【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

46 / 72
相棒編8話 砂漠の沈黙

 

 

 

ネバダの砂漠を飛び立ったFBIの専用機は、深夜の黒い空を静かに切り裂いていた。

機内では、スキナー副長官がペンタゴンへの対応に追われ、モルダーは窓の外の星空を眺めながら沈黙を守っている。

 

座席で眠るエレーナとアーサーの隣で、スカリーはポータブル端末を操作し、セクター4から持ち出したデータを解析していた。彼女がその解析結果に気づいた時、その瞳は驚愕に大きく見開かれた。

 

「杉下警部。これを見て……。アーサーさんが繋がれていた装置に残されていた、彼の『声』のバイタルデータよ」

 

右京がスカリーの隣に腰を下ろし、端末の画面を覗き込む。

 

「……信じられない。人間の声帯から発せられる周波数は、通常20ヘルツから2万ヘルツ。……でも、このデータは、その上限を遥かに超えた『超音波』までを物理的に合成しているわ」

 

「つまり、アーサーさんは、ただ歌っていたのではなく装置自体が彼の声帯を振動させる『トランスデューサー』として機能していた……?」

 

「ええ。これなら、人類全土を消し飛ばすほどのエネルギーと共鳴できた理由も説明がつく。彼は、あの『孤独な迷子』の文字通りの『スピーカー』になっていたのよ」

 

右京は画面に表示された複雑な波形をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。

 

「おやおや。調律どころの騒ぎではありませんね。……文字通り、命を削って『宇宙の言語』を解釈していたということですか。……それにしても」

 

右京は、機内の通路を歩いてくる客室乗務員の姿に目を留めた。

彼女の歩き方は、乗務員にしてはあまりに規則正しく、そして冷徹だった。彼女の視線が、眠っているアーサーに向けられた瞬間、右京はそれが何であるかを悟った。

 

「モルダー捜査官。……この飛行機は、まだ安全ではないようですよ」

 

モルダーが即座に反応し、客室乗務員が手にしていたトレイから何かを抜き取ろうとするのを見抜いた。

 

「スカリー、アーサーたちを隠せ!」

 

 通路のど真ん中で、モルダーが彼女に飛びかかる。トレイから転がり落ちたのは、神経毒を含んだエアロゾル・スプレーだった。

右京は、騒然とする機内で、一人冷静にスカリーの端末を操作し、コックピットへの緊急通報ラインを開いた。

 

「パイロットの方へ。……恐れ入りますが、高度を維持したまま、最も近い軍事基地ではない、民間の空港への緊急着陸をお願いできますか? ……この機内で、非常に『調律の合わない』事件が発生しております」

 

 

 機内は混乱の極みに達していた。通路でモルダーが暗殺者の女と格闘する中、スカリーは気絶したアーサーを抱えながら、端末のモニターと格闘していた。

 

「杉下警部! アーサーさんの体温が急上昇してる! 超音波が機体の電子システムと共鳴し始めたわ!」

 

 機体の計器が乱舞し、オートパイロットが解除される。アラーム音が鳴り響く中、右京はコックピットへ繋がる通路のドアを塞ぐ暗殺者の仲間を引き剥がし、エアロゾル・スプレーを奪い取った。

 

「おやおや、このスプレーは『機内持ち込み禁止』にしておくべきでしたねぇ」 

 

モルダーが暗殺者をノックアウトするのと同時に、専用機は大きく右に傾いた。

 

「杉下! 制御が効かない!」

 

「モルダー捜査官! 左側の貨物扉を緊急開放してください! 機体の重心を左にずらし、強引に旋回をかけます!」

 

「正気か!? 空中で貨物扉を開けるなんて!」

 

右京は、恐怖に凍りつくパイロットのヘッドセットを奪い取った。

 

「もし機体が空中分解すれば、我々は文字通り散ることになりますが……それも一つのフィナーレかもしれません。ですが、あなたの腕を信じましょう」

 

 モルダーが貨物扉のレバーを引き下ろした瞬間、凄まじい轟音と共に空気が機内に流れ込み、機体が急旋回する。

暗殺者たちはその衝撃で機体の端へと投げ出され、パイロットは必死の操作で機体を建て直した。

 

