【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
「三ツ谷さん、あなたがこのビルを建てたのは、単なる再開発のためではありませんね?」
右京の静かな問いが、地鳴りの響くカフェに突き刺さる。
三ツ谷は警備員の後ろに隠れるように後退りしたが、その足元は激しく震えていた。
「……何を根拠に! 私は、この街の近代化に貢献したんだ!」
「近代化、ですか。……むしろ『隠蔽』と呼ぶべきではありませんか。とある資料によると、特定の高エネルギーが集中する地点では、物質が分子レベルで結合し、二度と引き剥がせなくなる現象が記されています。
……約10年前、あなたは飲酒運転で土田さんを跳ねた。そして、証拠となる彼の時計を奪い、死体を遺棄した……。違いますか?」
「証拠などない! 10年も前のことだ!」
三ツ谷が叫ぶと同時に、カフェの背後にある巨大な配電盤から、青白い放電が弾けた。
亀山が配電盤のカバーを力任せに引き剥がすと、そこには本来あるべきトランスや配線ではなく、歪んだ金属の塊が壁のコンクリートと同化するようにめり込んでいた。
「右京さん、これ……! 昔の車のバンパーですよ! 壁の中に埋まってやがる!」
亀山が声を荒らげる。物質透過現象――事故の瞬間、強烈なエネルギーが発生し、三ツ谷の車の一部と、土田氏の身体、そしてこの場所の地磁気が「量子もつれ」を起こし、時空の狭間に固定されてしまったのだ。
「おやおや。 ……三ツ谷さん。あなたがこの場所にビルを建て、強力な電力を供給し続けたのは、壁の中に封じ込められた『自分の罪の痕跡』が、二度と表に出ないよう、磁場で抑え込むためだったのですねぇ。……しかし皮肉なことに、隣接するビルの新システムが稼働したことで磁場が乱れ、封印が解け始めてしまった」
その瞬間、カフェの空間が不自然に歪んだ。
モダンなテーブルと椅子が、10年前の「雨の降る路地裏」の幻影と重なり合う。雨音とブレーキの焦げ付く臭いが、現在のカフェを侵食し始めた。
「右京さん、危ない!」
亀山が右京を突き飛ばした直後、空中に透過していた土田氏の残像が、三ツ谷に向かって音もなく突進した。老人の指先が三ツ谷の胸元を通り抜ける。
「……ぎゃああああ! 熱い! 熱いんだよ!」
三ツ谷が絶叫し、のたうち回る。
彼の高級時計は限界まで逆回転し、文字盤から発火した。それは、10年前の事故の瞬間に土田氏が浴びたエネルギーの「転写」だった。
「三ツ谷さん、今ならまだ間に合います。
あなたが止めた時間を、自らの手で動かすのです。……さあ、真実を!」
右京の叫びに、三ツ谷は恐怖に顔を歪めながらも、崩れ落ちるように膝をついた。
「……私が、私がやったんだ。あの日、彼が時計を……ナンバーを見られたと思って!」
告白と共に、右京が手に持っていた「歪んだ時計」が、かつてないほど激しく発光した。
空間の歪みがピークに達し、カフェ全体が「白い穴」に飲み込まれようとする。
「亀山くん! 配電盤の緊急遮断レバーです! 物理的にエネルギー源を絶つ以外に、この暴走を止める術はありません!」
「分かりましたよ! ……おい、死なせねぇぞ三ツ谷! ちゃんと法の裁きを受けろ!」
亀山は、皮膚を焼くような静電気に耐えながら、壁に埋まった「過去のバンパー」の隙間に腕を突っ込み、奥にある巨大なレバーを掴んだ。
「うおおおおおぉぉぉ!」
亀山の咆哮と共にレバーが引き下げられ、新宿の地下に二度目の、そして最後を告げる「ホワイト・フラッシュ」が炸裂した。
新宿の地下を埋め尽くした二度目の「ホワイト・フラッシュ」が収まった時そこには、もはや空間を歪ませる重低音も、髪を逆立てる静電気も残っていなかった。
亀山は、焦げ付いた配電盤のレバーを握ったまま、膝をついて激しく咳き込んだ。
「……ゲホッ、ゲホッ! 右京さん、終わったんですか……?」
「ええ。……どうやら、時間の濁流は本来の流れに戻ったようですねぇ」
右京の声に顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
三ツ谷が崩れ落ちていた背後の壁――先ほどまでコンクリートと同化していたはずの「バンパーの残骸」が、分子レベルの透過を解かれ、完全に実体化して床に転がっていたのだ。そしてその傍らには、10年前の夜に土田良三氏が握りしめていたはずの、文字盤の焼けた時計が、確かな質量を持って鎮座していた。
三ツ谷は、火傷を負った右腕を押さえながら、もはや逃げる気力もなく、ただ実体化した「自らの罪」を見つめていた。
一週間後。
新宿の事件は、メディアで大きく報じられた。
『新宿カフェ爆発事故の背後に10年越しの真実――実業家、三ツ谷氏を轢き逃げ容疑で逮捕。時効寸前の奇跡的解決』
テレビのニュース番組が流れる特命係の部屋で、亀山は新聞を広げながら首を傾げていた。
「『磁気嵐による精密機器の誤作動が、壁の中に隠蔽されていた証拠品を露出させた』。
警察の公式発表は、相変わらず夢がないっていうか、無理がありますよねぇ」
「物理的な証拠が揃い、犯人が自供したのです。組織としては、それ以上の『理由』は不要だということでしょう。」
右京は、いつものように高い位置から紅茶を注ぎながら、涼しい顔で答えた。
「あっそうそう。美和子の書いたコラムが評判良いみたいなんですよ!」
差し出されたのは、彼女の記事『都会の怪異・真相の裏側』だった。
科学的には証明できない「ホワイト・フラッシュ」や「透過現象」を、彼女独自の視点でドラマチックに書き立てたその文章は、SNSを中心に話題を呼んでいた。
「……これ、警察の上層部が読んだら、怒りませんか?」
亀山が不安げに眉を寄せると右京は、ふっと口角を上げた。
「真実は、受け取る側によって姿を変えるものです。……現に、我々の『友人』も、同じような感想を抱いているようですよ。」
右京がパソコンの方に目線をやると、そこにはフォックス・モルダーからのメッセージが表示されていた。
杉下、君たちの国で起きた『10分間のロスタイム』。
送ってくれた『実体化した時計』の写真がすべてを物語っている。
時間は直線ではない。それは時に、人の強い後悔や執着を糧に、特定の場所に沈殿し、結晶化する。
犯人が、その場所にビルを建てたことで、罪のエネルギーは高圧電流という栄養を得て、10年後に芽吹いた。
君の相棒がレバーを引かなければ、新宿のあの区画は今頃、永遠に十年前の雨の夜を繰り返す『幽霊都市』になっていただろう。
……真実は、そこにある。
「……幽霊都市、ですか。モルダー捜査官も、相変わらず面白い表現をしますねぇ」
右京は紅茶を一口すすり、窓の外に広がる新宿のビル群を見上げた。
昼下がりの東京は、澄み渡った青空がどこまでも広がっているだけだった。何事もなかったかのように平穏な時間を刻んでいる。