【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒編7話 砂漠の沈黙

 

 

 

「純粋な音」の余韻に浸る間もなく、セクター4の壁面に設置された警告灯が、血のような赤色に点滅を始めた。

 

「……何が起きたの?」

 

スカリーが計器を覗き込む。

 

「熱源反応が急上昇しているわ。施設の冷却システムが意図的に遮断された……。これは、物理的な爆発じゃない。熱による『分子レベルのメルトダウン』よ!」

 

「おやおや。制御できないものは、存在そのものを消し去る……。まさにシンジケートのやりそうなことですねぇ」

 

右京は、動けなくなった武装集団を尻目に、アーサーを支えるエレーナの方を向いた。

 

「モルダー捜査官。スモーキング・マンの姿がありません」

 

 右京の指摘通り、混乱の隙を突いて、あの男は闇に消えていた。代わりに聞こえてきたのは、規則正しく響く重いブーツの音。それは、感情を排した暗殺チームの足音だった。

 

「スカリー、アーサーを連れて出口へ! 僕が時間を稼ぐ!」

 

モルダーが銃を構えるが、右京がその手を静かに制した。

 

「いいえ。僕たちが逃げるだけでは、この『宇宙の記憶』は失われ、同時にネバダ州全土が熱汚染に晒されます。……アーサーさん。聞こえますか?」

 

 右京は意識が混濁したアーサーの耳元で、チェロの弦を微かに弾いた。その振動に反応するように、アーサーが目を見開く。

 

「……終わらせる……んだ。……この『レコード』を、あるべき場所に……」

 

「方法があるのですね?」

 

アーサーは震える指で、黒い三角形の頂点にある小さな窪みを指差した。

 

「……音を……『反転』させろ。……共鳴を逆位相(アンチフェイズ)にすれば……それは重力を斥力に変える……」

 

「アンチフェイズ……! つまり、この施設の自壊エネルギーを、そのまま『推力』に変えろというのですか?」

 

スカリーが驚愕する。

 

「スカリー捜査官、計算をお願いできますか? 僕は、この『弦』を使って物理的な入力を試みます」

 

 右京は、剥き出しになった制御基盤にチェロの弦を巻き付けた。それは、科学の最先端施設で、最も原始的な「弦楽器」を演奏するような異様な光景だった。

背後の通路から、暗殺チームのレーザーサイトが右京の背中を捉える。

 

「杉下、早くしろ! 来るぞ!」

 

モルダーの叫び。しかし、右京の指先はミリ単位の狂いもなく、弦のテンションを調整し続けていた。

 

「……計算、完了よ! 周波数、444.1ヘルツ! 」

 

 右京が弦を強く弾いた。その瞬間、セクター4を満たしていた熱気が、一気に「黒い三角形」へと吸い込まれていく。

 

 

 右京が弦を弾いた瞬間、鼓膜が裏返るような圧迫感がホールを支配した。吸い込まれた熱エネルギーが臨界点に達し、黒い三角形が白銀の光を放って浮上を開始する。

 

「斥力が最大値を超えたわ! 全員、壁際へ!」

 

 スカリーの叫びと同時に、猛烈な衝撃波が中心から放たれた。

迫り来る暗殺チームの男たちは、その不可視の壁に弾き飛ばされ、レーザーサイトの光が無様に天井を泳ぐ。

 

「モルダー捜査官! 天井の三叉に分かれた亀裂、その中心を撃ち抜いてください!」

 

右京が浮き上がる瓦礫を避けながら指示を飛ばす。

 

「何をさせる気だ!」

 

「崩落の方向を制御するのです! さぁ!」

 

 モルダーが迷わず引き金を引くと、正確に撃ち抜かれた亀裂から巨大な岩塊が落下し、暗殺チームの退路と追撃ルートを完全に遮断した。その振動を合図にするかのように、黒い三角形は音もなく垂直に加速し、セクター4の堅固な天井を、まるで熱したナイフがバターを切るように静かに溶かしながら貫いていった。

 

「僕たちも脱出しますよ! 急いで!」

 

 右京たちは、斥力の残響によって形成された「真空の道」を駆け上がった。背後では、施設の溶解プログラムが最終段階を迎え、全てが熱の中に溶けていく。

 

