【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒Xファイル『砂漠の沈黙』
相棒編4話 砂漠の沈黙


 

バージニア州クワンティコ。

FBIアカデミーの緑豊かな敷地内にある、一般の職員が立ち入りを制限された地下の小部屋で、フォックス・モルダーは、古びたスライドを映し出していた。

スクリーンに浮かび上がったのは、夜の砂漠に浮かぶ「黒い三角形」だ。その角には鈍いオレンジ色の光が灯り、背景の星空を不自然に切り裂いている。

 

「……目撃されたのは三日前。ネバダ州レイチェル近郊、エリア51の目と鼻の先だ。

地元警察には三十件以上の通報があったが、軍は『気象観測用の気球の誤認』という、いつもの決まり文句で片付けてしまった」

 

モルダーは、そう言って部屋の隅で静かに紅茶を啜る男を振り返った。

 

「だが、杉下。気球がマッハ3で垂直上昇し、レーダーから一瞬で消えると思うかい?」

 

杉下右京は、手元のカップから立ち上る湯気を眺め、ゆっくりと顔を上げた。

 

「気球にしては、少々活発すぎる動きですねぇ」

 

 右京は今回の渡米、表向きは警察庁からの「広域捜査におけるプロファイリングの活用」に関する合同研修の講師として、FBIアカデミーに招かれていた。しかし、その正体を知る者たちにとって、彼を招くということは、組織のパンドラの箱を差し出すも同義だった。

 

「モルダー捜査官。あなたが、この話を僕に持ってきたということは単なる未確認飛行物体の目撃談では済まない『何か』が、その砂漠に落ちている……そう考えてよろしいですね?」

 

「察しがいいな。実は、その物体の目撃と同時に、ある人物が姿を消した。かつてエリア51で働いていたとされる、元空軍の技術者だ。

彼は失踪する直前、僕の留守番電話にメッセージを残しているんだ。」

 

モルダーが再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの怯えた男の声が室内に響いた。

 

『……彼らは入れ替わっている。空の三角形は、本物じゃない。日本の、杉下右京に伝えろ。ロジックの死角に気をつけろ、と……』

 

右京の眉が、わずかに動いた。

 

「面識のない人物が、僕の名前を? ……それは非常に興味深いですねぇ」

 

「スキナー副長官からは、今回の研修に水を差すなと厳命されているが……」

 

モルダーがニヤリと笑い、ジャケットの内ポケットから二枚の航空券を取り出した。

 

「公式な研修の一部として『ネバダ州の地元警察と情報交換会』という名目なら、文句は言えないだろう。どうかな、杉下。

砂漠の空気は、紅茶の味を少し変えるかもしれないが」

 

「おやおや。……ネバダ州までの旅、ご一緒させていただきますよ」

 

右京は、カップを置き静かに立ち上がった。その背後で消し忘れたスライドの黒い三角形が、まるでニ人を監視する巨大な瞳のように不気味に輝いていた。

 

 ラスベガスから北へ三時間。

レンタカーのフォードが、地平線まで続く一本道「地球外生命体ハイウェイ」をひた走っていた。窓の外には、砂と低木、そして容赦のない陽光が支配する赤茶けた世界が広がっている。

 

「……信じられるかい、杉下。この広大な砂漠の地下には、地図に載っていない巨大な都市が広がっているという噂がある。そこでは地球の科学を超越した『交換条件』が日々交わされているんだ」

 

 モルダーがハンドルを握りながら熱っぽく語る横で、右京は窓の外を流れる景色を、双眼鏡も使わずにじっと眺めていた。

 

「交換条件……。何かを得るために、何かを差し出す。それは極めて人間的な、政治的取引の匂いがしますねぇ」

 

 車はやがて、目撃情報の中心地であるレイチェルの町に差し掛かった。そこにあるのは、数軒の家屋と、UFOマニアの聖地として知られるモーテル『リトル・エイ・リ・イン』だけだった。

 

「まずは、ここで腹ごしらえだ。

ここのバーガーは火星人でも完食できないほどのボリュームだよ」

 

 モルダーに促され、右京はレストランバーのドアをくぐった。店内は、宇宙人の模型や目撃写真で埋め尽くされている。

右京は一番奥の席に座ると、メニューも見ずに注文した。

 

「紅茶を。……ティーバッグで構いませんから、お湯は沸騰したものをお願いします」

 

 その時、隣のボックス席に座っていた一人の若い女性が、右京の言葉にピクリと肩を揺らした。

彼女は使い込まれたカメラを傍らに置き、地図を広げていた。

 

「……あなたたちも、『三角形』を追ってきたの?」

 

 彼女が声をかけてきた。名はエレーナ。失踪した元技術者、アーサー・ホロウェイの娘だと名乗った。彼女の瞳には、父を案じる深い不安の色が浮かんでいる。

 

「僕はFBIのモルダーだ。

君のお父さんからのメッセージを受けてここに来た。……彼は今、どこに?」

 

