいいのか…」

 

「モルダー、オイラ達で一緒に探してあげるんだホー!」

 

ジャックフロストは任せろと言わんばかりに、自分の胸を叩いた。

 

 

「一緒に探す……出口を、か?」

 

 僕はジャックフロストの言葉に応じるように、DDSの感度を引き上げた。

街を侵食していた氷の遊園地がフロストの宣言によって再び形を変え始める。それは、もはや無秩序な遊び場ではなく、ペルセフォネーが帰るべき地上へと続く、光り輝く氷の道標へと収束していった。

 

「スカリー、住民たちの状態は?」

 

「遊園地の崩壊に伴う震動で、みんな意識が表層に戻ってきているわ。でも、まだ『春』が必要よ。氷を溶かすだけの、決定的な暖かさが」

 

スカリーは解析装置を街の広場へと向けた。

そこには、氷の結晶が組み合わさってできた、巨大な「羅針盤」が浮かび上がっている。

 

「ヒーホー! お嬢ちゃん、この針が指す方が君の帰る場所だホー! でも、ただ歩くだけじゃつまらないホー。競争だホー!」

 

 ジャックフロストは、そう言ってペルセフォネーの手を引いた。

彼女の「ハーデスの影」が、ジャックの熱に触れて青白い光の尾を引く彗星のように変わる。

 

 二人の悪魔が街を駆け抜けるたびに、物理法則を歪めていた氷が昇華し、美しい春の霧となって街を包み込んでいった。だが、街の境界線の「出口」には、現実世界への帰還を阻む最後の障壁が待ち構えていた。

それは、彼女が冥府から持ち出してしまった『ケルベロスの氷像』

冷たい霧が集まり、三つの頭を持つ氷の巨犬が姿を現した。

 

 

「……あの姿。ただの神話の番犬じゃない」

 

僕はDDSの画面を凝視した。

解析データが示すのは、通常の悪魔学のそれとは異なるものであった。

 

「何らかの理由でペルセフォネーの孤独に惹かれ、彼女を守るために冥府から着いて来てしまったんだろう」

 

だが、今のケルベロスには瞳がない。

全身が透明な氷に覆われ、ただ排除するためだけのautomatonと化している。

 

「ヒーホー……! あのワンちゃん、全然笑ってないホ! 凍りすぎてて、遊ぶのを忘れちゃってるホー!」

 

 ジャックフロストがケルベロスの前に立ちはだかる。

氷のケルベロスは、三つの口から「絶対零度の息吹」を吐き出した。

街が、せっかく解け始めた世界が、再び死の白銀に飲み込まれようとする。

 

「フロスト、あいつの氷を砕くんじゃない。……『中』に閉じ込められている熱を思い出させてやるんだ」

 

僕はプロファイラーとして、ケルベロスの凍りついた「忠誠心」を逆手に取った戦術を指示する。

 

「ペルセフォネー、君が呼ぶんだ。彼に『もう守らなくていい』と。君はもう、独りじゃないんだから」

 

 ペルセフォネーが、ジャックフロストに引かれた手をそっと離し、巨大な氷像の前に進み出た。

彼女の頬を、一筋の涙が伝う。その涙が床に落ちる前に、ジャックフロストが手を振って「金色の火花」に変えた。

 

「ホー! 氷を溶かすのは、火じゃないホー! 『笑い』と『涙』だホー!」

 

ジャックフロストの魔法と、ペルセフォネーの叫びが、氷の巨犬の心臓部へと打ち込まれた。

 

パキィィィィン――!

 

 静まり返った街に、硬質な氷が砕け散る音が響き渡った。

ケルベロスを覆っていた透明な氷の殻が、ペルセフォネーの叫びと金色の火花によって内側から弾け飛んだのだ。

 

「……ウォォォォォォン!」

 

 三つの頭が同時に天を仰ぎ、咆哮を上げた。だがそれは、侵入者を威嚇するものではない。

長き凍結から解放された歓喜と、目の前の主人——ペルセフォネーへの敬愛を込めた鳴き声だった。

 

 氷の下から現れたのは、白い毛並みと、理知的な光を宿した瞳。伝説の個体が、ついにその真の姿を取り戻した。

 

「ヒーホー! ワンちゃん、いい声だホー! 尻尾を振りすぎて、雪が舞ってるホ!」

 

 ジャックフロストが嬉しそうにケルベロスの鼻先に飛びついた。

ケルベロスは、かつての主人を思い出したかのように、中央の頭でフロストを軽く小突くと、そのままペルセフォネーの元へと歩み寄り、その足元に静かに伏せた。

 

「ありがとう……ケルベロス。もう、大丈夫よ」

 

 彼女が、その毛並みに触れると街を覆っていた最後の冷気が春の暖かな日差しに焼かれるように消えていった。

 

「モルダー、見て。羅針盤が……消えていくわ」

 

 スカリーが指差す先、空に浮かんでいた氷の装置が粒子となって溶け、その向こう側に「本来の街の景色」が戻り始めていた。だが、それは同時に、ペルセフォネーとの別れの時間が来たことを意味していた。

 

「フロスト、君もDDSに戻るのか?」

 

僕はDDSを握りしめた。

デバイスの画面には、限界まで使い切ったバッテリーの警告灯が赤く点滅している。

 

「ホー……。冬は終わるものだホー、モルダー。でも、忘れないでホ。氷の窓に描かれた模様の中にオイラは、いつでも隠れてるんだホー!」

 

ジャックフロストの姿が、夕陽のような柔らかな光に溶け込み始めた。

 

 

 夕陽がウィロー・クリークの街をオレンジ色に染め上げた。

数分前まで氷の遊園地だった場所には、今や湿ったコンクリートの路面と、眠りから覚め、戸惑いながら立ち上がる人々がいるだけだった。

 

「……終わったのね」

 

 スカリーが深く息を吐き、コートの襟を緩めた。彼女の肌に触れる空気は、もう刺すような冷たさを含んでいない。

 

 僕の手に残ったDDSの熱も、静かに引いていった。画面は真っ黒になり、仲魔の気配は深い冬眠の底へと沈んでいった。

 

「ああ。それぞれの帰るべき場所へ戻ったんだ」

 

 僕は空を見上げた。そこにはもう、冥府の羅針盤も、氷の巨犬もいない。ただ、早春の澄んだ夜空が広がり始めている。

 

「ペルセフォネーが地上の居場所へと帰り、春が来る。神話は繰り返されるんだ。……ただ、今回は少しだけ賑やかで温かい冬の思い出を彼女も持っていったはずだ」

 

 翌日、ウィロー・クリークの街には「局地的な異常気象による集団昏睡」という、いかにもFBIの報告書らしい無味乾燥なタイトルが付けられた。

人々の記憶からは、氷の滑り台も、喋る雪だるまも、冥府の白い番犬の姿も、夢の霧のように消え去るだろう。

 

ワシントンへと戻る車中、僕は助手席でDDSを磨いていた。

 

「モルダー。……さっきから、何を笑っているの?」

 

運転席のスカリーが、怪訝そうに僕を見た。

 

「いや。……窓を見てくれ、スカリー」

 

 車の窓ガラスの隅に、微かな霜が降りていた。

それは、小さな小さな雪だるまが、手を振っているような形をしていた。

 

「春は、もうすぐそこだ。」

 

僕は目を閉じ、心地よい疲れの中で、日常という名の現実へと戻っていった。

 

(凍てつく町のララバイ 完)

 

 





今回登場したケルベロスは、真女神転生1や2に出て来たケルベロスをイメージしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。