【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒編6話 砂漠の沈黙

 

 

砂漠の夜明けは冷酷なほどに白く、そして早い。

スキナーが手配した非公式のセーフハウスに、ワシントンから急行したダナ・スカリーが到着した。

彼女は右京の手から「チェロの弦」を受け取ると、持ち込んだポータブル顕微鏡のレンズを覗き込んだ。

 

「……信じられないわ。弦の表面にミクロン単位で刻まれているのは、座標だけじゃない。……これは、ある特定の『音波の波形』よ」

 

スカリーの言葉に、右京が深く頷く。

 

「やはり、そうですか。エレーナさん、お父様はチェロの調弦をする際、電子チューナーを使わずに、常に特定の『音叉』を使っていませんでしたか?」

 

「ええ……。父はそれを『宇宙の調律』と呼んで、肌身離さず持っていたわ。でも、失踪した時にそれも無くなったはず……」

 

その時、セーフハウスのモニターに緊急ニュースが流れた。

 

『……ネバダ州の連邦施設が武装グループに襲撃されました。首謀者はFBIのフォックス・モルダー捜査官、および日本から派遣された不審な同行者……』

 

「おやおや。我々がテロリストですか。随分と古典的な手を使ってきますねぇ」

 

右京は眉一つ動かさず、紅茶を口にした。

 

「杉下、ゆっくりお茶を飲んでいる暇はないぞ! 州警察も軍も、僕たちを『射殺許可』付きで追っているんだ!」

 

モルダーが焦燥を露わにする。

 

「モルダー捜査官。焦りはロジックを鈍らせますよ」

 

右京はスカリーが解析した地図を指差した。

 

「この座標が示す『セクター4』。ここは物理的な入り口が存在しません。……ですが、毎日午前4時44分、この地点の地下にある巨大な排気ダクトが、高熱の蒸気を逃がすために15秒間だけ開放されます。……気圧の差を利用した、物理的な『音の逃げ道』です」

 

「……その15秒で潜入しろというのか? 自殺行為だ!」

 

「いいえ。お父様が弦に波形を刻んだのは、潜入のためだけではありません。……そのダクトが開放される際、特定の周波数をぶつけることで、電子ロックを一時的にオーバーライドできる。……つまり、この『チェロの弦』そのものが、セクター4を開く『物理的な鍵』なのです」

 

スカリーが驚きに目を見開いた。

 

「つまりアーサーは、科学的な知識と音楽的な感性を組み合わせた、彼にしか作れない暗号を残したというのね」

 

「その通りです。……さぁ、軍がこの場所を特定するまで、あと30分といったところでしょうか。……モルダー捜査官、スカリー捜査官。最後のリサイタルに出かけましょうか」

 

 

 午前4時44分。ネバダの地平線が薄紫に染まる直前、荒野の何もない砂地から突如として凄まじい蒸気が噴き出した。

 

「今です!」

 

 右京の叫びと共に、三人は防護服に身を包み、轟鳴を上げる排気ダクトの淵へと駆け寄った。

スカリーが弦の波形を再生する特殊な音響デバイスをダクトのセンサーにかざすと、電子的な警告音が、柔らかな和音(コード)へと変わる。

 

「開いたわ!」

 

 重厚な隔壁がスライドし、三人は奈落のような縦穴へと飛び込んだ。

滑り落ちた先、15秒の開放時間が過ぎて隔壁が閉じると、そこには不気味なほどの静寂が広がっていた。壁面は滑らかな半透明の素材で覆われ、微かな脈動のように淡い光を放っている。

 

「……ここは、軍の施設じゃない。何かの『巣』だ」

 

 モルダーがライトを照らす。その先には、巨大なチェロの内部を歩いているかのような、幾何学的な空洞が続いていた。

最深部にある広大なホールに辿り着いた時、彼らはその「正体」を目にした。

 

 ホールの中心に、無数の細い管に繋がれた一人の男が座っている。本物のアーサー・ホロウェイだ。

彼は虚ろな目で、天井を見上げながら、一定のリズムでハミングを続けていた。

 

「父さん……!」

 

エレーナが駆け寄ろうとするが、右京がその肩を強く掴んで制した。

 

「待ちなさい。……見てください、彼の周囲の空間を」

 

 アーサーのハミングに合わせて、周囲の空気が物理的に震え、光の粒子が目に見える波形となって漂っている。それは音響浮揚の理論を超えた、物質そのものを再構成するような「共鳴」だった。

 

「おやおや。軍が隠したかったのは、兵器ではありませんね」

 

右京の鋭い視線がアーサーの背後、闇の中に鎮座する巨大な「黒い三角形」を捉えた。

 

「あれは偽装機ではない。……音によってのみ駆動し、音によってのみ存在を維持できる、一種の『生きた化石』です。

アーサーさんは、自らの声を鍵にして、あれを眠らせ続けているのですよ」

 

「眠らせている?」

 

スカリーが息を呑む。

 

「ええ。もし彼が歌うのを止めれば、この共鳴は暴走し、ネバダ州全土を消し飛ばすほどの衝撃波が発生する。……軍は、その圧倒的なエネルギーを制御し、独占しようとしていた。……つまり、この場所そのものが巨大な『爆弾の信管』なのです」

 

その時、ホールのスピーカーから聞き慣れた冷徹な声が響き渡った。

 

『察しがいいな、杉下右京。だが、アーサーの喉もそろそろ限界だ。……「次の歌い手」には、彼の血を引く娘が相応しいとは思わないか?』

 