 窓の外に、民間の空港の滑走路の明かりが見えた。

着陸の衝撃と同時に、機内は静寂に包まれる。武装した特殊部隊が機内に乗り込んでくる中、右京は震える手で最後の紅茶を一口飲み、小さく息を吐いた。

 

「……着陸の衝撃は、大きな『不協和音』でしたねぇ」

 

 空港のターミナルに降り立った一行を待っていたのは、スモーキング・マンの姿ではなく、新たなシンジケートの幹部たちだった。スカリーは、アーサーのバイタルデータを密かにスキナーの手に渡した。

 

「杉下、これからどうする?」

 

モルダーが泥だらけの顔で右京を見る。

 

「さぁ……。ですが、アーサーさんが聞いた『最後の手向け』。……人類を、宇宙の旋律に『チューニング』し直す戦いは、まだ始まったばかりですよ」

 

 

 ワシントンD.C. FBI本部の一室。

窓からは巨大なリンカーン記念館が見下ろせるが、部屋の中の空気は砂漠の夜よりも凍てついていた。

 

「スカリー捜査官、あのデータを世界中の主要メディア、そして国連のアーカイブへ同時に発信してください」

 

右京は、携帯端末のキーボードに手を置いたスカリーに指示を飛ばした。

 

「……これを公開すれば、シンジケートが数十年かけて隠してきた『真実』が白日の下に晒される。でも、それは同時に、私たち全員が組織の標的になることを意味するわ」

 

「ええ。ですが、アーサーさんが命をかけて繋いだ『調律』の音を、人類に伝える義務が僕たちにはあります」

 

モルダーが部屋のドアにバリケードを築きながら振り返った。

 

「杉下、もしこれで彼らが『人類が調律の合わない種』だと理解して、三角形の力を使おうとしたら?」

 

「その時こそ、僕たちの出番です。……モルダー捜査官、このデータを解読すれば、あの物体を駆動させていたのは『音の論理』だと分かります。つまり、人類の論理で彼らと会話を試みることは……」

 

 その時、爆音と共に部屋のドアが吹き飛んだ。

銃を構えた武装集団がなだれ込んでくる。その中心にいたのは、スモーキング・マンの野望を引き継いだ、新たな幹部だった。

 

「そのデータを渡してもらおう。……杉下右京。君のロジックも、ここまでだ」

 

右京は優雅に椅子から立ち上がり、幹部の顔をじっと見つめた。

 

「おやおや。……皆さんは、あの『黒い三角形』を、支配すべき『武器』だと勘違いされているようですねぇ。……ですが、あのデータが示しているのは、あれが武器ではなく、むしろ『鏡』であったという事実です」

 

「鏡……?」

 

「ええ。宇宙から来たあの『レコード』は、人類の『暴力的な調律』を反射し、爆弾としての機能を見せていただけ。……逆に言えば、人類が『穏やかな旋律』を奏でれば、それは『星々の地図』となるのです」

 

右京は、幹部の胸元にあるバッジを指差した。

 

「あなたの胸にあるその権力の象徴も、……ただの金属の塊に過ぎません。……本当の力は、その権力(パワー)ではなく、信頼から生まれる。……それを理解できない限り、あなたがたは永遠に、あの物体の真の『音』を聞くことはできないでしょう」

 

 その瞬間、スカリーがデータを世界中に送信した。

同時に、部屋の窓からアーサーの遺したバイタルデータが可視化されたホログラムのように広がった。それは、この本部全体を包み込むような、穏やかで美しい「星の旋律」だった。

 

 シンジケート幹部は、その音と光に包まれ、銃を取り落とした。

武装集団もまた、銃を降ろし、その「音」に見惚れていた。

 

「……これが、真実の音……」

 

モルダーが呆然と呟く。

 

「僕たちは……宇宙から愛されていたのではなく、……宇宙からテストされていたのか」

 

右京は、静かになった部屋で最後に一杯の紅茶を淹れた。

 

「……テスト、ですか。

僕には、まだその結果が分かりません。……けれど、少なくとも今は、不協和音ではない、穏やかな調べが流れている。……それで良いのではありませんか」

 

