【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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メガテンXファイル『アリゾナの赤い迷宮』
アリゾナの赤い迷宮 1話


 

 

アリゾナ州の午後は、色彩を失うほどに眩しかった。

視界のすべてを占めるのは、乾燥した空気に研ぎ澄まされた赤茶色の断層と、雲ひとつないコバルトブルーの空だけだ。

太陽は天頂から大地を焼き、数億年の時を経て剥き出しになった岩肌は、まるで地球そのものが負った巨大な裂傷のように見えた。

 

 一台の四輪駆動車が、正規の観光ルートから大きく外れた、ひび割れた大地の上を這うように進んでいる。

ハンドルを握るフォックス・モルダーの視線は、フロントガラスの向こう、陽炎に歪む岩壁に固定されていた。

彼のプロファイラーとしての直感は、この圧倒的な沈黙が、何か巨大なものが息を潜めている「静止した予兆」であることを察知している。

 

「モルダー、見て。地磁気計の針が……もう一回転したわ」

 

 助手席に座るダナ・スカリーが、信じられないものを見る目で計測器を見つめている。

彼女の指先が、激しく振動する計器のベゼルに触れた。

 

「通常の地質構造ではあり得ない数値よ。もしこれが自然現象だとしたら、私たちは今、超巨大な磁石の上を走っていることになる。……あるいは、重力場そのものが歪み始めているのか」

 

「FBIの地下室にあった、古い地質調査資料……『プロジェクト・テンペスト』の記述によれば、このエリアの岩石は特定のアスペクトで『歌う』と言われているんだ、スカリー。

特定の地磁気条件が揃ったとき、岩壁は扉に変わる」

 

 モルダーが指差した先。

垂直にそびえ立つ深紅の壁に、陽炎とは異なる空間の揺らぎが生じた。そこには、かつて国立公園局が「崩落の危険」を理由に地図から抹消したはずの、古い坑道の入り口が黒い口を開けていた。その時、抜けるような青空の一角が、不自然に暗転した。

 

 雷鳴。しかし、雲はない。

鼓膜を震わせる低い咆哮のような音が、大峡谷の底から這い上がってきた。それは大地の震えか、あるいは巨大な翼が空気を叩く音か。

 

 二人の頭上で、強烈な静電気が走った。

スカリーの髪の毛がふわりと浮き上がり、モルダーの手に持ったDDSが、かつてないほど激しい警告音を鳴らし始めた。

 

 

 坑道の入り口は、背後で荒れ狂う不可解な雷鳴を吸い込むかのように冷たく、重苦しい静寂を湛えていた。

 

 モルダーはライトを点灯させ、崩れかかった木製の支柱を慎重に避けながら一歩足を踏み入れた。

外の灼熱が嘘のように、内部の空気は湿り気を帯び、数億年前の地層が放つ「石の匂い」が鼻腔を突く。

 

「待って、モルダー。磁場強度がさらに上昇しているわ。これ以上進むのは、電子機器……いえ、私たちの神経系にとっても危険よ」

 

 スカリーが警告するが、その声は洞窟の奥へと吸い込まれ不自然な残響となって返ってきた。

坑道の壁面。本来なら水平に走っているはずの堆積岩の縞模様が、ある地点を境に「垂直」へと折れ曲がっている。それは、この場所で地質学的な常識を覆すほどの、強大なねじれが発生した証拠だった。

 

「スカリー、あれを見てくれ。国立公園局が隠したかったのは、これだ。」

 

 ライトの光が、壁面に刻まれた「文字」を捉えた。それは先住民のペトログリフのようにも見えるが、より数学的で、まるで回路図のような模様を形成している。

中央には、三つの雷を掴んだ巨大な鳥の意匠。そしてその周囲には、過去の調査隊が残したと思われる、色褪せたチョークの計算式が並んでいた。

 

 その時、足元から地響きが上がった。

地震ではない。それは、何かが「目覚めた」ときの胎動に近い。

 

「モルダー、地磁気の数値が……完全に異常よ! 退避して!」

 

 スカリーの叫びと同時に、坑道の奥から凄まじい「吸引力」が吹き抜けた。風ではない。空間そのものが、より深い場所へと引きずり込まれようとしている。

 

 岩壁に刻まれた回路図が青白く発光し、サンダーバードの翼が、暗闇の中で羽ばたきを始めたかのような錯覚に陥る。

 