 地上へ這い出した一行の目に飛び込んできたのは、ネバダの夜空をどこまでも高く、どこまでも速く昇っていく白銀の光だった。それはもはや軍の「偽装機」ではない。

宇宙が奏でる旋律を宿した、真実の記録(レコード)が本来の場所へと帰っていく姿だった。

 

「……行ったか」

 

 モルダーが額の汗を拭い、星の海へと消える光を見送った。スカリーもまた、科学者としての驚嘆を瞳に宿し、その軌跡を追い続けていた。

エレーナの腕の中で、アーサー・ホロウェイがようやく静かに目を開けた。 

 

「……ありがとう、杉下右京。……彼らは、もう……『音』には困らないだろう」

 

アーサーは右京の手を弱々しく握り、周囲に聞こえないほどの掠れた声で囁いた。

 

「……だが、忘れないでほしい。あのレコードが去り際に奏でた最後の音を。……それは再会の約束ではない。……『調律の合わない種』への、最後の手向けだったんだ」

 

右京の表情が、一瞬だけ厳しく凍りついた。

 

「……それはまた、随分と皮肉な余韻を残してくれましたねぇ」

 

 その時、荒野の彼方から数え切れないほどのサーチライトがこちらを捉えた。軍の主力部隊が、証拠隠滅のために迫っていた。

 

 

 ネバダの砂漠を埋め尽くすサーチライトの光が、泥と埃にまみれた一行を冷酷に射抜いた。数台のハマーが砂煙を上げて急停止し、重武装の兵士たちが一斉に下車して銃口を向ける。

 

「全員、動くな! 手を上げろ!」

 

 スキナー副長官が前に出るが、部隊を率いる筋骨逞しい将軍は、彼のバッジを一瞥して鼻で笑った。

 

「FBIの副長官、ここからは軍の管轄だ。

テロリストと、その共犯者たちの身柄は、こちらで引き受ける」

 

「彼らはテロリストではない! 私の部下と、公式な招待を受けたゲストだ!」

 

スキナーの怒声も、軍の圧倒的な武威の前では虚しく響く。

 

「おやおや。招待されたはずのゲストが、今や軍のターゲットですか。……アメリカのホスピタリティも、随分と様変わりしたようですねぇ」

 

右京は、向けられた銃口を気にする様子もなく、ゆっくりと懐から一台の衛星電話を取り出した。

 

「おい、杉下! 何をする気だ!」

 

モルダーが制止するが、右京はすでに発信ボタンを押していた。

 

「……ああ、杉下です。夜分に失礼します、甲斐さん。……ええ、ネバダの砂漠は少々、夜風が冷たいですよ。……ところで、日米地位協定の第十七条に関わる『解釈』についてですが……」

 

右京は淡々と、しかし現場の全員に聞こえるような明瞭な声で話し始めた。

 

「今、僕を包囲している軍の方々は、僕を『テロリスト』と呼び、公的な身分を無視して抹消しようとしています。……もし、日本の警察庁の人間が、公式な研修中に米軍によって不当に処理されたとなれば……これは単なる事故では済みません。

国際的な外交問題、それも極めて『後味の悪い』ニュースとして、世界中を駆け巡ることになるでしょう」

 

将軍の眉が動いた。右京は微笑を浮かべ、電話を将軍の方へと差し出した。

 

「日本の警察庁長官官房付、甲斐峯秋という男をご存知ですか? 彼は非常に粘り強い性格でしてね。……今、この通話はホワイトハウスの知人経由で、ペンタゴンの法務局にも同時中継されています。……さて、将軍。あなたは『音楽好きの科学者』を救った僕たちを消すために、ご自身のキャリアと、合衆国の威信を賭ける覚悟がおありですか?」

 

砂漠に沈黙が流れる。サーチライトの光の中で、将軍は忌々しげに右京を睨みつけたが、やがて無線機を手に取った。

 

「……全部隊、待機。……FBIに身柄を引き渡す」

 

銃口が下ろされた。右京は静かに電話を切り、満足げに頷いた。

 

「助かった……のか?」

 

モルダーが脱力したように呟く。だが右京は、遠ざかる空を見上げ、独り言のように言った。

 

「いいえ。……本当の戦いは、これからですよ。……アーサーさんが聞いた『最後の手向け』。……人類が『調律の合わない種』であるという宣告。その意味を、僕たちは証明しなければなりません」

 

 

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