【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒シーズン25で亀山薫いなくなるのかなぁ神戸も良いがどうなるかね


相棒編18話 ポトマック河畔の観察者 前編

 

 ヴァージニア州クアンティコ。アカデミーの敷地を包む森林は、秋の深まりとともに濃密な影を落としていた。  

FBI捜査官の登竜門であり、世界最高の捜査機関の知識が集積するこの場所で、その日の夕刻、一つの講義が静かに幕を閉じる。

 

「……以上の点から、現場に残された微小な繊維片の付着パターンと、容疑者の歩行癖による靴底の摩耗状態には明確な矛盾が生じます。つまり、防犯カメラの映像に映っていた人物は、彼本人ではなく、彼の行動パターンを精密に模倣した第三者である――そう結論付けるのが、最も論理的と言えますね」

 

 講義室の壇上で、英国仕込みの洗練されたスリーピースのスーツに身を包んだ男が、静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。杉下右京である。  

日本の警視庁から「日米捜査技術交流研修」の名目で派遣されたこの小柄な警部は、わずか数週間の滞在期間中にアカデミーの若き訓練生だけでなく、百戦錬磨の特別捜査官たちをもその圧倒的な洞察力で心服させていた。

 

「素晴らしい講義だったよ、杉下警部。捜査心理学の連中が脱帽していた」  

 

 教室の後方から、長い足を投げ出すようにして座っていた男が立ち上がり、ゆっくりと拍手をしながら歩み寄って来る。

無精髭をうっすらと蓄え、どこか疲れを滲ませながらも、その瞳には少年のような好奇心の光を宿した男――フォックス・モルダー特別捜査官である。

 

「おや、モルダー捜査官。わざわざ足を運んでくださったのですか」

 

「ああ。君が『いかにして死角を見抜くか』という講義をすると聞いてね。だが、残念だったよ。

君の論理はあまりに完璧すぎて、僕の好きな『説明のつかない隙間』がどこにも見当たらなかった」

 

「フフ、恐縮です」

右京は小さく微笑み、鞄に資料を丁寧に収める。

 

「ですが、僕が示したのは、あくまで『現時点で判明している事実』の組み立てに過ぎません。

事実と事実の間に横たわる暗闇に何が潜んでいるか……それを見極めるのは、また別の領域の話ですからね」

 

 モルダーは右京のその言葉を聞くと、どこか満足そうに口元を緩める。

 

「まさに、その『暗闇』の話をしに来たんだ。……今夜、時間はあるかい?

残念なことにスカリーは今夜、医学会のセミナーでこちらに来ている研究者たちと意見交換会で不在だが、僕の部屋で君が日本から持参したという素晴らしい紅茶をご馳走になりたいのだがね」

 

「それは魅力的な提案ですねぇ。喜んでお供しましょう」

 

 

 ワシントンD.C.郊外にあるモルダーのアパートメントは、お世辞にも整理整頓されているとは言えなかった。

壁一面には不可解な写真や地図、新聞の切り抜きが貼り付けられ、床には未解決事件のファイルが、うずたかく積まれている。だが、右京はその散らかった部屋を見渡しても、眉を顰めることはなかった。むしろ、壁に掛けられたポスター――『I WANT TO BELIEVE(私は信じたい)』――の前に立ち、興味を示しながら見上げている。

 

「紅茶が入りましたよ、モルダー捜査官」

 

 右京は持参した陶器のティーカップに、絶妙な高さを保ちながら琥珀色の液体を注ぎ込んだ。部屋の中に、上品で芳醇なアッサムの香りが広がる。

 

「ありがとう、杉下。君の淹れる紅茶は、この荒んだ部屋には似合わない香りがするな」  

 

 モルダーはカップを受け取ると、愛用しているひまわりの種が入った小袋をテーブルに置き、ソファに深く身体を沈めた。

 

「アカデミーの心理分析官たちは、君のことを『究極の実証主義者』と評していたぞ」  

 

 モルダーは、ひまわりの種を一つ口に含み器用に皮を吐き出しながら次の言葉を紡ぐ。

 

「あらゆる状況証拠を極限まで削ぎ落とし、純粋な論理のみで犯人を追い詰める。

人間心理の隙間を見抜き、嘘を暴く天才だとね」

 

「過分な評価ですねぇ」  

 

 右京は静かに紅茶を口に含み、味を楽しむ。

 

「僕はただ、目の前にある事実をありのままに観察しているに過ぎません。

先入観や願望に囚われず、事実が語る声に耳を澄ませる。それが捜査の基本ですから」

 

「……だがな、杉下」  

 

 モルダーは身を乗り出し、右京の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「君の真の恐ろしさは、その論理の刃を『理解不能な現象』に対しても向けられる点にある。

普通の捜査官や、スカリーのような科学者は、自分の理解を超える現象に遭遇すると、まずそれを『あり得ない』と否定する。

自らの合理的な世界観を守るための防衛本能だな。……だが、君は違う」

 

 モルダーの頭脳の中で、プロファイラーとしての回路が滑らかに回転し始めていた。

 

 

『杉下右京。警視庁特命係。英国仕込みの紳士的な佇まいと、完璧な論理構築能力。

一見すると冷徹な実証主義者であり、不条理を許さない規律の体現者に見える。しかし、その本質は探求心の塊だ。

彼は未知のものや怪奇現象に出会った時、決して『あり得ない』と笑い飛ばさない。むしろ、子供のような純粋な眼差しでその謎を見つめ、観察し、受け入れる。

彼にとって論理とは、世界を狭めるための枠組みではなく、未知の領域へ踏み出すための足場なのだ』

 

