【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
閃光が網膜を焼き、モルダーの視界は一瞬で真っ白に染まった。
塔の頂部から放たれた数万ボルトの電流が、石英の結晶壁を伝い、巨大な蜘蛛の巣のように空洞内を走り抜ける。
「スカリー、伏せろ!」
モルダーは彼女を抱き寄せ、帯電した結晶の破片から身を隠した。
岩石が爆発し、オゾンの焦げ付いた臭いが鼻を突く。
サンダーバードの咆哮は、今や物理的な圧力となって彼らの鼓動を狂わせていた。
「モルダー、あの塔は避雷針の役割を果たしているわ! だけど同時に、この空洞全体の電位差を極限まで高めている。……次にサンダーバードが羽ばたけば、この場所自体が巨大な放電管になるわよ!」
スカリーが、激しく火花を散らす地磁気計を投げ捨てて叫ぶ。
彼女の計算によれば、生存確率は一分ごとに数パーセントずつ削り取られていた。逃げ場のない「垂直の迷宮」で、二人は地球の怒りに晒されている。
「ヒーホー! おまかせだホー! オイラの出番だホー!」
ジャックフロストが、モルダーの肩から力強く飛び出した。
彼は黄金の林檎の力を解放し、小さな手を頭上に掲げる。
「冷たいのは得意だホー! 空気を凍らせて、電気の通り道を『お掃除』してやるホ!」
フロストが手を振ると、空洞内に猛烈な吹雪が巻き起こった。
ただの雪ではない。極低温の冷気によって、空気中の水分が瞬時に結晶化し、サンダーバードの電光を屈折させる「氷のプリズム」の壁が形
成されていく。
「超電導……いや、フロストは絶縁破壊を防ぐために、空気の分子構造を凍結させているのか?」
モルダーは、青白い電光が氷の壁に跳ね返され、サンダーバードの直撃を逸らしていく光景を凝視した。だが、サンダーバードは、それをあざ笑うかのように、さらに巨大な翼を広げ三つの爪に「青い炎」を宿し始めた。
青い炎が空洞の酸素を焼き、氷のプリズムが悲鳴を上げて蒸発し始めた。
ジャックフロストが作り出した防壁は、サンダーバードが放つ超高熱のプラズマによって、わずか数秒で霧散していく。
「ヒーホー……! 熱いホー! オイラの氷が、一瞬で溶かされちゃうホー!」
フロストが再びモルダーの肩に飛び込み、荒い息をつく。直後、空洞の重力バランスが激しく崩れた。
天井に静止していた巨大な岩塊が、重力が書き換えられたかのように、横殴りの弾丸となって二人を襲う。
「スカリー、あっちだ! 塔の基部へ!」
モルダーは、降り注ぐ岩石の雨を縫うように走り、銀色の塔の裏側にある「制御室」らしき窪みへとスカリーを突き飛ばした。そこには、半世紀前の遺物――厚い鉛の扉で守られた、不自然なほど堅牢なコンソールが鎮座していた。
「……見て、モルダー。これは単なる観測装置じゃない。塔から発信される周波数を、サンダーバードの『鳴き声』と同調させるための……共鳴変調器だわ」
スカリーが、埃を払い除けながらスイッチを操作する。真空管が弱々しく橙色に灯り、地下空洞の壁面全体が、深いハミングのような低周波で震え始めた。
「『プロジェクト・テンペスト』は、この場所の地磁気をサンダーバードという『楽器』で奏でようとしていたんだ。
彼らはこれを使って、サンダーバードを操ろうとした。……だが、不完全な調律が逆にこの神を激昂させたんだ」
モルダーはコンソールの横に落ちていた、一本の錆びついた「鍵」を拾い上げた。その形状は、DDSの拡張スロットに酷似している。
「スカリー、君が周波数を調整してくれ。
僕がこの『鍵』で、DDSを介してサンダーバードの怒りを……プロファイリングする」
上空では、サンダーバードが三つの爪を合わせ、さらなる巨大な雷球を形成し始めていた。
「鍵」を差し込んだ瞬間、DDSの画面が激しく明滅し、石英の結晶と同じ青白い光がモルダーの視界を支配した。
――脳内に直接、数億年分の記憶が流れ込んでくる。
それは、グランドキャニオンがまだ浅い海の底だった頃の静寂から始まり、大地が隆起し、激流が岩を削り、赤茶けた断層が層を成していく気の遠くなるような時間の堆積だった。
サンダーバードは、その記憶の守護者であり、地殻に流れる莫大な磁気エネルギーを調整する「弁」のような役割を果たしていた。
「モルダー! 意識を保って! 脳波が異常な同調を起こしているわ!」
スカリーの悲鳴のような警告が遠くで聞こえる。だが、モルダーが見ているのは、サンダーバードの怒りの正体だった。
1950年代、人間たちが打ち込んだ金属の塔は、地球の神経系に突き立てられた「毒針」に他ならなかった。
不器用な周波数での干渉は、サンダーバードにとって、絶え間ない激痛を強いる不協和音だったのである。
「ヒーホー……! モルダーの顔が、真っ青だホー! 助けてあげるホー!」
ジャックフロストがモルダーの腕に触れる。黄金の林檎の冷気が、過熱するモルダーの脳を辛うじて現世に繋ぎ止めた。
「……分かった。あいつは暴れているんじゃない。……悲鳴を上げているんだ」
モルダーは震える指でコンソールのレバーを握り、DDSの出力を最大に上げた。
「スカリー、周波数を440Hzから432Hzへシフトしてくれ。宇宙の、そして地球の基本振動数に合わせるんだ。……僕たちが、この壊れた調律をやり直す」