 天井のハッチが開き、スモーキング・マンが率いる武装集団が、銃口を向けながら降りてきた。

スモーキング・マンの言葉と共に、武装集団がエレーナの周囲を包囲した。銃口の冷たい光が、彼女の震える肩を照らし出す。

 

「……娘を、父の代わりに『生きた部品』にする。それが、あなたがたの導き出した効率的な解決策ですか」

 

右京の声は、洞窟の底を流れる地下水のように冷徹だった。

 

「効率こそが秩序だ、杉下右京。

アーサーの喉が潰れれば、この『黒い三角形』は目覚め、未曾有の災厄を撒き散らす。それを防ぐには、同じ声帯の特性を持つエレーナがハミングを引き継ぐしかない。……彼女は救世主になるのだよ」

 

「救世主、ですか。……僕には、ただの『残酷な生贄』にしか見えませんがねぇ」

 

右京は、装置に繋がれたアーサーの虚ろな瞳をじっと見つめ、一歩前へ踏み出した。

 

「モルダー捜査官。スカリー捜査官。……この装置の音を、もう一度よく聞いてください。アーサーさんのハミングは、本当にこの物体を『眠らせる』ためのものだと思われますか?」

 

スカリーが、デバイスの波形モニターを凝視する。

 

「……待って。一定のリズムだと思っていたけれど、わずかに……本当にわずかだけど、波形が『会話』の構造を持っているわ。これは、命令じゃなくて……」

 

「そう。これは『問いかけ』です」

 

右京は、ポケットからハンカチを取り出し、アーサーの喉元に触れているセンサーの汚れを丁寧に拭き取った。

 

「彼は、あれを眠らせているのではない。……あれから発せられる、気の遠くなるような膨大な『情報の奔流』に対し、人間が理解できる速度まで落とすよう、『チューニング』を試み続けているのです」

 

「チューニング……?」

 

モルダーが呟く。

 

「軍は、その圧倒的な情報を『兵器』として解析しようとした。しかし、あまりの熱量にシステムが耐えられない。だからこそ、アーサーさんというフィルターが必要だった……。

スモーキング・マン。あなたが恐れているのは、共鳴の暴走ではない。……『真実』が、誰の手にも負えない形で溢れ出すことではありませんか?」

 

スモーキング・マンの指先が、わずかに微動だにした。

 

「エレーナさん。お父様の代わりに歌う必要はありません。……僕たちがすべきなのは、この不協和音を止めることではなく、この『楽器』を本来あるべき持ち主に返すこと……。

スカリー捜査官、あのチェロの弦に記録された『波形』を、最大出力で、このホールに響かせてください!」

 

「そんなことをすれば、共鳴が臨界点を超えるわ!」

 

スカリーが叫ぶが、右京の瞳には確信があった。

 

「いいえ。……本当の音を聴かせれば、怪物は静まるはずです」

 

 スカリーが震える指でデバイスのスイッチを入れた。

ホール内に設置されたスピーカー群が、一斉に「チェロの弦」から解析された波形を放つ。それは、アーサーが長年続けていた弱々しいハミングとは比較にならない、重厚で純粋な「真実の音」だった。

 

 ――ヴォォォォォォォォォン……

 

 その音が響いた瞬間、ホールの空気が一変した。

暴力的だった不協和音が、まるで打ち寄せられた波が引き潮へと変わるように、急速に穏やかな旋律へと整えられていく。

闇の中に鎮座していた「黒い三角形」が、呼応するように内側から白銀の光を放ち始めた。

 

「……数値が安定していく。共鳴が……『完璧な調和』を見せているわ!」

 

スカリーがモニターを凝視しながら叫ぶ。

スモーキング・マンは、その光景を信じられないといった面持ちで見つめていた。

 

「馬鹿な……。長年、我々がどれほどの計算と強制をもってしても制御できなかったこの『力』が、たった一本の弦の音で……」

 

「あなたがたの計算には、最も重要な変数が欠けていたのですよ」

 

右京は、光の粒子が舞う中を、悠然と歩き出した。

 

「それは、相手に対する『敬意』です。……あなたがたは、これを支配すべきエネルギー資源と見なした。ですが、アーサーさんはこれを、対話すべき『孤独な迷子』だと感じていた。……おやおや、見てください」

 

 アーサーの喉を繋いでいた無数の管が、光に包まれてパラパラと剥がれ落ちていく。

解放されたアーサーは、駆け寄ったエレーナの腕の中に崩れ落ちたが、その表情には数年ぶりに安らかな色が宿っていた。

 

「……杉下。あれを見ろ」

 

モルダーが声を潜めて指差した。

黒い三角形の表面に、文字とも図形ともつかない幾何学模様が浮かび上がっている。それは、右京の瞳には、ある種の「楽譜」のように見えた。

 

「モルダー捜査官。あなたが追い求めていた『真実』の一端が、そこにあります」

 

右京は光り輝く物体の表面を、畏敬の念を込めて見つめた。

 

「これは、遠い星から来た乗り物などではない。……宇宙そのものが奏でる『音の記憶』を蓄積した、一種の記録媒体(レコード)なのですよ。それが地球の重力層に触れた際、不和を起こして墜落した。……あなたがた軍部がやろうとしたことは、壊れた楽器を無理やり叩いて、爆音を鳴らそうとする野蛮な行為だったのです」

 

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、物体からさらに強い波動が放たれた。

スモーキング・マンが率いる武装集団は、その「純粋な音」の圧力に耐えきれず、次々と武器を取り落とし、膝をついた。

 

「……これで、幕引きですねぇ」

 

 しかし、右京の言葉とは裏腹に、セクター4の深層から、聞き捨てならない「別の音」が近づいていた。……それは、組織による最終処置の足音だった。

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