 

「君は、幽霊や超能力、あるいは目に見えない力を頭から否定しない」

 

 モルダーが呟く。

 

「それどころか、関心を抱き、耳を傾ける。……何故だ?」

 

 右京は静かにカップをソーサーに置くと、穏やかな、しかし確信に満ちた声で答えた。

 

「科学や論理というものは、人類がこれまでに発見した法則の集積に過ぎません。未だ人類が解明していない自然の摂理や、未知の現象が存在することは、むしろ極めて自然なことですよ。

解明されていないからといって存在しないと決めつけるのは、科学的でも論理的でもありません。……『あり得ない』と思考を停止することこそ、観察者として最も忌むべき態度だと、僕は思っています」

 

「……ハハッ、参ったな」  

モルダーは声を上げて笑う。

 

「君のような男がFBIの長官になってくれたら、僕は予算をふんだんに使えるはずだ」

 

 

「実はね、杉下」  

 

 モルダーは足元の書類の山から、一冊の古い黒いファイルを引き抜く。その表紙には『X-FILES』と刻印されている。

 

「僕がこれまで扱ってきた事件の中には、政府の陰謀や異星人とは関係のない、純粋に『人間の精神や自然の怪異』としか言いようのないものが山ほどある。……例えば、これだ」

 

 モルダーが開いたページには、モノクロの不気味な現場写真が貼られていた。

 

「以前、メリーランド州のボルチモアで起きた連続殺人事件だ。犯人はユジーン・ヴィクター・トゥームス。

彼は何と、三十年に一度目覚め、5人の人間の肝臓を喰らうという生態を持っていた。そして……彼は体の骨格を極限まで伸縮させ、幅の狭い通気口から部屋に侵入していたんだ」

 

「ほう……骨格の伸縮、ですか」  

 

 右京は身を乗り出し、写真を覗き込む。その瞳には、恐怖や嫌悪ではなく、探求者特有の強い知的好奇心が宿っている。

 

「スカリーは当初、遺伝子変異や物理的な不可能性を主張した」  

 

 モルダーは懐かしむように目を細めた。

 

「だが、現場に残された指紋は、百年前の未解決事件の指紋と完璧に一致した。彼は遺伝子の変異によって長命を得た、異端者だったのさ」

 

「実に興味深いですねぇ」  

 

 右京は顎に手を当て、深く頷く。

 

「体の構造上、骨格を柔軟に変化させる生物は存在します。もし人間にそのような遺伝的形質が先祖返りのように発現したとすれば、物理的な侵入経路の常識は全て覆される。……捜査官が『ドアは施錠されていた』という事実に固執する限り、真相には絶対に辿り着けない事件だったわけですね」

 

「その通りだ!」  

 

 モルダーは膝を打って話しを続ける。

 

「君は一瞬で理解してくれる。普通の捜査官なら『そんな人間がいるわけない』と笑ってお終いだよ」

 

 モルダーは調子づいたように、次々とファイルをめくっていく。

 

「あるいは、この事件……ネバダ州の高速道路で起きた現象だ。

ある男が、頭の中で激しい高周波のノイズを聞き続けていた。そのノイズは西へ向かって走り続けなければ、彼の頭脳を内側から破壊してしまうんだ。

彼は速度を落とすことすらできず、ただひたすら西へ車を走らせるしかなかった」

 

「脳内における特定の周波数の受信……あるいは地磁気の異常との共鳴でしょうか」

 

「正解だ。原因は米軍の極秘超低周波通信実験だったが、被害者の男にとっては、まさに『死の走破』だった。……科学的な説明はつく。だが、彼が死の直前に見た光景や、彼を突き動かしていた恐怖は、既存の法律や医学の枠組みでは決して掬い取れない」

 

 右京は静かに耳を傾けている。

モルダーが語る事件の数々――時間を歪める精神力を持つ者、死者の記憶を宿した写真、他人の夢の中に侵入する男。それらは全て、一歩間違えれば狂人の戯言として処理されるような内容ばかりだった。だが、右京はその一つ一つに対して、冷静な分析と、深い共感を示した。

 

「モルダー捜査官」  

右京は温かい紅茶を再び注ぎながら、静かに語りかける。

 

「あなたが追っているものは、単なる奇妙な現象や怪物ではないのでしょうね」

 

「……何?」

 

「貴方が向き合っているのは、常識という名の安全な世界から弾き出された『孤独な真実』そのものです。……そして、その真実の影には必ず傷ついた人間の心がある」

 

 モルダーは息を呑み、絶句した。

長年、FBIの中で「スプーキー」と嘲笑われ、変人扱いされてきた自分。

スカリーという最良の理解者を得たとはいえ、自分の孤独な闘いの本質を、これほどまで見事に言葉にしてくれた者がいただろうか。

 

「……君には敵わないな、杉下」  

モルダーは自嘲気味に微笑み、カップの紅茶を飲み干す。

 

「君の言う通りだ。僕が真実を求めるのは、ただの好奇心じゃない。……置き去りにされた者たちの声を聞くためだ」

 

「フフ、僕も同じですよ」  

右京は柔らかく微笑む。

 

「僕もまた、警視庁の陸の孤島と呼ばれる特命係で、人が見落とした小さな傷跡や、捨て去られた事実に耳を澄ませているに過ぎませんから」

 

 窓の外では、ポトマック川から吹き寄せる冷たい秋風が街並みを揺らしている。  

ワシントンの一室で、日米の異端にして孤高の観察者たちは、静かな理解の絆を確かに深めていた。

 

(後編へ続く)

 




昨日の相棒ニュースを見て勢いで書いてみました。
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