【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
いよいよ今日から相棒25シーズンが始まりますね!
東京・霞が関。
警視庁本庁舎の隅に位置する特命係の部屋には、いつもと変わらぬ穏やかでどこか浮世離れした時間が流れていた。
窓から差し込む秋の柔らかな光の中、杉下右京は静かに紅茶を注ぎ、立ち上る湯気を眺めている。
研修を終えてアメリカから帰国して数週間が経っていた。
部屋のドアが勢いよく開き、角田課長がぶらりと入ってくる。
「よぉ、暇か?
アメリカ帰りの警部殿に、国際郵便が届いてるぞ。なんか厳重な封筒でさ」
角田がデスクの上に置いたのは、厚みのある無骨なクラフト紙のエアメールだった。
差出人の欄には、英文でこう記されている。
Fox Mulder, Special Agent / FBI Headquarters, Washington D.C.
「ほう……モルダー捜査官からですか」
「FBIの知り合いねぇ。相変わらず杉下の人脈はよく分からんよ」
角田は、いつものようにコーヒーを持って部屋を出て行く。
右京はペーパーナイフを手に取り、丁寧に封を切り開いた。中から出てきたのは、何枚ものタイプ印字された用紙と、数枚のモノクロ写真。そして、手書きの便箋だった。
タイプ用紙の頭には、見慣れた文字が並んでいる。
『X-FILE : PERSONAL REPORT / FOR UKYO SUGISHITA』
公式の捜査記録ではなく、モルダーが杉下右京という個人に向けた「個人的報告書」であった。
右京は温かい紅茶に口をつけ、モルダーの癖のある筆跡で綴られた手紙と報告書に目を落とす。
『拝啓、杉下警部。
君が日本へ帰国してから、ポトマック川から吹く風もすっかり冷たくなった。君が淹れてくれたアッサムティーの香りが恋しいよ。
スカリーは君が去った後、「杉下警部のような論理的で紳士的なパートナーなら、私のストレスは半分になっていたでしょうね」と皮肉を言っていた。実に心外な話だ。
さて、君に約束していた「報告書」を送る。
これはFBIの公式データベースには登録されていない。僕個人のプライベート・アーカイブとして保管しているものだ。
君とあの夜に語り合った「常識の隙間に零れ落ちた真実」についての、僕なりの考察だ』
右京はページをめくる。そこには、モルダーがプロファイラーとしての鋭い知性と、X-ファイル担当者として異端の眼差しを注ぎ込んだ「杉下右京という男の分析」が記されていた。
『【対象者プロファイリングおよび行動分析記録】
対象:杉下右京(日本国 警視庁特命係・警部)
杉下右京という捜査官の思考プロセスを観察することは、私にとって極めて示唆に富む経験であった。
彼は英国仕込みの洗練された所作と、寸分の狂いもない高度な論理構築能力を保持している。
アカデミーの分析官たちが彼を「極限の実証主義者」と評すのも頷ける。
彼はあらゆる先入観を排し、現場の物理的証拠と人間行動の矛盾から、唯一無二の真相を導き出す。しかし、彼の本質はそこにはない。
彼の真の卓越性は、「いかに理解不能な事象に直面しようとも、それを初手から“存在し得ないもの”として排除しない」という点に宿っている。
多くの科学者や捜査官(私の信頼するパートナーであるスカリーを含め)は、自らの依拠する合理的世界観や法執行の枠組みを超える事象に遭遇した際、自己防衛のメカニズムとしてそれを「誤認」「錯乱」、あるいは「奇異な例外」として処理しようとする。それは組織人として、また人間として極めて自然な防衛反応である。未知の領域は、常に恐怖を伴うからだ。
だが、杉下右京は異なる。
彼は未知の現象や異常性に直面した時、怯えることも、嘲笑することもない。まるで真理の探求に魅入られた冒険者のように目を輝かせ、厳密な客観性をもってそれを「観察」する。
彼にとって論理とは、世界を自らの理解できる安全な境界線内に押し込めるための“壁”ではなく、未知の領域へと踏み出すための“灯火”なのだ。
彼は心霊や超常現象、あるいは現行の科学で説明のつかない事象を頭から否定しない。なぜなら彼にとって「現時点で科学的証明がなされていない事実」と「存在しない事実」は、決して同義ではないからだ。
