【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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[番外編]もしも相棒がカイトくんだったら…

 

 

 「特命係に配属されてから、驚くことには慣れたつもりでしたけど……」

 

 カイトは、花の里のカウンターに置かれた一枚の写真を凝視していた。そこには、アメリカの砂漠を背景に、泥だらけになりながらもどこか満足げな杉下右京と、見慣れない二人の男女――鋭い眼光を放つ男と、理知的な赤毛の女性が写っていた。

 

「杉下さん、これ。研修で行ってたっていうネバダですよね? この人たち、誰ですか? まるでハリウッド映画の登場人物みたいだ」

 

 右京は、月本幸子が差し出したお猪口を一度置き、懐かしむように目を細めた。

 

「フォックス・モルダー捜査官と、ダナ・スカリー捜査官。

僕がこれまでの人生で出会った中で、最も『不協和音』を愛し、同時にそれに翻弄された人たちですよ」

 

「不協和音……?」

 

「ええ。彼らは、国家という巨大な楽団が隠し続けていた、決して表に出ることのない『真実の音』を追い求めていました」

 

 右京は、カイトに過去の出来事を語り始めた。軍の陰謀、シンジケート、そして人知を超えた存在。

 

 カイトは身を乗り出して聞き入るが、その関心は次第に、右京が語る「モルダーの戦い方」へと移っていった。

 

「そのモルダーって人、ルールを無視してでも真実を追ったんですよね。……巨大な組織が相手なら、そうするしかない。そう思わなかったんですか、杉下さんは」

 

 カイトの瞳に、危うい光が宿るのを右京は見逃さなかった。

最近のカイトが、法で裁けない悪人に対して「警察の限界」を口にするようになっていたことを知っていたからだ。

 

「カイトくん。モルダー捜査官は、法の外へ飛び出すことでしか守れないものがあると考えていました。ですが……その代償として、彼は周囲から理解されないことや愛する人を失うリスクを常に背負っていた」

 

「それでも、結果を出したんなら……」

 

「いいえ。彼は救世主になろうとしたわけではありません。ただ、自分の中に響く不協和音を止めることができなかっただけです。それは、正義というよりは……ある種の呪縛に近いものでした」

 

 

 数日後、カイトは、ある連続傷害事件を独りで追っていた。

被害者は、みな過去に法をかいくぐって釈放された凶悪犯たち。世間では「闇の処刑人」を賞賛する声さえ上がっていた。

 

「カイトくん、少々顔色が悪いですねぇ」

 

 特命係の部屋で、右京が紅茶を注ぎながら声をかける。

 

「……別に。ただ、今回の犯人の気持ち、少しだけ分かる気がするんです。法が守ってくれないなら、誰かがやるしかない。

右京さんの言ってたモルダーって人も、結局は一人で戦ってたんですよね?」

 

 右京はティーカップを置くと、椅子を回してカイトを真っ直ぐに見据えた。

 

「モルダー捜査官についてのプロファイリングを一つ、付け加えましょうか。

彼は、真実を追い求めるあまり、自分自身が『闇』の一部になることを厭わなかった。しかし、彼にはスカリー捜査官という、彼を現実の世界に繋ぎ止める『錨』がいたのです」

 

 右京の言葉が、重く部屋に響く。

 

「カイトくん。君がもし、独りで闇を裁こうとしているのなら……ただの、孤独な犯罪者に成り下がるだけです」

 

カイトは黙り込んだ。

特命係の部屋に、ティーカップがソーサーに触れる小さな音だけが響く。

 

「……周囲の人を、失うリスク」

 

カイトが絞り出すように呟いた。

 

「モルダーって人は、それでも真実を選んだんですよね。」

 

「いいえ。選んだのではありません。失い続けたのです」

 

右京の声は、かつてないほどに低く重かった。

 

「カイトくん。モルダー捜査官には、幼い頃に失踪した妹がいました。

彼は、その真実を追い求めるあまり、私生活のすべてを投げ打った。……結果、彼はどうなったと思いますか?

彼は周囲から変人扱いされ、親しい人が命を落としていきました」

 

右京は、手元の写真を指先でなぞった。

 

「スカリー捜査官もそうです。彼女は、モルダーという不協和音に寄り添い続けたがゆえに、自らも癌に冒され、家族を失いました。

……モルダー捜査官は真実を手に入れましたが、その真実を共に喜ぶべき人々は、減っていたのです。」

 

 カイトの脳裏に、悦子の笑顔が浮かんだ。

もし自分が「闇の処刑人」に加担し、あるいは自分自身がその影になれば、彼女の日常はどうなるのか。

 

「君が今、追いかけている事件の犯人……『闇の処刑人』を気取っている人物は、自分がヒーローだと思い込んでいるのかもしれません。ですが、その正義の代償を払うのは、彼自身だけではない。

……彼の帰りを待つ人々、彼を信じている人々が、その不協和音の犠牲になるのです」

 

右京は椅子から立ち上がり、カイトの肩に手を置こうとして、寸前で止めた。

 

「カイトくん。君には悦子さんがいる。……モルダー捜査官が喉から手が出るほど欲しがっても、決して手に入らなかった『守るべき日常』が君の手の中には、あるのですよ」

 

 カイトの拳が、膝の上で微かに震えていた。右京のプロファイリングは、カイトが心の奥底に隠していた「独りよがりの正義感」を、冷徹に、しかし慈悲深く暴き出していた。

 

「……あいつを、見つけなきゃいけない」

 