「わからないわ。ただ、父は消える前に言っていたの。『光を見た者は、影に飲み込まれる』って。そして、日本から来る『ロジックの男』に会え、とも……」

 

 エレーナが右京を見つめる。右京は彼女の言葉を反芻するように目を細めた。だが、その視線は彼女の顔ではなく、テーブルの下……彼女が地図を抑えている「左手の指先」に向けられていた。

 

「おやおや。エレーナさん。お父様を探すために、この荒野を歩き回っておられるようですね。……ですが、不思議ですねぇ。

あなたの靴の側面には、砂漠特有の赤土ではなく、高度に管理された施設でしか見られない『白い粉末』が付着しています」

 

エレーナの表情が一瞬で凍りついた。

 

「……それは、消石灰ですね。それも、軍の滑走路を急造する際に使われる特殊な配合のものです。ホロウェイさんの娘さん……。

あなたは、つい先ほどまで『影の中』におられたのではありませんか?」

 

モーテルの空気が、一瞬にして刺すような緊張感に包まれた。

 

 エレーナが言葉を失った直後、ダイナーの窓の外で砂煙が舞った。

二台の黒いサバーバンが、排気音を殺したまま駐車場へ滑り込んでくる。そこから降りてきたのは、階級章も所属も記されていないタクティカルウェアに身を包んだ男たちだった。

 

「杉下! 伏せろ!」

 

 モルダーの鋭い制止と同時に、レストランの厚いガラスが粉砕された。男たちは警告なしに、エレーナが抱えていたカメラバッグを狙って発砲してきたのだ。

 

「裏口へ! 急いで!」

 

 モルダーがエレーナの腕を引き、厨房を抜けて裏手へと走る。

右京は逃げる際、調理台の上に置かれた業務用の大容量ペッパーミルと、大型の扇風機に目を止めた。

 

「ちょっと、失礼しますよ」

 

 右京はミルの中身を扇風機の前へとぶちまけ、スイッチを最大に入れた。追跡者が厨房になだれ込んだ瞬間、微細な胡椒の粒子が彼らの視界と呼吸を奪う。

 

「今のうちに!」

 

 三人はフォードに飛び乗り、モルダーがアクセルを踏み込んだ。背後でサバーバンが急追してくる。

ネバダの真っ直ぐなハイウェイを、時速100マイルを超える死の追走劇が始まった。

 

「エレーナ、君が持っているものは何なんだ!」

 

ハンドルを切りながらモルダーが叫ぶ。

 

「父がエリア51から持ち出した暗号化チップよ。中には、あの『三角形』の本当の飛行ログが入っているわ。彼らはあれを……」

 

エレーナの言葉を遮るように、上空から巨大な影が降りてきた。

クワンティコのスライドで見た、あの「黒い三角形」だ。それは地表近くまで下降し、三人の乗るフォードを飲み込むかのように低空で静止した。凄まじい風圧と、腹に響くような重低音が周囲を支配する。

 

「来た……本物だ! 見ろ、杉下! あれがエイリアンの技術……」

 

 モルダーが興奮に目を見開く。

しかし、右京は耳を澄ませていた。激しい風圧の中でも、彼はその音の「構成」を分解していた。

 

「いいえ、モルダー捜査官。よく聞いてください。この重低音の裏側に、三つの異なる周期の振動が混じっています。……これは、ゼネラル・エレクトリック社製のF110エンジンを三基、特殊な位相で同調させた際に生じる干渉音です」

 

「……何だって?」

 

「上空のそれは、宇宙船などではありません。既存のジェットエンジンを巧みに隠蔽した、極めて人間的な『偽装機』ですよ」

 

 右京の言葉を裏付けるように、三角形の底面から一筋のレーザーが照射され、フォードのタイヤを正確に撃ち抜いた。

 

 タイヤを撃ち抜かれたフォードは、激しい土煙を上げて路肩の砂に突っ込んだ。

衝撃で意識が飛びかける中、モルダーが無理やりドアを蹴り開ける。

 

「杉下、エレーナ! 出るんだ、早く!」

 

 三人が車を飛び出し、月の光さえ届かない荒野の岩陰に身を隠した直後、背後でフォードが爆発炎上した。

サバーバンから降りてきた男たちが、無機質な暗視ゴーグルを光らせながら、扇状に散開して迫ってくる。

 

「……プロの動きですねぇ」

 

岩の隙間から追跡者を観察しながら、右京が低く呟いた。

 

「モルダー捜査官。彼らは我々を殺すことより、エレーナさんのバッグを確保することを優先しています。つまり、そのチップの中身は、彼らにとって重い『不都合な真実』というわけです。」 

 

息を切らしながら、エレーナがバッグを抱きしめた。

 

「……父は、このチップを『パンドラの箱』と呼んでいたわ。軍は、エイリアンの宇宙船を模した機体をわざと目撃させることで、天文学的な軍事予算を闇に流している。……『三角形』は、ただの税金の洗濯機なのよ」

 