この柔軟かつ冷徹なまでの実証的精神こそが、彼をいかなる組織的ドグマからも解放し、常人には不可視の真実へと到達させる原動力となっている。
彼と一連の捜査を共にして、私は確信した。
彼は秩序を重んじる規律の執行者でありながら、その本質において、組織という常識の枠組みから外れた「孤高の観察者」である。
彼が警視庁の“陸の孤島” と呼ばれる特命係に身を置いているのは、彼が無能であるからではない。むしろ、彼があまりにも純粋に「真実」のみを追求しすぎるが故に、組織という名の安全な虚構構造そのものを揺るがしてしまうからに他ならない』
『……君に共有したい事例がもう一件ある、杉下。
かつてペンシルベニア州の小さな街で、人間の「記憶」や「深層の恐怖」が環境に作用し、街全体を物理的に侵食していくという異常な事件があった。
住民たちは、自らが最も忌避する幻影や精神的重圧に苛まれ、次々と命を落とした。
公的な検死結果は「急性ショック死」および「心臓麻痺」であった。だが、現場の状況証拠には、物理的に説明のつかない“存在しないはずの痕跡”が残されていた。
スカリーは集団ヒステリーや化学物質による幻覚症状を仮説として立てた。だが、私は知っていた。
彼らの生命を奪ったのは毒素でも病原体でもなく、彼ら自身が内包する心理的抑圧が具現化した結果であるということを。
君なら、この不可解な事例にどうアプローチしただろうか。
君はおそらく、被害者個人のバックグラウンドや過去のトラウマあるいは、その地域が抱える歴史的経緯を丹念に洗い出し、なぜその恐怖が特定の対象を狙ったのかという“人間心理の軌跡”を完璧に再構築してみせたはずだ。
そして、いつものようにこう言っただろう。
「どれほど不条理に見える現象であっても、そこに人間の営みが存在する限り、必ずや筋道の通った動機と因果関係が存在します」と。
私たちが追及するX-ファイルの本質とは、怪異や未知の生物そのものではない。
社会の「常識」という安全保障を守るために、国家や組織、あるいは人間自身が切り捨て、覆い隠そうとした「歪められた真実の破片」に他ならない。
君は太平洋の対岸において、私と同じようにその破片を一つ一つ拾い上げている。
杉下。もし今後、君が再び日本の組織内で常識の壁に阻まれ、孤立感を覚えるようなことがあったら思い出してほしい。
ワシントンの地下室で、君と同じように暗闇の向こうを見つめ、微かな物音に耳を澄ませている同業者が、太平洋の向こうにも存在しているということを。
追伸:
次回渡米の際は、アッサムティーの補充を頼みたい。
スカリーには内密で、また僕の部屋で話をしよう。
フォックス・モルダー』
報告書と手紙を読み終えた右京は、それをゆっくりと丁寧に折り畳み、鞄の中に収めた。
窓の外を見上げれば、秋の澄み切った青空が広がっている。
ワシントンと東京。距離も、扱っている事件の表面的な姿も遠く隔たっている。だが、その根底にある「真実への飽くなき情熱」と「虐げられた者の声を聞く姿勢」において、二人を結ぶ絆は、どんな公式な同盟関係よりも強固なものだった。
「……孤独、ですか」
右京は一人ごちると、穏やかな、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「思考を停止せず、目の前にある事実をありのままに観察し続ける限り……人は決して、本当の意味で孤立することはありませんよ、モルダー捜査官」
右京は、手に持ったティーカップを静かに持ち上げた。
琥珀色の液体に映る自分の顔を見つめ、遠くポトマック川の畔にいる盟友へ向けて、静かにカップを傾ける。
世界には、未だ人類の知らんとする謎と、常識の闇に葬られた無数の真実が眠っている。だが、どれほど深い暗闇であろうとも、それを照らす「観察者」達の眼差しが消えることはない。
右京は一口紅茶を味わうと、静かに目を閉じ、次の「事実」が待つ新しい一日へと、再び歩みを進めるのだった。
(完)
亀山から神戸にどういう形でリレーするのか分からないけど楽しみにその時を待ちます。