「しっかり捕まるんだ、スカリー!」

 

 モルダーは彼女の手を掴んだが次の瞬間、二人の肉体は重力から解放された。

地面が消失し、彼らは「垂直の迷宮」の深淵へと、真っ逆さまに滑落していった。

 

 

 どれほどの時間、落下していたのか。

意識の混濁の中でモルダーが最後に感じたのは、耳元を通り過ぎる凍てついた突風と、スカリーの細い手の感触だけだった。

やがて訪れた衝撃は、予想していた硬い岩盤への衝突ではなかった。まるで粘り気のある水の中に飛び込んだような、奇妙に緩やかな減速。

 

モルダーは激しく咳き込みながら、砂を噛む思いで顔を上げた。

 

「……スカリー。無事か?」

 

「ええ。……でも、説明がつかないわ」

 

 スカリーは少し離れた場所で、信じられないものを見るように周囲を指差した。

二人が横たわっているのは、地上から数千フィート下にあるはずの巨大な空洞だった。だが、そこは暗黒ではない。

空洞の天井や壁一面に、淡い燐光を放つ巨大な石英の結晶が群生しており、地下世界を青白い静寂で満たしている。

 

 そして何より異常なのは、二人の立ち上がった感覚だった。彼らは今、垂直に近い角度の斜面に立っているはずだったが、体感する重力は地面に対して「垂直」に働いている。

視線を上げれば、剥落した岩石が空中に静止し、ゆっくりと公転するように揺れていた。

 

「モルダー、見て。地磁気計が……逆回転しているわ」

 

 スカリーが差し出した計器の針は、狂ったように回転し、時折パチリと小さな青い火花を散らしている。

 

「ここは単なる洞窟じゃない。『プロジェクト・テンペスト』が触れてしまった、地球の磁場を制御するための『核』のような場所だ」

 

 モルダーが暗闇の奥へライトを向けると、結晶の光を反射して、銀色に輝く奇妙な構造物が姿を現した。それは自然物とは思えない、鳥の骨格を模したかのような巨大な金属製の「塔」だった。

 

「ヒーホー……! なんだかここ、磁石の匂いがするホー!」

 

 その時、モルダーのポケットから、ジャックフロストがひょっこりと顔を出した。

 

 

 モルダーがライトの光軸を絞ると、銀色の塔の根元に、石英の結晶に半分飲み込まれた「人為的な影」が浮かび上がった。それは、半世紀前の地質調査隊が放棄したと思われるテントの残骸と、錆びついた通信機だった。

 

「……スカリー、あれを見てくれ」

 

 スカリーは慎重に足を進め、結晶の隙間に挟まった手帳を拾い上げた。表紙には、金色の文字で『プロジェクト・テンペスト』の刻印がある。

 

 彼女がページを捲るたび、乾燥した古い紙が小気味よい音を立てて崩れ、中から数枚の写真が滑り落ちた。

 

「モルダー、これは……」

 

 写真に写っていたのは、この巨大な空洞で「金属の塔」にケーブルを繋ぎ、何かを実験している男たちの姿だった。その中心に立つ人物の顔は、激しい磁気嵐に晒されたかのように白く焼け落ちている。

 

「彼らは、サンダーバードの力を制御しようとしたんじゃない。……サンダーバードそのものを、この塔で『再現』しようとしたんだ」

 

 モルダーが塔の表面に触れようとした瞬間、空洞全体が激しく共鳴した。

 

 キィィィィィン――。

 

 耳を劈くような高周波。それは結晶の壁を反射し、増幅され、巨大な叫びとなって二人の脳を直接揺さぶった。

 

「ヒーホー! お耳が痛いホー! モルダー、あの上から何か来るホ!」

 

 ジャックフロストが空を指差した。

逆転した重力の中で、空洞の天井——いや、彼らにとっての「空」から、青白い電光を纏った巨大な影が高速で降下してきた。

 

 それは生物か、あるいは意志を持ったエネルギーの塊か。

三つの雷を掴む爪、そして広げられた翼の端からは、空間を焼き切るような火花が散っている。

 

「サンダーバード……!」

 

 モルダーが叫ぶと同時に、塔の頂部から強烈な放電が始まり、地下世界は一瞬にして「昼」のような眩しさに包まれた。

 

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