「なるほど、不正流用のカモフラージュですか」

 

右京は頷いたが、その瞳はまだ納得していなかった。

 

「ですが、それだけでしょうか。……先ほどの偽装機。エンジンの同調をあえて不安定にさせ、不気味な重低音を響かせていた。あれは『恐怖』を植え付けるための演出です。

単なる予算隠しなら、もっと静かに隠密に行えば済む話……」

 

その時、モルダーの携帯電話が震えた。スカリーからだ。

 

「スカリー! 無事か?」

 

『モルダー、クワンティコの資料室で奇妙なものを見つけたわ。エレーナの父、アーサー・ホロウェイの軍歴よ。……彼は技術者である前に、ある特殊な分野の専門家だった。……サイコロジカル・ウォーフェアよ』

 

モルダーが目を見開く。

 

「……。つまり、あのUFO目撃騒動そのものが、組織的なマインドコントロールの実験だというのか?」

 

『それだけじゃないわ。アーサーが最後にアクセスしたサーバーの記録によると、彼は「偽物」の中に混じっている「本物」を特定しようとしていた形跡があるの』

 

右京がモルダーの手から端末を受け取り、スピーカー越しに問いかけた。

 

「スカリー捜査官。その『本物』とは、何を指しているのですか?」

 

『……杉下警部? ……記録にはこうあったわ。「重力を制御しているのはエンジンではない。……それは『音』そのものだ」と』

 

右京の表情が、初めて微かに強張った。

追跡者の足音が、すぐそこまで迫っている。

右京は、足元の小石を拾い上げ闇を見つめた。

 

「どうやら僕たちは、偽物の影を追っているうちに、本物の足跡を踏んでしまったようですねぇ」

 

 追跡者の足音は、乾燥した砂を噛む不快な音となって確実に距離を詰めていた。

暗視ゴーグルの放つ微かな緑色の光が、岩陰をなめるように動いている。

 

「モルダー捜査官。アメリカのナイトビジョンは、特定の高周波ノイズに対して自動補正機能が働くと聞いていますが、間違いありませんか?」

 

右京が、拾い上げた数個の小石を弄びながら囁いた。

 

「ああ、急激な光や音の干渉から目を守るために、一時的に回路がカットされる仕組みだ。……だが、こんな場所でどうやってそれを引き起こす?」

 

右京は答えず、エレーナに向き直った。

 

「エレーナさん。あなたのバッグの中にあるカメラ。ストロボのチャージを繰り返してください。発光させる必要はありません、あの『キィィィン』という高周波の充電音だけが欲しいのです」

 

 エレーナが頷き、震える指で操作を始める。静寂の中に、電子的な高音が断続的に響き始めた。右京はタイミングを計り、手に持った小石を次々と、特定の岩場に向けて正確に放り投げた。

 

「……? 何をしているんだ?」

 

「砂漠の岩場は、夜間になると急激な温度変化で微細な亀裂が生じます。特定の角度で衝撃を与えれば、音は反響(エコー)を生む……。おやおや、始まりましたよ」

 

 右京が放った石が岩に当たった瞬間、エレーナのストロボの充電音と砂漠の反響が共鳴し、追跡者たちの周囲で「音の壁」が形成された。暗視装置のセンサーが過敏に反応し、男たちは悲鳴を上げてゴーグルを剥ぎ取った。回路がショートし、彼らは一時的な盲目状態に陥ったのだ。

 

「今のうちに、あちらの尾根へ!」

 

 三人は混乱する追跡者を尻目に、月明かりの届かない斜面を駆け上がった。

ようやく息をつける洞窟の入り口に辿り着いた時、モルダーが右京をまじまじと見つめた。

 

「……杉下。君は今、砂漠の岩を『楽器』に変えて、最新鋭の兵器を無力化したのか?」

 

「楽器だなんて、そんな風流なものではありませんよ。単なる物理現象の応用です」

 

右京は乱れたネクタイを整えながら、再びスカリーとの回線が繋がった端末に目を落とした。

 

「スカリー捜査官。先ほどの『音そのものが重力を制御する』という言葉。……僕にはどうしても、ある古い理論が頭をよぎるのです。

1930年代に一部の科学者が提唱した、音響浮揚(アコースティック・レヴィテーション)……」

 

『ええ、杉下警部。私も同じことを考えていたわ。でも、それを実現するには、地球上の既存のエネルギー源では足りないはず。……それこそ、あのチップにある「本物の飛行ログ」が、その未知のエネルギーの在処を示しているとしたら?』

 

その時。

洞窟の奥から、冷たい風と共に「音」が流れてきた。

それは偽装機の轟音ではない。もっと澄んだ、しかし魂を直接揺さぶるような、高く細いチェロの旋律に似た「響き」だった。

 

「……聞こえるか、杉下。これは……不協和音じゃない」

 

モルダーが吸い込まれるように洞窟の奥へと歩み出す。

 

「おやおや。どうやら『本物の足音』は、すぐそばまで来ていたようですねぇ」

 

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