 カイトが顔を上げた。その瞳からは、先ほどまでの危うい熱が引き、刑事としての静かな決意が戻りつつあった。

 

「杉下さん。……俺、悦子に悲しい顔はさせたくない。

『闇の処刑人』を法で、俺たちのやり方で捕まえさせてください」

 

「ええ。……行きましょうか」

 

 

 深夜の廃工場。カイトは、逃走を続けていた元警察官の男を追い詰めた。

男の足元には、かつて証拠不十分で釈放された連続暴行犯が、恐怖に震えながら転がっている。

 

「どけ! お前も警察官なら分かるはずだ。

こいつを今ここで始末すれば、明日の被害者は出ないんだ!」

 

 男が銃口を震わせながら叫ぶ。その瞳には、かつてカイトの心にも宿っていた「危うい正義」の炎が燃え盛っていた。

 

カイトは一歩、踏み出した。背後からは、杉下右京が静かに見守る足音が聞こえる。

 

「……確かに、あんたの言うことは、もっともなことかもしれない。

俺も、何度もそう思ったよ。法が守ってくれないなら、俺がこの手で終わらせてやるって」

 

「なら、どけ! 俺が『真実』を執行してやる!」

 

「いや、それは『真実』じゃない。ただの『逃げ』だ」

 

カイトの声は、驚くほど冷静だった。

 

「アメリカに、あんたなんかよりずっと大きな闇と戦った男がいた。

その人は真実のためにいろいろな物を失った。……でも、その人の隣には、彼がどれだけ闇に落ちそうになっても、手を離さない『錨』がいたんだ」

 

 カイトは背後の右京を振り返ることなく、目の前の犯人を見据えた。

 

「俺にも、そんな人がいる。

俺を犯罪者にさせないために、必死で繋ぎ止めてくれる人がいる。……そして、俺が帰るのを待ってる大切な人がいるんだ。

あんたを撃って、その人たちの信頼を裏切るような真似は、……もう絶対にしない」

 

「綺麗事を……!」

 

 男が引き金に指をかけた瞬間、カイトは迷いなく踏み込み、鋭い一撃で銃を叩き落とした。流れるような動作で男を組み伏せ、背中に手錠をかける。

 

「綺麗事だよ。……でもな、その綺麗事を守り抜くのが、俺たちの仕事だろ」

 

 静寂が戻った廃工場に、手錠の閉まる金属音だけが冷たく響いた。

右京がゆっくりと歩み寄り、カイトの隣に立った。

 

「……お見事でしたね。カイトくん」

 

「……杉下さん。俺、正解でしたか?」

 

 カイトは息を乱しながら、どこか晴れやかな顔で尋ねた。

 

「正解などありません。……ですが、今の君が奏でた音は、決して『不協和音』ではありませんでしたよ」

 

 パトカーのサイレンが遠くから聞こえてくる。

カイトは空を見上げ、ふとアメリカの砂漠を思った。一度も会ったことのないモルダーという男に、心の中で「俺は踏みとどまったぞ」と告げるように。

 

 

事件から数日後。特命係の部屋には、いつものように紅茶の香りが漂っていた。

 

「……結局、あの元警官の男、最後まで自分の正義を疑ってなかったみたいですね」

 

カイトは、整理を終えた事件のファイルを手放しながら、ふと窓の外を眺めた。

 

「正義とは、時に恐ろしい劇薬になりますからね。……使い方を誤れば、自らを焼き尽くす炎となる」

 

 右京はティーカップを置くと、引き出しから一通の古びた絵葉書を取り出した。それは、ネバダの広大な夜空に星が散りばめられた、どこか寂しげな一枚だった。

 

「これ、モルダー捜査官からですか?」

 

「ええ。僕が日本に戻る直前、彼が手渡してくれたものです。……そこにはこう書かれています。

『Trust No One』……実に、彼らしい言葉です」

 

カイトは苦笑した。

 

「……相変わらず、厳しい人だ」

 

「ですが、カイトくん。僕は、あの砂漠で彼らの背中を見てこうも思いました。……彼らは『誰も信じるな』と言いながら、その実お互いという唯一無二の『錨』だけは、命を懸けて信じ抜いていた。……それは、法や国家という枠組みを超えた、一つの真実の形でした」

 

右京は、絵葉書をカイトの方へと滑らせた。

 

「モルダー捜査官は孤独でしたが、独りではありませんでした。……そして君も、独りではありません。……それを忘れないでいられる限り、君が闇に飲み込まれることは、もうないでしょう」

 

 カイトは絵葉書を手に取り、その重みを確かめるように指先で触れた。

 

「……誰も信じるな、か。……でも俺には、この言葉の裏にある意味が、今なら少しだけ分かる気がします。……信じられる人を、死ぬ気で守れってことですよね」

 

右京は、満足げに小さく頷いた。

 

「おやおや。それは的を射ているかもしれませんねぇ」

 

夕暮れの特命係に、カイトの晴れやかな笑い声が響いた。

 

「……さて。そろそろ行きましょうか、カイトくん。幸子さんが、新しい茶葉を仕入れたと仰っていましたよ」

 

「いいですね。……今日は俺の奢りです。あ、でも高いのは勘弁してくださいよ!」

 

二人の足音が、静かな廊下に重なって響いていく。

 

『The Truth Is Out There』

 

だが、この特命係という小さな部屋には、それよりもずっと確かな『信頼』が、静かな旋律となって流れ続けていた。

 

 





相棒シーズン24が終わりましたね。
昔は親が見てるついでになんとなく見てましたが、いつの間にか普通に見てました。笑
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