【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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4話 極北の結晶

 

 アンカレッジから、さらに北。

ボーフォート海に面したアラスカの海岸線は、吹き荒れる猛吹雪によって白一色の虚無に塗り潰されていた。

例年になく峻烈でポラリス(北極星)さえも、厚い雲の向こう側に隠蔽されている。

 

 スカリーがハンドルを握る全輪駆動車は、地吹雪によって視界を奪われ時折ホワイトアウトに見舞われながらも、魔神トートが残した座標を頼りに氷の荒野を進んでいた。

タイヤが雪を噛む鈍い音とエンジンの呻きだけが、この極地の静寂を切り裂く唯一の音だった。

 

「モルダー。外気温はマイナス四十度を下回っているわ。GPSもこの磁気異常で使い物にならない。これ以上の前進は自殺行為よ」

 

 スカリーの声は、激しい風の音にかき消されそうになっていた。

防寒着に包まれた彼女の指先は冷気で強張っていたが、その瞳には相棒の無謀な追跡を監視し同時に守り抜こうとする強い意志が宿っている。

しかし助手席のモルダーは、膝の上のスマートフォンを凝視したまま彫像のように動かなかった。

スマートフォンの表面には薄氷が張り付いていたが、その奥の液晶ではDDSアプリが周囲の冷気を異常な密度のデータとして検出し続けていた。

 

「もうすぐだスカリー。……見ろ、あそこだ」

 

 雪のカーテンが不意に裂けた先。

そこには地図に載っていない巨大なレドームが、氷の中に埋もれた太古の卵のように鎮座していた。

シンジケートが管理する極秘観測施設。

かつては気象観測を隠れ蓑にしていたが、その実態はトートが指摘した通り、情報の現実への係留地点―物理的なアンカーだった。

 

 車を降りた二人の顔を、ナイフのような寒気が切り裂く。

防寒マスク越しに吐き出される息は瞬時に白く凍りつき、まつ毛に霜を付着させた。

 

 施設内へ足を踏み入れると、外の吹雪とは対照的な静まり返った無機質な空間が広がっていた。

鋼鉄の床に響く二人の足音。

しかしそこには人影がなかった。あるのは壁一面に設置された膨大な数の液冷サーバーが発する低く重苦しいハミングだけだった。

 

「……誰もいないわ。でもシステムは生きている」

 

 スカリーが銃を構え、管理コンソールを調べようとしたその時。

施設の照明が青白く不気味な明滅を始めた。

天井の通気口から異常な冷気が溢れ出し、サーバーラックを冷却する冷媒パイプが内圧に耐えかねて破裂した。

激しく噴出する液体窒素の霧が床を這い、その白い帳の中から物理法則を無視した冷気の渦が立ち上がった。

 

[WARNING: HIGH-DENSITY NOISE DETECTED - PHYSICAL INTERFERENCE IMMINENT]

 

 スマホのアラートが鼓膜を刺す。

ARカメラが捉えたのは、サーバーの熱を奪い、凍てついた情報の結晶を纏って現れた警備用の実体化悪魔だった。

それは氷の皮膚を持つ巨大な獣の姿をしており、その咆哮は建物の鉄骨を震わせ、スカリーの持つ科学的計測器の針を振り切れさせた。

 

「スカリー。下がれ!銃は効かない。

奴はデータの塊でありながら質量を持っている」

 

 モルダーは懐から黒い魔導書を取り出し、凍りついた手でページをめくった。

DDSの召喚シーケンスを起動するが、極寒によるプロセッサの処理遅延が命取りになりかねない。

画面上のプログレスバーが止まる。

獣が前脚を振り上げ絶対零度の衝撃波を放とうとしたその瞬間。

 

「……僕は真実を諦めない。たとえ世界が凍りついたとしても」

 

 モルダーの純粋な意志――サマンサを取り戻すという執念が、スマホのバイナリデータと火花を散らして衝突した。

魔導書の「氷の節」に記された古代の韻律が、スマートフォンの高周波回路を媒介にして現実を書き換えていく。

冷媒の霧が一点に凝縮され、そこから場違いなほど軽快な声が響いた。

 

「ヒーホー!」

 

霧を切り裂いて現れたのは、青い帽子を被った雪だるまのような小さな妖精だった。

その愛くるしい外見とは裏腹に彼が纏う冷気は、この施設のシステム全体を凍結させるほどの絶対零度を秘めていた。

 

「……ジャックフロストか」

 

 モルダーがその名を呼んだ瞬間、氷の妖精は笑った。

彼の手から放たれた冷気『ブフ』が迫り来る獣を瞬時に凍結させ複雑な幾何学的破片へと砕いていく。

 

「モルダー。あの小さな生き物は何……? 幻覚なの?」

 

 スカリーが驚愕に目を見開く中、ジャックフロストはモルダーの肩に軽々と飛び乗った。

 

「協力してやるホー。でも退屈させたら凍らせちゃうホー」

 

 モルダーは、初めて手にした自分自身の仲魔の冷たさに微かな希望と、それ以上の深淵への恐怖を感じていた。

施設の最奥。そこにはサマンサの意識が分解され、情報の海へと流し込まれているポータルが口を開けて待っている。

 

 

 同じ頃ワシントン。

スモーキングマンは窓の外の闇を見つめながら、一本の煙草に火をつけた。

彼の机のモニターには、アラスカ施設の温度急降下を告げる警告灯が赤く点滅している。

 

「……新しい時代が始まったな。モルダー」

 




仲魔が初登場。
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