ワシントンの空に、新たな朝陽が昇り始めていた。

 

 

 ワシントンD.C.の空は、いつの間にか春の陽気を帯びていた。

 

リンカーン記念館が見えるホテルの上階レストランで杉下右京は、静かに紅茶を飲んでいた。カップから立ち上る湯気の向こうに、かつて戦場となった地へ繋がる空が広がっている。

 

上品なシガーの香りと共に、一人の男が同じテーブルに座った。

完璧に仕立てられたスーツを身に纏ったウェル・マニキュアード・マンである。

 

「爽やかに香る紅茶ですね。杉下警部。

この殺風景な景色を少しだけ華やかにしています。」

 

男は穏やかな声で言った。スモーキング・マンの持つ冷徹な匂いは皆無だった。

 

「おやおや。わざわざご丁寧に、ありがとうございます。」

 

右京は顔色一つ変えず、ティーポットに新しい湯を注いだ。

 

「仲間から報告は受けているのでしょう?

僕は、あなた方の数十年の努力を、チェロの弦で台無しにした張本人です。」

 

「台無し、ですか」

 

マニキュアード・マンは軽く笑い、シガーを灰皿に置いた。

 

「私の視点から見れば、君は『処理に困る高価な骨董品』を、最も美しい形で再定義してくれたに過ぎない。

……スモーキング・マンは、あの『黒い三角形』を支配しようとして失敗した。物理的な力で宇宙の理を捻じ曲げようとする時代遅れの男ですよ」

 

彼は右京を観察するように見つめた。その眼差しは、観察対象を分析する研究者のようでもある。

 

「私は以前から君に興味を持っていた。

スコットランドヤードで難事件を解決した時の資料も読ませてもらったよ。」

 

「……随分と買い被られたものですねぇ。」

 

「君は、謎が解明され真実が明らかになることに価値を見出し、真実を『観賞』している。

スモーキング・マンは真実を隠して、煙に巻く。

水と油だ。」

 

右京は紅茶を飲み干し、静かにカップを置いた。

 

「……それで? その観察結果を、僕に伝えてどうするおつもりですか?

シンジケートの幹部が、わざわざ雑談のために、ここまで来るとは思えません。」

 

「私は『三角形』のデータが世界に公開されたことに感謝している。

あの物体の真の機能――『鏡』であり『記録媒体(レコード)』であること――を知り、我々の計画は、根本的な修正を迫られた。

……暴力的な調律から、協力的な調律へ。

我々は、新たなビジネスパートナーを求めている」

 

マニキュアード・マンは、ポケットから小さな銀色のケースを取り出し右京のテーブルの上に置いた。

 

「君のロジックは、我々が今後進むべき道を示す指標になり得る。……もちろん、君がそれを望むなら、だが」

 

「おやおや。僕が、あなた方と? それはまた、意外な言葉ですねぇ。」

 

右京は、ケースを開けようとはしなかった。

 

「申し訳ありませんが、僕は警視庁特命係の杉下右京です。

あなたがたとビジネスパートナーなど、なり得ませんよ。」

 

「……その返答は予想していたよ。ただ対話のチャンネルは、残しておいてもらいたい。」

 

マニキュアード・マンは、ケースを再びポケットに収めた。

 

「一つだけ確認をさせてほしい。

君が流した『星の旋律』。……あれは本当に、君が即興でデータ化したものだったのかな?」

 

右京は微笑んだ。その表情には、相手を見透かしたような余裕があった。

 

「……データが示していたのは、あくまで物理的な波形です。それを『音楽』として解釈したのは、アーサーさんであり、スカリー捜査官であり、……そして、それを聞いた人類の心ではないでしょうか。」

 

「……見事な答えだ。」

 

マニキュアード・マンは、立ち上がった。

 

「……またいつか、我々が不協和音を奏でた時、君が調律に来てくれることを願っている」

 

男は礼儀正しく一礼し、静かに去っていった。

 

 





短編としては思った以上に長くなってしまったので、きちんと終われてよかった。
次はメガテンの短編へ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。