上空のサンダーバードが、巨大な翼を広げ、溜め込んだ雷球を塔に向かって解き放とうとした瞬間、コンソールの真空管が目も眩むような黄金色の輝きを放った。
432Hz
コンソールから放たれた不可視の波動が、空洞を満たす不協和音を塗り替えていく。
真空管の黄金色の輝きは、DDSを通じてサンダーバードの巨大な影へと伸び、怒りに燃えていた青白い電光を、柔らかな琥珀色の光へと変容させた。
上空で静止していたサンダーバードが、苦悶に満ちた咆哮を止め、その巨大な首を傾げた。
それは、数十年ぶりに耳にした「正しい旋律」を確認するかのような、静かな仕草だった。
「地磁気の波形が安定していくわ……。信じられない、モルダー。この装置、地球の鼓動と同調し始めている」
スカリーがコンソールのメーターを見つめ、驚嘆の声を漏らす。だが、安堵は長くは続かなかった。
空洞の奥底、塔のさらに地下から、重厚な機械音が響き始めたのだ。「プロジェクト・テンペスト」が遺した真の遺産――調律が成功した際にのみ起動する、自動防衛システムが目を覚ましたのである。
「……何かが来るホー! あの塔の中から、変な鉄の匂いがするホー!」
ジャックフロストが叫ぶ。
塔の基部がスライドし、そこから這い出してきたのは、サンダーバードの骨格を模した無骨な「無人迎撃機」の群れだった。
彼らは生ける神を捕獲、あるいは抹殺するために設計された、狂気の結晶だ。
「神との和解を、人間が作った機械が邪魔をするというわけか」
モルダーはDDSを握り直し、未だサンダーバードと繋がったままの感覚を研ぎ澄ませた。
迎撃機の砲口が、モルダーとスカリー、そして未だ戸惑うサンダーバードへと向けられた。
迎撃機のタービンが唸りを上げ、空洞内の安定しかけた磁場が、再び無慈悲に切り裂かれた。
先陣を切った一機が、戸惑うサンダーバードに向けて、高圧の捕獲用ネットを射出する。それは絶縁体でコーティングされた、神を縛り上げるための「鎖」だった。
「スカリー、コンソールを守れ! ここが壊れたら、サンダーバードは再び狂乱する!」
モルダーは叫びながら、DDSの画面をスライドさせた。彼の意識は今も、サンダーバードの広大な知覚と細い糸で繋がっている。
「フロスト、あいつらの視界を奪ってくれ! 僕たちの場所を悟らせるな!」
「ヒーホー! 煙幕代わりの『マハブフ』だホー!」
ジャックフロストが塔の基部を駆け抜け、冷気を爆発させた。
急激な冷却によって空気中の水蒸気が微細な氷の結晶へと変わり、迎撃機のレーダーと光学センサーを乱反射で撹乱する。
「……モルダー、迎撃機の動力源は塔からの無線給電よ。塔のアンテナと彼らの同調を外せれば、無力化できるわ!」
スカリーが、激しい火花を散らすコンソールの配線を手際よく組み替え、即席のジャミング回路を構築していく。
その時、頭上のサンダーバードが、モルダーの「意志」に応えるように力強く羽ばたいた。
琥珀色の光を纏った翼が、ダイヤモンドダストの霧を黄金色に染め上げる。
モルダーはDDSを通じて、サンダーバードに「敵」の所在を伝えた。
「……今だ、撃て!」
モルダーの声に呼応し、サンダーバードの三つの爪から、一点に収束された「浄化の雷」が放たれた。それは迎撃機の群れを正確に貫き、狂気の鉄塊を一瞬にして塵へと変えていく。だが、塔の最深部からは、さらに巨大な「何か」が這い出そうとしていた。
迎撃機の残骸が火花を散らして沈黙する中、銀色の塔そのものが不気味に脈動を始めた。
塔の最深部、コンソールの地下に隠されていた「最終プログラム」が作動したのだ。それはサンダーバードを御せぬと判断した際、この地磁気の核もろともすべてを抹消するために設計された、自爆シーケンスだった。
「モルダー、離れて!
塔の内部エネルギーが臨界に達しているわ。このままじゃ空洞全体が……いえ、地上さえも巻き込むような事態だって…」
スカリーの叫びと同時に、空洞を支えていた石英の結晶が、耐えきれぬ負荷に悲鳴を上げて砕け始めた。逆転していた重力が激しく明滅し、静止していた岩石が、今度は濁流のように彼らへ降り注ぐ。
「ヒーホー! ここ、もうすぐ壊れちゃうホー! 逃げなきゃダメだホー!」
フロストがモルダーの裾を強く引く。だが、モルダーの意識は依然としてサンダーバードの深い哀しみの中にあった。
塔が爆発すれば、この地に繋ぎ止められていた守護者もまた、永遠の苦痛の中で霧散することになる。
「……スカリー、先に行ってくれ。この塔の暴走を止められるのは、内側から『調律』を上書きできる僕だけだ」
「何を言っているの!? 間に合わないわ。
モルダー、あなたを置いていくなんて選択肢、私にはないわよ」
スカリーはコンソールに指をかけ、崩れゆく床の上で踏み止まった。その時、頭上のサンダーバードが、これまでにないほど長い、そして透明な鳴き声を上げた。それは別れの挨拶か、あるいは新たな「契約」の申し出か。
サンダーバードは琥珀色の翼を大きく広げると、爆発寸前の塔に向かって突撃を開始した。その巨大な爪が、モルダーとスカリーの身体を優しく、しかし抗いようのない力で掬い上げる。
「サンダーバード……僕たちを助けようとしているのか?」
その直後、塔が白銀の閃光とともに大爆発を起こした。